第7話「懐かしの少女」
「あ――お兄ちゃん、お待たせ!」
俺が一年生の教室の近くで待っていると、桜ちゃんが駆け寄ってくる。
昼休みに桜ちゃんが『お兄ちゃん、一緒に帰りたい』と言ってくれた事から、俺達は一緒に帰る事になった。
ちなみにその事も桃井に怒られるかと思ったら、迷子になられると困るから連れて帰ってくれと言われたのだ。
妹が俺と一緒に居るよりも、迷子になる方が困るという事らしい。
まぁ、俺としては桜ちゃんと一緒に帰れるので、全く問題がない。
しかし……本音を言えば、こんな目立つ所で待ち合わせはしたくなかった……。
なんせ、先程から一年生の視線が痛いのだ。
それに加えて、一年生の中でかなり目立つであろう桜ちゃんが俺に駆け寄ってきた事により、その視線の鋭さが増した。
あいつら……俺が先輩だという事を忘れているのか、凄い目で睨んできている。
俺は現在動物園で飼育されている猿の様な気分だった。
……いや、猿の方がよっぽど良い眼差しを向けられているな……。
こうなるのがわかっていたから、こんなとこで待ち合わせはしたくなかったんだ……。
しかし、一年生の教室から離れた所を待ち合わせ場所にしてしまうと、前の時みたいに桜ちゃんが迷子になる可能性があった。
だから、仕方なく俺はここで桜ちゃんを待っていたのだ。
……正直言えば、他の場所で待っていればよかったと再度後悔していた。
2
「ねぇ、お兄ちゃん。家についたら、お兄ちゃんのお部屋に遊びに行ってもいい?」
「え……?」
俺の部屋に?
なんで?
多分見られて困るものはなかったはずだけど……。
――俺はオタクと言っても、フィギュアやグッズは集めていなかった。
そういった物には興味がなく、ライトノベル、ゲーム、アニメが大好きなオタクなのだ。
ゲームと言っても、シューティングゲームやRPGみたいな普通のゲームはしない。
俺が大好きなゲームとは、エロゲーだった。
エロゲーと言っても、所謂抜きゲーと言うのはした事がない。
シナリオ重視の、ギャルゲーに近い作品を買っているのだ。
……18禁なのは知っています……ごめんなさい……。
元々エロゲーには興味がなかったのだが、ネットで評判を眼にしているうちに興味が出てしまい、『一回だけ』と自分の中で言い聞かせて買ってしまったのだ。
その後はご想像の通り、ライトノベル好きの俺だ――ハマらないわけがないだろう……。
まぁそういったゲームは、絶対に見つからない様に押し入れの奥にしまっているため、桜ちゃんが部屋に来ても問題ない。
しかし、桜ちゃんを部屋に入れていいのか?
桃井にバレたら、今度こそ殺されてしまうんじゃないだろうか……。
と言うか、本当なんでこの子こんなにグイグイくるの?
いくらなんでも懐きすぎじゃないか?
本当に裏がありそうで怖いんだが……。
それに今日は終わらせなければいけない作業があるしな。
あれは父さんにも内緒にしているため、ここは断っておくべきだろう。
「ごめん、桜ちゃん。俺やらないといけないことが――」
俺が断ろうとすると、桜ちゃんはシュンっとしてしまった。
なんだか申し訳ない気持ちになってきてしまう。
困ったな……。
今の俺に、この桜ちゃんを放っておくなんて出来るはずがない。
「えと……父さん達に内緒にしてくれるのと、終わるまで大人しくしててくれるなら、部屋に来てもいいよ?」
「本当!?」
俺の言葉に、桜ちゃんは嬉しそうに俺の顔を見上げてきた。
「本当に父さん達には、内緒だからね?」
「うん!」
その後家に着くと、桜ちゃんはすぐに自分の部屋へ服を着替えに行き、十分もたたないうちに俺の部屋に来た。
「ここが、お兄ちゃんの部屋……!」
なんだか桜ちゃんは目をキラキラさせて、俺の部屋を見渡している。
そんなに見られると、普通に恥ずかしいんだが……。
「わぁ……ラノベがこんなに!」
桜ちゃんは俺の本棚を見ると、そこにあるラノベの量に驚いていた。
というか――
「え、桜ちゃんラノベの事知ってるの?」
「おねぇ――友達の子で、ラノベが大好きな子がいるの。それで、たまに見せてもらってるんだよ~」
「へぇ~……じゃあ、好きなのを読んでていいよ。俺はその間に作業を済ませてしまうから」
「作業って? それにこの隣に一杯あるゴツイ本は、なんの本なの?」
桜ちゃんはキョトンとした表情で首を傾げながら、俺の方を見てきた。
「あぁ、ちょっとプログラムを作ってほしいって依頼があってね、それが完成しているから、デバッグって言う確認作業をするんだ。そこにある本たちはプログラミング言語って言う、色々なプログラムを作るために使う言葉みたいな物だよ。JovaとかPUPってあるでしょ? 目的に応じて、使う言語が違うんだ」
俺が説明すると、桜ちゃんは俺の方に尊敬の眼差しみたいなのを向けてきた。
「お兄ちゃん凄いよ! お姉ちゃんはお兄ちゃんの事を頭悪いって馬鹿にしてたけど、凄く頭良いんだね!」
あの女……俺が知らないとこでそんな事を言っていたのか?
