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Loop7「真実と秘密を打ち明ける時」

 オレは全身に力を入れて視界を閉じた。その時、

 

「キャメル! オマエの相手はオレだ!」

「ぎゃあっ」

 

 おびただしい悲鳴が上がり、オレは反射的に視界を開いた。

 

 ――ドサッ!

 

 目の前に身を転がしながら苦悶するキャメルの姿が入った。

 

 ――な、何がどうなって!?

 

 恐ろしさにオレはワナワナと震え上がるが、すぐに大きく温かなものに包まれる。

 

「レイン、大丈夫か! 背中から血が流れているぞ!?」

 

 オレはライの腕の中にいた。酷い痛みも震えもあるというのに、不思議と不安が拭えていく。とても安心出来る腕の中だ。

 

「なんとか……大丈夫。それよりも……キャメルは?」

「彼女のアキレス腱を切った。もうこれ以上の好き勝手はさせない」

「ライ……」

 

 オレの為に心を鬼にしてキャメルのアキレス腱を切りつけたのか。キャメルから今もなお毒々しい叫び声が出されていた。その声は痛みというよりは悔しさのように聞こえた。

 

「レイン、すぐに傷の手当てをするぞ」

「オレよりも……ライも……怪我を……しているだろ?」

「オレの方が軽い。先にオマエの手当てだ」

「それに……キャメルも……連れて行かなきゃ」 

 

 いくら腱を切られたとはいえ、あのキャメルをあのままにしたら、いつまた逃亡するか分かったもんじゃない。そこにバタバタとこちらへと向かって来る複数の足音が!

 

「セラス副団長!」

 

 誰かがライの名を呼んだ。現れた王国騎士達だ。タイミング良く彼等が駆けつけてくれたようだ。そこでオレは極度な安心を抱いたからか、一気に躯の力が抜けていき、意識が遠のいていく。

 

「おい、レイン!」


 ライの焦る声が聞こたような気がした。オレは大丈夫だと答えたかったのに、もう意識が深い微睡みの中へと沈んでいっていた……。



.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+


 

 ――ん? 何処だ、ここ?

 

 今、眠りから目覚めたようだ。まだふわふわと浮遊している意識で、辺りを見回してみると、自分が真っ白な世界に一人佇んでいる事に気付く。

 

 ――え? マジここ何処だ?

 

 殺風景通り越して、妙な空間の中に閉じ込められているように見える。ブルッと肩が震え上がった時、目の前で眩い閃光が飛び散った。

 

「うわっ、なんだ!」

 

 訳も分からなくオレは視界を閉じ、光を遮断した。

 

 …………………………。

 

 暫くすると眼裏に眩しさを感じなくなり、オレは恐る恐る視界を開く。

 

「?」

 

 さっきと同様真っ白な空間だった。でもなにか・・・が違う。なにか・・・を感じる。

 

 ――この感覚・・……。

 

 以前も感じた事のある気配を察して、オレは背後へと振り返った。すると身に覚えのある人物が立っていて度肝を抜かされる。

 

「貴女は……」

 

 黒曜石のような艶やかな長い髪と赤紫の双眸をもつ浮世離れした神々しい姿のあの女神が立っていた。

 

「十日ぶりだな」

 

 女神はオレと顔を合わせるなり、以前と変わらぬ無機質な顔で声を掛けてきた。

 

「もう会えないかと思ってたのに、どうしてまた? ……もしかしてオレ死んでないですよね!?」

 

 考えてみればオレはキャメルから背中を刺されたんだ! 思っていたよりも深手であの世まで来てしまったのだろうか!

 

「大丈夫だ。とはいってもまだ意識は戻らぬみたいだが」

「えぇ!?」

 

 大丈夫と言っておきながら、その後にサラッと怖い事言うなよ!

