第128話「気持ちが強い女の子」
「おはよう海斗、それに桜」
俺が学園に通う為に桜ちゃんと一緒に家を出ると、何故か家の前に雲母がいた。
彼女と一緒に学園に行く約束なんてしていない。
ましてや、雲母の家は俺たちと少し離れた所にある為、通学中に立ち寄ったとも考えられない。
「なんでいるの……?」
彼女が家の前にいた理由がわからず、俺はそのことを尋ねる。
すると雲母は俺に対して笑顔でチョイチョイっと手招きをし、理由を話し始めた。
「だって、海斗髪切っちゃったんだもん。このまま海斗が学校に行けばどうなるかわかるから、一緒に通おうと思って来たの」
「……何、お前俺が髪切ったからわざわざこっちまで来たの? え、お前って過保護なの?」
「いや、違うし! 変な虫が付かないようにしたいの!」
俺が呆れた顔をして言うと、雲母は心外そうな表情をした。
まぁ俺も本気でそう思ったわけではないが……なんだよ変な虫が付くって。
別にそんなことあるわけないだろ?
……変な虫じゃなく、怖い虫なら付きそうだけどな……。
俺は昨日の咲姫の彼氏(仮)として顔バレしたことを思い出す。
正直、今も学園に通うのが憂鬱だ。
もう修羅場の未来しか見えない。
「あ、それと……ねぇ、昨日告白された返事はどうしたの?」
学園に着いた時のことを考えて憂鬱になっていると、雲母が昨日の騒動のきっかけになったことを聞いてきた。
ただ、俺は春花に告白されたことや、会ったことを雲母に教えていない。
「随分と、耳が早いな?」
「昨日いろんな子からメッセージが来たからね~。『雲母ちゃん、聞いて聞いて! 学園に桃井の彼氏が現れたの! しかも、凄く可愛い女の子に告白されていたらしくて、その子と一緒に手を繋いで逃げちゃったの!』」ってね。他の子たちのメッセージも似たような内容だった。前に海斗が咲姫の彼氏のフリをしてたから、これって海斗のことだよね? さて、どういうことか説明してもらえるかな?」
雲母は可愛らしい素敵な笑顔で――そして、後ずさりたくなるようなプレッシャーを放ってきた。
うん、これ、どう見ても怒っているよな。
前々から雲母は俺に対して好意を示してくれていたし、まぁ、彼女がどういう気持ちなのかは理解できる。
だから、彼女には説明を――
「――ねぇ、お兄ちゃん。その話、桜も詳しく聞きたいな~」
俺が雲母に昨日のことを説明しようとすると、ニコニコ笑顔の桜ちゃんが俺の顔を覗き込んできた。
その笑顔には何故か『ゴゴゴゴゴ』の効果音がついているように見える。
……え、この子なんで怒ってるの!?
話が聞こえていたことはともかくとして、桜ちゃんが怒っている理由が全くわからない。
ただ一つはっきりしているのは、雲母と同じくらい桜ちゃんが怒っているということだ。
今の話の何処で俺は桜ちゃんの地雷を踏んでしまったのだろうか?
俺はダラダラと汗を流しながら、小さい天使を見る。
天使は相変わらずニコニコ笑顔で、『ゴゴゴゴゴ』という効果音が付くオーラを放っていた。
とりあえず、桜ちゃんにも説明するしかないか……。
春花に悪いと思いながらも、変な誤解を招かないよう俺は二人に昨日のことを説明した。
俺の話を全て聞き終えた時、二人は何故か凄く複雑そうな――そして、ショックを受けたような顔をしていた。
まぁ雲母は春花の名前を元から知っていたし、中学時代の俺たち二人の関係は大体予想がついていただろうから、春花が転校してきたことに困っているのはわかる。
俺を盗られないか心配してるんだろう。
…………うるさい、笑うなら笑え。
そうだよ、こんなこと言ってたら俺はただのナルシキャラだよ!
でも、仕方ないだろ!
雲母からの好意もちゃんと受け入れて向き合うって決めたんだ!
なのにそこを否定してしまったら、振り出しに戻るだろ!
まぁただ、桜ちゃんがどうしてこんな顔をしているのかはよくわからない。
もしかして、春花のことを俺が初恋の人だと言ったから、『大好きなお兄ちゃんを盗られちゃう』とでも思ってくれているのだろうか?
……うん、ごめん。
これはちょっと自分の都合のいいように無理やり解釈してみただけだ。
実際は、なんだかややこしいことになりそうだと、俺のことを心配してくれているといったところか。
本当、この子は優しい子だ。
「それで、どう返事するの?」
俺が桜ちゃんのほうを見ていると、雲母が心配そうな表情で俺の顔を覗き込んできた。
この表情を見るに、俺の考えはうぬぼれではない気がする。
そうなると、彼女には正直に話すべきだろう。
俺が今、どう思っているのかを。
ただ、悪いけど少し嘘をつかせてもらう。
「俺は、誰とも付き合うつもりがないんだよ」
俺の言葉に、雲母と桜ちゃんは息を呑んだ。
これは間接的に雲母のことも拒絶している。
だけど、これでいいんだ。
俺が好きなのは雲母じゃない。
だから、彼女の好意に答えることはできない。
なのに彼女に期待だけを持たせるのは失礼だし、かわいそうだと思った。
桜ちゃんも、雲母のことを心配したんだろう。
この子は幼い見た目のわりに凄く察しがいいから、雲母が俺に向ける好意にも気付いていたはずだ。
そして俺が雲母のことを拒絶するようなことを言ったから、雲母のことを心配しているって考えるのが一番シックリくる。
「――あっそ、だから何? わざわざそんな言い方をしたのは、私にも海斗を諦めろってこと? 絶対に嫌だからね、そんなこと。海斗が今そういう考えだとしても、これから先その考えが変わらないとは限らない。だから、私が変えてみせる」
雲母はそう言うと、俺の右腕に抱き着いてきた。
……こいつは本当、気持ちが強い奴だよな……。
一体この世界で、どれだけの人間が彼女と同じようなことを言えるのだろうか。
しかし、今の俺にとってはその気持ちの強さは困るんだけどな……。
「お兄ちゃん、桜もだよ?」
雲母が抱き着いてきてすぐ、桜ちゃんがそんなことを言って俺の左腕に抱き着いてきた。
何が桜ちゃんもなのだろうか?
もしかして、妹として兄が恋愛をしないのは反対ということか?
……なるほど、まじめで家族思いの桜ちゃんらしい考え方だ。
ただ、やはりそれはそれで困る。
俺の本当の気持ちがこの子に知られてしまったら、この子はその時俺に対してどう思うのかが怖い。
はぁ……結局、問題は山積みか……。
これから先のことを考えて、俺はどうするべきか頭を悩ませるのだった。
――ちなみに、両腕に美少女を侍らせて通学する俺は、すれ違う人たちに白い目を向けられ続けるのだった――。
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