本当、いつか泣かせてやりたい……。
「頭が良いわけじゃないけど……」
「だって、桜にはわからない事だもん! お兄ちゃん凄いって思う! 今から作業するのもプログラムの事なんだよね?」
「ありがとう……。興味があるなら、横で見とく?」
「うん!」
桜ちゃんは元気よく返事をして、俺の横に座った。
ただし――昼と同じでくっつくようにだ……。
なんで、この子距離感こんなに近いの?
え、俺が知らないだけで、これが普通なの?
女子って、こんなにくっついて友達と話す感じ?
わからない……ボッチの俺には何が普通なのか、わからなかった。
「でも、どうしてこんな事をしてるの?」
桜ちゃんは不思議そうに俺の事を見てくる。
「えっと、これはバイトみたいな物なんだ。最初は自分の欲しい物を買う為に始めたんだけど、俺に合ってたみたいで、今は趣味としてやってるんだ。趣味でプログラムを作りながら、それでお金を稼いでる感じかな? だから、多分そこら辺のサラリーマン達よりはお金を持ってるよ」
「うわぁ、お兄ちゃんってお金持ちさんなんだ。でも、欲しいものがあったなら、パパに頼んだら良かったんじゃないかな? パパってお医者さんだから、お金一杯もってるよね?」
「う~ん……父さんはあまりおこづかいをくれないんだよ。子供のうちから無駄遣いを覚えたら駄目だって言うんだ。だから、これも父さんに内緒でしてるから、絶対に言ったら駄目だよ?」
「じゃあ、二人だけの秘密だね!」
そう言って、桜ちゃんはニコっと微笑んでくれた。
それからは俺がデバッグ作業をしている横で、桜ちゃんは目を輝かせながら画面を見ていた。
「ねぇねぇ、これってどういうプログラムなの?」
桜ちゃんが興味深げに聞いてきた。
「これは簡単に言えば、パソコンの動作を速くするアプリだよ。このアプリを一度起動すると、パソコン内のデータを全てこのアプリが読み込んで、いらないデータを削除し、収納型を変えて動作を軽くするんだ。後は、新たにデータを取り入れた時、瞬時にデータの型を変えるから、通信速度とかも速くなるよ」
「え、えぇと……?」
俺の説明が難しかったみたいで、桜ちゃんはキョトンっとしてしまっている。
「まぁ、イメージとしては、散らばっている服を綺麗にたたんで、押し入れにしまうって感じかな? それと――例えば重たい物を投げる時力がいるけど、軽い物って力がいらないでしょ? このアプリは例えるなら、重たい物を軽い物に変換してるんだよ。それを取り入れる時にする事によって、パソコンに負荷がかからなくなり、通信速度が速くなるんだ」
「へ、へぇー、凄いねー!」
「……わからないかな?」
「ごめんなさい、わからないです……」
桜ちゃんはシュンっとしてしまい、俺は笑ってしまった。
そうだよな、知識がないとわかりづらいよな……。
「でも、通信速度が速くなるのうらやましいなぁ……。桜のスマホ通信速度が凄く遅くて、動作も重たいの……」
そう言って、桜ちゃんはスマホを取り出す。
その話、最近違うとこで聞いたな。
――あぁ、西条さんの横にいつも居る、西村と言う女子が同じことを言っていたんだ。
彼女は俺みたいなオタクと一緒で、自分の好きな物や気に入った物を友達に布教する癖があるため、彼女の事は覚えていた。
その彼女が、自分のスマホの動作が重いから困ってるって言っていたのだ。
俺がその会話の内容を知っていた理由は、別に聞き耳を立てていたわけではない。
彼女達がその話をし出す前に話していた内容が気になったからだ。
『桃井がウザイ』
それを言ったのは、西条さんだった。
その意見には同意なのだが、あの時の西条さんの雰囲気は怖かった。
相当桃井に恨みをもっているようだ。
だから、その時の会話が俺の記憶にも残っていた。
「――よし、デバッグ完了! 後はCDに焼いて提出するだけだ!」
俺がそう言って、CDに焼く準備を始めると――
「お疲れ様、お兄ちゃん。はい、これでも飲んで休んでね」
と、桜ちゃんが冷たいお茶を持って来てくれた。
気が利く子だな……。
なんだか、今日はずっと桜ちゃんに尽くしてもらってる気がする。
なにかお返しは出来ないかな?