 

「落ち着け。時期に其方は目覚める」

「ホッ、良かった。それとライも無事ですよね!?」

「あぁ、死んではない」

「良かった。オレ、無事にライの命を守る事が出来たんだ」

 

 オレは胸の内に安堵が広がり、目頭が熱くなる。

 

「其方が約束通りの時間までに幼馴染と身も心も結ばれたからな。もし条件を満たす事が出来なかった場合、彼はまた同じ死ぬ運命を辿っていた」

「ループする前のあの反乱軍が攻めてくる出来事は、やっぱりライがキャメルを王宮に連れて来てしまうから?」

「そうだ、其方が男だったあの世界で幼馴染はあの殺し屋と恋人同士となり、彼女の甘い誘惑に乗せられ、自分の部屋へ招くのだ」

「……まさかとは思いますが、そこでエッチな事はしていませんよね?」

「してたぞ。部屋に招くなんてそんな事だろうが」

「くぅうう~~~~」

 

 な、なんだよ! ライの奴、ヤル事ヤッてたのかよ! 今日オレの部屋に来た時も、オレを食べたからもしかしてと思ったら!


「まぁ、色事をして丸腰のところにグサッと刺されたわけだ」

「え? まさかライはキャメルに殺されたんですか!?」

「そうだ」


 女神は何の躊躇いもなく答えた。オレは背中からゾワゾワと這い上がってくる悍ましい感覚に身を震わせた。


「ライは躯を何十ヵ所も刺されて死んでいました。あんな残虐な殺し方をしたのが、あのキャメルだと言うんですか!」

「あの殺し屋は血を見ると、異様に興奮する性癖をもっていた」

「そ、そんな趣味でライをあんな目に合わせたのか! 狂っているじゃないか!」

「あれは血を美しいと好んでいるからこそ、人を殺す事を何も厭わない人間だ」

「そんなの人じゃない!」


 あのキャメルがまともな神経を持っているとは思えないが、血を美しいと好むとかそこまでオカシイ奴だったとは! そんな奴に一度ライは殺されたかと思うと本当に悔しい!


「あの殺し屋は狂人だ。反乱軍が王宮を攻めたあの夜、殺し屋は其方の幼馴染を殺し、その後、王宮の見張り兵も殺して仲間を呼び寄せた。そして反乱軍を侵入させる事まで成功したのだ」

「ライが最初の犠牲者になったというわけですね。でもこの世界のライはキャメルの計画には気付いていました。それなのに死ぬ運命だったと言うのですか?」

「そうだ。反乱軍に攻められる時間に幼馴染が王宮にいれば、必ず殺される運命さだめであった。それが止められたのは反乱軍が攻めて来る時間に、其方と一緒に居る事のみだ」

「そうだったんですか」


 ――オレが女になる事ってライの命を救うほど、大事だったんだな。


 ふにゃとオレの躯の力が抜ける。本当にライが死なずに済んで良かったよ。


「にしても結ばれた筈のオレとライは何故かキャメルに殺されかけていましたよね! あんなハプニングがあるとは聞いていませんけど!?」


 ―生憎オレは殺されていたかもしれないよな!


「結果死なずには済んでおるだろう」

「無理やり結果オーライみたいな感じに畳まないで下さい!」


 オレの突っ込みに女神は相変わらず顔色一つ変えずに、全く味気のない人間だ。あ、人間じゃないのか。


 ――そういえば……。


 そこでオレはふとある疑問が浮かんだ。女神の言った条件を満たしたオレだが、今後どうなるんだ?


