【国】とは何ぞや1
「国って……国を作るって。
兄貴、いくらなんでもそれは……」
そこまで言ったところで、マークトは言葉を止めた。
無意識に止まってしまったというべきか……ふと脳裏に、【どっと笑い】の三人の姿がよぎってしまったからだった。
兄兄マクシミリアンはマークトに視線を向け、穏やかな微笑を見せる。
「まあ……いちおう、プランだけならあるんだよ。
こう見えて我々は、亡国の残党だよ………一〇〇年もの間、夢を見る時間はいっぱいあったからね。
もっとも、夢しか見られなかった、ということでもあるんだけど。
ふふっ、でなきゃ、そもそも滅びるはずもなかったんだからね」
若干ろれつの怪しい部分はあったが、マクシミリアンの口調は知性を保ったままだった。
「………むうう、なんと………そんなプランが………」
「………さすが兄兄………村で一番のインテリ………」
つい先ほど、今後もマークトとの同行を認められたためか、兄兄の言葉を手離しで称賛する妹ズ。
マクシミリアンの大層な言葉にしばらく気を飲んでいたマークト……やがて我に返ったマークトのツッコミは、まず妹ズに向かった。
「『村一番の』、とか……なんでお前らはそう小さいナショナリズムを爆発させるの!?
……じゃなくって。
兄貴、【国】だよ、【国】。
それを興すなんて……そんな大層なこと、できるわけが……」
「さてマークト、そもそも【国】って何だろうね?」
マークトの言葉を遮りながら、マクシミリアンはまっすぐにマークトの目を見た。
それに戸惑いながら、そして戸惑ってから、マークトはマクシミリアンの『国とは何ぞや』という問いに応じる。
「ええと……同じ言語や文化の人が集まったり、集められたりした集団……かな?」
「それは【民族】だね。
確かに同じ【民族】で集まった国家……【単一民族国家】というものはあるけど。
でも……同じ言語や文化の【民族】であることは、統一の理由にはなっても統一の根拠にはならないからね。
大体、同じ言語で罵り合い、同じ民族同士で殺し合うんじゃないかな。」
にこやかな笑顔でそんなことを言う兄兄に、マークトは一瞬、言葉を継げなかった。
昼行燈とまではいわないが………『いつもニコニコ笑顔を見せ、いやな顔を見せず人の言うことを何でも聞く、という優しいお利口さん』。
マークトの、マクシミリアンに対する印象がそれだった。
そのマクシミリアンが、笑顔のまま『同じ民族同士で殺し合う』などと言う姿……マークトは少々面食らっていた。
「え、ええと、じゃ、じゃあ……そ、そう。
社会主義国家とか資本主義国家とか……あ、あれ?
それは社会のシステムであって、そのものが【国】を表す訳ではないよな。
……【国】……あれ? 【国】ってなんだったっけ?」
「……社会主義とか資本主義とか言うのが何かは分からないけど……」
そう前置きしてから、マクシミリアンはもう一度笑顔を見せた。
「難しく考えることはないさ……要するに『継続しうる人の集団』、それが【国】さ。
規模によっては【集落】や【村】や【町】と呼ばれるかもしれないけど。
けどまあ……言ってみれば、この村だって【国】を名乗ればその時から【国】さ。
そんなもんだよ、【国】ってものは。」
にこやかに呟かれたその言葉に……マークトは拍子抜けした。
何か高尚な言葉遊びでも始まったかと思って付き合ってみれば……何のことはない、ただの田舎者の開き直りか。
拍子抜けし、苦笑まで浮かべるマークト。
思わず苦笑のまま『さすが兄兄、村で一番のインテリ』と言おうとしたところで……マクシミリアンが、笑顔のまま言葉を続ける。
「ただし……『継続しうる人の集団』、この『継続しうる』という部分が重要なんだよ。
例えば……『少々の食糧難が起きても継続しうる』、『少々の天変地異が起きても継続しうる』、『他国が攻めてきても継続しうる』。
様々な困難に対して対処でき、継続できる集団………それが【国】。
突き詰めて言えば、【国】は【個人】の集団だけど……【個人】では対処できることに限りがあるから。
集団になって、いろんな対処ができて、初めて【国】となる訳さ……人は一人で生きていけない生き物だからね。
そして『どこまでの対処ができるか』、そこで【国】というものの【器量】が問われるんだ。
分かりやすく言い換えれば『どこまで侮られないか』、それが【国】の評価の基準になるんじゃないかな?
例えば……人口一〇〇人の【国】でも一〇〇〇〇人の他の【国】を打ち負かしたとすれば『侮られない』だろう? それが【経済】であっても……【軍事】であっても。
もちろん、人口は重要な要素ではあるだろうけど。
でも………重要なのは『どこまで侮られないか』ってことだね。
結果としてそれが、『継続しうる集団』、つまり【国】ってことさ。」
「…………」
マクシミリアンの言葉に、マークトは押し黙った。
マクシミリアンの言葉に……ある心当たりがあったからだった。
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それは『ある種の人たちなら必ず知っている』言葉だった。
それは『銀河の英雄っぽい人たちの伝説』に登場する、とある【国】を指し示す言葉だった。
マークトは転生前………ぎりぎり、リメイク前の『銀河の英雄っぽい人たちの伝説』を知る世代だった。
全一一〇話をすべて見た世代だった。
「な、なるほど、『アレされるほど強からず、ナニされるほど弱からず』か……規模が小さくても、た、たしかにそういう【国】はあるよね!!
名前は【自治領】だったけども!!」
思わず叫んでしまうほど………マクシミリアンの言葉は、ストンとマークトの胸の中に落ちていった。
そう……一五年前にこの世界に【転生】し、若々しい肉体ではいるのだが。
マークトは……少し古い世代のオタクだった。