――そうだ!
「ありがとう桜ちゃん。そう言えばさっき、スマホが遅いって言ってたよね?」
「え? うん、そうだけど……」
「ちょっとだけ待っててくれるかな? このアプリをスマホ用に作り直すから」
「え、いいの!?」
「うん、だからちょっと待ってて」
俺は焼いたCDをケースにしまい、すぐにコードを書き直し始める。
仕事によっては他言無用などの契約もなされるのだが、今回の依頼はただの自社システムに使うものだったため、そういう制約はなかった。
それに他での使用も禁止されていないため、こちらで好きに使って良いものなのだ。
3
それから二時間後――
「はい、これでスマホの動作が速くなるはずだよ」
俺はそう言って、借りていた桜ちゃんのスマホを桜ちゃんに返す。
すると、桜ちゃんはすぐにスマホを使い始めた。
「本当だ! 凄い凄い! スイスイ動くよ、お兄ちゃん!」
そう言う桜ちゃんの顔は、新しいおもちゃを買ってもらえた子供みたいな表情をしている。
「ハハ、喜んでもらえて良かったよ」
ふぅ……流石に疲れたな。
桜ちゃんを待たせたら悪いと思い、超特急で作り直したため、肩が凝ってしまった。
とはいえ、デバッグなどで手を抜いたりはしていない。
そんな事をしてバグが起こってしまえば、桜ちゃんを泣かせてしまう。
だから、その辺は丁寧に確認しておいた。
「えへへ、お兄ちゃん、ありがとう!」
桜ちゃんはニコニコしながら、スマホを両手で握っていた。
今なら聞いても大丈夫かな……?
ストレートに聞くのは怖いから、ちょっと遠回しで聞いてみよう。
「ねぇ桜ちゃん。桜ちゃんが、俺の義妹になってからずっと傍に居てくれてるのは、桃井が俺の事を友達がいないって言ったせいで、気を遣ってくれてるのか?」
俺がそう尋ねると、桜ちゃんは一瞬キョトンっとした後、ゆっくりと首を横に振った。
「ううん、違うよ。桜がお兄ちゃんと一緒に居たいからだよ」
『一緒に居たいから』か……。
そう言われるのは嬉しいが、俺には理解出来なかった。
「俺達って出会ったばかりだよね? どうして、そんなに俺の事を気に入ってくれてるの?」
桜ちゃんは俺の問いに、一瞬寂しそうな表情をした。
なんでだろう?
「やっぱり、お兄ちゃんは覚えてないよね……。ちょっとまってて」
そう言って、桜ちゃんは俺の部屋を出て行った。
しかし、彼女はすぐ戻ってきた。
「はい、これがヒント!」
そう言って彼女が差し出したのは、俺の中学二年生時代の写真だった。
……は!?
「え、なんで桜ちゃんがそれを持ってるの!?」
「昨日、パパにお願いしてアルバムを出してもらって、一枚だけもらったの」
桜ちゃんは大事そうに俺の写真を持ちながら、ニコニコとしていた。
父さん、一体何をしてくれてるんだ……。
そういえば、昨日何か二人でコソコソしてたな……。
「でも、これがヒント……? 俺が中二の時に桜ちゃんに出会ってたって事?」
俺の問いに、桜ちゃんは肯定も否定もしない。
ジッと、俺の顔を見ていた。
俺に答えてほしいって事なんだろうな……。
しかし、中学二年生の時に桜ちゃんと会った事があるのか?