「オレはこのまま女のままなんですか? それとも男に戻れるんですか?」

「其方は男に戻りたいのか?」


 女神の口調が鋭くなる。なにか核心に迫るような雰囲気だ。


「戻れるんですか? 戻ったらライがまた死んでしまうって事はありませんよね?」

「幼馴染が死なずにおれば、其方は男に戻るのか?」

「そ、それは……」


 戻りたいとは答えられなかった。元々オレは男だし、騎士になる夢も叶えて充実した日々を送っていた。ライが生きているのであれば、男に戻ればいい。そう思うのに胸に妙な突っかかりがある。


 男に戻ったらライとは愛し合えない。友情という形で繋がる事は出来るだろうけれど、オレにはそれが嫌だった。きっとライはまた別の女を愛するだろう。それが堪らなく胸を締め付ける。ライにはオレ以外の女を好きになって欲しくない。


「男に戻るのが不服そうだな」


 どうやら女神にオレの気持ちが伝わってしまったようだ。だが、


「そういう訳じゃ……。このままでいいのであれば、無理に男に戻る必要もないかなと」


 オレはまどろっこしい答え方をした。女のままでいいなんて、気恥ずかしくてストレートに言えるか。


「素直に女のままでいいと言えば良いものを。まぁ其方は本来、女として生まれる筈だったのだから、元来の形に無事に収まったのだな」

「は? オレ元は男ですけど?」


 ――どうした女神よ。最初に会った時、オレは男の姿だったぞ。


 オレはキョトンとした顔で女神を見つめ返す。


「いや其方は女に生まれる筈だった。それが男として生まれてしまったのだ」

「え? ……え?」


 ――オ、オレ、女に生まれる筈だったってどういう事だよ!?


 開いた口が塞がらないとはこういう事だ!


「な、なんでオレ男になって生まれてきたんですか!」

「運命の悪戯かなにかだろう」

「運命の悪戯……?」


 ――ってなんだ?


 オレは目をパチパチとさせる。


 ……………………………。


 そして真面目に思案してみると、ある仮説に辿り着いた。


 ――もしかして……?


「運命の悪戯とか言いましたけど、貴女の手違いか何かで女に生まれる筈のオレが男として生まれてしまったっていう事はありませんよね?」


 オレは胡乱な視線を女神に向けて問う。すると無機質な女神の顔がピクンと反応した事をオレは見逃さなかった! ドッカーンとオレは頭のてっぺんから怒りが噴火した!


「やっぱりそうなのか! それでなんとかオレを本来の女にしようとしたってわけか!」

「其方が女であれば落とさない命が、男として生まれてしまったが為に落ちてしまった。私は本来あるべき道に修正したまでだ」

「うわっ、尤もらしい答えをして己の責任を認めない!」


 救いの女神かと思ったが、とんでもない自分勝手な奴だ! もう美しい女神でもなんでもない! 敬語もなしなし!


「ようは自分の不手際でライの命が落とす羽目になって、責任感じてオレの前に現れたわけだ!」

「あまり小言ばかり言うと男に戻すぞ」

「うわっ、しまいには脅してきた! オレはこのまま女でいい! この姿でライと一緒にいる!」


 半ばオレはヤケクソになって答えた。


「レイン」

「え?」


 初めて女神から名を呼ばれてオレは驚いた。そして彼女は最後・・にこう告げる。


「幸せになれ」


 オレはハッと吐息を呑んだ。たった一言の言葉なのに強く胸に響いた。そして温もりのような熱がじんわりと広がっていくと、女神の姿が薄くなっていく。あぁ、お別れなんだと、オレは切ない気持ちが湧いたのと同時に、深い深い眠りの世界へと引き込まれて行った……。



.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+



 ――あれ?


 瞼が重い。どうやらオレは深い眠りから醒めたばかりのようだ。とてつもない倦怠感を感じる。


 ――躯がしんどいな。このままずっと眠りの中に入っていたい。


 そう思ってオレは覚醒するのを諦めた、その時。


 ――…………ンッ。


 誰かの声が聞こえたような気がした。


 ――……インッ。


 オレの名前を呼んでいるのか? 誰が呼んでいる?


 ――レインッ。


 もう一度名を呼ばれ、今度はハッキリと明確に聞こえた。


 ――この声は……?


 とても大事な人の声だ。眠りの底に沈んでいきそうだった意識がグングンと浮上していき、霞みがかっていた視界が鮮明に映し出されていく。


「…………ライ?」


 目の前にライの顔がある。無駄に近くないか? 


