第3話「冷徹な義姉と温和な義妹」
ついにこの日が来てしまった。
「海斗、もうすぐ到着するそうだ」
父さんは待ちきれないという笑顔で、俺に話しかけてきた。
そう――新しい母親が、とうとうこの家に来るのだ。
嬉しそうにしている父さんとは反対に、俺の心はこれ以上無いくらい憂鬱な気分だった。
あぁ……出来る事なら、今すぐにでも部屋にこもりたい……。
というか、いくらなんでも引っ越してくるのが早すぎないか?
父さんが再婚の話をしてきた日から、まだ一週間ちょっとしか経ってないんだが?
これ、俺の意思関係無しに再婚決まってただろ……?
いや、まぁ父さんの人生なんだし、反対する気は一切無いんだが……。
しかし、やはり釈然としない……。
ピンッポーン!
来た――!
俺はなんとか笑顔を作る。
第一印象が肝心だ。
ここで失敗すれば、この家を出るまでずっと気まずい思いをしなければならない。
ふぅ……大丈夫、大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせる。
俺はなんとか父さんがドアを開けようとする間に、心を整理させることができた。
すると、ドアノブに手を掛けた父さんが、俺の方を振り返り――
「あ、そういえば言い忘れてたけど、あちらさんにも二人の連れ子がいるからな。しかも、両方女の子だ」
と、笑顔で告げた。
……は?
え、何それ、連れ子?
しかも――女の子!?
なんでこんなタイミングで言うんだよ!
おい、忘れてたって嘘だろ!?
口元笑ってるぞ、こら!
俺はそう叫びたくなるが、なんとか押し留まる。
なんせ、ドアの向こうにはもう新しい家族が居るのだ。
ここで叫んだのが、向こうに聞こえてみろ。
顔合わせの前に第一印象が悪くなってしまう。
それに二人の女の子と言っても、年齢が俺と近いとは限らない。
まだ幼い可能性もあるし、結構年上の可能性もある。
……いや、それでも不味いのは不味いのだが、歳が近くなければどうにかやり過ごせる気がする。
俺はそうやって、心を落ち着かせた。
だが、それはすぐに裏切られることになる。
ただし――良い方にだ。
2
「こんにちはー」
ドアの向こうから入ってきたのは、優しそうな女性だった。
そして、かなりの美人さんだ。
父さん、よくこんな人を捕まえたな……。
「あ、初めまして、俺――じゃなくて、僕は父さんの息子の海斗です」
そう言って、俺は笑顔を浮かべる。
よし、上出来だ!
これで向こうには良い印象を与えられただろう!
「あらあら、礼儀が正しい子ねー。私はあなたの新しいお母さんになる、香苗と申します。これから宜しくね」
そう言って香苗さん(お母さんと呼ぶのはまだ恥ずかしい)が、俺に優しく微笑んでくれた。
よかった……こんな優しい人なら、俺も上手く話せるだろう。
「ほら、あなた達も早く入ってきなさい」
香苗さんがそう言うと、一人の女の子が顔を俯かせて入ってきた。
「――っ!」
彼女を見た瞬間、俺の中に衝撃が走る。
「あ、あの、桜と申します。宜しくお願いします……」
「はい、桜ちゃん。僕は新しいお父さんになる、俊哉と申します。楽しい家族生活にしようね」
父さんは笑顔でそう言い、優しく対応していた。
しかし、その女の子はまだ俯いていて、顔をあげない。
だが、俺は顔を見なくても、この子があの時の子だとわかった。
そしてそれは彼女が先程名乗った事により、『間違いない』と確信出来た。
「君、あの……迷子になってた子だよね?」
俺がそう尋ねると、その子はバッと顔を上げた。
そして、緊張でガチガチになっていたであろう彼女の顔は、俺の事を認識するなり、パァっと明るく笑顔に変わった。
「新しいお兄ちゃんって、先輩だったんですね!」
そう言って、ニコッと笑う。
うわぁああああああ!
こんな奇跡ってありか!?
今まで神様を恨んだことは何度もあるが、今はとても感謝をしたい気分だ!
神様、ありがとう!