俺と桃井は中学が違った。
だから、必然的に桜ちゃんとも違う学校だったはずだ。
…………駄目だ、思い出せない……。
「ごめん桜ちゃん。思い出せないや」
俺がそう言うと、桜ちゃんはショートツインテールにしている自分の髪を解き始めた。
そして――
「じゃあ、これが最後のヒント! 『行きたい駅につかないの……』」
そう言って目をうるわせながら、俺の方を見上げてきた。
「――っ!」
その行動と台詞により、俺の頭にある光景がフラッシュバックした。
それは、電車の中で泣きそうに俺の方を見上げている少女の姿。
まさか――
「あの行きたい方面と真逆の電車に乗ってた女の子って……桜ちゃんだったの……?」
桜ちゃんは嬉しそうに、俺の問いに頷いた。
「やっと会えたね、お兄ちゃん!」
そう言う桜ちゃんの笑顔は、俺の記憶にある、行きたい駅についた時にお礼を言ってくれた、あの時の可愛い少女の笑顔と重なったのだった――。
4
「ハハ、こんな偶然ってありか。そうかぁ、あの時の子って桜ちゃんだったのかー」
俺はあまりの衝撃に、鼓動が高鳴っていた。
こんな偶然、最早奇跡としか思えなかった。
「いつから気が付いていたんだ?」
俺がそう聞くと、桜ちゃんは笑顔で楽しそうに――
「かーいーと」
と、俺の名前を呼んだのだった。
「え?」
「あの電車の中でね、お兄ちゃんの友達が『カイト』ってお兄ちゃんの事を呼んでたから、お兄ちゃんの名前を憶えていたの。図書室に連れて行ってもらってる時に、なんか口調や雰囲気が似てるなって思ったんだけど、目が前髪で見えなくて、パッと見も別人みたいだったから、『あの時のお兄さんに雰囲気が似てるから話しやすいけど、別人だよね?』って、思ってたの。でも、この家に初めて来た時お兄ちゃんの顔が一瞬きちんと見えて、名前を聞いた時に『あの時のお兄ちゃんだ!』って思ったんだ~。でも、違ったら困るから念のために、パパにお願いしてアルバムを見せてもらったの!」
そう言って、桜ちゃんはニコニコしながら、足をブラブラとさせていた。
「じゃあ、桜ちゃんが俺に懐いてくれてたのは、昔の事があったから?」
「うん、そうだよ!」
なんだ、そう言う事か……。
懐かれるのが怖いとか思ってた自分が、馬鹿みたいだ。
彼女は純粋に俺に懐いてくれていたのだ。
しかし、あの時の女の子は身長や幼さから、三つか四つ年下だと思っていたのに、まさか歳が一つしか変わらない桜ちゃんだったとは……。
まぁ、本人言ったらショックを受けるだろうから言わないけど。
「それにしても、お兄ちゃんの見た目が変わりすぎててビックリしたよ~……。お姉ちゃんも言ってたけど、髪切ったりしないの~?」
「あぁー……うん。今はこれが良いんだ」
「そっか~……」
桜ちゃんはちょっと残念そうにはしたが、それ以上何も言ってこなかった。
俺が前髪を伸ばしているのには、訳がある。
こうしていると、前髪が邪魔で人の目が見えづらい為、視線が少しだけ気にならなくなるのだ。
中二の時の出来事以来、俺は前髪で自分の目を隠していた。
「――そういえばお兄ちゃん、あれだけ頭が良いんだったら、学校のテストでもお姉ちゃんと競ってるの?」
桜ちゃんは気まずい雰囲気を変えるためか、全く別の話題を振ってきた。
だが、テストの話か……。
俺にとっては耳が痛い話だった。
「いいや、俺は数学以外は平均点をとるのがやっとくらいなんだ。今までテスト勉強なんかした事がないから、桃井の足元にも及ばないよ」
「そうなの?」
桜ちゃんは不思議そうに、キョトンっとしていた。
「えっと、ごめんな、情けない兄で……」
俺は申し訳なくなり、そう謝る。
「あ、違うよ! そう思ってたわけじゃなくて、意外だな~って思ったの! だって、『これだけプログラムの本を持ってるって事は、勉強熱心なのかな?』って思ったから……」
あぁ、なるほど。
彼女はそう言うタイプの人間か。
まぁあの桃井の妹だし、そりゃあそうだよな……。
「えっと、そうだね……ちょっと真面目な話をするけど、桜ちゃんは学校の勉強は好きかな?」
「え? え、えっと……正直言えば、あんまり好きじゃないかな……」
そう言って、桜ちゃんは俺からソッと目を背ける。
別に責めてるわけじゃないんだが……。
「じゃあ、どうして桜ちゃんは勉強をするのかな?」
「それは、勉強が大切だからだよ?」
桜ちゃんは、また不思議そうに俺の事を見た。
彼女が不思議そうにしている所をよく見るのだが、俺の考えはそれほど彼女にとっては珍しいのだろうか……?
