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故郷へ4

「オーゥ!!


 マークト!! マークトじゃないか!!」


 それはまさに、洋画か海外ドラマかという光景だった。


 ガイジンのように……というか、【日本人】から見れば【この世界】の人間は全員ガイジンなわけだが、突然のマークトの帰宅に対して、大仰に声をかけたのは、父トーレスだった。


 三十後半ではあるが……平均寿命の短い【この世界】においてはもはや【壮年期】の終わりにして【老年期】の始まり。


 ぶっちゃけて言えば、ぽんぽん生まれてぽんぽん死ぬのが【この世界】。


 人間といえど【動物】のように世代交代()のサイクルが早い【この世界】……実際、父トーレスの頭部には白いものがかなり多く混じり、実直そうなその顔にも、年輪が深く刻まれ始めていた。


 まるで感動の再開シーンのように両手を広げてマークトを迎え入れようとする父トーレス。


 しかし……その温かい歓迎に、マークトは飛び込まなかった。


 帰還の挨拶さえなかった。


「…………」


 無言のまま、トーレスの目を見るマークト。


 真っすぐに見つめるマークト。


 そのマークトの視線に……何かを察したように表情を曇らせる父トーレス。


 そして……開け放たれた玄関の扉の影から、こっそりと息を殺して様子をうかがうヒロインズ。


 沈黙。 計五人の間に、それが満ちていた。


「ふむ……マークト。


 昔から礼儀や儀礼などを卒なくこなしていたお前が挨拶もせずに立っているという事は……ミリアとリリアから聞いたんだな?」


 沈黙の中、静かに語りだした父トーレス。


 その言葉に……マークトは答えず、ゆっくりと頷いて応えた。


 言うまでもなくそれは……先日ヒロインズたちの口からこぼれた、【マークト拾われっ子】説の事である。


 それはそれで【健全】な【全員孕ませEND】の原因になるような気もしないではないが……マークトにはそれを確認する必要があった。


 そして……それ以外の【件】も。


 マークトの真剣な視線に応じ、父トーレスは優しく問いかける。


「問い詰めたのではないだろうね?


 ミリアもリリアも……優しいだ。


 マークト、お前が強いれば、どのような事でも応えてしまうだろう。


 それを知りながらお前は……二人に酷いことをしたんじゃないだろうね?」


 椅子に座りなおしながら、少し沈んだ表情で問い直すトーレスに、マークトはゆっくりと頷く。


 ……この世界の問いかけは英語で言う『isn't it』に近い。


 当然マークトの答えは『Yes』だ。


「そうか………」


 マークトの答えに、父トーレスはゆっくりと……歎息交じりに椅子に背を預けた。


「そうか………ついに、ついに知ってしまったのだな。


 お前たちが血縁関係にないという事を。


 小さいマークト……いや、小さかったマークト。


 子供のころ……一時は、妹たちより背が低かった時期もあったな。


 それが今や……妹たちより頭一つ大きくなり、私の背も追い越したか。


 時が流れるのは早いものだ……。


 いや……遅いと言うべきかもしれないな。


 お前が、ミリアたちと血が繋がっていないことに気付くのに……こんなに時が掛かったのだからな。


 おまえが気付かないお陰で……今日の今日まで、なんの気兼ねもなくお前たち三人と【実の親子】でいられることができたのだから」


 感慨深そうに、呟くような口調で言う父トーレス。


 それは嬉しそうに見え、あるいは寂しそうに見えた。


 ある意味それは、【どこにでもいる老人】の姿だった。


 そこにマ-クトが知る父の青年期後半、壮年期前半の覇気はどこにもない。


 その変わり果てた父の姿に……マークトは何と言っていいかわからなくなっていた。


「…………」


「「 ……父さん…… 」」


 沈黙のままのマークトに、無意識に父の名を口にするミリアとリリア。


 沈黙が満ちる邸内に……父トーレスの言葉が、静かに響いた。


 【響いてしまった】。


「で………ヤったのか?」


 それは【この世界】でも共通の【性行為】や【女性器】を示すハンドサイン。


 下衆げっすい笑みを見せながら、周囲から【下ネタ親父オヤヂ】と後ろ指を指される父トーレスは、平常運転でマークトに問いかけていた。

「ふははは!


 まだヤってねーのか、この○○○○(仮性包茎)野郎!!


 言っとくが俺はお前の歳にはすでに母さんと懇ろになってたんだからな!!


 ……まあ母さんだけじゃなかったけどな。 ふははは!!」


 絶句する一行の目の前で、まさしく『ふははは』という姿勢で立ち上がり、マークトを指差して笑う父トーレス。


 応じてマークトも爆発していた。


「誰が○○○○(仮性包茎)だ!?


 俺はもうズル……て何言わせるんだ、この【下ネタ親父オヤヂ】!!!


 ……っていうか、母さん云々の生々しい話を聞かせるんじゃないよ!!??」


「……何を言うか。


 母さんは……ものすごく、ものすごかったんだぞ?」


「だから、そんな余計な情報は要らないんだよぉぉ!!


