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故郷へ6

 静まり返った室内に、マークトの言葉が響いていた。


 マークトは続ける。


「そして僕は……【勇者】だ。 ……何の因果か、ね。


 だからハイファを【生贄】にした【儀式】とやらは、もはや必要ない。


 ……繰り返すよ。


 僕は、【勇者】。


 だから、逆に言えば……ハイファを【生贄】に貰っていく資格はあると思うんだ。


 そのかわり……【亡国の再興】だろうが何だろうが、何だってやる。」


 静かな……それでいて激怒でもしているかのような熱量でいうマークトの言葉に、父と兄は沈黙した。


 マークトは、続ける。


「一応ね……これでも僕は、譲歩しているんだ。


 何なら僕は『ハイファとミリアたちだけを連れ去ってこの村を殲滅する』こともできる。 ……どうせ僕は、この村に縁も所縁もない身だしな。


 そのための(グレーター)魔術も使える。


 星間物質や衛星軌道上のスペースデプリを大量に召喚して、破壊の流星群を降らせることもできる。


 ハイファを僕に差し出すのと、僕に奪われるのと……どっちがいい?」


 まるで【魔王】かというような口調で、【勇者】マークトは問いかけていた。

とーさま……にーの言っていることは本当……やりかねない……」


にーにー……にーは本当に……それだけの力を持っている……」


 援護射撃が、不意に来た。


 ミリアとリリアだった………二人は立ち上がって父トーレスとにーにーマクシミリアンに説得のための言葉をかけていた。


 それに視線を向けるマークト……懸命に叛意を促そうとするその姿、兄の贔屓目から見てもそれは健気で、美しいものに見えた。


 しかし。


「「 ……だけど……命令があれば抗う……この命は果てても…… 」」


 そう言って決死の視線をマークトに向けるミリアとリリアだった。


「お前ら……ここへきて、それかよ……」


 妹たちの思わぬ言葉に……マークトは、苦渋の表情を見せた。

「ほうほうほう……マークト。


 つまり、お前……自分が【勇者】だって言っているのか?」


 重い沈黙の中、不意に父トーレスが腕を組みながら口を開いた。


「……ああ。」


 静かに応じるマークト。


 その表情が少しムッとしていたのは、父の口調に挑発のようなものを感じたからであった。


「つまり?


 自分が【勇者】だから、【姫殿下】を【生贄】にした【勇者召喚】は必要ではない、と?」


 今度は明らかに挑発めいた口調で言う父トーレス。


 その挑発にマークトは応じ………られなかった。


 なぜならその言葉は……かつてのハイファと妹たちの言葉を裏付けるものに他ならなかったからだ。


「……ああ。」


 もう一度静かに応じるマークト……その表情もまた、静かに沈む。


 本当だったのだ……かつての彼女たちの言葉は。


 今更だが、マークトは改めて動揺していた。


 つまり……本当に、【故郷】の人間と戦わなければならないという事。


 戦って、ハイファを獲得しなければならないという事。


 そしてマークトは改めて……その決心を固めた。


 戦うという事を。 そしてハイファを奪い取るという事を。


 決意を秘めた目を、マークトは父に向けた。


「………っ!?」


 マークトのその目に目掛け、不可避の速度で投げナイフが飛んできたのは、その瞬間だった。

「………………」


 全く回転もせずに飛んできたナイフをマークトが冷静に回避できたのは、奇跡でも何でもなかった。


 【固体透過不可バリア】。


 飛来したナイフを避けるモーションと当時に、マークトは自分の得意とする【魔法】を瞬時に発動させていた。


 そしてそのナイフはマークトの眼球があった空間、その数センチ手前で制止していた……まるで不可視の樹脂に固められたように。


「ほう……今のを避けるのか。


 やり方は反則だが……真っすぐに眼球に向かってくるものは、一番避けにくいというのに。」


 空中で制止した投げナイフ、その向こう側で……父トーレスが、驚いた様子で静かに呟いていた。


 確かに……ストレートに眼球に向かって飛んでくるものは回避しにくい。


 なぜなら……身体に向かって飛んでくるものは目を開けたまま避けられるが、眼球に向かって飛んでくるものに対し、人間は反射的に目蓋を【閉じて】しまうからだ。 連撃を食らったらひとたまりもない。


 しかし。


 マークトはそれを回避してみせていた……父トーレスの驚嘆も道理であった。


「むぅ……自ら【勇者】を名乗るだけのことはある、ということか。


 しかし【勇者】とは………荒唐無稽も甚だしい気はするが」


「………それに関しては大変申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。


 僕だって、こんな御伽話の登場人物みたいな人生になるとは思っていなかった。」


 静かに言う父トーレスと、応じるマークト。


 そのマークトの言葉に……かすかに苦笑が混じっていた。


「それに、父さんがこんな【投擲術】を持ってるなんて……知らなかったよ」


「………まあな。


 こう見えて我が家は代々王家に仕える家……その中でも、【暗殺】と【諜報】に携わる家だったんだ。


 国が滅びてもなお……それはいまでも変わらねえ。


 長子相伝の秘術や秘密……言っとくがこれは、お前だけじゃなく、母さんも知らなかったことだ。」


 とんでもない言葉が、父トーレスの口から暴露されていた。


 ドゥーイン家が、【工作員アンダーカバーエージェント】……平たく言えばNINJAの家系であるということ。


 そして秘密主義の家系であることを、目の前で公開されたということ……すなわちそれは【抹殺】の宣言に等しい。


 応じてマークトは、苦笑を不敵な笑みに変えながら応じる。


「それって、【秘密】じゃないの? 僕を【消す】つもりなのかな?」


「……まあ、【勇者】だろうが何だろうが、その気になれば【消せる】だろうな。


 知ってるか?