まぁ、自分の考え方が変わってる事は、俺が一番知っているか……。
「そうだね、学校で習う勉強はとても大切な物だね。でも――それが全員にとって大切と言うわけじゃないんだ」
「え? 勉強はみんなにとって大切だよ?」
「ううん、違うよ。桜ちゃんには夢があるかな?」
「え……」
俺の突然の問いに、桜ちゃんは恥ずかしそうに俺の方をチラチラと見ていた。
「言えないかな……?」
「えっと、およめ……さん……」
桜ちゃんはモジモジしながら、恥ずかしそうに答えた。
………………ちょっとまって。
今俺、凄く真面目な話をしているんだ……。
そして、桜ちゃんが真面目にそう答えたのもわかる。
わかるが――そんな表情でそんな可愛い事言われたら、俺の顔がにやけてしまう!
まって、この子可愛すぎる!
やばいって、俺もう真面目な雰囲気保てないよ!
「コホンっ――! それは、素敵な夢だね。でも、将来なりたい職業はないのかな?」
俺がそう問いかけると、桜ちゃんの顔がみるみるうちに真っ赤になる。
あぁ……自分が勘違いして答えてしまった事に気付いてしまったか……。
「え、えっと、今のところはない……かな?」
「そっか。じゃあ、桜ちゃんはこれからも一生懸命勉強する必要があるね。俺が言いたい事はわかるかな?」
「わかんない……」
そう言って、桜ちゃんは俯いてしまう。
「あぁ、ごめん、追いつめてるわけじゃないんだ! えっとね、プロ野球選手やパティシエ、それに美容師とかには学校で習う事って必要かな?」
俺がそう聞くと、桜ちゃんはハッとする。
俺の言いたい事がわかったみたいだ。
「学校で習う事が大切なのはわかるよ。でもそれは、自分が将来何になりたいかを決められていない人間にとってなんだ。学校側は、自分が将来何になりたいか決めた時に、それになれるように万能な知性をつけようとしてくれている。そして大抵の人間は、自分がなりたいものを中々見つけられない。だから、学校の授業が大切になり、学力で生徒は評価される。でも、自分がなりたいものを見つけられてる生徒にとって、それはどうなんだろう? 将来必要とならない物に時間を使う事を、勿体ないと思わないかな? それよりは、将来自分の役に立つ物に時間を使いたい――それが、俺の考え方なんだ。だけど、勘違いしないでほしい。学校の授業を否定しているわけじゃないんだ。だから、今桜ちゃんに将来なりたい職業がないんだったら、学校の勉強を頑張ってほしい」
俺が長々と話し終えると、桜ちゃんは俯いて黙り込んでいた。
しまった。
語ったせいで、嫌な思いをさせたか?
そうだよな……語る奴ってうっとおしいよな……。
だが、顔を上げて俺の方を見た桜ちゃんの目は、キラキラと輝いてた。
「お兄ちゃん、カッコイイ!」
「え?」
「お兄ちゃん、本当に凄いよ! 桜、そんなこと考えたことなかったもん!」
興奮した桜ちゃんは、俺に詰め寄ってきていた。
「え、えっと……?」
俺は桜ちゃんの勢いに、戸惑いが隠せなかった。
こんな風な視線を向けられた事なんて、ここ数年記憶にない。
「他には? 他には何かないの?」
「他に……? え、えっと……と言われてもな……。うん、さっきの話に繋がる事でもあるけど、学力が無いからって、相手を馬鹿だと舐めたら駄目だ」
「馬鹿にする気はないけど……どうしてかな?」
桜ちゃんは純粋に知りたいって感じで俺に聞いてくる。
「それは――」
俺がその理由を教えようとすると――
「ただいまぁ」
と、桃井が帰ってきた。
――って、まずい!
もうそんな時間か!
時計を見れば、七時半を回っていた。
プログラムを作り直したり、先程の話をしていたせいで、随分と時間がたっていたようだ。
「桜ー? いないのー?」
俺の背中に冷や汗が流れる。
まずいまずい!
俺の部屋に桜ちゃんを連れ込んでいる事がバレれば、あいつに何されるかわからない!
「あ、急いで出ないと、お昼の様に怒られちゃうね。じゃあ、ご飯一緒に作ろうね? それと、またお話聞かせてね、お兄ちゃん」
そう言って、桜ちゃんはニコっと俺に微笑んでくれた。
俺は桜ちゃんと少しだけ時間をずらして、階段を下りた。
しかし――階段から降りた俺は、桃井に桜ちゃんと一緒に部屋へ居た事がバレていて、雷を落とされてしまった。
なぜって?
だって、桜ちゃんの部屋は一階だもん……。