勇者は最後が嫌だと感じた
そしてセレモニーが始まった。
セレモニーといっても、もちろんシュダンさんが言った通り、そんな厳かなものじゃない。場所は酒の臭いが残った先ほどの広場だし、大人は皆酔っぱらっている。正装は主役の僕たちすら着ていない。
しかし僕たちの中に、それを不満に思う人はいないはずだ。むしろ個人的には好都合だった。いつも通りの賑やかな雰囲気は、僕を感傷的にさせないでくれるから。
僕がいる広場の南には大きな門がある。「大きな門」と言うと立派そうだけど、そんな大したものじゃない。安いそこらへんの木を加工してあるだけで、ひび割れや苔くらいしかそれを装飾していない。
そしてその上には、こちらの首が痛くなるような高さに看板がある。それを村の外から見れば、汚い字で「ようこそバシーリ村へ」と書いてあるのがわかるだろう。いや、もしかしたらその字も汚れて読めなくなっているかもしれない。この村は安全で、小さいながらも必要な店は揃っているため、村人でこの村を出るのは、店の店長が仕入れをする時くらいだ。そのため僕は長い間村から出ていないから、村の外からその門を久しく見ていないのだ。
では、その看板を村からみると何と書かれているのか。僕の記憶が確かなら、多分「さようなら」という比較的簡素な文面だったはず。じゃあ僕のこの記憶が曖昧な理由はというとーー今日のセレモニーが終わるまでは見ないようにしようと、決めていたからだ。ではその心は? それは、うん、まあ、女々しいからやめておこう。
僕たち五人はその看板を背に、横一列で並んで立っている。残念なことに真ん中という有り難いポジションは、僕に押し付けていただいた。
そんな位置だから、僕は自分の村を改めて確認できた。そして僕はいつの間にか、昔に思いを馳せる。
このバシーリ村は人口も少なく、別段栄えているわけでもない。しかし周りは山に囲まれていて自然は豊かだし、村の端には川も通っている。酒好きの陽気すぎるおっさんが多いことと、村長が最近ボケていることを除けば、住むのには適した村だ。
そんな村に僕は勇者として産まれた。勇者とその仲間は人からは産まれず、空から産まれる、らしい。実際僕たちも空から降ってきたとかなんとか。正直そんな馬鹿馬鹿しい話は信じていないけど、僕たちには全員親が居ないから、信じていることにはしている。
親が居ない僕たちだけど、特に寂しい思いをした覚えは無い。村長をはじめ、村の皆が僕たちを育ててくれたからだ。自分の本当の子供のように優しく厳しく接してくれたことは、いくら感謝してもしたりない。僕たちが立派になり、魔王を倒せるように、腕っぷしの強い人たちは稽古もつけてくれた。
僕は勇者として産まれた。だけどその勇者として旅立つことを決めたのは、その使命のためじゃない。周りの人たちが、その決断の為の勇気をくれたんだと思う。だから、僕はーー
駄目だ。勝手に色々思い出して泣きそうになるなんて、さすがに格好悪い。僕は頭を振って、思考をかき消し前を見た。
僕の正面には村長が、杖を支えにして立っている。やけに背の低い村長が大きく見えると思ったら、それはこの場に相応しい威厳を村長が醸し出しているわけではなく、どこから借りたのか、木箱の上に立っているからだ。偉そうに「うぉっほん」とか咳払いをしている。
その少し後ろを他の皆が取り囲んでいた。嬉しいことに村のほとんどの人がいるようだった。その更に後ろでヴァルトンが酒を飲んでるのが見える。ヴァルトンはシュダンさんにおかわりを頼んで、怒られているようだ。
「あんた、せっかくのユーシャたちの門出でしょ! 仲良くやってたんだから見送りくらいしな」
「うるせぇ、さっきまで大袈裟だなんだ言ってたのはおめぇだろ」
「そりゃセレモニーの話だよ。……でも、あの子らがここから出てくのは本当だろ?」
……なんて会話が聞こえてきそうだけど、多分僕の自意識過剰だ。もしかしたらヴァルトンは本当に興味が無いだけかもしれない。まあだとしたらさすがに悲しいけど。ヴァルトンはシュダンさんの言葉に返す様子もなく(何を言われたんだろ)、机に突っ伏した。酔いがいい加減まわったのかもしれない。
「それではバシーリ村、門出の儀を執り行う」
村長が静かにそう言うと、急に辺りは静まりかえった。村長は一番右に立っているタンクに顔を向ける。
