第107話「クロからのアドバイス」
「神崎君は、幸せ者だなぁ」
病院を出て移動している最中、アリスさんが花を摘みに行くと離れ、そのタイミングを待っていたかのように黒柳君がそんな事を言い出した。
俺が幸せ者……?
黒柳君に『幸せ者』と言われた俺は、その事に首を傾げる。
なんせ俺は自分の事を幸せ者と思った事がない。
寧ろ変な事にばかり巻き込まれているから、不幸なはずだ。
なのに急に幸せ者なんて言われたら、疑問に思っても仕方がない。
「ハハ、意味が分からないって顔だね。でもさ、あんなに自分の為に頑張ってくれる女の子、そうそう居ないよ?」
黒柳君はジュースを右手で持ちながら、アリスさんの歩いて行ったほうに視線を向ける。
一瞬その仕草がカッコイイと思うくらい、この男は絵になるなと思った。
本当、容姿が恵まれている奴は羨ましい。
何をしてもカッコイイんだから。
「うん、そうだな……アリスさんには感謝してるよ」
彼が俺の事を幸せ者と言った意味がわかった俺は、彼に対して頷いた。
本当に、アリスさんには感謝している。
黒柳君は今回の事としか知らないだろうが、俺が中学時代に再び歩みだせたのは、アリスさんのおかげだ。
俺はまだその恩をアリスさんに返せていない。
それなのに彼女は、また俺の為にアメリカに連れて来てくれたりなど、色々な事をしてくれている。
費用だけ見ても、馬鹿にならない額を使っているだろう。
その金は、いずれ全て返すつもりだ。
「君はアリスさんが好きなのか?」
黒柳君は優しい雰囲気を保ったまま――だけど、真剣な表情で聞いてきた。
アリスさんの事が好き?
そんなの聞かれるまでも無い。
「うん、好きだな」
俺は黒柳君の質問に迷うこと無く、すぐに答えた。
だって、アリスさんは俺が憧れて、親のように(当時は父親のように)慕っていた人だ。
それだけじゃなく、俺の為に色々としてくれている。
当然、俺は彼女の事を家族と同じくらい好きだった。
しかし……俺の答えを聞いた黒柳君は、何故か険しい表情をした。
「なるほど……これは重傷だ」
彼はそう言うと、ジュースを持つ右手に左手の肘の部分を乗せ、そのまま左手を口に持っていき考え込み始めた。
一体何が重傷なのか……。
俺は彼が考えをまとめるのを待つ。
すると、少しして彼はスマホを取り出し操作した後、苦笑いをしながら口を開いた。
「君は過去の事がトラウマになってしまい、人と関わらないように生きてきたせいで、他人の気持ちが理解できないんだっけ?」
彼が口を開いて発した言葉は、俺の過去と今抱えている問題だった。
アメリカに来て俺がその事を言った覚えはないから、アリスさんが事前に彼に話していたのだろうか?
……あの人が、俺の知られたくない過去を簡単に話すとは思えないが……黒柳君の協力をあおぐために話したのかもしれない。
俺はここで嘘をつくことに意味が無いと思い、彼の問いかけにコクンっと頷いた。
「なるほど……。ただ、一つ神崎君には言っておきたい事がある」
「何を?」
「まず、他人の気持ちなんて理解できない事が普通なんだ」
「え……?」
「君は、人付き合いの上手い人間が相手の気持ちを理解できていると思っているかもしれないが、そうじゃない。ただ、理解した気になっているだけなんだ」
「理解した気になっているだけ……?」
俺の質問に、黒柳君はコクンっと頷いた。
「だって、そうだろ? どうして他人が頭の中で考えている事を、漫画やゲームの世界みたいな魔法も使えない、特殊能力も持たない普通の人間に、理解する事ができるんだ? 相手の表情からわかる? それは作られた表情じゃないと断言できるのか? 実際に相手が言っていた、相手に気持ちを確認したから間違いない? 本当にその人は本心を話してくれてるのか? こんな嘘をつくのが当たり前の世界で、他人の考えや気持ちを理解できていると、何をもって断言できる?」
確かに……黒柳君の言うとおりだ。
もし表情から相手の気持ちや考えを理解できると言うのなら、相手が俳優並みの演技力を持っているかもしれないのに、本当に読み取れているのかって事になる。
そして自分や相手を傷つける事が怖くて、他人に本心を話す人間なんて滅多に居ない。
彼の言うとおり、相手の気持ちなどを確かめる術が無いのだ。
「なんで、そんな話を突然……?」
「ん? それは、これから君がしなければいけない事を、間違えないようにアドバイスしたかったからだよ」
「俺は、これから何をすればいいんだ?」
黒柳君がアドバイスをしてくれると言ったため、俺は前のめりになりながら彼に問いかけた。
彼は一度スマホを見ると、真剣な表情で口を開いた。
「言葉にするのは簡単――だけど、今の君にはまだ難しいかもしれない。でも、これをしない限り今の君は変わる事ができない」
