第5話「忘れたい過去」
現在の俺はコミュ障で有り、ラノベ、ゲーム(ちょっと特殊な)、アニメが大好きの所謂オタクだ。
しかし俺の趣味はそれだけじゃなく、プログラミング――プログラムを作る事も趣味にしている。
だが――元々俺はこんなんではなかった。
俺がこんな風になったのは、中学二年生の時だ。
当時の俺には、好きな女の子が居た。
彼女とは中学で知り合い、すぐに仲良くなった。
あの時の俺は、今の俺からは考えられないくらい、クラスの中心に居る存在だった。
朝登校すれば、クラスメイト達に声を掛けられ他愛もない話をしていたし、放課後には友達とゲーセンに行ったり、ボウリングをしたりしていた。
そんな俺が女の子と仲良くなるのは、そこまで難しくなかった。
彼女と話すようになったのは、彼女から数学を教えてほしいと頼まれたのがきっかけだった。
別にあの時の俺が、勉強を得意としていたわけではない。
今と変わらず、テスト勉強などした事がなかった。
ただ、そんな俺にも唯一の得意分野があった。
それが、数学だ。
これは今も変わらないのだが、授業さえ受けていれば数学は大抵満点だった。
だからあの時、彼女に頼られたのだろう。
正直言って、人に勉強を教えるなどどうしたらいいかわからず、最初は断った。
しかし、人懐っこい笑顔と押しの強かった彼女に何度もお願いされて、結局教えるようになったのだ。
最初は中々点数があがらず――というより、何がわからないのか俺が理解できなかったせいで、上手くいかなかった。
それでも段々とやり方がわかってきて、彼女は高得点をとるようになった。
その頃から、俺達は二人っきりでよく遊ぶようになっていた。
正直あの時の俺は、この時両思いだと思っていた。
告白すれば、付き合えるんじゃないかと。
だが――結果は見事に玉砕。
それどころか、告白した時に彼女に泣かれてしまったのだ。
泣かれながら、振られた。
そしてその一週間後、何も言わずに彼女は転校してしまった。
あの時泣いていた事からも、俺のせいで彼女は転校したのだろう。
しかし……この時の俺は彼女に対する罪悪感を抱えていたが、今の様になっていたわけではない。
ただ……そうは言っても、俺の心に余裕はなくなっていた……。
だから、あの時の俺はクラスメイトの軽口を流せずに、あんな事件を起こしてしまったのだ――。
2
今から約三年前――
「しっかし、残念だったな神崎~。愛しの彼女が転校してしまってよ~」
「は? あいつは俺の彼女じゃねぇよ」
俺は目の前でニヤニヤしている、クラスメイトの桐山達三人組を睨む。
こいつらは俺の事が気に入らないのか、何かと突っかかってくる節がある。
大方、俺が仲良くしていた女の子――小鳥居春花が転校して、落ち込んでいる俺にちょっかいを掛けてきたのだろう。
「おいおい、あれだけ一緒に居て彼女じゃなかったのか? あぁ、あれか、遊びの関係だったってやつか?」
「あぁ、小鳥居って凄く可愛いかったけど、男好きそうだったもんな~」
「そうそう、如何にも軽そうな女って感じだよな」
桐山の言葉に同調するように、他の二人が春花の事を馬鹿にする。
これは、俺に対する挑発だとわかっていた。
ワザと春花の事を馬鹿にし、俺が怒る様に仕向けているのだ。
桐山は、いつもこうして俺に喧嘩を売ってくる。
普段の俺ならば大して取り合わず、受け流していたところだが――
「……もう一度言ってみろ」
――今の俺はその言葉を受け流せず、その挑発に乗ってしまった。
「ハハ、何度も言ってやるよ! 小鳥居春花は男好きのビッチやろうってな!」
「――っ!」
俺は桐山が春花の事を馬鹿にした瞬間、思い切っり顔面を殴り飛ばした。
「いってぇ――!」
「だ、大丈夫かキリちゃん!」
桐山の金魚の糞が、廊下の手すりにぶつかり蹲っている桐山へと駆け寄る。
「か、海斗、落ち着け!」
「だめ、神崎君! こんな奴ほっときなよ!」
俺の行動に驚いた友人達が、俺を止めに来た。
「どけよ」
俺は友人達を振り払うと、桐山へと足を進める。
歩み寄る俺に対して桐山がニヤっと笑い、その笑顔が俺の神経を逆撫でした。
