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Loop2「大切な人を守る為に闘います」

 麗しい人魚姫と謳われる美女キャメルだ。真夏の海のように柔らかに波打つ金色の髪が、陽射しを弾いて今日も最高に眩い。彼女は隣国バミューダから来た男爵令嬢で、なんでも勉学の為にこちらの国の文化を学びに来ているだとか。


 彼女がこちらに来てから、三ヵ月ほどしか経っていないが、それはもう(ちまた)では有名な美女だ。女のオレがどういう経緯で彼女と知り合ったかは分からないが、男だった頃のオレはライと街の見回りをしている時に、彼女と出会い知り合いになった。


 キャメルは本当にとんでもない美女で、彼女の小さな顔の中は秘宝で出来ている。クルンとした長い睫毛の下に佇むヘーゼル色の双眸はブラウンにもグリーンにも見える不思議な輝きをもち、高い鼻の筋には艶があるほど形が良く、唇も艶があってプルンとしたふっくら感が堪らない。


 極めつけは肉感的な豊満なバディ! 今日のAライン型の薄紫色のドレスはこれまた妙に色気を放っていて、まともに見ていたら数秒でノックアウトしちまう。何を隠そう、オレは男だった頃、キャメルに淡い恋心を抱いていた(誰だ? 高望みといった奴は?)。


「あぁ、キャメルか」


 ライが反応を返すと、キャメルは笑みを深めた。


 ――ぐあっ、破壊力抜群の笑顔!


 ムリムリムリ! 女になっても男の時と一緒で同じ空気を吸う事すら困難だ! チラッとライを覗いてみれば、穏やかに笑みを浮かべていた。オレといる時は眉間に皺を寄せているくせに、えらい違いだ。


 そして目の前のライとキャメルが話をする姿に、オレはモヤモヤと焦燥感を抱いていた。美男と美女であまりにお似合い過ぎで怖い。そのまま二人が本当の恋人同士になられては困るわ。


「キャメルは何処かに行ってたの?」


 悪いがオレは二人の会話に無理やり割り込んで、キャメルに話し掛けた。


「えぇ、今日は孤児院や老人施設などを訪問させてもらってきたわ」

「相変わらず勉学熱心で偉いね」

「そう言ってもらえて嬉しいわ」


 またまたキャメルから眩い笑顔が零れる(同時に溢れるばかりの色香も放たれた!)。


 ――うおっ、直視は悩殺を食らうぜ!


 オレは彼女から視線を逸らした同時に、キャメルがおいとまの言葉をかけてきた。


「そろそろ私は行くわね。二人の邪魔しちゃ悪いし」


 ――え? なに今のキャメルの言葉? オレとライの二人の邪魔って意味か? ……オ、オレ達そういう目で見られてんの!?


 驚いたオレは思わずキャメルを凝視すると、彼女は茶目っ気たっぷりの顔をしていた。


「だから違うってさっきも言ったろ?」


 横からライがオレ達の関係を全否定したよ。しかもさっきも違うって二度目の否定なのね。照れ隠しじゃなくて真顔で言いやがって。オレへの望みが全く感じられん!


「ふふふっ、そうなの? じゃあ、まだ私にも望みがあるのかしらね」


 ――え? なになになに今のキャメルの呟き?


 オレ達に聞こえるか聞こえないかのか細い声で呟いたけど、今の呟き、めちゃめちゃ爆弾発言なんですけどぉおおおお!! ……ま、まさかキャメルもライを!?


「じゃあ、またね」

「あぁ」


 オレが心の中で雄叫びを上げている間に、キャメルは優美な足取りで去って行った。そして彼女の後ろ姿を切な気に見つめている我が親友。


 ――ライはキャメルの事を想っている。


 オレが男だった頃、二人して彼女に憧れを抱き、よく彼女の事を可愛い可愛いと熱を上げて盛り上がっていたもんな。


「キャメルって可愛いよな~」


 オレは分かり切っていたがライの気持ちを確認しようと、何気なくぼやいてみた。


「あぁ、可愛いな」


 ストレートな言葉が返ってきた。ライは照れる様子もなく熱っぽい声で答えたよ。くっそ~! オレは半ばヤケになって新たな質問を投げた。


「オレの事も可愛いって思ってる?」

「……は?」


 ――おい!