「タンク、前へ」
「はい」
意外にそれらしい雰囲気に少し緊張した面持ちで、タンクは一歩前へ出た。
「おいおい、一人一人紹介でもする気かよ」
隣でブレインがそうぼやくのが聞こえた。村長が口を開く。
「タンク、お前はいつも優しい子じゃった。そしてとても強い子じゃった。ユーシャが森の木から落ちて骨折した時、お前が隣村のシャーイの病院までおぶって連れてったと聞いた時は、そりゃもう度肝を抜いた。魔物もおるのに無茶しおって……お前に怒ったのは、あとにも先にもあれだけじゃったのう」
「ああ、心配かけた、村長」
聞きながら僕も当時のことを思い出す。あの時は本当にタンクに助けられた。結局、シャーイさんに診てもらった時には、タンクのほうが重症だったっけ。それでもシャーイさんの村まで、ずっと弱かった僕を魔物から守ってくれたのだ。
「ヴァルトンの厳しい稽古にもよくついていったな。本当にあいつはひねくれものじゃから、苦労したじゃろう」
タンクはかぶりを振る。
「いや、ヴァルトンーー師匠には感謝しているんだ」
タンクはヴァルトンの方をみる。ヴァルトンは意固地に、気づかない振りをしていた。それでもタンクは、ヴァルトンに深く頭を下げた。本当に長く、感謝の思いを伝えるために。
「お前は少し無口じゃから、誤解されることもあるじゃろう。しかし皆、いつかその優しさに気づくはずじゃ。ただ、その頑丈さを過信して、無理をしないようにな。自分を犠牲にすることが、正しいことではないんじゃぞ」
「はい。……村長、本当にありがとうございました」
タンクは村長にも礼をして、すっと一歩下がった。「メイズ」と呼ばれると、メイズは一歩前へと踏み出した。
「まったく、お前にはずっとハラハラさせられたもんじゃ。毒蛇捕まえてきたり、わしの杖を盗んだり……」
「む、昔のことはいいじゃない。あの時はまだ子供だったんだし……」
「じゃが、自分よりも他人を大切にする子じゃった」
抗議していたメイズは、村長の優しい声に口を閉じる。少し照れているようだった。
「忘れとらんよ、毒蛇捕まえたのはハルジーの畑の害を減らしたかったからじゃったな。わしの杖を盗んだのは、汚れていた杖を綺麗にしてくれるためじゃったな」
「……うん。へへ、でもいつも空回りばっかり。ハルジーさんの畑を荒らしていたのは関係無い虫で、村長は杖を探している間に怪我しちゃって……ほんと、迷惑かけてばっかりだったね」
メイズはうつむき、小さく「ごめんね」と呟いた。村長は少し笑った。
「ふぉふぉ、確かにお前の早とちりと高すぎる行動力は考えものじゃのう。じゃが、お前はそうやって反省できる素直な子じゃ。それに、他人を一番に考えることがどれだけ難しいか……」
メイズが顔を上げる。ほんの少しだけ、その目は潤んでいた。
「自信を持つのじゃ、メイズ。お前は十分立派じゃ。修行が上手くいかなくて、能力が伸び悩んでいたことは知っとる。それで足手まといになるのが怖くて、一人悩んでいることも知っとる」
村長は杖をたんっ、と鳴らす。
「じゃが、それがなんじゃ! それでも挫けず修行していたことも、わしら皆が知っとる。それでも笑顔を絶やさんお前の姿を、わしら皆が知っとる。お前の仲間はお前の不出来を怒るやつらなのか? お前の仲間はお前を足手まといと思うのか?」
メイズは首をふるふると横に振る。小さな嗚咽が聞こえた。
「笑うのじゃ、メイズ。お前の笑顔は、皆を明るくする。その内、心配は杞憂じゃったとわかる。そして、自信を持つのじゃ。少なくともわしは、この村の皆は、そしてお前の仲間は、お前を誇りに思っておるぞ」
「うん、村長、皆、ありがとう……私、この村に産まれて良かった。……皆に、出会えて良かった」
メイズは赤い目で、そして澄んだ笑みで、そう告げた。彼女が下がると、「ブレイン」と声がかかる。次は僕だと思っていたので、少し前につんのめりそうになる。その様子をブレインが鼻で笑った。
「残念だったな、トリはお前みたいだぜ」
トリは、やだな……。ブレインはいつも通りの涼しい顔で前に出る。そして薄ら笑いを浮かべた。
「村長、俺には有難い言葉は結構ですよ。聞いているとどこかで茶々をいれてしまいそうだ」
「ほんっとうにお前はひねくれ者じゃのう」