「難しくてもかまわない。変わる事ができるのなら、その方法を教えて欲しい」
「うん、その方法は――たくさんの人と交流を持ち、相手をよく見る事だ」
「……え?」
黒柳君に方法を聞いた俺は、素っ頓狂な声を出してしまった。
いや、こんな声を出してしまったのは彼がおかしな事を言ったからではない。
当たり前すぎる答えを言ったから、ここまで溜められた俺は意外な答えに変な声を出してしまったのだ。
「あ、あぁ……そうだな」
どんなリアクションをとっていいのかわからなくなった俺は、とりあえず頷くことにする。
すると、黒柳君は笑顔で話し始めた。
「うん、戸惑ってるね。そう、僕――いや、俺が今言った事は、これから他人の気持ちを理解したい君が取るべき手段として当たり前の事だ。でも、さっき俺は他人の気持ちを本当に理解する事なんてできないって言ったよね? その前置きを踏まえた上で、この方法が何を意味するかって事を考えて欲しい」
「他人の考えている事を理解できないのに、たくさんの人と交流を持ち、相手をよく見る事の意味……?」
「そうだよ」
俺は黒柳君に言われた通り、考えてみる。
理解できないのに……交流を深めて、相手を観察する……。
理解できないっていう前提がなければ、相手の気持ちを理解するためと答えられるんだが……一体どういうことなのだろうか……。
……駄目だ、わからない。
「その答えは、教えてもらえないのか……?」
態々俺に考えさせたいという事は、自分で答えを出せという事だったんだろうけど、それでも答えが知りたい俺は彼に尋ねてみた。
「いや、多分わからないだろうなって思ってたから問題ないよ。そうだね、その答えは君が求める、『他人の気持ちを理解する』に必要だからだよ」
黒柳君はいい笑顔でそんな事を言ってきたのだが、その言葉を聞いた瞬間俺は頭を抱えた。
そして、少しイラっとしながら黒柳君を見る。
「なぁ黒柳君……俺をからかってるのか?」
もう彼に言葉遊びをされていたとしか思えない俺は、その事を彼に問い詰める。
だけど、黒柳君は笑顔のままで返してきた。
「いいや、俺は真面目に話していたよ。他人の気持ちを理解するなんて、普通の人間には無理だって言葉は本当さ。だけど、予測する事は出来る。コミュニケーション能力の高い人間は、今まで他人と交流してきた経験を活かし、相手の気持ちを予測してるんだよ。それが、一般的に他人の気持ちを理解すると言われている事なんだ。だから、君は交流の経験を積んでいけば、他の人達と同じくらいに他人の気持ちを予測できるようになる」
「……言いたい事はわかったけど、結局はそれも言葉遊びの一つだろ? 理解するって事の本当の意味が予測するって事だったっていう」
「まぁ確かに、今の話の流れからはそうなるかもしれないね。だけど、俺が言いたかったのは、今の君が他人に持つ考えを一度捨てろって事なんだ。そして、他人の好意は素直に受け入れ、自分を卑下にするな。あぁ、とはいえ、誰でも彼でもってわけじゃないよ? そうだな……初めは君が信頼できる人達にのみ、そうするといい。流石に誰でもってなると、悪い人にひっかかるかもしれないからね」
そういえば、アリスさんにも似た様な事を言われた事がある。
確か、好意をきちんと受け止めろって……。
しかし――
「……それに、どんな意味が……?」
彼が言った、俺の他人に対する考えを一度捨てろって言葉の意味が、どういう効果をなすのかがわからなかった俺は彼に尋ねた。
「あぁ、それは簡単な事だよ。例えばコンピュータに予測をさせる時、誤ったデータが少ない方が精度は上がるよね? わかりやすく伝える為にその例えをしたくて、他人の気持ちを理解するって事は本当は予測なんだって事を言いたかったんだ。そして多分僕が今回話さなかったら、君は誤った考えを持ったまま他人と交流を深めようとしただろう。そうなると君の心の根本にある、君自身が他人に好かれないという考えを捨てれずにいたはずだ」
黒柳君は確信を持っているといった感じで、そう言ってきた。
何故俺の事をほとんど知らないはずなのに、彼はここまで断言する事ができるのだろうか……。
「いや、好意をそのまま受け止めると、自分の都合の良い方に解釈しちゃって、自意識過剰な人間になってしまうんじゃないか?」
「ううん、少なくとも、君なら問題ないはずだ」
「……その根拠は?」
「まぁ複数あるんだけど――ここで言える事は一つ。あのアリスさんが認めている男だからだよ」
アリスさんが認めている男……か。
まず、『そもそも認められているのか?』って疑問がある。
なんていうか、結構子ども扱いっぽい事をされているから、全然認められていないんじゃないだろうか?