「レインッ! 目を醒ましたんだな!」

「うおっ」


 どうやらオレは仰向けの体勢でいて、その上をぎゅむっと抱き締められていた。情熱的な抱擁だが背中が痛い。


 ――あぁそうか。確かオレはあのキャメルに……。


 ふわりと記憶が蘇るが、とても気分の良いものではない。グルリと視線を巡らせると、ここは病院の一室のようだ。オレは気絶して運ばれたのか。


「ライ、足は大丈夫なのか?」


 オレは背中を負傷しているが、ライも同じく足を刺され怪我している筈だ。オレの言葉にライはガバッと躯を離して、強い眼差しを向ける。


「レイン、オレの心配よりも自分の方だろ? オマエはすぐに怪我の処置はされたが、丸三日も目を醒まさなかったんだぞ」

「そ、そうだったのか」


 そういえばオレ気絶したんだっけ? ライに助けられて緊張の糸がプツリと切れたんだ。それから三日も眠っていたのか。目覚めた時の倦怠感は背中の怪我が原因か。


「オマエが目を醒まさない間、オレはずっと気が気じゃなかったぞ」

「心配かけて悪かったよ。オレはもう大丈夫だ。ライが守ってくれたからな」


 厳しい顔をしていたライの表情が少しだけ和らいだように見えた。


「そういえばあの時、ライは王宮に向かっていた筈なのに、どうしてオレの所に来たんだ?」


 あの時、ライが現れたのは奇跡だ。もし彼が引き返して来なかったら、もうオレはこの世にいなかっただろう。


「レインはオレを引き止めていただろ? オレが王宮に行ったら、もう会えなくなるような気がするって必死に話をしていたのに、それをオレは振り払って王宮へと向かった。でも途中で妙な胸騒ぎがして、オマエには予知する力があるんだろう? このままオマエの元を離れたら、もう会えなくなるんじゃないかって怖くなって、急いで引き返したんだよ。まさかその途中で、オマエがキャメルと闘っているなんて、オレは心臓が止まるかと思った」


 ライはギュッとオレの左手を力強く握った。


「そうだったのか。オレの言葉を信じて戻って来てくれて有難う」

「レイン……。オレはオマエに謝りたかったんだ。あの日、オマエはオレを心配して追いかけてくれたんだろ? オレが早く言う事を聞いていれば、オマエにこんな酷い怪我を負わせる事もなかったのに」 


 オレの手を握るライの手が震えていた。後悔に苛まれているライの姿に、オレは涙が出そうになる。


「自分を責めないで。ライが助けてくれたから、オレはこうやって生きているんだからさ」

「レイン……」


 ライは切な気な笑みを浮かべ、そしてオレの額にチュッとキスを落とした。


 ――わわっ。


 急に空気が甘くなって動揺したオレは、背中をモゾモゾさせたら痛みが走ってしまった。


「……っ」

「大丈夫か、レイン!」


 ライから心配そうに覗き込まれる。


「だ、大丈夫だ」


 背中は痛いのに心はピンク色に染まっていて複雑だ。ここは苦い顔をするところなのに、きっと今のオレの顔は真っ赤に染まっている。こういうドキドキした感情を抱くところが乙女っぽいんだよな。


 ――オレ、本当は女だったんだな。


 女神が最後に残した爆弾発言。複雑と言えば複雑だけど、さっきみたいに甘い事が出来るのはオレが女だからだな。初めて女になって良かったと思えた。


 ――……今なら話をしても大丈夫だろうか。


 きっと今でもライはオレの予知を不思議に思っているだろう。


「ライ、話しておきたい事があるんだ」


 改まったオレの様子にライの表情がキュッと引き締まる。真面目な様子のオレから、なにかを感じ取ったのだろう。


「どうした?」

「あ、あのな、信じ難い話なんだけど、実はオレ反乱軍が王宮を襲って来る事を予期出来たのは、一度軍が攻めてくる現実を体験したからなんだ」


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