だって、この人懐っこいロリ系女子が、俺の義妹になるんだろ!?
世の男子の憧れると言える、あの義妹にだよ!?
そんなの嬉しくないわけがないだろ!
正直、例えそんな事が現実で起きたとしても、どうせ不細工な子か、性格が最悪な子だろうなって思ってた。
しかし、実際に義妹になったのは、こんなに可愛い女の子!
もう一度言う――神様ありがとう!
「あ、あの?」
俺が一人熱く考え込んでいると、桜ちゃんが俺の方を不安そうに見てきた。
俺が返事を返さなかったせいで、嫌がってると思わせてしまったのかもしれない。
「あ、ごめん。ちょっとこんな偶然ってあるんだな~って思ってて……。改めてよろしく、桜ちゃん。俺の名前は海斗って言うんだけど、好きに呼んでくれていいから」
俺がそう言うと、桜ちゃんは嬉しそうに――
「じゃあ、お兄ちゃんって呼ばせてください」
――と、はにかんだ。
俺は頭をハンマーで殴られる感覚に襲われた。
『お兄ちゃん』って呼ばれたのが、それほどに嬉しかったのだ。
俺が呼んでほしい呼び方ですぐに呼んでくれるなんて……この子は天使だな……。
「え、えと、駄目ですか、お兄ちゃん?」
気付けば、桜ちゃんに上目遣いで見られていた。
その姿にクラッと、眩暈がしてくる。
ヤバイ……桜ちゃん、可愛すぎる……。
ハッ!
いかんいかん。
どうやら長年ボッチで居続けたせいで、俺は脳内会議を開く癖がついているようだ。
「いや、それでいいよ! というか、そっちの方が良い!」
俺が慌ててそう答えると、またしても桜ちゃんは嬉しそうに笑ってくれた。
ハハ、数十分前まで憂鬱だった俺よ。
俺は今から勝ち組となったぞ!
「そっか~、二人とも同じ学校だったものね~。だったら、海斗君はこっちの子とも知り合いかもしれないわね。ほら、あなたも早く入ってきなさいよ」
香苗さんは、そうドアの外へと声を掛けた。
あ……そういえば、桜ちゃんのお姉さんって俺の同級生だったよな?
あれ……?
桜ちゃんの苗字ってなんだろう?
というか、桜ちゃんと香苗さんって、誰かに似ていないか?
なんだろう、凄く嫌な予感がしてきた……。
それに何か……頭の中で引っかかってる物がある。
疑問だった答えが、あと少しで全て繋がりそうといった感じだ。
それは――彼女が入ってきて、すぐにわかった。
なぜあの時、桜ちゃんは教室じゃなく、図書室で待ち合わせをしたのか?
――決まっている、彼女が一年生の教室に現れれば、それだけで騒動になるからだ。
なぜ部活もないあの日、あんな時間になっても桜ちゃんに連絡は来ず、待ち合わせ時間が遅かったのか?
――部活は無かったあの日、教師陣以外にも活動をしていた生徒達は居た。
生徒会役員だ。
そして、彼女も生徒会役員だった。
つまり――生徒会活動が終わるのに合わせて、待ち合わせ時間を設定していたのだろう。
それに俺はあの時、図書室に向かう彼女と実際すれ違っていた。
俺は玄関に入ってきた少女を、もう一度恐る恐る見る。
そこには――凄く不機嫌そうな顔をしている、学校一のモテ女が居た。
なんであの時に、桜ちゃんの待ち合わせ相手が桃井だと気づかなかったのか……。
今並んで居て、はっきりとわかる。
桜ちゃんは紛れもなく、桃井の妹だ。
桃井を小さくし、顔を幼くして、髪型をショートツインテールバージョンにすれば、今の桜ちゃんになる。
身長に差がかなりあるのは、姉妹だからと言っても、同じように育つとは限らないからだろう。
だって身長とは逆に、桃井の胸は貧相なのに対し、桜ちゃんの胸はグラビアアイドル並みに大きかった。
ちなみに、香苗さんも同じくらい大きい。
「……なにかしら?」
俺の視線に気づいた桃井が、俺の事をギロリと睨んできた。
「別になんでもないです……」
俺はそう言って、目を背ける。
やっぱこえーよ、この女。
なんで学校の男子は、こんな奴の事が好きなの?
