第130話「担任教師は、思いがけぬ人」
「はぁ……」
俺は席に着くと、思わずため息が出てきた。
なんせ、クラス中の視線が今もなお俺に集まっているのだから……。
いや、な……?
確かに今まで前髪が邪魔で目が見えなかった奴が髪を切ってきたら、そりゃあ驚きかもしれないが……それでも、クラスメイトが髪切っただけでお前ら注目しすぎじゃない?
俺は見世物じゃないぞ?
注目されることが嫌いな俺は、クラスメイトたちに心の中で文句を言った。
なんだか満足そうにしている雲母の顔が、今はムカつく。
ただ、今はそれ以上に気になることがあった。
今学期になって、何故かいきなり席替えが行われていたのだ。
その座席表は黒板にはられていた。
そして――何故か俺の両隣の席だけ、空席なのだ。
なんだよ、これ?
とうとう学園側が俺に対していじめをしだしたのか?
別にそんな問題行動は………………結構してるかもしれないな……。
雲母や桜ちゃん、それに色々と変な噂が立っていることを思い出し、俺は頭を抱えた。
「おっまたせ~!」
俺が頭を抱えていると、のんきな声で女教師が入ってきた。
それにより、俺は机に突っ伏した。
この後の展開は、聞かなくてもわかる。
「はいは~い、今学期からみんなの担任なりました、如月梓で~す! みんなよろしくね~!」
如月先生のテンションの高い声に、クラス中から歓声が上がった。
馬鹿な男子だけでなく、女子からもだ。
このポンコツ教師は、意外にも生徒から人気があるみたいだ。
だが、俺は歓迎しない。
どう考えても、面倒な未来しか見えないからだ。
「なぁ、どうして如月先生が担任なんだ?」
俺は目の前に座る雲母に小さい声で聞いてみた。
小さい声で聞いたのは、ポンコツ教師に聞こえるとうるさそうだったからだ。
「何言ってるの? 如月先生って、一学期まで私たちの副担任だったじゃん。そりゃあ担任がいなくなったら、彼女が担任になる可能性は高いでしょ?」
「……え? あの人俺たちの副担任だったの?」
「そこからですかぁ……。まぁでも、ボッチの海斗君ですもんね。学園のことなんて顔を背けてばかりだから、そりゃあ知らないですよね」
雲母はまるで馬鹿にするかのように呆れた態度で俺の顔を見てきた。
どうやら、先程俺が春花に雲母のことをストーカーと言ったことを、根に持ってるみたいだ。
ただ、如月先生が副担任だったということは、本当に初めて知った。
まぁ、副担任なんてプリントに名前が書いてあるだけで、滅多にクラスに顔を出さないし、学年が上がった時も自己紹介なんてしに来ないからな……。
「こら、海斗ちゃん! 担任の先生の話はちゃんと聞きましょう!」
俺が雲母と話してると、ポンコツ教師に注意されてしまった。
しかし、何故だろう……?
明らかに俺が悪くて、ポンコツ教師が正しいことを言ってるのに、こんなにもイラッとくるのは……。
……あぁ、言い方がうざいのか……。
まぁしかし、俺が悪いからここは素直に謝ろう。
俺がそう思って席を立つと――クラス中が俺を見ながらヒソヒソとしていた。
「なぁ、今海斗ちゃんって言ったよな?」
「うん、言った言った。めちゃくちゃ親密そうな関係だよね? もしかして、如月先生にも手を出してるのかな?」
そんな声が、クラス中から聞こえてくる。
目の前の雲母も、なんだか言いたいことがありそうな顔で俺のことをジーっと見ていた。
もうこれ以上、変な噂を立てるのは本当にやめてほしいんだが……。
「先生、申し訳ありませんでした。それと、海斗ちゃんはやめてくださいと何度も言ってますよね?」
「え、駄目なの?」
「当たり前です!」
「どうして?」
「いや、どう考えても駄目でしょ? そんな呼び方されていたら、俺は先生と仲がいい関係だと思われますよ?」
俺はあえて、言葉を曖昧にした。
ここで俺が言いたいのは恋仲に思われるってことなんだが、わざわざそこを言葉にすると、また変な噂が立つのは目に見えていた。
だから、こう誤魔化したのだ。
「えぇ!? 海斗ちゃん、先生と仲良しだったんじゃないの!? だって、たまにうちで髪を整えてたし~」
「おいポンコツ!」
この人は何を言い出すんだ!?
確かに如月先生の家で髪を整えてもらっていたけど、そんな言い方されたら――
「ねぇ、家で髪を整えてたって……そういうこと……?」
「うん、髪を整えなおさないといけないことをしてたんだろうね……」
――俺の懸念どおり、周りの生徒たちは俺と如月先生の関係を疑い始めた。
雲母の俺を見る目が、段々と痛いものになっていく。
これ……あとで絶対地獄見るやつだろ……?
「というか今神崎さん、如月先生のことポンコツって言ったよね?」
「先生にそんなこと言うなんて、やっぱり今までのクラスでの神崎さんは、猫をかぶってただけなんだ……」
「そりゃあそうだよ。だって、あの雲母ちゃんがべた惚れなんだもん……」
そして、このように俺の悪評が立つ始末。
どうやら俺は、自分で自分にとどめを刺したようだ。
クラスメイトたちが、完全に俺のことを恐れている目で見ている……。
「はいは~い、これから始業式もあるし、さっさとホームルームを終わらせるよ~」
そんな中、如月先生はマイペースにホームルームを再開した。
この人の天然具合は相変わらずだ。
ただ、あのままの雰囲気で俺が見られるよりは、マシだったかもしれない。
如月先生もそう思って話を切り替えた――はずはないな……。
この人にそんな機転が利くとは思えない。
確かに雲母と咲姫が揉めた時はこの人のおかげで助かったが、本当に機転が利くのなら、そもそも教師である自分が、俺と親密な関係になっていると疑われる事態を避けるだろう。
だから、この人にそんな能力はない。
「海斗……あとで、お話しよ」
俺が如月先生のほうを見ていると、雲母が声を弾ませながら笑顔で言ってきた。
うん、間違いなく、説教タイムだ。
俺、そんな悪いことしてないはずなのにな……。
「――そして、ここでみんなにお知らせです! なんと、このクラスに新しい友達がやってきました!」
ホームルームの最後に、如月先生ははしゃいだ声で転校生がきたことを告げる。
その言葉に、男子が大盛り上がりする。
女子たちも、心なしか期待しているような瞳で先生を見つめていた。
雲母は――俺のほうを振り返って、凄く不安そうな顔をした。
多分俺とは抱えている感情は違うが、結論は同じだろう。
「まさか……そんなことって……」
俺と雲母が出した結論――それは、春花が俺たちのクラスに転校してきたということだ。
いや、いくらなんでもテンプレすぎるとは思うが……このタイミングは、それしかないだろう。
確率で言えば、俺たちの学年は十クラスだから、十分の一だ。
確率は低いが、なくはない数字。
そして、最近修羅場ばかり用意される神様だ――絶対、俺のクラスに春花を転校させようとするだろう。
正直言えば、なんとも言えない。
春花自身が同じクラスになるのは嬉しいが、俺は彼女を拒絶する選択をした。
そのことを彼女に言えば、当然気まずい雰囲気になるだろう。
俺は期待と不安が入り混じった思いで、教室の前のドアを見つめる。
そして入ってきたのは――二人の金髪少女だった。
直後に俺は思い出す。
自分の両脇の席が空いていることを――。
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