【国】とは何ぞや3・【一九人の王】2
「【勇者】マークトよ、我が【一九人の奴隷】に列せよ」
ピアス王国国王ミハイルによる【一九人の王】の発動とともに襲い掛かる激痛……マークトは絶叫していた。
【魔法抵抗】失敗によるペナルティであった。
「いだだだだだだだだだあああああああああああああああ!!!!!
(僕の魔法抵抗力を上回る魔法!? 僕も一応【勇者】の端くれなんですけどっ!?
これってもしかして……対象レベル制限なしの【ユニーク】系の魔法!!??)」
「マークト、マークト!! お、お父様、これはいったい………っ!!??」
【状態異常:おどろきとまどっている】に陥ったハイファに体を支えられながら、マークトはできるだけ冷静に思考を巡らせていた。
そのマークトに……ミハイルおじさんが静かに言葉をかけた。
「あれあれー?
マークト君、【魔法抵抗】なんてしなくていいんだよ?
おとなしく【隷属化】を受け入れてくれたらいいんだよ」
優しい口調で【隷属化】などという言葉を口にする王ミハイル。
見上げても、王ミハイルの表情は、優しいままだった……マークトはそれに薄寒いものを感じていた。
「(そ……そうか、こ、これが夕べマクシミリアン兄貴が言っていた【隷属化】の魔法ってやつか……。
間違いなく【ユニーク】系の魔法……もしくは王族伝来の【ユニークスキル】というところか。
ヤバイ……意識が飛びそう……)」
薄れつつある意識の中……マークトは、先日の自宅での兄との会話を思い出していた。
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「まあ、その『存続しうる』という部分で……我らが【ピアス王国】は特殊だったんだけれども」
兄兄マクシミリアンはそう言って苦笑を見せていた。
「特殊?」
久々の家族全員での夕食の中、マークトは、忘れていたパンをちぎって口に運ぶという作業を再開させながら問い返す。
「ああ……ピアス王国はね、『たった一人の人間』に率いられていたんだ……」
「……?
国王の親政だったってこと? それとも……宰相とか摂政とかの独裁体制?」
「親政、独裁……まあ、見方によってはそうとも言えるか。
ふふん……ピアス王国にはね、『人間』は一人しかいなかったんだよ。
それ以外のものは……【奴隷】。
つまり……【国王】以外全員【奴隷】。
他人を奴隷にする【隷属魔法】というものに特化した国家、それが【ピアス王国】だ」
マクシミリアンのその言葉に、マークトは思わず食べかけのパンを皿の上に落としていた。
「そ、それはまた……ずいぶん先鋭化した政治体制だなぁ………」
取り落したパンを拾いながら、マークトは思わず問い返していた。
しかし同時に、感心したような表情を見せる。
「だけど……ある意味、『地上の楽園』か。
国民全員が【奴隷】なら……犯罪はゼロ、内乱や革命も起きない……安定した社会にはなるだろうなぁ。
ただし……必要な条件が三つあるように思えるけど」
「……ほう?」
「一つは……まあ総人口がいくらかは知らないけど、『国』を名乗れるほどの人口全員を『隷属化』するなんて【大魔法】がこの世に存在するのかどうかということ。
もう一つは……周辺の国がそんな国を『友好国』として認めてくれるのかということ。
全体主義や社会主義は、それ以外のすべての政治体制に嫌われてきたという歴史が……ご、ごほん。
え、ええと、とにかく……周辺国家に『キモがられる』んじゃないかなあということ」
前世で見た『赤い旗』を思い出しながら慌てた様子で訂正するマークトに、マクシミリアンは納得したように何度も頷いていた。
「その通り。 ピアス王国は、周辺国家から蛇蝎のように嫌われていたようだからね。
そもそも、使者を【隷属化】されてしまえば……どのような【不平等条約】を結ばされるか分らないからね。
で……最後の条件は?」
「……まあ、すでに滅んだということから結論は出てるけどね。
最後の一つは『【国王】の政策次第で』という条件が付く、ということだろうね。
【隷属化の社会】ということは……完全に【管理された社会】ということだし。
【管理された社会】ということは……【市場原理に晒されない】ということだし。
【市場原理に晒されない】ということは……そこに新規の【産業】や【技術】は産まれないということだし。
よほど【国王】がうまくリードしないと………というか、【国王】しかリードできるものがいないのか。
産業や技術の育成、経済の管理、国土の整備なんか……それに生産計画の立案もか!?
それ以外にも外交や流通の管理なんかも……【国王】一人で!?
聖徳太子レベルのチート持ちでもないと、そんなの絶対無理じゃん!!
そんな体制、崩壊して当然じゃないか!!」
呆れたように言うマークトに、マクシミリアンは感心したような表情を見せる。
「へえ……マークト、よくそこまで見抜けるねえ。
ただの【冒険者】だと思っていたのに……恐ろしいほどの見識の広さだね。
それとも……【勇者】というのはそれほどの知識を持っているという事か……しかし一体、どうやって……」
「……う……」
【勇者】=【日本人転生者】というのがこの世界……マークトは一瞬、返答に窮していた。
マークトはもう一度、食べかけのパンを皿の上に落としていた。
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「ぐう……ああああああ……っ!!」
絶叫するマークトの呼気が……次第に細くなっていく。
その頃には……いつの間にかミリアとリリアも室内に飛び出してきていた。
「「 兄! 」」
「ああ、マークト!! 意識をしっかり保って!!」
パーティ三人に体を支えられながらも……マークトの呼気はさらに細くなっている。
「ぐ……ああ、ああああ………」
次第に脱力していくマークトの身体……それにある連想をした三人は、絶望的な表情を見せ始める。
「ああ、マークト! マークト!!」
「「 兄! しっかり! 」」
悲壮な叫びを見せる三人の目の前で……マークトの体はついにその場に崩れ落ちていた。
弛緩した体は一切の覇気を感じさせず……そのさまに、三人の思考はある点に帰着した。
その瞬間……三人の絶叫が重なっていた。
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「えぇと……状況を説明してほしいんだけど………」
切迫した状況の中、三人の絶叫を割ったものがいた。
小人鈴木さんだった。
いつの間にか邸内にいた鈴木さん………奇跡の女神を見つけたかのように、三人の悲壮な視線が鈴木さんに集中した。
「「「 マークト(兄)が!! 」」」
「おぉうっ!?」
あまりに悲壮な三人の絶叫に、鈴木さんは驚いていた。
びっくん、という身体の反射に応じ……鈴木さんの大きなお胸がぷるんと(以下略)。