――その後の事は、よく覚えていない。
気が付けば、桐山が二階の廊下から庭に落ちていた。
実際は、揉み合った際に俺を突き落とそうとした桐山を俺が躱した事により、勢いが止まらなかった桐山が勝手に落ちたそうだが――学校内には、俺が二階から同級生を突き落としたという噂が流れた。
もちろん、俺達のやり取りを一部始終見ていた生徒達や、友人達は俺の事を庇ってくれた。
しかし、二階から落ちた桐山が入院したという事実により、噂は広まる一方だった。
おそらく、桐山の連れとかが吹聴していたのだろう。
噂はいつの間にか俺の居る学校だけではなく、他校にも広がり、次第には街の人間にも広まっていた。
そして街を歩く俺に対して向けられる目は、気持ち悪い物となっていった。
その視線に耐えられなくなった俺は外に出るのを止め、段々と学校を休むようにもなった。
他人の視線が怖くなった俺は人と関わる事も怖くなり、結果コミュ障となって2次元の世界に逃げた。
そんな俺を見かねた父さんは、結構大きかった病院をやめて今の家へと引っ越しをしてくれたのだ。
結局あれ以来俺は今の様な性格になってしまったが、俺の為に態々出世の道を断ち、自分で病院を経営して夜遅くまで働いてくれている父さんには、本当に感謝している……。
3
朝ご飯を作るために下の階に降りると、何やらいい匂いが漂っていた。
あれ?
今日は父さんがご飯を作ってくれているのか?
でも確か父さんは、料理が出来なかったはずだが……?
俺は不思議に思いながら、リビングのドアを開けた。
すると――
「あ、おはようお兄ちゃん」
そう言って、エプロンを巻いたロリ系美少女が、笑顔を向けてくれた。
あ、そうか……。
昨日から新しい家族が出来たんだった……。
「おはよう、桜ちゃん」
俺も挨拶を返しながら、エプロン姿の桜ちゃんを見る。
朝起きたらこんな可愛い子に笑顔で挨拶されただけじゃなく、お兄ちゃん呼びもしてもらえた。
これで嬉しくない男は居ないだろう。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
俺がマジマジと桜ちゃんを見てたせいか、彼女は不思議そうに俺の方を見ていた。
「いや……そういえば、桜ちゃんがご飯作ってくれてたんだね」
「うん! 桃井家の家事担当は桜だったから、今日も作ってるの!」
料理担当じゃなく、家事担当?
俺はその事に疑問を持ったが、目の前でニコニコしている可愛い妹を見ていると、そんな事どうでもよくなった。
それよりも、彼女の手伝いをした方が良いだろう。
「そっか、何か手伝おうか?」
「え? お兄ちゃん、料理出来るの?」
桜ちゃんは首を傾げながら、不思議そうに俺の顔を見あげている。
俺が料理出来るとは思っていなかったのだろう。
まぁ、料理が出来ない男子は多いからな。
だが、俺の家は父さんと俺しかいなかったから、仕事をしてくれている父さんの代わりに、俺が家事をこなしていた。
だから、俺も料理が出来るのだ。
「あぁ、神崎家の家事は俺がしてたから、多少ならできるよ」
「そうなんだ! だったら、一緒に……あ、ごめんね……。もうほとんど出来てるから、してもらうことがないの」
一瞬目を輝かせた桜ちゃんは、すぐに顔を曇らせた。
一緒に料理が出来ると喜んでくれたのかもしれない。
そして、料理が完成まぢかだった事から、一緒に出来なくて、残念がってくれているのだろう。
「それは残念だな……。それなら、今日の晩御飯を一緒に作らないか?」
「あ、うん! 桜もお兄ちゃんと一緒に料理してみたい!」
そう言って、はにかむ様な笑顔を向けてくれる。
こちらも必然と頬が緩んでしまった。
本当に桜ちゃんは可愛い子だなぁ……。
……あれ?
これって、桜ちゃんの手料理を食べられるんだよね?
え、という事は――人生初の、女の子の手料理を食べるって事!?
まさかこんなに早く、女の子の手料理を食べられる様になろうとは!
昨日から幸運続きだな!
こんなに幸運が続くなんて、もしかして俺今日死ぬの!?