 なんだよ、ライがまた眉間に皺寄せてこっち見てんよ。本当にオレへの望みがなさすぎる。


 ――あぁあああ~~~~!! あんな完璧な美女を相手にどう勝てと!?


 それからオレはがっくし肩を落としてライと別れた……。



.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+



 ――結局、昨日は何も進展がなかった。


 店の買い出しに来ていたオレは例の条件で頭がいっぱいになっていた。


 ――なにやってんだオレ。


 こんな調子じゃ、あっという間にタイムリミットの日を迎えてしまう。オレなりに努力はしているつもりだ。ループした初めの頃は女らしくしおらしさを見せたり、思い切って色気仕掛けをしてみたりもした。だが……。


『素で気持ち悪い』


 と、片づけられたライの言葉で、女らしさというものがぶっ飛んだ。あとは胃袋を掴もうと料理をもてなしたり、ボタン付けなど裁縫してみたりと、色々と女子力を試してみたが、どれもこれもアイツの心にはイマイチ響かなかったようだ。


 やっぱ容姿がいけてないのか。男の頃からオレは至って普通面フツメンで、女に変わっても可でもなく不可でもない凡庸な顔だ。もし容姿が好みじゃないと言われれば、手の施しようがないわ。


 ――おまけに昨日キャメルが呟いた言葉。


『じゃあ、まだ私にも望みがあるのかしらね』


 「望み」ってライに対して言っていたんだよな。キャメルに本気を出されたら、ライの心は持って行かれ、そしたらあの条件は不成立に終わる。そうなる前にライの心をこっちに持っていかないと…………あの極上の美女キャメルを相手に勝てるのか?(遠い目)


 ――もう壊滅的だわ……。


「きゃあっ、な、なにをするのですか! やめて下さい!」


 ――え?


 何処からともなく女の叫び声が聞こえてきて、意識がパァンと弾けた。今の声、聞き覚えがある? グルリと視線を巡らせると、目に映った光景にオレは息を切った。


 ――あれは!


 キャメルが下卑た顔つきの大男に迫れられている! 男はオレから見てもかなり残念な容姿をしているが、肩の張った岩石のような躯つきは騎士にも負けない体格をしている。そんな獣のような男が華奢なキャメルの両手首を頭上に押さえつけていた!


 ――美女と野獣!


 オレは胸の奥底からムカムカが湧き上がっていた。決して触れてはならない禁断の花に手を出した下卑た猛獣、許せん!


「てめぇ! キャメルに何してやがる!?」


 すっかりと女である事を忘れたオレは猛獣の前へと立ちはだかり、奴の背中に怒号の声を投げつけた。


「あ?」


 男は舌打ちした後、こちらへと振り返る。同時にキャメルもオレに気付き、さらに顔色を変えた。


「レインちゃん! あ、危ないわ!」

「危ないのはキャメルの方だろ! おい、キャメルからその汚ねぇ手を離せよ! この下卑た猛獣野郎!」


 オレは男をきつく睥睨へいげいし、キャメルから離れるよう言い放つ。


「これからお楽しみというところに、とんだ邪魔が入ったな」


 男は静かに言葉を吐いたが、表情にメラメラとした相当な怒気が含まれている。それよりもオレは男の注意がオレに移った事に、よし! と思った。

 

「何がお楽しみだよ? こんな道端で白昼堂々と何しようとしてたんだよ、ゲス野郎」


 このオレの言葉に男の顔が一瞬引きずった。そしてオレの方へ歩み寄って来る。


「随分と威勢の良い嬢ちゃんだな。まずは嬢ちゃんから食べてやろうと思ったが、生憎貴様は明らかにオレの許容範囲を超えている。って事でとっとと消え失せな! 醜女しこめが!!」


 男は怒鳴り散らしてきたが、オレはちっとも怯まなかった。騎士をやっていた頃はこんな野郎を相手にする事も珍しくなかったしな。


「消えるのはオマエだよ! クソ野郎!!」


 オレも負けじとなって言い返せば、男はオレに向かって突進してきた!