それに、どうして彼女が俺を認めている事が理由になるんだろうか?
「俺は最初に、『他人の気持ちなんて理解できない事が普通なんだ』って言っただろ? 普通ってわざと言った事に気付いたかはわからないけど、例外が居るんだ。アリスさんは、その一人なんだよ。そして彼女は頭もかなりキレる。俺は初めて彼女を見た時、化け物だと思ったよ」
「まぁ、その気持ちはわかる……」
アリスさんは本当に俺の心を見透かしてくる。
そして、俺には想像できないほど先の事をあの人は見通している。
黒柳君がアリスさんの事を化け物呼ばわりしたのも、わかる気がした。
「そんな彼女が認める程の何かが君にはある。それに彼女は人を能力だけで判断せず、人格を重視するタイプの人間だから、今の君が根暗に見えたとしても、その性格は良い奴なんだって事もわかる。だから、君に寄せられる好意は偽物じゃないと断言できるよ」
あ、意外とこいつ、結構ズバッとくるんだ……。
俺の見た目から思いっ切り根暗と言われたせいで、俺は少しショックを受けた。
でも、その後に良い奴と言われた為、素直に嬉しくて持ち直す。
「あ、だけどその前に、君は地雷を踏みに行くのを止めような?」
黒柳君の言葉に俺が心の中で喜んでいると、苦笑いをした彼がそう言ってきた。
「え、急にどうした?」
「いや、だって君、さっきも思いっ切り地雷を踏んでたし……」
俺は黒柳君の言葉に首を傾げる。
あれ、なんか俺地雷踏んだっけ……?
全く記憶にないんだが……?
「はぁ……やっぱり君は気付いてなかったか……。さっきアリスさんも居た時、君が『やっぱりアメリカ人は金髪が多いですね』ってアリスさんに言っただろ?」
「あ、うん、言った」
だって、本当にアメリカ人は金髪ばっかりなんだもん。
黒髪ばかり見慣れている俺は、居る人のほとんどが金髪という物珍しさから、アリスさんにそう言ったのだ。
「そしたら彼女、『カイは……金髪が好き……?』って聞いてきただろ? それを君はどう返した?」
「え、普通に『ええ、好きですね』って……」
「その後に何か付け加えなかったか?」
「……あぁ確か、『でも、黒髪が一番好きですね』って言ったな」
「……え、ここまで言ってもわからない?」
俺と言葉を交わしていた黒柳君は、何故か驚いたような表情をした。
「ん? もしかしてそれが地雷だったって言いたいのか? アリスさんが金髪だからそう言ってるのかもしれないが、ただ髪色の好みの話をしていただけで、金髪を嫌いっていうどころか、ちゃんと好きって言ってただろ? 何か問題だったか? ……あれ、てか、アリスさん遅いな……」
アリスさんが花を摘みに行ってから、結構な時間がたっている。
もしかして、何かあったのだろうか?
「いやもう本当、君はある意味凄いよ……。あの後、アリスさん拗ねてたのに……。――アリスさんには、『少しだけ神崎君と二人っきりで話をさせて欲しい』って連絡していたんだ。だから、こっちの話がついた事を連絡すればすぐに戻ってくるよ」
前半部分は彼がブツブツと呟くように言ったから、何を言ったのかわからなかったが、その後の言葉は俺に聞こえるように言ってきたため、聞きとる事ができた。
あぁ、黒柳君が話している最中にスマホを弄っていたのは、アリスさんに連絡をしていたからなのか。
そういう抜け目の無いとこが、黒柳という人間なのだろう。
そして黒柳君はアリスさんに連絡をし、すぐに彼女は俺達の元に現れたのだが――何故かその表情は、凄く焦った表情になっているのだった――。
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