……いや、幸運続きじゃねぇわ。
バッチリ昨日、地獄に叩き落されたじゃねーか。
はぁ……今日もあの女と顔を合わせると考えると、気が重いな……。
とりあえず、今は桜ちゃんに癒されよう。
「そういえば、敬語止めたんだ?」
俺は先程から気になっていた事を、桜ちゃんに尋ねてみる。
確か昨日までは、敬語で俺に話しかけてきていたはずだ。
「あ、そっちの方が家族っぽいなって思って……だめ、かな?」
桜ちゃんは俺の顔色を伺う様に、上目遣いで見上げてきた。
「いやいや、俺もそっちの方が嬉しいよ!」
「本当!? やったー!」
そう言って、桜ちゃんは嬉しそうに料理を再開した。
一々反応が可愛いなぁ。
これがあんな冷徹女の妹だなんて、信じられない。
桜ちゃんの爪の垢でも、今度こっそり桃井の料理に入れておくか?
……バレたら殺されそうだな……。
しかし、桜ちゃんと二人っきりか……。
嬉しい反面、少し緊張してしまう。
いくら妹になったとは言え、流石あの学校一のモテ女の妹っていう感じか。
桜ちゃんは半端じゃないほどの美少女なのだ。
そんな子と二人きりとなれば、やはり緊張してしまうだろう。
父さん達は、多分まだ起きてこないだろうなー。
夜遅くまで働く父さんは、大抵俺が学校に行く頃起きてくる。
父さんの病院で働く香苗さんも、多分生活習慣が同じなのだろう。
「――おはよう、桜」
俺が考え事をしていると、桃井が起きてきた。
相変わらず、見た目がバッチリと決まっている。
もう既に制服も着ていた。
生徒会があるから、早めに家を出るのか?
あぁ、だから桜ちゃんはこんなに早く、ご飯を作っていたのか。
俺が朝ご飯を作るために起きてきた時、桜ちゃんの料理は既にほとんど出来上がっていた。
それは俺達が学校に行くに合わせて作るには、少し早いという事だ。
つまり、桜ちゃんは桃井のためにかなり早く起きているのだ。
やっぱり、いい子だよな……。
なんで桜ちゃんみたいな子が、桃井の妹なんだろう?
あれか、桃井が性格の悪い部分をすべて持って行ったから、桜ちゃんみたいに純粋で優しい子が生まれたのか。
うん、そうに違いないな。
「……何?」
「え?」
「いや、私の方ずっと見てて、気持ち悪いんだけど?」
どうやら俺は考え事をしていたせいで、桃井の事をジッと見ていたようだ。
まぁ、それは気持ち悪いと言われても仕方ないか……。
――いや、ちょっとまて!
気持ち悪いは流石にないだろ!
「お前ってなんでそんなに毒舌なの? 桜ちゃんみたいに優しく出来ないわけ?」
昨日からムカついている俺は、桃井に苦言を述べる。
「は? 優しくしてほしいんだったら、それ相応の人間になりなさいよ」
「それ相応ってどういう人間だよ?」
「そうね……見た目は美少年で、学力が私より上なら問題ないわ。あ、お金持ちとか、運動が出来るとか、そういうステータスはいらないから」
思ったよりは無茶苦茶ではないが――無理だ。
まず、美少年ってとこで無理だろう。
勉強は……数学なら桃井に勝てるかもしれないが、他の教科は惨敗する気しかしない。
無茶苦茶を言っていない事から、こいつが考える本気のボーダーラインなんだろうな……。
俺はふと、学校の面子を思い浮かべる。
――あ、こいつが言うような奴、一人もいないわ。
無駄にスペックが高い奴らは集まるが、その中に美少年で成績が良いと言う奴は記憶にない。
まぁ、マンモス校だから、本当は居るのかもしれないが……。
しかし、だからこいつは学校で冷徹と呼ばれているのだろうか?
だが、普通そんなボーダーラインとかを決めて、人に優しくするかどうか決める人間はいないだろう。
つまり、こいつが酷い性格をしている事に変わりない。
「というか、あなた前髪切ったら?」
桃井は目を細めて、俺の顔を見ていた。
「……なんで、お前にそんな事言われないといけないんだよ?」
「前髪が長すぎて、まず目が見えない。あなたのお父さんがあんなにイケメンなんだから、それで多少マシになるんじゃないの?」
そういえばこいつ、父さんには礼儀正しく挨拶していたな?
え、あれってそう言う事?
父さんがイケメンだったから、礼儀正しくしていたの?
これから家族になる、大黒柱だったからとかじゃなく?
