第106話「二人の協力プレイ」
「立てる?」
西条さんが突然現れて、少しの間私が彼女にしがみついた後、彼女は笑顔を浮かべて私に手を差し伸べてきた。
その笑顔は、過去に私に向けてきていた邪悪にまみれた笑顔とは違う、優しい笑顔だった。
ここ数日一緒に暮らしてきて、彼女はいつもこの笑顔を私に向けてきていた。
数時間前まではこの笑顔を受け入れる事が出来なかったけど、今なら素直に受け入れる事ができる。
それが心細かった時に彼女が現れたからなのか、パジャマがビショビショになって額から滝の様に汗を流す程、必死に私の事を探してくれていた事が嬉しかったからなのかはわからない。
ただわかるのは、今の私は彼女に嫌悪感を抱いていないという事だけ。
でも……今は、その手を拒否するしかない。
「ごめん……両足を挫いちゃって、立てない……」
私は西条さんにそう言うと、地面に視線を落として俯いた。
「そっか」
彼女は私の返事を聞くと、短くそう返してきただけだった。
私は、このまま置いていかれるのかな……?
……それは嫌。
だってこんな月明かりしかない中、また一人にされるなんて怖いから。
だけど、私ならきっとそうする。
動けない人の面倒を見るよりは、その人の居場所がわかってるんだから、救援を呼びに行った方がよっぽど賢いから。
また一人になるんだと思った私は、顔をあげる事ができなかった。
すると――西条さんが、予想外の行動をとった。
いきなり私の左腕を持ち上げて、脇の間に首を入れて肩を組んできたの。
「え、何してるの……?」
西条さんの行動に戸惑った私は、思わず彼女に尋ねた。
「何って、動けないんでしょ? 流石におんぶや抱っこなんて出来ないから、肩を組んで連れていくの」
西条さんはさも当然といった感じで、そう返してきた。
まるで、私を置いて行くという選択肢が最初からないみたいに。
「どうして……? あなた一人で戻って、救援を呼んできた方がいいでしょ? だって、私歩けないのよ? こんな坂ばかりの山で歩けない私を連れて戻るなんて、何時間かかるかわからないのに……」
「そんな事したら、あんた心細いでしょ?」
「あ……」
西条さんの言葉に、私は彼女の顔を見た。
彼女にとって、効率なんてどうでもいいんだ。
ただ、私が一人で怖がらなくても済むように、一緒に連れて戻ろうとしてくれてる。
その事が、凄く嬉しい……。
本当にありがたいと思う。
「てかね、私が一人で帰るなんて怖くて嫌なのよ。……そもそも、迷子になってるし……」
西条さんはバツが悪そうに苦笑いしながら、迷子になったと言ってきた。
さっき私が感謝してたのはなんだったのか……だけど、それでも彼女の気遣いが嬉しい。
「道なら、私がわかる……」
「本当!?」
西条さんの問いかけに、私はコクンっと頷く。
私が落ちた崖はわかるから、その位置から私が山を登ってきた方角はわかる。
全く同じ道をたどる事は無理そうだけど、方角さえわかるのならその方向に向かっていけばいい。
多少道を外れたとしても、どういうふうに向きを変えて歩いたかさえ覚えていれば、帰る方角を見失う事はないの。
「よし、じゃあ行くわよ!」
帰れる方角が分かってモチベーションが上がったのか、西条さんはそう息巻いて、私を引きずりながら歩き始めた。
だけど――十分程して、彼女の限界は来た。
「はぁ……はぁ……」
西条さんは息を切らせて大粒の汗を流しながらも、歩き続けている。
こんな状態になっても泣き言一つ言わない彼女が、凄いと思った。
……私も、見習いたいと。
「ご、ごめんね……桃井……。はぁ……はぁ……足ひきずって歩いてるけど……はぁ……痛くない……?」
その上、西条さんの方がしんどいだろうに、挫いてしまってる私の足の事を気に掛けてくれている。
本当に今の自分が惨めになってくる。
このまま彼女に甘えているのはいけないと思った。
「大丈夫だけど……ちょっと、長くて太い枝ってある?」
「へ……? そりゃあ、山の中だからあるけど……」
急に私が長くて太い枝が欲しいと言うと、彼女は戸惑った声を出した。
でもすぐに、しゃがむのすらしんどい私の代わりに、長くて太い枝を拾い上げて渡してくれた。
私が体勢を崩さずに済むように丁寧にしゃがむあたり、彼女が気遣いのできる人だって事がわかる。
西条さんから長くて太い枝を受け取ると、私はそのまま杖の代わりにして、彼女の負担を減らすように自分の重心を少しだけ杖に逃がした。
「大丈夫……? 無理してない……?」
左手は西条さんの肩に預けたまま、右手で杖代わりの枝をついて歩く私に対して、彼女は心配して声をかけてくれた。
本当に、なんで西条さんの方がしんどそうなのに、この人は私なんかの心配をしてるのか……。
この人があの時私を嵌めた西条さんと同一人物だという事を、今の私は信じられなかった。
私はそんな事を考えながらも、彼女に笑顔を返す。
「うん、大丈夫。西条さんのほうは、平気?」
「そうだね、桃井のおかげで結構楽になったよ」
杖に重心を逃がしたといってもそれは少しだけだから、彼女の負担はまだまだ大きい。
それでも、私が気にしなくても済むように優しい笑顔で答えてくれるなんて、西条さんは本当に良い人なんだ。
私が歩く方角を指示し、西条さんがほとんど足代わりになるという――二人の協力プレイで、私達は山を抜ける事を目指した。
そしてその努力は、少しして実を結ぶ事になる。
「――いたぞー!」
急に眩しい光が私達を照らしたと思ったら、一人の男性の野太い叫びが聞こえてきた。
その声を皮切りに、多くの人の声が聞こえてくる。
「よかった……来てくれたんだ……」
「さ、西条さん!?」
ここまで余程無理をしてたのか、救助が来て緊張が解けてしまった西条さんは、気を失って倒れてしまう。
当然、足に踏ん張りがきかない私も一緒に地面に倒れてしまった。
なんとか彼女の顔が地面につかない様にする事だけは出来たけど、ここまで頑張ってくれた彼女を抱き留める事もできないなんて……本当に、自分が情けないと思った。
でも今はそれよりも、彼女に言わないといけない言葉がある。
「迷惑をかけてごめんなさい、西条さん。そして――――――ありがとう」
私は気を失って眠る彼女の寝顔を見ながら、心からのお礼を言うのだった――。
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