第139話「姉妹の根本は同じ」
「海君、何処かに出かけるの?」
鈴花さんに会いに行く為に家を出ようとすると、リビングに居た咲姫が声をかけてきた。
物音から俺が外に出ようとしている事に気が付いたようだ。
「あぁ、ちょっと人に会いにな」
どれだけ時間がかかるかわからない為、安易な嘘はつかずに正直に答えた。
それに咲姫の事だから、買い物に行くと言えば付いて来ると言いそうな為、その防止でもある。
「もしかして、小鳥居さんに会いに行くの?」
咲姫は拗ねた顔をして、俺に聞いてきた。
俺が服装や髪型に気を遣った格好をしているからか、学園での噂もあり春花に会いに行くと思ったみたいだ。
というか、春花に会うとしても咲姫が拗ねたりするのはおかしいのだが……まぁ、雪女が降臨するよりは全然いい。
ただ、春花と会うわけではないからそこは否定しておこう。
「違うよ。ちょっと仕事の打ち合わせみたいなものだから」
「ふーん……」
俺の言葉を信じていないのか、咲姫がジト目でこっちを見てきた。
まぁ、実際は仕事の打ち合わせではないから疑われるのは仕方ないが……なんだか、自分の言葉を信じてもらえないって少し辛いな。
しかし、正直に鈴花さんに会いに行くなど言えば、クラスメイトの咲姫は当然鈴花さんについて知っているから、どうして会いに行くのかなどしつこく聞いてきかねない。
「……折角、出来上がったら海君に見てもらおうと思ってたのに……」
ドアを開けてもう行こうとしていると、咲姫が何かボソっと呟いた。
「ん? 何が出来上がったらなんだ?」
「キャラ絵……」
「キャラ絵? え、なんで描いてるの?」
「だって、海君そういうの好きだから、描いたら喜んでくれるかなって……」
俺が喜ぶからキャラ絵を描いてくれてると聞いて、凄く嬉しいと思った。
絵を描くのは時間がかかるし、思ってる以上に大変だ。
来週、長期休み明けの実力テストが行われるにも関わらず、俺のために頑張ってくれてるなんて咲姫はいい子だなと思った。
まぁ咲姫もキャラ絵は大好きだから、おそらく自分の為に描いてるのもあるのだろうが……。
しかし、咲姫は知らないから油断をしているのかもしれないが、今月から転校してきたアリアは、咲姫と同じく全国学力テストで上位常連なくらい勉強が出来る。
四つの会社の社長をしながら優秀な成績を維持出来るアリアは、やはり地頭がいいのだろう。
というか、アリスさんの双子の妹なのだからそりゃあ頭はいいよな……。
性格もアリスさんに似てくれれば良かったんだが……その辺は、平等院財閥の教育のせいだから仕方ないのかもしれない。
だがしかし……アリスさんは何故、未だにアリアの改心を信じ続けているのだろうか?