「きゃああ!! レインちゃん、危ない!」


 男の背後からキャメルの叫び声が上がったが、オレは男の動向を冷静に分析していた。予想では奴はオレ躯を押さえつけてくるだろうと思ったが実際は違った。男はまさかの凶器ナイフを振り上げてきたのだ!


「きゃあっ!!」


 キャメルの悲痛の叫び声と同時に、オレは男がナイフを握っている手を掴んだ。


「!?」


 男が驚愕してオレを見下ろしている。オレの見た目で力の差は歴然としていると見くびっていたのだろう。オレはプルプルと震えている男のちからを牽制していた。


 まぁ、騎士をしていた男の頃よりは力は劣っているものの、まだそれなりに力はある。それに男は見た目ほど力はない。オレが押さえている手に力を込めると、指が男の手の肉に食い込んだ。


「いてててっ」


 男はますます顔を悲痛に歪ませ叫んだ。


「女相手にこんな小道具を使うとは、容姿だけじゃなく心もとんだ腐った野郎だな」

「んだとっ、このあま!」


 オレの言葉にカッと頭に血が上った男はもう片方の腕を振り上げ、オレに掴みかかろうとした。だが、オレは向かってくる手から逃れ、サッと男の腕を掴んで引き、そのまま力任せに男の躯を背負い投げした!


「うおぉおお!!」


 視界が回転した男はありったけの声を上げて叫び、間もなくしてドシンッと派手な音を立て仰向けに倒れた。


 シ――――――ン。


 そして男は気絶したようで辺り一面に静寂が戻ってきていた。我ながら鮮やかな捌きだった。オレは男が動かない事を確認すると、急いでキャメルに駆け寄ろうとした。彼女は青白い顔をし、ワナワナと震えてその場に座り込んでいた。


「おい、キャメル大丈夫か?」


 オレは彼女に声をかけ、手を差し伸べようとした。その時、背後から気配を感じ取った。こちらへと向かって走ってくる凄絶な足音! オレが振り返ると、さっきまでぶっ倒れていた男が復活していた!


「貴様ぁああ、ぶっ殺してやるー!!」


 男の目は血走り、物騒な事を言いながらオレ目掛けて疾走してくる!


 ――チッ。


 オレは舌打ちした後、目にギッと力を入れて次の行動を取った。タタタタッと走り、男との距離を縮め、それから地を蹴った。空中で軽やかにクルンと横に躯を翻し、前方に躯が戻った時、


「これでもくらぇええ――!!」


 オレは決めセリフと共に、野獣にクリティカルヒットをお見舞いした!


「ぐふっ!」


 オレのヒットをまともに食らった男は声にならない声を上げ、無様にでかい図体がぶっ飛び、奴の躯は耳を塞ぎたくなるような痛々しい音を立てて地へと頽れた。これで本当に暫く男は動く事が出来ないだろう。


「口ほどでもない奴め」


 ――フッ、決まったな。


 オレは余裕綽々と笑みを浮かべて、キャメルがいる背後へと振り返った……瞬間、余裕の笑みが崩れ落ちた。


「あ……」


 えっと何故、今この場に居るのですか、ライさん? 彼はひじょ~に険のあるいかめしい表情で、オレの事を無遠慮に見つめていた……。


「やあ、ライ。こんな所で会うなんて奇遇だな~」


 オレはわざとらしい挨拶をして、この重々しい空気を打破しようした。が! ますますライの表情が険しくになり、ズカズカとこちらへと向かって来る! やべっ、逃げた方が良くね? オレは無意識に後ずさる。


「レインッ!」


 ――ぎゃっ!