村長は呆れた顔でそう返す。
「まあ茶々ぐらい気にせんから聞け。……ブレイン、お前は本当に優秀じゃった」
「知っています」
「しかし本当にいつもいつも減らず口ばかりたたきおって、お前その性格どうにかしたほうがいいと思うぞ」
「余計なお世話です」
「……お前、茶々入れすぎじゃ」
村長は苦々しげにそう言うが、ブレインはどこ吹く風といった様子でメガネをくいっとあげる。この仕草、割りとみてて腹立つ。
「すみません、村長の有難い言葉を真面目に聞くと泣いてしまいそうなので」
「本気か?」
「冗談です」
「もういいわかった、お前に関してはどこぞの砂漠でくたばってよいぞ」
ブレインは少しだけ笑った。そして一歩下がろうとする。すると村長が「ブレイン」と再び声をかける。ブレインはまだ終わってなかったのかとげんなりした様子で、村長をみる。
「お前はこの仲間の中で一番かしこく、一番現実をよくわかっとる、そういうやつじゃ。特にこうものほほんとした連中とじゃと、気苦労もあるじゃろう」
「ええ、こいつらの理想主義には毎回疲れてますよ、特にユーシャ」
ブレインは少し小馬鹿にした表情で、僕をみる。言い返したかったけれど返す言葉がなく、僕は苦笑した。
「じゃからブレイン、お前は嫌なことを全て自分で引き受け、一人で解決しようとするやもしれん。皆が悲しい思いをせんようにな」
「まさか、俺にそんな思いやりはありません」
ブレインが笑ったのも気にせず、村長は真面目な顔で続ける。
「一人で背負うなよ、ブレイン。お前はそこまでは優秀じゃないんじゃ。いや、そもそも何でも一人で解決できるほど、優秀なやつは存在せん。じゃからこそ、助けを求めるんじゃ」
ブレインはしばしの間、沈黙していた。そしてふと笑う。
「はいはい、わかりましたよ。まあ村長も、身体には気をつけてください」
ブレインの次はヒイラだった。
「ヒイラ、お前は心優しく慎ましく育った。正直、この呑んだくればかりの村で、こうもいい子が育つとは思わんかったわい」
「村長や皆のおかげです。親もない私たちを育ててくれて、本当に感謝しています」
「じゃが、この際じゃから訊くんじゃが……お前、さては戦闘狂じゃな? お前の手の印がヒーラーのものじゃったから回復魔法を教えてきたが、いかんせん、魔物退治の時のお前の目はキラキラしとる。正直引くぞ」
僕たちの右手の甲には、小さな印がある。その印によって僕たちの役割が決まるのだ。そしてヒイラのものはヒーラー、つまり僕たちの傷を癒す役割のものだったんだけど……確かに言われてみれば思いあたる節がちらほら。(あ、ちなみに僕たちの安直な名前は、その役割にちなんでつけられている。僕ユーシャは勇者、タンクは防衛者、メイズは魔法使い、ブレインは……なんだろ、司令塔? もう適当だ)
「え? まさか、ただ魔物の怯える顔が好きなだけです」
いつもの笑顔でそう告げるヒイラ。おっかない。非常におっかない。
「そ、そうか、まあ戦力としても申し分ない。ただ、その、人間的に変な扉を開かぬようにな」
「? はい、ありがとうございます、わかりました」
多分何もわかってないヒイラはそう返す。 村長は続ける。
「ヒイラ、わかっとると思うが傷ついた仲間を癒せるものはお前しかおらん。なればこそ、自分の身は大切にするんじゃぞ」
「ええ、わかっています。私が皆を必ず生かして、この村へ戻ってきます」
やばい、ヒイラのほうが勇者向いてる気がしてきた。
「ですから村長、その時は……」
「なんじゃ?」
「手合わせをぜひ、お願いしますね」
素晴らしい笑顔でそう言うヒイラ。一方の村長はもう真っ青だ。
「いや、なんかそれは、えっと、あ、そういえばヴァルトンが誰かと真剣勝負したいって言ってたような……」
「冗談じゃねぇ!」
ずっとセレモニーに無視を決め込んでいたヴァルトンが、急に声を荒げる。その顔があまりに必死なものだから、思わず僕は吹き出した。それを皮切りに、村には笑い声がこだました。
そのなかでヒイラが呟いた「絶対に帰ってくる……皆で」という声は、一体どれくらいの人に聞こえたのだろうか。
そして僕の名前が呼ばれた。
だからトリは嫌なんだよなあ、そう思いながら、僕は一度深呼吸をする。
僕は一歩踏み出した。




