第92話「男の娘の未来はお先真っ暗」
「あの人、死んじゃうんじゃないですか……?」
「いや、流石にそこまではいかないだろうけど……。でも、結構ヤバいのには違いないね。平等院さんは一体どういうつもりなんだろう……?」
今僕とカミラちゃんは岡山から帰ってきて、平等院さんが所有しているドームの様に大きい建物の中で、朝からずっと走らされている神崎君を見ていた。
もう夜中の七時だから、朝御飯と昼御飯の時間を抜いて考えてもかれこれ十時間くらいたってる。
それなのに神崎君はフラフラになりながらも、文句一つ言わずに走り続けていた。
僕だったらずっと文句を言い続けるだろう。
彼と平等院さんの関係はどうなってるのかな?
「カイの様子は……どう……?」
僕達が心配しながら神崎君を見ていると、席を外していた平等院さんが帰ってきた。
「あ、お姉さま! 桜ちゃんのお兄ちゃん、まだ走り続けてますよ! このままだと倒れちゃいそうです!」
カミラちゃんが焦った様に平等院さんに言うと、平等院さんは神崎君の方に視線を移した。
そのまま少しの間神崎君を見ると、監視をしているメイドさんに話しかけた。
「もう終わらせていい……。お風呂に入れさして……ご飯食べさせたら……アリスの部屋に……呼んで……」
「畏まりました」
メイドさんは平等院さんの指示に返事すると、そのまま神崎君の方へと向かった。
「平等院さん」
「なに……?」
また部屋を出て行こうとしたアリスさんに、僕は声を掛けた。
「これが君の言っていたキツイお仕置きという奴かい? 確かにキツいかもしれないが、やり過ぎは良くないと思う。これじゃあ、彼の体が持たない」
神崎君の体を心配した僕は、平等院さんにこれ以上無理はさせない様に話をしようとすると、平等院さんは首を横に振った。
そして気怠げな表情から、凛とした表情へと変わる。
昨日平等院さんは、神崎君と同じように帰ってから寝込んでいた。
なんでもカミラちゃんが言うには、この凛とした表情をするときは無理をしていて、後で疲労によって寝込んでしまうらしい。
そのせいで、平等院さんはあまりこの表情になりたがらないらしいけど、凛とした姿に変わった時は大切な話をする時らしい。
だから、僕も居住まいを正した。
「カイにとって、このおしおきは必要な事なの」
「必要な事?」
「そう。昨日のカイを見てるからわかると思うけど、暴力事件を起こして一番気にしているのはカイなの。だから、厳しい罰を与える」
「どうして、だからって事になるんだい?」
「厳しい罰を受ければ、気持ちが楽になるでしょ? 自分は償ってるんだって思えるから。だからカイを朝から走らせ続けてるってのが、一つ」
「一つ? じゃあ、まだ他にも理由があるの?」
平等院さんの言い方が気になった僕は、その事を聞いてみる。
すると平等院さんの視線が、今はもう走るのを止めてメイドさんに連れて行かれている、神崎君の方へと向く。
「今のカイを見てどう思う?」
「どうって……もうフラフラで、歩くのがやっとって感じだね?」
「何か考えたり出来るように見える?」
「……無理だろうね。つまり、それが狙いだって言いたいのかい?」
わざわざ彼女が話題に出してきたって事は、関係ある事なんだろう。
この数日見てて分かった事だけど、彼女は無駄話をしないタイプだろうから、関係無い事を言うとは思えないから。
「察しがいいね。うん、その通り。今のカイには考える余裕を与えない事が大事なの。そうしないと、あの子は自分を責めてしまうから」
「なるほどね。そう考えると確かにいいかもしれないけど……。でも、倒れたら元も子もないと思うけど?」
「心配いらない。カイの体力の限界なんて見ればわかる」
見ればわかるって……。
この子は一体何者なんだい?
