第120話「アメリカも日本も変わらない」
「ねぇ、神崎君……」
俺の隣に座る白兎が、小さな声で囁くように声をかけてきた。
若干、吐息が顔に当たってる。
「なんだ……?」
俺も同じような声で白兎に返した。
「僕……胸が苦しいんだ……。というか……凄く痛い……」
「そうか……俺もだよ……」
「「……」」
俺たち二人はしばし、至近距離で見つめ合う。
そして、白兎が口を開いた。
「いや、何自分も被害者みたいな顔してるの? これ、君のせいだからね?」
「わかってる、わかってるから、お前までそんな顔で睨むな」
そう言って、俺はなんとか白兎をなだめる。
俺たちがこんな会話をしている理由――それは、周りの女子たちにあった。
現在俺たちはアリスさんが所有するリムジンに乗って、のんびりと自分たちの地元に帰っている途中だ。
父さんたちは、もう既に家に帰ってるらしい。
……まぁ、俺がいない間に色々と大変な目に遭ったそうだが、今は忘れさせてほしい。
というか、聞くのが怖すぎて詳細は聞かなかった。
とりあえずあのヤンデレ従妹は、えらくオカンムリだそうだ。
しかし、父さんたちがもう家に帰っているということは、解決しているのだろう。
その話を聞いた時に、『春から……頑張れ……』と言っていたことについては、もう知らない。
その意味を考えたくもないのだ。
まぁそれはともかく、カミラちゃんや雲母も含めた俺たち七人は、何事もなく地元に帰る予定だった。
それなのに、いざリムジンに乗ろうとすると、誰が俺の隣に座るかで揉め始めたのだ。
主に、咲姫と雲母が。
それでアリスさんが『カイが……決めるべき……』とか言い出して、俺の隣に座る二人を自分で決めることになった。
とりあえずもう咲姫と雲母でいいやと思ったのだが、その時俺を見つめる一つの視線に気がついた。
そう、その視線の主は――桜ちゃんだ。
甘えたそうなウルウルとした瞳で、俺のことを上目遣いで見上げていたのだ。
当然、俺は迷いなく桜ちゃんを指名した。
すると、桜ちゃんは凄く嬉しそうに俺の腕にくっついてきたのだ。
その時の俺は桜ちゃんの可愛さによって、こんなふうに幸福感に満たされていた。
『桜ちゃん、可愛すぎてまじ天使』っと――。
しかし、そんな馬鹿な考えは一瞬で吹き飛んだ。
なんせ、絶対零度並みの冷たいオーラを放つ咲姫と、ルンルン笑顔で無言のプレッシャーを放つ雲母が居たからだ。
俺はこの時、自分の迂闊さを悔やんだ。
桜ちゃんを選んでしまったことにより、残り枠は後一つしか無かったからだ。
これでは咲姫と雲母、どちらか一人を選ばないといけなくなる。
そしてどちらを選ぼうとも、まず間違いなく角が立つ。
しかし、だからと言って第三者のアリスさんを選べば、間違いなく二人から俺は殺られる。
それはカミラちゃんでも同じだ。
いや寧ろ、俺のことを嫌ってる分、カミラちゃんからも怒られるからより酷くなる。
だから、消去法で白兎を選んだのだ。
おかげで今、咲姫と雲母の二人は『ぐぬぬぬ』っと口から漏らしながら、俺たちを睨んでいた。
でも、咲姫は目から光を失っておらず、頬を膨らませてるだけだから、なにげに可愛い。
まぁ俺がそんなことを言えるのは、二人から主に睨まれているのが白兎だからだ。
二人とも、桜ちゃんには何も言うことができないせいで、最後の一席を奪った白兎に怒りの念を集めていたというわけだ。
じゃあ、何故俺の胸が痛いかって?
……白兎を指名した途端、まるで猫が全身の毛と尻尾を逆立たせるかのように、カミラちゃんが俺に対して怒ったからだ。
今もなお、白兎の向こう側から俺のことを睨んで威嚇している。
……どうしよう……?
俺、カミラちゃんに日に日に嫌われてるんだけど……。
カミラちゃんと仲良くしたいと思っているのに、逆に嫌われていくというこの状況を、俺は嘆いた。
アリスさんだけは、この状況を楽しそうに見ている。
あの人、まじで俺が困ってると喜びすぎだろ……。
アリスさんは、結構優しくて思いやりがある母性の一面を見せてくれる人だけど、その反面半端じゃない程無茶ぶりや俺を苦しめてくる。
この人は絶対隠れSだ。
「――早く、家に帰りたい……」
俺が一人考えていると、白兎が泣きそうな声で呟いた。
その言葉に俺も心から同意する。
というか、アメリカにいた時は早く日本に帰りたいって思ってたけど、これ……日本のほうも変わらないわ……。
寧ろ、アメリカに居た時より胸や胃が痛い。
腕にスリスリと頬を擦り付けて甘えてくる桜ちゃんをよそに、俺は現状を嘆いた。
……てか、桜ちゃんアメリカから帰ってきてから、更に甘えん坊になってない……?
アメリカで構ってあげれなかったからか……?
――と、桜ちゃんの甘えん坊具合に俺は疑問を抱くのだった。
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