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聖女の望む奇跡

 ふいに、エンジン音の二重奏が聞こえてきた。


 それに、しゃがんで水路掃除をしていた【聖女】犀川は上体を起こす。 途端に、同じ姿勢を続け過ぎて懲り絡まった筋肉が悲鳴を上げる。 具体的には、腰だ。


 長い間腰を曲げて作業していたため、伸ばした瞬間に鈍い痛みに襲われたらしい。


「ぬっ…くく!! 腰!! 腰!! 腰の筋肉が……くうう!!


 ……あー、やっぱり私、根本的に筋肉が足りてないんだよねえ………身体だって硬いし。


 農作業も楽しくない訳じゃないんだけど……まだ身体がついて行かないなぁ……」


 そういいながら【聖女】犀川は、凝り固まった筋肉をほぐす為、上体を反らした。 そして体前屈、上体反らしを繰り返す。 腰の屈伸運動のつもりらしい。


 何度か繰り返していると……つい先ほど見たさくらとテーラーが近付いているのに気付く。


「い痛痛痛痛……あ、さくらちゃん。


 おつかい、お疲れさ……梶田さん!?」

 

 無意識に声をかけたさくらのその後ろ……犀川はそこに、トラクターを運転しているバイオレンスハゲエルフの姿を見た。


「……何やってんだ、お前……」


 不審そうに犀川に声をかけるハゲエルフ……梶田の目には、平素より運動不足の【聖女】犀川の屈伸運動が、ふしぎな踊りに見えたらしい。


「あ、えぇと、その……日本の誇る格闘技【ラジオ体操】などひとつ。


 梶田さん……今日はずいぶん早いんですね」


 気恥ずかしそうな表情を見せながら斬新な切り返しで問い返す犀川……その表情が、ふと固まる。


 さくらが運転するテーラー、その荷台に人の姿を見たからだった。


 三人の少女。 マークトのパーティメンバーたちだった。


 三人は、見たことのない、しかもやたらと唸り声の大きい獣に引かれる馬車に蒼い顔を見せながら、ペタンと座ったまま、売られていく小牛のようにその場に固まっていた。


 【聖女】犀川はその視線から顔を隠すように少し俯くと……少し慌てた様子でさっと作業帽を深くかぶり、日差しの部分を前に降ろした。


 どう見てもそれは……お忍び外出中のアイドルが、とっさに顔を隠そうとするかのような動作だった。


 ただし……アイドルがモンペを履いて農作業するかどうかは疑問だが。


「あ、あら……か、梶田さん、お、お客様ですか?」


「ああ。


 村の外れで拾ってな……ケガしてるやつがいるんだ。


 お前確か、【聖女】ってクラスだったよな。


 治してやってくれないか」


「………………」


 やくざかマフィアかという低く太い声で、気安くそんなことを頼むバイオレンスハゲエルフ梶田。


 その梶田の言葉に犀川は無言になりながら……テーラーの荷台の横を通り抜け、梶田のもとに歩み寄る【聖女】。


 歩きながら【聖女】は顔を伏せたまま、チラリ、とマークトのヒロインズの姿を盗み見た。


「(……ヤバイ。 超こっち見てる……)」


 内心冷や汗をかきながら、モンペを履いた【聖女】はトラクターの運転席に半分のぼり、バイオレンスハゲエルフの耳に顔を近付けた。


「か、梶田さん。


 外部の人に私が【聖女】ってこと、話しちゃったんですか……?」


 ひそひそと声を潜めながら、【聖女】は梶田に問いかける。


 応じて梶田は数秒ぽかんと口を開けた。


「ああ………何故か、あまり信じていない様子だったが」


「あたりまえですよっ!!


 いちおう外部には秘密ですから!!


 私、中央神聖国の大神殿の奥で、日夜【平和の祈り】っていう祈祷を捧げていることになっているんですから!!


