第140話「大和撫子の本当の意味」
「ここか……」
俺は指定された割烹料理店に着くと、時間を確認する。
時刻は、約束の時間の五分前だった。
なんとか間に合ったようだ。
……てか、ここ本当に高そうなお店だな……。
俺はこれから入る割烹料理店の造りを見て、苦笑いを浮かべた。
まぁまだ敷地の外に居る為、見えてるのは割烹料理店を囲む塀だけなのだが……。
割烹料理店の塀は、歴史を感じさせる年季が入ったものなのにも関わらず、一切オンボロ感がない。
そして丁寧に手入れされた木などがあるだけじゃなく、ここから見た敷地内には池がある。
こんなお店が俺達の学園から少し離れた場所にあったなんて知らなかった。
まぁどう考えても市民の俺が来るようなお店ではないから、知らなくても当然なのかもしれないが。
さて、どうしたものか……。
手紙にはこのお店に来てからの事は書かれていなかった。
正直お店の中で合流だとか、そういうのは勘弁してほしい。
俺みたいな学生が一人でこんな中に入ってしまえば、どう考えてもお店の方から怪訝な目を向けられるだろう。
もしかしたら、門前払いをくらうかもしれない。
……いや、さすがにこういう高級料理店だとお客に対しての接客態度は凄く丁寧だろうから、門前払いはくらわないだろうが……。
「――神崎様でございますね?」
俺が門の前で佇んでいると、中から女将さんみたいな人が出てきた。
どうやら、鈴花さんのほうから話が通っているみたいだ。
「あ、はい、そうです」
「お待ちしておりました。私はこのお店の女将を務めさせて頂いております。お嬢様は中にいらっしゃいますので、どうぞこちらへ」
「お嬢様? という事は、ここは朝比奈さんのお店ですか?」
「左様でございます」
なるほどな。
自分の家が経営するお店だから、ここを選んだのか。
俺は女将さんの後に続いて門を潜った。
塀の中は提灯で灯りがともされており雰囲気がある。
そして、見事に手入れがされた庭が広がっていた。
池の中には鯉まで居る。
お店の中もやはり高級感を漂わせる造りになっており、廊下は庭の景色が楽しめるように壁がなかった。
提灯の灯りによって照らされる庭園が、凄く綺麗だと思った。
そのまま進んでいくと、お店の最奥にある部屋へと通された。
「――失礼致します。お嬢様、神崎様をお連れ致しました」
女将さんは襖を開け畳へと両膝を着けると、両手を膝の前に着けて俺の事を告げた。
「ご苦労様です。中に入ってもらってください」
中からは聞こえた女性の声は、上品そうな声色だった。
ただ、声からもわかるくらい元気があまりなさそうだ。
「失礼します」
俺は女将さんに促されるままに中に入った。
中に居たのは――前髪をパッツンにし、黒髪を団子みたいに頭の上で丸めているおしとやかな女性だった。
そして、俺がどうして彼女の名前を聞いた事があったのか、彼女を見て思い出した。
それと同時に、アリスさんが彼女の事を『大和撫子』と呼ぶ本当の意味もわかった。
彼女――朝比奈鈴花は、『枯れた才能』と呼ばれる元天才画家なのだ。
彼女が描いた絵は、まるでその場に居ると錯覚させられる程本物に見えるという。
そんな錯覚を起こさせる一番の理由が、彼女の独特な感性によって生み出される色や、その色遣いだと言われている。
絵がかなり上手い事はもちろんなのだが、彼女が生み出す色は他の画家が作ろうとしても上手く作れないらしい。
それだけ難しい色の割合によって、彼女は新しい色を作り出しているのだろう。
そんな朝比奈鈴花の一番の傑作だと言われているのが、彼女が中学一年生時代に描いたデビュー作――『大和撫子』というタイトルがついた、長くて綺麗な黒髪をした一人の女の子が描かれた作品だった。