 

 オレが逃げるよりもライがオレの腕を掴む方が早かった!


「オマエッ、今何やった!? なんであんな無茶したんだ!」

「いや~勝手に躯が動いていたから、なんでと言われても答えられないかな」

「オマエな!」


 至近距離で雷落とすな、マジ勘弁!


「ラ、ライ。オレの事よりキャメルの方を心配しろよ? 彼女、腰を抜かして顔真っ青だぞ」


 オレは苦し紛れにライの注意をキャメルへと移した。ライはハッとなって、すぐにオレから離れてキャメルの方へと駆け出す。その素早い行動に何故かオレの胸がチクンと痛んだ。


 ――なに今のチクン?


 ライは腰を落とし、キャメルと同じ目線で話し掛けていた。キャメルの酷く蒼白した顔色が気になる。相当あの男が怖かったんだろうな。……いや、まさかオレと男の奮闘が怖かったとか?


「あ、あの男はどうなるのですか?」


 かなり震えた声でキャメルがライへと問う。


「あぁ、あの男は連れて行く」

「え? 取り調べをするという事ですか?」

「そうだ。女相手に喧嘩吹っ掛けた男だ。それなりの処置をする。悪いが何があったのかキャメルとレインにも話が聞きたい」

「わ、私は……と……とて……も……話が……出来る……状況じゃ……」


 キャメルはガタガタと躯を震わせている。とても今の彼女は事情聴取なんて出来ないだろう。オレは助け舟を出そうと、ライと彼女の会話の間に入った。


「ライ。今のキャメルに事情聴取なんて無理だ。話ならオレがする。彼女があそこで伸びている馬鹿男に暴行させられそうになったところをオレが見つけて助けた。それだけだ。彼女はもう帰してやって欲しい」


 オレの申し出に暫しライは逡巡する。


「……分かった。だが、オレは男を拘置所に連れて行かなければならないから、レインお前がキャメルを家まで送ってやれないか?」

「あぁ分か……「いいえ、ライノー様! 私の傍を離れないで下さいませ!」」


 ――え?


 突然キャメルが涙してライに懇願してきた。その姿にオレもライも瞠目する。


「キャメル、悪いがオレは男を「お、お願いします! ライノー様!」」


 普段の彼女からは想像もつかないほど、取り乱している。それだけ彼女は怖い思いをしたって事か。オレがちとやり過ぎたのかと反省し、責任を感じてオレはライへ提案する。


「オレが男を連れて行こうか?」

「レインッ!」


 ライからまたお前は! という叱咤の顔をされる。


「いや、だってこんな彼女から離れられないだろう?」

「それはそうだが……」


 言われてライは心底困り果てているようだった。そこにちょうど数人の騎士達がやって来た。街の警備に回っている騎士達だろう。


「これはセラス副団長! 何かおありだったのですか!」


 一人の騎士がライへと問う。


「あぁ。済まないが、あそこに倒れている男を拘置所に連れて行って欲しい。取り調べが必要な男だ。オレもこちらの彼女を送ったら、すぐに拘置所へと向かう」

「はい! 承知致しました」


 ライが簡素に伝えると、数人の騎士達は男の方へと駆け寄って行く。良かった。チラッとオレはキャメルを一瞥する。彼女ヤバくないか? さっきよりもさらに酷く血の気が引いた顔となっている。


「ライ、早くキャメルを送ってやれ。マジ彼女の顔色が悪い」

「あぁ、そうだな。立てるかキャメル」


 ライはそっとキャメルの躯を支えて彼女を立たせた。そのまま二人は歩き出して、この場から去ろうとしていた……筈だが、ふとライの歩きが止まった。


 ――?


 オレが首を傾げていると、いきなりライが振り返ってオレの所へ走って来た。そして、


「レイン。今日の夜、絶対家にいろよ」

「え? なんで?」

「いいから!」


 無理に言葉を残して去って行った……。


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