 世の中には、本来【毒】ではない【毒】を使って、一〇年かけて行う【毒殺】ってのもあるんだぜ?」


「………」


 父トーレスの言葉に、マークトは鼻白んだ。


 マークトは化学薬品系の知識には明るくなかったが……そういえば【前世】のオタ知識の中には父トーレスの言葉に該当する方法はいくらか思いついた。


 水銀や鉛を使った中毒……意外なところでは、ガラスの微小粉末を使った多臓器不全。


 食品に直接混入しなくとも、食材の餌や肥料に混入するだけでも暗殺は可能なのだ。


「ほう……疑りはしないのか。


 ということは、俺が言っていることが嘘じゃないとわかっているようだな。


 【蛮勇】を誇って跳ね上がっているわけではないということか。


 その情報源が知りたいところではあるが………」


 静かにそう言いながらミリアとリリアに視線を向ける父トーレス。


 応じてミリアとリリアは、驚いたようにふるふると頭を振っていた。


 それを確認して父トーレスは……静かにため息をついていた。

「……ふん。


 【勇者】、それに【勇者召喚】か………馬鹿馬鹿しいことではある。


 そのために王女殿下を【贄】にするという……主筋とはいえ、ピアス王家は何を考えているのか。


 今更、王国復活などしても……意味はないのにな。


 国民からすれば上に立つのは誰だっていいのだろうし、結局は王家の自己満足でしかない。」


 静かにそう言いながら……父トーレスはゆっくりと椅子に座りなおしていた。


 急な和解ムード溢れるその言葉に……マークトは思わず父トーレスの顔を見直していた。


「父さん……! 許してくれるの!?」


「……いや全然?


 言っとくが、主筋から命が下ればすぐにでもお前を地獄に送る算段はするぜ?」


「…………さいですか」


 ぱああっと表情を明るくさせたマークトだったが、父の言葉によりそれはすぐ消沈することとなった。


 だがそれは……ある種の【決意】を、マークトに固めさせることになる。


 無言のままマークトがその【決意】を固めようとしていた時……ふいに兄マクシミリアンが、横から声をかけた。


「馬鹿だな、マークト……【順番が違う】んだよ」


「………え?」


 唐突な兄の言葉に、マークトはきょとんとしたままマクシミリアンの顔を見つめていた。

 この村で二番目に安い、超高級ワイン。


 それを傾けながら、マクシミリアンは席に着いたまま静かに問いかけていた。


「状況を整理しようか。


 マークト……お前は、王女殿下を細君に欲しい。


 しかし王女殿下は、国家再興の礎たる【贄】になって、【勇者召喚】をなさねばならない。


 そして召喚した【勇者】によってピアス王家は再興を果たしたい。


 だがお前は……強奪してでも王女殿下が欲しい。


 簡単にまとめると、こんなところだよね?」


 静かな問いかけに……マークトは無言でうなずく。


 それにマクシミリアンは柔和に微笑む。


「だから……【順番が違う】んだよ。


 マークト……お前は、【勇者】なんだろ?」


「そ、そうだけど……???????????」


 要領を得ず、頭に疑問符を大量に浮かべるマークト。


 その反応に……マクシミリアンは会心の笑みを見せた。


「だから。


 お前が【勇者】なら………【先に国を作ればいい】んだよ。


 その上で、王女殿下を迎えに来ればいい。


 ………私には、これ以上最適な解を見つけられないけどね」


 静かに言うマクシミリアン。


 だがその言葉は、マークトだけではなく、その場にいた全員に衝撃を与えていた。

「だってお前は……【勇者】なんだろう?


 それくらいのことはやらなきゃね。


 それができるなら、当家は今日知った情報をすべて秘匿しよう。


 その代わり、できなかったときは無条件降伏するように。


 あと当然……それまでは王女殿下に手を出さないように。


 ………先代? それでいいですよね?」


 にこやかに言うマクシミリアンに、先代当主トーレスは軽く息を飲んでいた。


 それを放置したままマクシミリアンは続ける。


「……当然ながら、期限は一年。 【勇者】ならそれくらいあれば十分だよね?


 繰り返すけど、それまでは王女殿下に手を出さないように。


 これを約束するなら……当家は人質を進呈するよ。


 なんと豪気にも二名進呈しよう。


 誰にしようかな………うちに女性は二名しかいないんだけど……」


「「 にーにー………っ!! 」」


 マクシミリアンの言葉に、ミリアとリリアが息を飲んでいた。


「おや……ミリア、リリア、立候補するかな?」


「「 喜んで………っ!! 」」


 口元を両手で覆いながら………涙を浮かべて応じる妹ズに、マクシミリアンは柔和な笑みを見せた。


「……マクシミリアン……お前、酔っているな………?」 


 呆れたように問いかける父トーレス。


 その父に、マクシミリアンは笑顔で答えた。


「………はい。 楽しい酒を飲んでいますよ。


 いや、まだまだこれから楽しくなるかと」


 そういってマクシミリアンは、美酒の杯を天に掲げた。

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