第117話「猫耳爆弾の過去」
「二人とも、寝ちゃったね……」
後部座席に座る僕とアリスさんの間に居るカミラちゃんと、助手席に座る桜ちゃんは体勢を崩して眠っていた。
カミラちゃんは眠っているのに、僕とアリスさんの手をギュッと握って離さない。
そういうとこが、凄く可愛いと思った。
「大変な目に……遭ったからね……。凄く……疲れたはず……」
僕が話しかけるまで窓の外を見ていたアリスさんが、僕のほうを向いて答えてくれた。
その様子は、酷く疲れているように見える。
彼女は僕たちを助ける為に、必死で頑張ってくれたんだと思う。
本当、感謝してもしきれない。
……あれ?
「イヤホンをしてるの? 何を聴いてるんだい?」
アリスさんの左耳にイヤホンがついてることに気づいた僕は、そのことについて尋ねてみた。
「いや……気にしなくていい……。それよりも……この子たちを守ってくれて……ありがとう……」
だけどアリスさんは僕の質問には答えてくれず、カミラちゃんの頭を撫でながら僕にお礼を言ってきた。
「ううん……僕は何もできてないよ。アリスさんや神崎君が助けてくれたんじゃないか」
「そんなことは……ない……。君が傍に居てくれて……この子は心強かったと思う……。それに最後……この子を庇ってくれた……。本当に……ありがとう……」
彼女にお礼を言われて照れ臭くなった僕は、笑顔で誤魔化した。
そして話を変えるために、気になってたことを聞いてみる。
「神崎君を一人にしてよかったのかい? いや、まぁ、黒柳君って人が一緒に居るとは聞いてるけど、さすがに心細いんじゃないのかな?」
僕がそう尋ねると、アリスさんは僕の顔をジーっと見たあと、ゆっくりと口を開く。
「まだ……終わってない……から……」
「……え? 何が……?」
「アリスは……思い違いをしてた……。本当に狙われていたのは……この子じゃない……」
暗い表情をしながらアリスさんは、カミラちゃんの体を抱き寄せる。
僕は多分、彼女に対して怪訝な表情をしているだろう。
「じゃあ、誰が……? もしかして……!?」
「そう……狙われていたのは……カイ……」
「駄目じゃないか!? なんで彼に別行動をとらせたんだ!?」
狙われている人間に敢えて別行動をとらせるなんて聞いたことが無い!
一体アリスさんは何を考えているんだ!?
「仕方がない……。このまま日本に帰るほうが……危険……。カイについてるのが……病み上がりのクロだけとすれば……予定を変えてでも……接触してくるはずだから……」
「それで彼に何かあったらどうするつもりなんだ!?」
「大丈夫……」
彼女はそう言うと、また窓の外に視線を向けた。
よく見れば、彼女の体は震えている。
本当に、大丈夫なのか……?
「だから、私の仲間に捕まえた奴らを預けたのか?」
僕がアリスさんのことを見ていると、車を運転しているマリアさんがアリスさんに声を掛けた。
「うん……。どうせ……何も知らないから……」
まるでガッカリしたという感じで、アリスさんは答えた。
マリアさんの仲間とは、FBAの人たちのことだ。
もう一つ、聞いておかないといけないことがあったな……。
「どうして、最初からFBAに協力を求めなかったんだい?」
犯人を捕まえてからではなく、最初からFBAに助けを求めて居れば、もっと安全だったと思うのに。
「そうだね……君には……全てを知ってもらってたほうが……いいね……。猫耳爆弾は……ドイツ貴族なの……」
「貴族……?」
「そう……。それも……ドイツの中で……高位な……ね……。だけどこの子は……親に捨てられたの……」
親に捨てられたと聞いた僕は、思わずカミラちゃんのことを見てしまう。
話題の中心人物は、スヤスヤと可愛らしい寝息を立てていた。
こんなに可愛らしい寝顔を浮かべている子が、そんな……。
「一応名目は……婚約者探しってことになってるけど……。ただ……厄介ばらいされただけ……」
「どうして、そんなことに……?」
「この子が幼い時……母親は病気で亡くなったの……。父親は……一度も母親の見舞いにこなかったどころか……母親が亡くなった次の日に……新しい女を連れてきた……。そして……この子のことを邪魔者扱いして……日本に追い出した……。国に置いてたら……貴族という家柄で……周りがうるさいけど……婚約者探しということにして……日本に出せば……周りも納得するから……」
