第138話「ラブレターの中身」
下駄箱に手紙――――――ラブレター!?
物語のキャラが告白する時に用いる方法の中で、テンプレの一つとも言える程定番中定番の出来事に、俺は思わず下駄箱の中を二度見して固まってしまった。
「どうしたの?」
そんな俺の事を、春花は不思議そうに首を傾げて見てきた。
「いや、なんでもないよ」
「そっか」
俺が誤魔化すように笑顔で言うと、春花は笑顔で頷いて靴を履き始めた。
その間に俺は慌てて鞄を開けて下駄箱の中に手を伸ばし、手紙だけを取り出して鞄に入れた。
そして、わざとらしく声を出した。
「あ、悪い春花! 俺教室に忘れ物をしたから取りに戻る! 少しだけ待っててくれないか?」
「忘れ物? しっかり者の海斗君が珍しいね。それなら私もついて行こうかな」
待たされると聞いても春花は嫌な顔をせず笑顔で靴を脱ぎ始めた。
そういえば、春花はこういう子だった。
俺が先生などに頼み事をされたりすると、いつもついてきて手伝ってくれたり、手伝う事がなければ移動中の話し相手をしてくれていたのだ。
春花が昔と変わらないとわかって嬉しく思ったが、今このままついて来られるのは困る。
なんせ、もしかしたらラブレターで指定されてる時間が放課後すぐかもしれないからだ。
すぐにでも内容を確認したいのに、春花について来られたら内容を確認する事が出来ない。
さすがの俺も、告白してきた子の前でラブレターを見たりするような無神経な真似はしない。
だから、春花にはここで待っていてもらおう。
「いや、すぐにとってくるから待っててくれ!」
俺はそれだけ言うと、春花に背を向けて走り出した。
春花が靴を脱ぎきる前に行動をする事で、ついて来ないようにするためだ。
「あ……うん……」
背中からは春花の寂しそうな声が聞こえてきた。
俺は悪いと思いながらも、そのまま廊下の角を曲がった。
すぐに内容を確認して春花の元に戻ろう。
それに急がないと、桜ちゃん達とも鉢合わせする可能性がある。
『いや、それなら一緒に帰ればいいんじゃないか?』と思うかもしれないが、今の俺は桜ちゃんに会うのが怖い。
約束をドタキャンした上に春花と一緒に居る今の状況を見られれば、桜ちゃんにまた勘違いされて怒られそうだから。
正直あのニコニコ笑顔で『ゴゴゴゴゴ』の効果音がつく笑顔を見せられるより、怖いおっさんに怒鳴られたほうがマシだと思う。
俺はそんな事を考えながら、ゆっくりと鞄を開ける。
別にラブレターを貰ったからって浮かれてるわけじゃないぞ?
ただ、内容が気になるだけだ。
……はい、嘘です。
ちょっと浮かれてます、ごめんなさい。
もしこれが本当にラブレターだった場合、俺を取り巻く状況は更なる修羅場になるというのをわかっていながらも、この展開にはドキドキしている。
なんせ、ラブレターなんて貰うの初めてだから。
漫画やアニメを見ていて、『こんなの現実で起きないだろ』と思いながらも、一度は貰ってみたいと思っていた。
とはいえ、本当に貰えるはずがないと思っていたんだ。
だから少しだけではあるが、ラブレターをもらった今、俺はドキドキしていた。
俺は鞄からラブレターを取り出して見てみる。
ラブレターの表側には――『神崎海斗様へ』っと、筆を用いて達筆で書かれていた。
というかこのラブレター、漫画やアニメで見るような形とは違って、茶封筒に入ってるんだが……?
