第135話「異様な光景」
「早かったね」
「海君! 待ってたよ!」
俺が職員室を出ると、雲母と咲姫――その後ろには、アリスさんとアリアがいた。
てっきり教室に戻ってるものだと思っていたのに、職員室に連れて行かれた俺のことを心配して追いかけてきたのかもしれない。
……俺だけを犠牲にしたアリスさんは、シレっとした顔でいるが……。
とはいえ、あの場では教師が俺を叱る為に連れて行ったように見せただけだろう。
実際の用事は全く関係無いものだったし。
「あの後は何も無かったのか?」
結構な騒ぎだった為、俺だけがいなくなってもあの騒動は中々治まらなかったんじゃないかと思って、そのことを雲母たちに聞いてみた。
「あぁ~大丈夫だよ」
「うん、大丈夫だったね」
俺の問いかけに対して、雲母と咲姫はニコッと可愛らしい笑顔で答えてくれた。
ただ、その笑顔が何か含みがありそうで逆に怖い。
「……ねぇお姉ちゃん、あの二人カイが居なくなった途端凄いオーラで周りを黙らせたのに、笑顔で誤魔化してるわよ」
「そうだね……。まぁでも……騒ぎが治まったから……結果オーライ……」
雲母たちの笑顔を見ていると、アリアとアリスさんのそんな会話が聞こえてきた。
その言葉だけで、簡単にその時の出来事が想像できる。
雲母は含みのある笑顔で脅しをかけ、咲姫は冷徹な仮面をつけて一睨みで周りを黙らせたといった感じだろう。
それに――学園一、二の人気を争う二人だ。
この二人に嫌われることは全生徒が避けたいことだろう。
……その二人の彼氏として認識されている俺は、恐らく男子たちからとんでもない程の恨みを買ってるんだろうな……。
まだどちらか片方が本当の彼女ならそれもなんとか受け流せるが、どちらも彼女でない以上、そんなことで恨まれるのは敵わない。
どうにか誤解を――――――解けるはずがないよな……。
だって、咲姫とのことは明言してしまっているし、雲母は学園で俺とほぼ一緒にいる為、否定した所で誰一人として信じないだろう。
それともう一つ。
これは俺の予想なんだが…………アリスさんも、俺の彼女だと噂が立てられている気がする。
クラスメイトたちにとって、転校してきたアリスさんの行動で疑念を持っていたのが、さっきの咲姫とアリスさんの俺を取り合うようなやりとりで確信に変わったことだろう。
――俺とアリスさんが、深い仲であるという疑惑が。
いや、まぁ……確かにアリスさんとは深い仲と言えば深い仲なのだが……決して、男女の深い仲ではない。
どちらかというと家族に近い仲のはずだ。
……まぁそんなことを言えば、『血が繋がっていなくて、戸籍上でも家族じゃない相手に何を言ってるんだ。きもっ』とか言われるんだろうな。
だから俺もその件には触れない。
とりあえず、誰でも彼でも俺の彼女として噂を立てるのはやめてほしい。
全て間違いでしかないから。
まぁそれはそれとして――
「なぁ、学園でも素でいることにしたのか?」
――俺は学園で咲姫が素の性格を見せた理由を聞くことにした。
「あ、うん!」
俺の質問に、咲姫は笑顔で返してきた。
その表情にはためらいがない。
何か、吹っ切れたという感じに見える。
「どうしてだ?」
「あのね――海君が髪を切ってくれたのと夏休み最終日の騒ぎで、私の彼氏が学園にいるってことがみんなにはわかったと思うの。それで彼氏が傍にいる限り、これからは男の子たちが言い寄ってこないと思ったの。だから、仮面を付けなくても平気かなって。それにね……これから私の彼氏なのに、他の女の子たちが海君の周りにいるのに、彼女である私が傍にいないとおかしいでしょ? それで、海君の傍にこれからいたいんだけど、冷徹な女の子より、今の私のほうが海君の傍にいやすいかなって」
なるほどな……彼氏役の俺が学園にいることで、周りの生徒たちに牽制できるわけか。
その代償が男子から俺が恨まれるということなんだが……まぁそれは、咲姫の為と考えれば我慢できるかもしれない。
ただ……さっきの咲姫の言いようだと、これからは咲姫も昼食を一緒にするのか?
登下校は生徒会の仕事があるから無理だと思うが、更にめんどくさいことになるんじゃないか?
しかし、そんなこと咲姫に言えるはずがないし……。
「まぁ、それで男子が言い寄ってこなければいいが……」
「えへへ、海君は私が言い寄られると嫌なのかな?」
俺の言葉を聞いた咲姫が、嬉しそうに俺の顔を覗き込んで来た。
なんで嬉しそうにしているのかわからない。
しかしまぁ……確かに、嫌だよな……。
「咲姫が嫌がってるんだから、言い寄られないほうがいいだろってことだよ」
本音は恥ずかしくて咲姫に言えない為、そう誤魔化しておいた。
「むぅ……」
俺の返答を聞くと、咲姫が頬を膨らませて拗ねてしまった。
誤魔化したとはいえ別におかしいことは言ってないはずなんだが……?
これが、難しい年頃というやつだろうか?
「はいはい、咲姫が素になったことなんてどうでもいいから、早く咲姫はクラスに戻りなよ。私たちと違って、担任の教師はとっくに教室にいるんでしょ?」
俺たちのやりとりを横で黙って聞いてた雲母が、咲姫にクラスに戻るように言った。
確かに、俺たちの担任は職員室にいるからホームルームが始まる心配はないが、咲姫の担任は教室にいるからホームルームが既に始まっているだろう。
生徒会役員ということだけなく、凄く真面目な咲姫がホームルームをサボったりしたら、それだけで軽い騒ぎになりそうだ。
「雲母の私の扱いが雑! もっと優しくしてよ!」
「あんたには十分優しくしてるほうよ!」
「夏休みくらいのを求めます!」
「あれは甘やかしすぎただけ! またあんなふうに甘やかしたら、あんたいつか駄目人間になるじゃん!」
雲母にどうでもいいと言われたのが納得いかなかったのか、咲姫が雲母に抗議をし始めた。
というか、俺がアメリカに行ってた間の二人の生活が凄く気になるんだが……。
雲母が咲姫を甘やかしてた姿とか、あまり想像できない。
――結局その後は、咲姫は自分の教室へと戻り、俺たちも自分たちの教室へと向かった。
そして俺がドアを開けると――俺は、クラスの男子たちに囲まれてしまった。
「「「「「神崎さん、ちょっといいでしょうか!?」」」」」
男子たちの表情からは、鬼気迫るものを感じる。
そして、声が大きい。
凄く大きい。
思わず耳を手で塞いでしまった。
「な、なにかな?」
俺は罵詈雑言が飛んでくると覚悟をしながら、男子たちに尋ね返す。
すると、代表者っぽい男が一人集団の中から出てきた。
九条君という、明るくて元気がいい若干イケメンな男子だ。
そんな彼が口にしたのは――
「美少女にモテる秘訣を教えてください、お願いします!!」
――だった。
「「「「「お願いします、神崎さん!!」」」」」
そして、九条君の言葉に続くようにして、俺を囲っている男子たち全員が頭を下げてお願いしてくるのだった――。
――この時俺は、ただただ、異様な光景を目にして呆気にとられるのだった。
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