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勇者はザコ敵が倒せない

村を出た僕たちは約一時間程、のどかな草原を歩いている。この辺りは村の近くということもあり、環境も厳しくなく、恐らく強い魔物もいないだろう。風も涼しく、空気も澄んでいるように感じられた。辺りには綺麗な花が点在しており、なんだか旅に出ているというよりは、ピクニックの気分だ。

地図を持っているメイズが、地図を回転させながらごにょごにょ言う。


「えーっと、ここがバキロー草原で……魔王の城が北だから、こっちに地図を回して、あれ、北ってこっちであってるのかな」


 あれ、おかしいな胃が急に痛くなってきた。今朝のミルク腐ってたのかなあ、なんて、ははは。ヒイラが恐る恐るメイズに尋ねる。


「メイズ、こっちであってるのよね……?」

「だ、大丈夫、あってるよ! ちゃんとセオリー通り、原初の勇者様たちの旅路をそのまま通ってるはず! その通りにしたら、魔王城につく頃には魔王倒せるくらい強くなるはずだもんね」


 そう、最初から魔王城への最短距離で進むと、逆にその付近の強い敵に敵わなくなるのではという懸念がある。だから原初の勇者の旅路を辿ることにしているのだ。その趣旨を理解してくれているのはありがたいんだけど……


「もうすでに魔王城が目視で確認できるな、非常に面白い」


 ブレインがわりと真面目な口調でそう言う。いつもなら冗談めかすところだが、むしろそうあってほしいのだが、残念ながらブレインもちょっとやばいと思っているようだ。それもそのはず、まだ旅が開始して一時間で、魔王城特有の紫色でいかにもって感じのオーラがはっきり見える。書物通りなら、城を確認するまでに一か月くらいかかったと思うんだけどなあ。


「メイズ、少し地図を借りるな」


 タンクが苦笑しながらメイズから地図を取り上げる。メイズは少ししぼんだ様子で、タンクが地図をとる動作に逆らわず、素直に手を離した。


「なるほど、つまり最短距離で歩いているな、俺たち」


 地図を眺めて数秒後、タンクは予想通りのことを告げる。その言葉にいたたまれなくなったのか、メイズがしゃがみ込む。


「うわああああごめんなさいいい! 私戦闘では役立たずになるかもと思って、それでそれでっ! しゃしゃって地図役やってすみませんでしたあああ」


 今にも泣きだしそうな勢いで謝罪の言葉をまくしたてるメイズ。僕は彼女をなだめる。


「まあまあそんなに落ち込まないで。早く進むのが決して悪いことじゃないんだから。その分短期間で強くなればいいだけなんだし」


 それでも申し訳なさそうな顔を浮かべるメイズ。僕もしゃがんで、彼女に目線を合わせる。


「それに気を遣ってくれたんでしょ? ありがとう、メイズ。だけどさ、メイズが役立たずなんて、そんなことないよ。役立たずなんて誰もいない。得意な人に得意なことをやってもらって、補えたらいいんだよ。……あ、そうだ。メイズの料理、すごくおいしかったな。料理担当、お願いしてもいい?」

「ユーシャ……」


 メイズはすっと立ち上がると、威勢のいい声を上げる。


「そ、そうだよね! よおし、わかった! 私、みんなに最高の料理をふるまうよ。疲れたみんなに、元気出してもらいたいし!」

「そうそう、その意気その意気!」


 一方、僕たちの会話を眺めている残りのお三方は、少し冷ややかな目を僕たちに向けていた。


「なんなんだ、あのユーシャの臭いセリフは。どこの純愛ストーリーだどこの」

「あるいは道徳の教科書だな」

「それでもメイズの瞳があんなに輝いてるのは、やっぱり惚れた弱みでしょうねえ。はやくくっつけばいいのに」


 そういうわけで地図担当がブレインに交代して、数分後。僕たちは遂に出会った。


「むっきゅーっぷい」


 とか、それはそれは大層自分の弱さを鳴き声で表現している魔物に。その魔物は真ん丸でふよふとと宙に浮いており、ビーズのような目がちょこんとついてある。確か名前はフヨリンだ。


「よし、最初の敵だ。弱そうだからって油断するなよ、しばらく歩いてきたから村付近に比べて強い可能性がある」


 司令塔でもあるブレインがみんなに声を掛ける。そう、基本的に魔物は村の近くのほうが弱い。というか、弱い魔物の付近に村を築く。だから理論上、村から離れれば、その距離に比例して魔物も強くなるはずで。まあ徒歩一時間くらいだったら、そこまで変化しないかもしれないけど。


「ああ、それから、わかっていると思うが特殊魔法はまだ温存するように。いいな?」


 ブレインが付け足す。

 特殊魔法とは、勇者とその仲間にだけ使用を許された、その名の通り特別な魔法だ。この魔法が使えるからこそ、魔王を倒せるとみなされている。しかしこの特殊魔法、村では必要最低限しか使わないように指示されている。理由は「それが原初の勇者の書物に記されているから」としか明かされなかったが、多分体力をよっぽど消耗するのだろう。そのため、村でも使い方を理論としてしか学んでおらず、一回も実践してみたことはない。


「むっきゅーっぷい」


 幸い、そのフヨリンは一体で、しかも草原に咲いている花に夢中になっている。おそらくこちらには気づいていない。

 武器を構え、少しづつ間合いを詰める僕たち。そして一斉にい踏み出す。


 が、しかし。


「だ、だめ!」


 メイズが叫び、フヨリンを抱きかかえる。


「むぐう!」


 フヨリンはメイズの抱きかかえる力が強くて苦しいのか、変な声を上げる。ヒイラが苦笑する。


「メイズ、いくらかわいくても、魔物なんだよ? そんなぬいぐるみみたいに抱いてたら、いつ攻撃されるか……」

「そうだぞ、しかもこのあたりの魔物は従魔じゃない。優しくされても、そのことを理解できず襲われるだけだ」


 タンクが続ける。

 従魔とは魔王直属の魔物のことで、本来なら魔王城の近くに生息する。従魔は魔王の指示を実行するため、それができる程度には自我や理性があると言われている。中には、僕たちと話せるケースもあるとかないとか。反面、このフヨリンみたいな弱くて自然の中に生息する魔物は、基本本能しかなく、人を見たら襲うだけだ。なかには従魔も敵として認識するやつもいるみたいで。

 だからメイズがこんな感じでぬいぐるみみたく抱きしめてるのは危険なんだけど……


「待って! よく見て! このフヨリン、今私の顎に向かって頭動かしてるのわかる?」


 そうメイズに言われてみてみると、確かにメイズの顎めがけて上下運動というか振動しているようないないような。


「ね? つまりフヨリンの攻撃はめっちゃ無害!」

「え、これ攻撃なの?」


 ヒイラが少しどん引いた様子で聞く。確かにフヨリンは精一杯体を動かしてるみたいだ。ただ、メイズは微動だにしない。

 ……僕たちは構えていた武器を下した。


 結局、メイズはフヨリンを手放し、最後には手も振っていた。

 僕たちの最初の魔物討伐は失敗した。


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