僕がそう思って平等院さんを見ていると、カミラちゃんが口を開いた。
「ところで、桜ちゃんはどこにいったのです? お話したいのですが?」
「ちびっ子天使は、今英会話の練習をしてる」
「英会話……? なんでそんな事を?」
こんなとこにまで来て英会話の練習をしている事が理解出来なかった僕は、平等院さんに尋ねてみた。
僕が質問すると、平等院さんは僕の顔をジーっと見つめてきた。
彼女が一体何を考えているのかわからなくて首を傾げると、平等院さんが一瞬だけカミラちゃんを見ると、また僕に視線を戻した。
「君はアメリカに行ってみたい?」
「アメリカ? そりゃあ行ってみたいけど……」
「わかった」
僕が何と無しにアメリカに行ってみたいと言うと、平等院さんが笑顔を浮かべた。
なんだろう……僕は今、答えてはいけない事を答えてしまった気がしてならない。
「ちょ、ちょっと待ってくれるかい? 何がわかったのかな?」
「アリス達は数日後にアメリカに行く。それに君にもついて来てもらう事にした」
「……はい!? え、なんで!?」
「だって、行きたいんでしょ?」
「いや、確かに行けるのなら一度は行ってみたいなって思ったけど、急すぎないかい!?」
「まぁ、急だね。アメリカに行くのは、カイに会わせたい男が今アメリカに居るから」
「会わせたい男って……。あ、いや、それよりも、どうして僕までもなの!?」
「折角の夏休みだから、猫耳爆弾とちびっ子天使も連れて行くつもりなの。猫耳爆弾も、白兎の子が付いてきてくれた方が嬉しいよね?」
平等院さんがそう言ってカミラちゃんを見ると、カミラちゃんが嬉しそうに僕の方を見上げてきた。
そして、笑顔で頷く。
「はい、凪紗お姉さまも一緒がいいです!」
それはもう凄く可愛い笑顔でカミラちゃんは僕の事を見上げて来てるんだけど、ちょっと待ってほしい。
「凪紗……お姉さま……?」
「あ、はい! 私達の学園では、尊敬する先輩の事をお姉さまって呼ぶんです!」
カミラちゃんはニコニコ笑顔でそう言うと、僕の手を握ってきた。
こんな可愛い子に懐かれるのは凄く嬉しいんだけど……僕、男だよ!?
確かに可愛い服を着るのは好きだけど、女の子になりたいわけじゃないんだ。
だから僕がカミラちゃんの誤解を解こうとすると――平等院さんが僕にだけ聞こえる様に耳打ちしてきた。
「この子、ある事が原因で男の事が大っ嫌いで、こんなに懐かれてて男ってバレたら、裏切られたって思われて大怪我する事になるよ?」
「ハハハ、なにを馬鹿な――」
こんな小さくて人懐っこいカミラちゃんがそんな事するはず無いじゃないかと思った僕は、平等院さんの冗談と受け止めて笑うのだけど、次の平等院さん達の会話に背筋が凍る思いがした。
「猫耳爆弾、男は?」
「敵です!」
「目の前に立てば?」
「薙ぎ払います!」
「この世に男は?」
「必要ありません!」
そのやり取りが終わると、平等院さんが『ね?』って顔で僕の事を見てくる。
『なんなんだ、そのキャッチフレーズみたいなやり取りは』って思ったけど、それ以上にカミラちゃんの危ない子具合に冷や汗が出てくる。
今僕、この子と手を繋いでるんだけど!?
男だと気づかれたら、僕はこの子に薙ぎ払われるのかい!?
いや、でもちょっと待ってほしい。
さっきカミラちゃんは神崎君の事を心配していた。
だから、全くの男嫌いという訳でもないんじゃないかな?
そう思った僕は彼女に聞いてみる。
「ねぇカミラちゃん、そこまで男嫌いなのに神崎君の事は良いのかい?」
僕がカミラちゃんにそう尋ねると、カミラちゃんは暗い顔をした。
「だって、桜ちゃんのお兄ちゃんですし、あの人に手を出せば、アリスお姉さまが怖いんですもん……」
カミラちゃんはまるで拗ねた様にそう答えた。
「別に、手を出してもいいよ?」
「え、良いのです!?」
平等院さんの予想もしない返事に、カミラちゃんは目を輝かせた。
ちょっと待ってほしい。
なんでこの子はこんな事で、こんなに目を輝かせているの?
「うん、ドイツに帰る覚悟があるのなら、やってみればいい」
ドイツに帰る覚悟?
その言葉が気になった僕が平等院さんを見ると、平等院さんはカミラちゃんに対してニコッと笑っていた。
反対に、カミラちゃんは絶望した様な表情をしたと思ったら、滅茶苦茶首を横に振り始めた。
「やですやです! ドイツには帰らないです!」
「だったら、わかってるよね?」
「は、はいです! 桜ちゃんのお兄ちゃんには手を出しません!」
「よしよし」
平等院さんの言葉にカミラちゃんは敬礼して答え、そんなカミラちゃんの頭をアリスさんはナデナデした。
……うん、神崎君と平等院さんの関係も謎だけど、この二人の関係も謎だね。
というか僕英語なんて喋れないのに、なんかアメリカに行く事になってるし、カミラちゃんにはベッタリされてるのに男だとバレるとアウトだし、これから先地獄しか見えないんだけど、僕どうすればいいの……?
男だというのを隠し通せる気がしない僕は、カミラちゃん達を眺めながらこれからの事に頭を抱えるのだった――。
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