それに多分、父さんの学力というか、頭脳は桃井から見て合格なのだろう。
父さんは医者だ。
だから、問題ないと判断しているのだろう。
医者になる人間は頭が良いと言うのが、一般常識だ。
いや、もしかしたら例外は居るのかもしれないが……。
ちなみに――香苗さんは、父さんが経営する病院のナースらしい。
二人が出会ったのはそう言う事だ。
「はっ、父さんがイケメンだからって、子供もイケメンとは限らないだろ?」
「ええ、その通りね。特にあなたがイケメンのはずがないわ。ねぇ、ボッチ君?」
……この女、マジで泣かす!
「お姉ちゃん、そろそろ食べないと生徒会遅れるよ?」
俺達が言い合いをしていると、困ったような表情をしながら、桜ちゃんがこちらを見ていた。
「あなたのせいで、無駄な時間を過ごしちゃったじゃない。桜、今行くわ」
桃井は俺の方を睨んで、そのまま台所の椅子に座った。
……なんで俺が文句言われたんだ?
因縁吹っ掛けてきたの、あっちじゃなかったか?
――本当、ムカつく女だな!
だが、ここで俺は声を荒げたりしない。
そんな事をすれば、桜ちゃんに怯えられてしまう。
桃井の事はどうでもいいが、桜ちゃんに嫌われるのは避けたかった。
「お兄ちゃん、一緒にご飯たべよ?」
桜ちゃんはわざわざ俺のとこにまで来て、ニコッと微笑んでくれた。
桃井に傷つけられた心は、桜ちゃんに癒されるのだった――。
4
「お兄ちゃん、待って~!」
俺が玄関で靴を履いていると、制服姿に着替えた桜ちゃんが駆け寄ってきた。
「ん? どうかした?」
「えぇー……。折角同じ家から通うんだから、一緒に行きたかったのに……」
「あー……俺も一緒に行きたいけど、桜ちゃんが学校で変な事言われるかもしれないだろ?」
実を言えば、俺も一緒に桜ちゃんと登校したかった。
義妹と一緒に学校行けるとか、それだけで幸せだろうに……。
しかし、俺と一緒に登校すれば、桜ちゃんが周りから変な事を言われるかもしれない。
だから、俺は一人で先に行こうとしていた。
「え? どうして?」
桜ちゃんは俺の言っている意味がわからなかったのか、不思議そうに首を傾げている。
これって、俺が説明しないといけないの?
普通、察してくれるものじゃないのかな?
「いや……その……」
「え、何?」
どう言えばいいんだ?
いや、男女が一緒に歩いていたら、付き合っているって噂が流れるかもしれないって言えばいいんだろうが……。
普通の奴が言うならともかく、俺みたいなオタクがそんな事言えば、気持ち悪いって思われるんじゃないか?
『え、もしかして、桜とつり合っている様に見えているの?』とか言われたら、ショックで立ち上がれない。
いや、桜ちゃんがそんな事を言うとは思えないが……。
「ねぇ、一緒に行こ?」
桜ちゃんは俺の事を無邪気な目で見上げてくる。
可愛い……。
ハッ――そうじゃない。
ここは桜ちゃんに変な噂が立たない様に、断るべきだろう。
うぅ……言うしかないか……。
「あのな、二人の男女が一緒に歩いていたら、付き合っているって学校で言われるかもしれないだろ?」
俺の言葉に、桜ちゃんはキョトンっとする。
「桜達、兄妹だって言ったらいいんじゃないのかな?」
「それはやめてくれ。そんな事すれば、必然的に桃井と俺が姉弟という事になり、俺があいつに殺されてしまう」
殺されるは言いすぎだが、半殺しぐらいにはされるかもしれない……。
「うーん、そうなんだ……。だったら、別にお兄ちゃんと噂されてもいいよ? そんな事気にするより、お兄ちゃんと一緒に登校したいから」
そう言って、桜ちゃんはニコっとした。
ねぇ、昨日から思ってたんだけど、この子なんで俺にこんなに懐いてるの?
いや、嬉しいから良いんだけど……もしかして、あの時図書館に連れていってあげたから?
もしそうなら、この子チョロ過ぎないか?
いや、ここは純粋と言ってあげるべきか……。
まぁ、機会が有ったら一度聞いてみるか。
今日は桜ちゃんが良いって言うんだったら、一緒に登校する事にしよう。
「じゃあ、一緒に行こうか……?」
俺がちょっとどもりながら聞くと――
「うん!」
桜ちゃんは嬉しそうに、頷いてくれるのだった――。