もし今回もアリアが牙を剝くような事があれば、アリスさんには悪いがアリアは救いようのない奴だと思う。
……いや、今はアリアの事よりも咲姫の事が優先だな。
話は戻るが、アリスさんから聞いた情報によると、アリア以外の転校してきた九人――鈴花さんも含めて、全員勉強が良く出来るらしい。
ましてや、アリスさんが居たお嬢様学園の授業は進行が速く、俺達が今受けている内容はとっくに授業で習ったそうだ。
そして、授業内容のレベルにおいても、お嬢様学園の授業に比べて俺達の学園の授業は簡単らしい。
……なんでまだ授業を受けていないアリスさんが、俺達の学園の授業スピードや内容の難しさを知っているのかは、凄く疑問だが……。
まぁそれはそれとして、つまり今回のテストは今までとは違い、咲姫が一位をとれる可能性が前に比べて結構落ちるのだ。
「なぁ、俺のために絵を描いてくれてるのは有難いが、来週のテストに向けて勉強をしたらどうだ?」
アリア達の事を直に言っていいのかどうか悩んだ俺は、勉強する事だけを促す事にした。
……テスト勉強をした事ない奴が、どの口でそんな事を言っているのかなどのツッコミは受け付けない。
それはそれ。
これはこれだ。
俺と咲姫では、テスト結果の重みが違う。
成績を落とせば、咲姫自身が困るだろう。
「大丈夫だよ? いつもどおり、復習はしてるもん」
言葉からは俺の思いは通じず、不思議そうに咲姫が首を傾けてキョトンっとした表情で見つめてきた。
「今回転校生が多く入ってきただろ? 噂……いや、まぁ……実際俺の関係者も居たから知ってるんだが、お嬢様学園からみんな来たそうじゃないか。もしかしたら、成績が優秀な奴もいるかもしれないだろ?」
『噂で聞いた所によると』と言おうとして、俺は言いなおした。
アリスさんが俺の知り合いという事を咲姫は知ってるのに、あたかも俺は知らなかったみたいな言いまわしは通じないと思ったからだ。
しかし、これで俺が言いたい事が咲姫にも通じただろう。
――だが、咲姫は困ったような表情をして首を傾げたままだった。
「あのね、正直もうテストで一位じゃなくてもいいの」
「え……?」
「だって、海君が居てくれるから」
咲姫はそう言うと、満面の笑みを浮かべた。
学園で冷徹な仮面をつけなくなった事と一緒で、テストで一位じゃなくなっても俺が居るからいいって事か?
……いや、全く関係ない気がするんだが……。
どちらかと言うと、素の性格で居る事にしたせいで孤高のイメージが崩れたから、一位で居る必要がなくなったと言われたほうがまだわかる。
相変わらず咲姫の思考回路が全然理解出来ない。
とはいえ、このままでは駄目だろう。
今のままだと咲姫は成績が落ちても大して気にしない気がする。
将来の為の勉強はしていて、学園で習う授業内容が意味がないからテスト勉強をしない俺と同じように、咲姫が何かなりたいものを見つけてそれだけの勉強をしているとは思えない。
もし見つけていて、その勉強はきちんとしているのならいいが……。
「なぁ、咲姫は将来何かなりたいものはあるのか?」
「え!?」
俺がその事を尋ねると、何故か咲姫が驚いた表情をした。
そして、なんだか頬が赤くなった気がする。
その上、咲姫は上目遣いでチラチラと俺の事を見始めた。
あれ……この反応、前に見た事があるような……?
俺が咲姫の事を見つめていると、咲姫はゆっくりと口を開いた。
「その……お嫁さん……」
咲姫はそう言うと、真っ赤になって両手で顔を覆ってしまった。
……どうしよう、可愛すぎるんだけど……。
というか、やっぱ咲姫と桜ちゃんの根本って同じなんだな。
昔見た事がある反応だとは思ったが、前に俺が将来の夢を聞いた時に桜ちゃんが全く同じ反応をしてたわ。
唯一違うのは、最後真っ赤になって両手で顔を隠した所だろう。
「そ、そっか……」
真っ赤になって顔を隠す咲姫が可愛くて頭が回らなくなった俺は、そう呟く事しか出来なかった。
だが、すぐに頭をブンブンと横に振って、頭を切り替える。
そして、ふと思い出した。
俺は今、鈴花さんに会いに行こうとしていた事を。
慌てて時計を見てみれば、余裕をもって着けるように早く出ようとしていたのに、今すぐにでも出ないと遅刻してしまう時間になっていた。
……仕方ない。
咲姫の夢についてはまた聞けばいい。
とりあえず、今回は咲姫が一位をとろうとするように餌を与えておこう。
「ごめん、俺もう行かないといけないから行くな! それと、今度のテストで一位とれたら、何か一つお願い事を聞いてあげるから、頑張って勉強してくれ!」
「お願い事!? いいの!?」
「あぁ、無理のない範囲でな!」
お願い事を一つ聞くと言っただけで凄く嬉しそうな顔を咲姫はしたが、一体何を頼んでくるつもりなのだろうか……?
しかし、そんな事まで聞いてる時間はない。
――咲姫の笑顔に後ろ髪を引かれる思いを抱えながらも、俺は急いで鈴花さんの元へと向かうのだった。
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