トラクター☆☆☆2
ちょっとミスがひどかったので再投稿しました(白目
「【ゲート・オブ・ノーキョー】より【農業機械車両センター】を選択。
【フロントローダー】をレンタル!!」
狂気の中にも人語を話せる理性は残っていたらしい。
バイオレンスハゲエルフが複雑怪奇なその呪文を唱え終えた時、【トラクター☆☆☆】に変化が現れた。
左右の前輪の上あたりから……不意に二本の鋼の腕が伸び始めた。
伸び続ける二本の腕はやがて直角に折れ曲がって前部で結合し……【バケット】と呼ばれる部分を形成した。
現代人なら道路工事の現場などで見たことがあるだろう……要は大型の鉄の箱で、大量の土砂を掬い上げるあれだ。
意外なことかもしれないが、【農耕用トラクター】には数多くのオプションが用意されており、耕運作業用の【ロータリー】の他にも土砂運搬用【フロントローダー】、牧草ロール運搬用【アームバケット】、意外な所では家屋の解体も可能な【カッターアーム】などが装備できる。 もちろん油圧による駆動で、だいたい二〇馬力ほどの出力はある。
バイオレンスハゲエルフが選択した装備は、【フロントローダー】。
鋼のバケットの先端には鈍い光を放つ鋼の爪があり、それを先頭に突撃すれば……どのような生き物も切断されるか内臓に深刻なダメージを受けるか、どちらかであろう。
というか……さらっと流してしまったが、バイオレンスハゲエルフと【トラクター☆☆☆】は自由に瞬時に装備を変更できるようであった。 通常なら、オプションの換装なんて数時間掛かりの作業なのに。
そして。
バイオレンスハゲエルフは、アクセルをベタ踏みしながら……鋼のバケットを孫の安全を脅かす敵に向け、突撃した。
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「ちょ……梶田さん!?
なんでそんなにキレてるんですか!?
僕たち初対面ですよね!?」
猛々しい咆哮と万軍の突撃のような土煙をあげながら巨大な鋼の獣が突撃してくるさまに狼狽しながら、マークトはバイオレンスハゲエルフ梶田に制止の声をかける。
「うるせえっ!!
……お前は孫を穢れた目で見た。
お前を殺すには、それで十分だ。
ていうか死ね」
「む……無茶苦茶だ!!
ぼ、僕はただ……可愛いものが好きなだけですから!!」
バイオレンスハゲじぃじの言葉に、必死の表情で弁解するマークト。
ちなみに……清少納言の時代から、日本では【小さいもの】イコール【可愛いもの】とされている。
「黙れやああああ!!
じぃじには孫を護る権利と義務があるんだよぉぉぉ!!」
そう叫ぶバイオレンスハゲエルフ……鋼の獣の突進の勢いは、その姿をマークトたちの眼前に迫らせようとしていた。
「「こ……ここはあたしたちが……っ!!」」
応じたのは、双子の妹たちであった。
タンク役の二人はマークトの目の前に並んで立つと、防御の姿勢を見せていた。
その身体を淡い光が包んでいるのは……何らかの魔法かスキルが発動しているのだろう。
おそらくは、敵を引き付ける【デコイ】、防御力を上げる【アイアンウォール】、そのあたりか。
彼女たちの知識に、【交通事故】という文字はないようだった。
「ち……」
バイオレンスハゲエルフはその光景に舌打ちを見せた。
そして、あからさまに機嫌を損ねた表情を見せると、そのままハンドルを小さく動かす。
小さな動きでもそれは一〇〇キロ近い時速の中、【トラクター☆☆☆】の車体を二度ほど大きく左右に蛇行させた。
そして三度目の蛇行……と思った瞬間、【トラクター☆☆☆】は大量の土砂を前方にまき散らしながら……マークトに車体の側面を見せた。
その光景に……マークトは思わず叫んでいた。
「トラクターがドリフトした!!!???」
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「う、うわっ!!??」
衝撃の光景と共に前方からマークトたちに襲い掛かったのは、後輪が巻きあげた大量の土煙と土砂だった。
それに、双子の妹たちとマークトは、反射的に顔をガードする。
大型スコップ四、五杯分の土砂を、時速一〇〇キロ近い速さで叩きつけられたようなものだった。
マークトは【固体透過不可】があるからまだ良かったが、双子の妹たちは自身の防御力でそれを受け止めなければならなかった。
「「きゃああっっ!!」」
流石に双子と言うべきか、それはきれいな悲鳴の唱和だった。
そしてマークトは焦りをみせた。
【固体透過不可】の魔法で作った壁に……大量の土砂が全面に付着し、前が全く見えなくなっていたのだ。
「(ヤバイ、前が見えない!!??
視界をクリアにするためにいったん解除……なんてできないっ!
か、梶田さんの突撃が来……あれ?
あのトラクター、どこ行った!!??)」
視界が土煙に覆われた瞬間から……マークトたちは【トラクター☆☆☆】の姿を完全に見失っていた。
その隙を、完全に突かれていた。
ごわあああああああん!!!
透明度の低い視界の中……爆音とともにマークトの横顔に迫ったのは、見紛うことなき【ロータリー】。
トラクターの後部に装着する、耕耘部分である。
そこに在ったのは、高速回転する四八本の鋼の牙。
どんなに固い大地でも牙を突き立て、引き裂き、かみ砕くための鋼の口腔。
それが地面から引き揚げられたまま……時速一〇〇キロ近いスピードで、マークトたちに防壁の横手から回り込んで、その身体を横から粉砕しようとしていた。
スイッチバックターン。
バイオレンスハゲエルフはマークトたちの目の前でドリフトを見せた後、スピードをほとんど殺さないまま一行の横手まで突き進んだ。
そしてそのまま……全開全速の逆進をしていたのだ。
つまり……マークトの横方向から、全力のバックで後部の【ロータリー】を向けて突撃。 無論、目指したのはマークトの【固体透過不可】の死角である。
そのとてもトラクターとは思えない機動力に、マークトはとっさに反応できなかった。
「貰ったああああ!!」
「……ぇ……?」
勝利を確信した梶田の叫びを……マークトはまるで他人事のように、どこか遠くに聞いていた。