しかも、この丁寧に書かれた宛名や達筆な文字って……。
差出人が誰かなんとなく見当がつきながらも、俺は差出人の名前を見た。
そこには――『朝比奈鈴花』と名前が書かれていた。
………………やっぱりか……。
俺はどれだけ自分が漫画やアニメに脳が染まっているのかを思い知る。
下駄箱に入ってただけでラブレターと決めつけた自分が物凄く恥ずかしい。
他人に見られなくてよかったと本気で思った。
まぁ、もう切り変えよう。
恥ずかしい過去など、俺以外が知らなければ存在しないようなもんだ。
記憶が飛ぶようにブンブンと頭を振ると、俺は手紙に視線を移そうとして――少し離れた所でジーっと俺の事を見ている存在に気が付いた。
アリスさんだ。
「……何してるんですか?」
「アリアが……花を摘みに行ったから……待ってる……」
「なるほど……。それで、アリスさんは今来たところで何も見てませんよね?」
「うん……見てないよ……。大和撫子からの手紙を……ラブレターだと勘違いして……ワクワクドキドキしながら手紙を取り出した……カイ以外は……」
うん、バッチリ見てますね。
というか、この人本当何者だよ。
「なんで相手が鈴花さんだとわかったんですか? 彼女が手紙を出すと知っていたのですか?」
「ううん……。ただ……早ければ今日……カイに接触してくるとは思ってたし……あの子がカイに接触を図るなら……アリアの目が届かないように……手紙で……学園以外の場所を指定するだろうから……。それに……手紙を取り出して……封筒を見たカイの表情と……差出人を見た表情で……わかった……」
アリスさんは気怠そうな様子で俺のほうに歩いてきながらも、どうして差出人がわかったかを解説してくれた。
たまに思うんだが……この人って本当に人間なのだろうか?
ハイスペック過ぎて俺とは別の生き物としか思えないんだが?
俺が訝しげな表情で見ていると、アリスさんが仕草で『手紙を開けて読め』と言ってきた。
とはいっても興味がなさそうに視線を逸らしたから、声に出して読めというわけではなさそうだ。
だから俺は封筒を開けて手紙を取り出すと、声に出さずに読み始めた。
その手紙は『拝啓』から始まり、凄くかしこまった文章で文字が書き連ねられていた。
まぁ要約すれば、『20時に指定のお店に来てほしい』との事だった。
指定されたのはお高そうなお店の名前だったが、調べてみると学園から少し離れた場所にある割烹料理店だった。
「行くでしょ……?」
アリスさんは手紙を読んでいないのに、そう聞いてきた。
自分の読みを一切疑っていない感じだ。
「もちろんです」
俺はそんなアリスさんに即答した。
鈴花さんが会いたいと言ってきた以上、俺は雲母のために会いに行く。
それでこの二人の関係が元通りになってくれれば、あいつも少なからず報われるだろう。
「じゃあ俺は人を待たせてるんで――」
「あ、お兄ちゃん!」
俺が春花の元に戻ろうとすると、凄く可愛い声が聞こえてきた。
呼び方から、見なくても誰かがわかる。
……神様、本当俺の事嫌いなんだな。
俺はもう二度と初詣など行かないと思いながら、ゆっくりと桜ちゃんのほうを見た。
すると桜ちゃんは俺目掛けて走ってきており、そのまま俺の腕に抱きついてきた。
「お兄ちゃん、用事は終わったの?」
そして、キョトンっとした表情で上目遣いに俺の顔を見上げてきた。
「あぁ、さっき終わった所だよ」
どうやらまだ怒ってないようなので俺はひとまずホッとして笑顔で答えたが、この先待ち受けてる事によって心の中で焦っていた。
桜ちゃんが走ってきたほうを見れば、『どうしてまだ居るの?』という表情をした雲母と、幸せそうな表情をするカミラちゃん。
そして、そのカミラちゃんに抱きつかれて苦笑いをして焦っている白兎が居た。
もしかしなくても、ホームルームが終わった後にカミラちゃんが白兎の元に行ったんだろうな。
俺と白兎は目が合うと、自分達がお互いの映し鏡になっているこの状況に、同情の眼差しを向け合うのだった――。
――ちなみにこの後、春花と合流して勘違いした桜ちゃんの誤解が解けるまで、俺は腕を捕縛された状態で効果音付きのニコニコ笑顔の恐怖に晒されたのは言うまでもない。
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