あれなの?
みんなドMなの?
貶されて喜ぶ奴らばかりなのか?
俺が視線を逸らしているのにも関わらず、桃井は俺の事をジーっと見てくる。
その視線はここ最近感じているのと、同じだった。
あぁ、そうか――こいつは多分、香苗さんから俺の名前を聞いていたのだろう。
だから、俺の事をどんな奴か知りたくて、俺を観察していたんだと思う。
時期的に言えば、迷子になってる桜ちゃんを助けた男として、どんな奴か知りたかったともとれるが、桜ちゃんが俺の名前を知らないから、例えあの時の出来事を桃井に話していたとしても、俺に辿り着けるわけがない。
だから、やはり前者の予想が正しいと思う。
「咲姫、そんなに海斗君に熱い視線を送るんじゃなく、ちゃんと自己紹介をしなさい」
「誰も熱い視線なんて送ってないわよ!」
香苗さんに注意された桃井がそう叫ぶが、俺はこう思った。
『十分熱い視線だったよ』っと。
まぁ、恋愛的な意味じゃないけどな……。
「桃井咲姫よ」
桃井はぶっきらぼうに、そう呟く。
「もう桃井じゃなくなるんだから、苗字は言わなくていいでしょ? それに宜しくお願いしますって、きちんと言いなさい」
香苗さんは、やんわりと桃井に注意をした。
「お父さん、これから宜しくお願いします」
そう言って、桃井は礼儀正しく父さんに頭を下げた。
……あれ、俺には?
「こら、海斗君にもきちんと言いなさい」
「悪いけど、それは無理ね。同級生の男子ってだけでも無理なのに、こんな根暗の奴と仲良く出来るわけないじゃない。しかも、それが姉弟になるなんて尚の事無理よ」
まぁ、そう言うだろうな。
だって、あの桃井だもん。
いいさ、そっちがその気なら、俺も無視するだけだ。
俺には桜ちゃんと言う、可愛い義妹が出来たんだ。
お前が学校でどれだけモテていようが、俺の眼中には無い。
「お姉ちゃん、桜はお兄ちゃんと話したことあるけど、根暗じゃないよ? クールで大人っぽいだけだよ? それに桜、困ってるのを助けてもらったの」
桜ちゃん、まじ天使。
俺の事をそんな風に思ってくれていたなんて。
まぁ過大評価ではあるのだが、別にわざわざ否定する必要は無い。
「桜、こんな男の事をお兄ちゃん呼びしたら駄目よ! それにこの男はあなたが思っている様な男じゃないわよ?」
ふん、なんとでも言うがいいさ。
お前が何と言おうが、俺の心にダメージは与えられない。
「なんでそんな事言うの?」
桜ちゃんが怒ったように頬を膨らませ、桃井の方を見る。
おぉ、俺の為に怒ってくれている……。
俺はその桜ちゃんの様子に、感動を覚えていた。
もっとそんな桜ちゃんが見たくなった俺は、心の中で桃井の事を応援する。
よし桃井、この際何を言ってもいいから、もっと桜ちゃんに俺を庇わせるんだ!
――そんな馬鹿な事を考えた俺に対する、神様からの罰だったのだろう。
次の桃井の一言によって、俺は地獄へと叩きこまれた。
「だってこの男、友達が一人もいないもの!」
その一言により、桜ちゃん、香苗さん、父さんの三人が、可哀想な物を見る目で俺の事を見てきた。
この女、まじか!
よりによって父さん達にその事を言うなんて!
というか俺、何一つ悪い事してないだろ!?
なんで俺がこんな惨めな思いをさせられないといけないんだ!
俺はこの空気を作った元凶を睨む。
彼女はここに来て初めて、楽しそうに笑みを浮かべていた。
明らかに、俺を陥れた事に対して喜んでいる。
この時、俺にはもう桃井が怖いという感情は無かった。
そのかわり――『この女、いつか絶対泣かす!』っと、心に決めるのだった――。
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