 実際【聖女】がそうしないと……この世に良くないことが起きるんですから!!」


 小声で叫びながら、両拳を小さくぶんぶん振る【聖女】。


 わりと可愛いその所作だったが、梶田は眉一つ動かさなかった。


「……別にいいじゃねえか。 確か前、お前が言ってなかったか?


 【平和の祈り】は別に神殿じゃなくても良いって」


「そうですけど……問題はソッチじゃありません!!


 わ、私、こんな格好なんですよ!?


 い、一応ですね、私、【現人神】扱いなんです!!


 そ、それが野良着で泥まみれになった姿を見せちゃったら……この娘たち、かわいそうじゃないですか!!


 別に私自身は構いません……私自身はむしろ、評判が落ちたほうが気安く生きていけます。


 むしろ【聖女】であることを忘れたいくらいです!!


 けどね……例えば、巣鴨のアイドル【鬼子母神】がギャルっぽい衣装を着て『ちょりーっす』なんて軽いこと言ってたら、おじいちゃんおばあちゃんが幻滅するでしょ!?


 この娘たちだって……【聖女】が野良着で腰バキバキやってるところなんて見たら、ガッカリじゃないですか!!」


 ファンの幻想を大事にするアイドルみたいなことをいう【聖女】犀川だった。


 ぷんすかしながら、犀川は小声のまま続けた。


「それに私……【聖女】の義務、【平和の祈り】はちゃんと毎日欠かさずやってます!!


 一銭のお金にもならないですけど!!


 実際、この世に魔神も魔王もいないでしょ!?


 で、でもね。


 私……『【平和の祈り】は神殿じゃなくてもできる、私は神殿で権威に飾り立てられるために【平和の祈り】をしてるんじゃない、みんなの為に【平和の祈り】をしてるだけ、だからどんなに貧しくなっても生きる場所は自分で決める、誰もが自由に生きて自由に死ぬことこそ平和だー』なんて大見栄きって格好つけて、法皇様と大司祭様と枢機卿ズを泣かして神殿を飛び出してきたんですから!!


 せめて……私のせいで、あの人たちの品格が傷つくようなことはしたくないんです!!」


 おそらくそれは、【聖女】の心の底からの言葉だったのだろう。


 必死で訴える【聖女】犀川の、真摯な言葉。


 応じてバイオレンスハゲは………。

 バイオレンスハゲは………耳の穴をほじっていた。


「やれやれ………お前は本当に糞真面目だな。


 全く……【自由に生きて自由に死ぬことこそ平和】って言葉には感銘を受けなくもないが……じゃあなんで神殿を出たんだよ。


 ふふん……神殿の中に(・・・・・)閉じこもって(・・・・・・)暮らす自由(・・・・・)もあったんじゃないか?」


 その挑発的な言葉と行動に【聖女】は……瞬間的にカッと顔を赤くしていた。


 そして………心の中で絶叫していた。

「(梶田さんを追いかけてきたからに決まってるでしょーーーっ!!


 ……なんて言えるわけがないでしょーーーっ!?)」

「い、いいじゃないですか……。


 【聖女】だからって、【聖女】らしい生き方をしなくちゃいけない道理はないんですから。


 こ、固定概念ってのは、ひっくり返すためにあるんですから……その……」


 ごにょごにょ何言ってるかわからない口調で言いながら……【聖女】は真っ赤っかの顔をゆっくりと伏せる。


 その背中に、声を掛けられた。


 犀川はまだその名を知らなかったが……マークトの三人のヒロインズだった。


 三人は、互いの顔を何度も見合わせながら……代表して、ツンデレツインテ幼馴染さんが問いかける。


「あ、あの……せ、【聖女】さまでいらっしゃいますよね……?」


「(あ、バレてた)」


 【聖女】犀川は無意識のうちに天を仰いでいた。


 神の奇跡の代行者に今……奇跡は起きなかった。

すいません、書きだめ、ありましたw


とは言え、更新遅い人なので、次はもう少しかかると思います(白目)

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