僕は何も言わず、アリスさんの言葉を聞き続ける。
彼女はゆっくりとではあるが、一生懸命話してくれた。
「アリスは……日本語も喋れない猫耳爆弾と……学園で会ってから……うちに引き取って……ずっと面倒を見てた……。だから……猫耳爆弾に全部聞いて……知ってるの……。この子は……今も父親を……憎んでる……。母親を助けてもくれず……自分を見捨てたことを……ね……。そして……同時に男も恨んでる……。男は……自分を裏切る……最低な奴だと……」
全ての男がそうじゃないのは当たり前だけど、まだ幼かった時のカミラちゃんには、父親の考え方が男の考え方の全てだと思えたのかもしれない。
幼い時の思い込みは恐ろしい。
幼い時に思い込んだことは、心の内側に根を深く張り、中々その根を取り除くことはできないから。
「そんなこの子の父親から……夏休み前に連絡が入った……。『良い結婚相手を見つけたから、カミラをドイツに戻す』っと……。そのことを……猫耳爆弾は凄く嫌がった……。だから……アリスはずっと……断り続けた……」
少し前に、アリスさんがカミラちゃんに神崎君に何かするなら、ドイツに帰る覚悟をしとけと言ったことに対して、カミラちゃんが凄く怯えていたのはそういうことだったのか……。
「そして今回……相手は痺れを切らして……実力行使に出た……。だけど……世間から見れば……この子の父親は……子供を取り戻そうとしているだけ……。その名目と……貴族の権力がある限り……例えFBAだとしても……信じられる保証は無いから……」
アリスさんの言葉に、マリアさんは否定をしない。
例え強引な誘拐だろうと、FBAがカミラちゃんの父親側につく可能性はあるということなんだ……。
「だけど、そんな高位な貴族の人が、こんな強引な手をとるものなのかい?」
僕はここで、やっと口を開けた。
カミラちゃんの家計事情に、何処まで首を突っ込んでいいのかわからなかったから口を開けなかったけど、ここは聞いてもいいはずだ。
「あの男は……平気で人を陥れるから……。今までに自分の悪事を……他人に肩代わりさせたり……無実な人を……処刑してる……」
「この時代に……処刑を……? というか、君が知ってるのなら、それで彼を裁けないのかい?」
「無理……。物的証拠も……確実に証明できるものも……何も無いから……。でも……この男の関与すら……布石だった……」
自分が追いつめられる証拠は、全て消し去っているということか……。
そんなことをできる男が動いたのが布石って……それ以上の奴がバックにいるってことなのかな……?
「実行犯たちを捕まえて……証拠として……突きつけるつもりだったけど……それは無駄足だった……。だからそっちは……ママに任せる……」
「あぁ、少女を誘拐しようとした男たちって事で、捕まえておくよ。でも、それだけでいいのか?」
「うん……。どうせ……顔も知らない相手から……お金で雇われただけ……。何を聞いても……依頼主はわからないと思うから……」
「わかった」
アリスさんはマリアさんとの短い会話を終えると、僕のほうをもう一度見た。
その瞳は、澄んだ綺麗な色をしており、まるで飲み込まれそうになるくらい大きなものだった。
今、彼女は何を考えているのだろうか……。
「FBAは、神崎君を守ってくれるんだよね?」
もうカミラちゃんが関係なくなった今、FBAにも協力を頼めると思った僕は彼女に尋ねる。
しかし、彼女は首を横に振った。
「どうして……?」
「真犯人には……目星がついてる……。だけど――ううん、だからこそ……FBAを頼るわけにはいかない……。FBA内に繋がりは……居るだろうから……。今できるのは……信じて待つことだけ……」
アリスさんはそう言うと、また窓の外に視線を投げた。
その時に『カイ……』っと、呟いたのが聞こえた。
顔では澄ました表情をしていても、心の中では神崎君のことを凄く心配しているようだ。
僕も彼女と同じように窓の外に視線を投げながら、神崎君の無事を願った。
そして、僕たちを安全な生活に戻してくれということも、心から神様に願うのだった――。
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