村人は彼らの背中を見送る
「頭、いてえ」
俺がそう言うと、シュダンは素っ気なく返す。
「そりゃ、あんたがあんだけ飲んだからだろ。自業自得だよ」
普段から俺が飲み過ぎるとシュダンは声を冷たくするが、今回は特に冷淡だった。シュダンは視線を俺に向ける。
「馬鹿だね、あんた」
「俺はああいうしんみりしたのは嫌いなんだよ。だから飲んだ。わかるだろ?」
「そのこともあるけど、それじゃないさ」
もちろん、察しはついていた。だから少し唇の端を上げて返す。
「おめえには感謝してるさ。あの時話に割って入ってくれて」
「あんた、あの時あの子達に何言おうとしてたんだい」
シュダンも意地が悪い。俺は答えない。代わりに話を変える。
「俺さ、あいつらのこと、結構気に入ってたんだぜ」
「そんなの、あたしもさ」
シュダンはそう言う。その言葉を、自分の妻の言葉なのに、どこまで信じていいかわからなかった。
「俺たち、子供に恵まれなかったろ。だから余計にな。今日、あいつらが村長の前で並んで立ってるのみてよ、ああ、あいつら、こんなにでかくなったのかって。ちょっとやっぱ感慨深いよな」
「本人たちに言ったら喜んだろうに、まったくあんたってやつは」
俺はテーブルの上のに残っていた木製のジョッキを取り、それをシュダンに差し出す。
「冗談だろ」
シュダンは呆れた様子でそれを見る。そして溜め息をつくと、それを受け取ってくれた。シュダンがジョッキにビールを注いでくれている間に、俺は言う。
「今から言うのは酔っぱらいの戯れ言だから、真に受けるなよ」
その一言で俺が何を言いたいのか理解したらしく、シュダンは何も言わずにビールを俺にくれた。俺は横目で周りに人が居ないことを確認し、口を開く。
「勇者なんていなきゃよかったんだ」
シュダンは何も返さない。俺はビールを一口飲み、口を湿らした。
「あいつらはただのガキで、魔王なんか俺たちみてぇな大人が倒せばいい」
分かって言っている。不可能だと。勇者とその仲間は彼らにしか使えない特殊な魔法が使え、それをもってせずして魔王は倒せない。勇者の残した書物には、そう記されていた。
「あいつらに親がいねぇって言うんなら、俺が養子にでもなんでもしてやる。そうさ、俺はあいつらの親だ。血は繋がってねぇけど、家族だ。だったら勇者の親も勇者だろ、だから」
そこまで言って、ようやくシュダンは苦笑した。
「やっぱりあんたはセレモニーの時、酔いつぶれてて正解だったね。そんな顔、決意を固めたあの子達に見せちゃいけない」
口に入る空気の震えを感じた。しかし実際に震えているのは俺の喉だった。
「なんで魔王は俺たちを滅ぼすんだ? そいつさえいなけりゃ勇者だっていなくて良かったはずだ」
わかっている。魔王は終わりなく産まれ、終わりなく人間を滅ぼす。勇者がいない限り。勇者の書物が明確に告げている。
わかっている。だから勇者が必要なんだ。でも、ならば、
あいつらはそれまでに一体どれほど傷つくだろう。どれほど苦しい思いをするのだろう。……俺たちのために。
「なあ、シュダン」
「なんだい」
「俺は、あいつらの家族になれたんだろうか」
シュダンは困ったように微笑んだ。
「いいよ、許すよ。今日は、せめて今日までは、あんたはあいつらの家族さ。だから泣いていいし、嘆いていい。案じていいし、祈っていい。あたしが許す」
シュダンはいい女だ。だがその言葉はいい女のものとは思えないほど、甘かった。甘くてぬるいだけの綺麗事など、何の解決も助けない。けれどその優しさが、俺には嬉しかった。
俺は村を見回す。セレモニーの簡素な会場など、とうに片付けられている。村人たちはもうセレモニーのことなど忘れたように、世間話に花を咲かせている。
そう、この村はもう、勇者など忘れている。
だけど俺の妻は許してくれた。あいつらの為に薄っぺらい祈りを捧げることを。
俺は目を閉じ、小さく、シュダンにも聞こえないように呟いた。
「あいつらが生きてここに戻れますようにーー例え、俺たちを」
ゆっくりと目を開ける。セレモニーの面影の消えた広場。
俺にはそこで、子供の頃のあいつらが笑顔で駆け回っている光景が、ほんの一瞬見えたような気がした。