トラクター☆☆☆
本作、実はスローライフ系だったりします。
【聖女】の回復魔法は、劇的に四人を回復させていた。
【エリアヒール】というヒネリも独創性もない、聞いただけで効果効能がはっきりとわかる魔法。
だが……彼女の回復魔法はチートもチート、なんといわゆるMPまで回復させてしまうのだ。
まさしく、【全回復】。
それは【神の奇跡】と言っていいレベルの出来事である……【聖女】が【聖女】と呼ばれるゆえんである。
実際、ヒロインズはそれを自身の身体で体感し、その感動に身を打ち震わせているところであった。
で……マークトである。
「はっ!! 天使だ……天使がいた!!」
そう言いながら彼は状態異常【気絶】から回復し、勢いよく上体を起こしていた。
テーラーの荷台の上、三人のヒロインズに心配そうな声を掛けられ、三方から密着度の高い抱擁を受けている。
ぽよんぽよんぽよん、という音が聞こえてきそうな光景であった。
世の男性にもげろ、と言われても仕方のない光景だったが……それでもマークトは浮かない表情だった。
「な、なんだ……夢か……。
まあ、そりゃそうだよな……あんなにも尊いものはこの世になかなか存在しないよな。
でもあれは……まさに、ょぅι゛ょオブょぅι゛ょ。
まさに僕が思い描いていた理想そのものの姿。
ふふ、あまりに強く思いすぎて、僕……ついに幻覚を見るようになってしまったか。
けどそれでもいい。
もう一度彼女に会えるなら、僕はこのまま幻覚の世界の中で生きていたっていい………って、目の前に居たぁ!!!???」
長いセルフボケの後にセルフツッコミするマークト。 もちろん天然だった。
「えへへ……こんにちわ!!」
イケメンさんとはいえ、こんな気色悪いお兄さんにも元気な挨拶を見せるさくらは、確かに天使と言って良かった。
もはや、アホの子と言ってもいいレベルだ……世が昭和なら、鼻水を垂らしていたかもしれない。
その敵意など欠片も見えない無防備な笑みに、マークトは再び打ちのめされていた。
「………」
そのマークトの動きに、バイオレンスハゲの反応は早かった。
いつの間にかショットガンを取り出しており、その銃口は完全にマークトを捉えていた。
即座に引き金を引かなかったのは、散弾の散布域にさくらの姿があったからだった。
「さくら……俺ん所へ来い。 そいつから離れるんだ」
機械的な、全く感情が込められていない声……バイオレンスハゲという暴力機関から、安全装置が外れていた。
【激おこ】というレベルを超えてしまうと……人は感情を失ってしまうものらしかった。
「はーい♪」
じぃじの声に従い、素直にマークトの元から駆け出すさくら。
途端に、冷めた目のじぃじの口元だけが、邪悪な笑みを浮かべていた。
・
・
・
・
・
「死ねやあああああ!!」
その言葉と共にバイオレンスハゲエルフの哄笑が弾けた。
世人はそれをヒャッハーという。
どごおお!!
銃口から飛び出したのは先程以上の音量の銃声と、おそらく仕様以上のマズルフラッシュ。
殺意しか感じない量の火薬と金属製の散弾。
そこから大量に発生した視界を覆う程の煙はこの世界で調達した黒色火薬によるものなのだろう。
つまり自作で殺傷前提の散弾、それを他人に向けるという行為……それだけに殺意の意志も量も推し量れる。
じぃじの正義が、執行されようとしていた。
しかし。
「【固体透過不可】………」
悲鳴や肉が弾ける音の代わりに聞こえてきたのは……マークトの静かな声だった。
梶田の視界を覆うのはまるで大砲でも発射した後のような大量の発射煙……それが晴れ鮮明になった視野の先に、梶田は見た。
両掌を前にかざし、何かを前方に押し出そうとするかのような体勢のマークト。
その目の前一メートルほどのところに、いくつもの小さな鉛製の散弾が空中に静止していた。
それは無重量状態というよりも、透明な樹脂に固められたような状態で滞空していた。 そして滞空したままだった。
それに驚く梶田……その目の前で、マークトが微かな笑みを見せた。
「昔、集団戦闘に備えて僕が【創造】した【無属性魔法】ですけど、石礫や弓矢や敵の身体以外でも一応、銃弾相手も防御できるみたいですね……試したのは今日が初めてですけど。
気体や液体は通すけど、固体は通さないというフィールド。
……無属性魔法【固体透過不可】。
いわゆる、バリアって奴ですよ。
(と言ってもHEAT弾は防げないと思いますけどね)」
微笑しながら静かに言うマークトに、梶田はもう一度唇の端を釣り上げた。
「面白えな……まさか、銃弾を防ぐとは」
「ええ、こう見えて僕も【転生者】ですので」
「おもしれえ………」
そしてバイオレンスハゲエルフは……もう一度哄笑を爆発させた。
それが、戦闘開始の合図だった。
・
・
・
・
・
八〇馬力のエンジンが急に始動した。
そしてそのままトラクターは、恫喝するような咆哮をあげながらすさまじい勢いで後進する。
目の前の鋼の獣は後進はしていたが、マークトたちがあっけにとられることは無かった。
なぜならその獣は……顔を向けたまま後ろに下がりながらも、放たれる殺意は逆に強くなっていたからであった。
「おい……出番だ。 てめえ、さっさと出て来いや」
短く、強い口調で言う梶田。
まるでマフィアかというようなその言葉はしかし……彼固有の【ルーン】であった。
その瞬間……マークトは、目に見えない爆弾が目の前で爆発したかのような感覚を覚えた。
その見えない爆風と閃光に、身体が竦んでしまいそうにもなった。
彼の視界の先にあったのは……梶田が駆るトラクター。
燃えるように赤い色をしたトラクター。
だがそれが……トラクターの形をした別の生き物になったかのように、生物のような息吹と唸り声を上げ始めていた。
ただしそれは……獰猛な生き物のモノであった。
「あ、あれはエルフの固有魔法……【精霊魔法】よ!
例えば剣に炎の魔法を宿すように……あの鋼の獣に大地の精霊の力を宿しているんだわ!」
相方の悲鳴のような叫びに、マークトは思わず振り返る。
「【精霊魔法】!? 【大地の精霊】!?
(……そういや梶田さん、エルフだった)」
「ええ、しかもかなりの上位精霊よ……もしかしたら、【ベヒモス】かもしれない……」
絶望に近い表情を見せる少女……その表情に、マークトは背中に冷たいものが走るのを感じていた。
・
・
・
・
・
バイオレンスハゲが駆るのは【トラクター☆☆☆】。
明治四五年創業以来、日本において一世紀以上農業機械を開発し続けてきた農業機械メーカーの集大成の一つに、荒ぶる大地の精霊の力を付与された、鋼の霊獣。
要は【短剣☆】や【プレートメイル☆☆】などのように、什器や武器などに魔法を付与し、威力や能力を各段に強化したサムシングである。
【トラクター☆☆☆】は今や謎の材質強化と不思議な出力強化を得て……もはやF1のエンジンを二機取り付けたぐらいのパワーアップを果たしていた。
そして、バイオレンスハゲエルフの哄笑が、もう一度弾けた。
「くたばれやああああああ!!!!」
嬉しそうに……本当に楽しそうに叫ぶ狂人が、そこにいた。
本作は、前書きも含めてフィクションです。