 地味に後からダメージが来るからぁぁぁ!!」


 両手で耳を押さえながら、頭を抱え込むマークト。……頭痛持ちかな?


 そのマークトに、父トーレスはさらに嵩にかかって問い詰める。


「何を言う。 男女の営みはこの世の常じゃねえか。


 と言ってもまあ、人ののりを超える営みは許されんがな。


 隣の奥さんと、血縁者。 あと、人間以外と、尻の穴。


 それ以外であれば、ガンガン励まないと……人類は滅んでしまうじゃねえか」


「大丈夫だから!!


 人類はそんなに捨てたもんじゃないらしいから、大丈夫だから!!


 ……ていうか、意外とマジメな倫理観持ってて、ビックリしたわ!!」


「ふははは!!」


 マークトのツッコミに高笑いで応じながら、父トーレスはもう一度椅子に座った。


 深呼吸などし、咳払いをしてから静かに問いかけた。


「ところでお前……ミリアとリリア、どっちを先に手を出したんだ?


 あまり不公平感を与えてはいかんぞ?」


「どっちも手を出してないから!!」


「……『まだ』?」


「『まだ』じゃないから!!


 っていうか、数日前まで【血縁者】じゃないって知らなかったから!!」


 マークトの絶叫に、父トーレスは少し考え込むような仕草を見せた。


「ふむ……すぐにバレると思っていたんだが。


 ……というかむしろ、なんでバレなかったんだろうな。」


「う……(それに関しては、全く言い訳ができないな……僕と顔立ちからして違うのにな。 それ以外にも……いろいろと思い当たることはあったのに。


 それでも気付かなかったのは多分……僕には隠しスキル【難聴】【鈍感】がついてるから……)」


 父トーレスの言葉に思い当たることがあり……ぐうの音も出ない【テンプレ転生者】マークトだった。


 押し黙るマークトに、父トーレスは続ける。


「しかし……【血縁者】じゃない事は、既に知っているんだろう?


 なのにミリアとリリア『に』手を出していないとは……ふむ。


 ……ああ、ミリアとリリア『が』手を出したって、そういう理屈……」


「そんな超理論、ねえし!!


 ついでに言うと、ミリアとリリア『両方同時に』ってオチでもないからね!?


 僕サメじゃないんだから二本生えてるとかないよ!!??


 ……ていうか、なんで『ヤってる』前提になってるの!!!???」


 その問いかけに……父トーレスは、心底驚いたような表情を見せた。


「だっておまえ………お前は、俺の息子じゃないか」


「……だからって、俺が全く同じ行動を取るなんて思わないでよ!?


 DNA……遺伝はそこまで万能じゃないからね!!??


 ていうか、その理屈だと俺じゃなくってミリアとリリアの方が【超肉食系女子】って事になるじゃん!!!????


 (……まあそれはそれでちょっと見てみたい気もしますが)」


 立て続けの、マークトの激しい突っ込み。


 しかし……父の表情は、固まったままだった。


 躊躇しながら……わずかに首を傾げながら、父トーレスは、静かに応じた。


「……いや、だってお前……お前は、俺の実の息子だろ?


 ミリアとリリアは……俺がお前の嫁用に拾ってきた孤児じゃないか」


「「 ……な……っ!! 」」


 父トーレスの言葉に衝撃を受けたミリアとリリアは………玄関の扉の影から飛び出した姿勢のまま、心臓を射抜かれたようにその場に固まっていた。


 ドゥーイン家の家庭の騒乱は……さらに混迷しつつあった。

「あー、父さん!!! 違うから、違いますから!!」


 そう言って邸内の奥から出てきたのは……ドゥーイン家当代当主にしてミリアとリリアの兄、マクシミリアンだった。


 まあ当代当主と言っても……ドゥーイン家は豪農というレベルの家。


 平民の中でも、少しは金を持っているという程度の家だ。


 だが、世代交代の際には【相続者】を明確にしないといけないのがこの世界……実際、マークトもそれを弁えており、自ら進んで【冒険者】になっていた。


 で、その兄マクシミアンは……心底驚いた様子で部屋に飛び込んでいた。


 そして妹ズに向け、父の言葉を慌てて訂正する。


「大丈夫だから。 ミリアとリリアは、ちゃんと私の妹だから。


 父さん、逆でしょ!!


 ミリアとリリアに将来ろくな亭主が見当たらなかったとき用に、マークトを連れて帰ったんでしょ!!」


「あれ……? そうだったかな? どっちだったかな……」


「下半身だけじゃなく、頭にも血を巡らせてくださいよ!!


 あ、ミリアも、リリアも、泣かなくていいから。 よしよし……」


 そう言って妹ズをなだめる兄マクシミアン。


「あれ? あれぇ? どっちだっけ……あれぇ?」


 頭から疑問符を一杯飛ばしながら父トーレスは腕を組んでいた。


 とりあえず……ドゥーイン家の家庭の騒乱は、さらに拡大することもなく終息しそうだった。


 父トーレスの○○老人疑惑を除いて。

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