エルフのやべーヤツ2
「いや……話はそう簡単にはいかない。
俺の【ゲート・オブ・ノーキョー】には、それなりの対価が必要であって………む?
何かが近付いてくるな……」
そう言って驚愕するマークトの追及を押さえながら……バイオレンスハゲエルフは、手のひらを一行に向けた。
異世界でも共通のハンドサイン、待て、という合図らしかった。
緊張を察したマークト一行は、その場でわずかに腰を落とし、周囲の気配を探査する。
それを確認してからバイオレンスハゲエルフは、残った手でトラクターの運転席の天井をまさぐる。
そこに在ったのは……天板に粘着テープで固定された、ショットガン。 まさにバイオレンスという言葉にふさわしいヒャッハーな武器であった。
「ま、まさか……ショットガン!??
そ、そう言えば、グンマによく似た名前の県は、駄菓子屋で普通に拳銃とか売ってるらしいからな……梶田さんのスキルでも入手可能という訳か……」
「そんなわけねーだろ。 あと、名前を伏せられてない。
これは俺がつくったもんじゃない、村の日本人が作ったんだ」
「……なるほど……チート生産職系の転生者って訳ですか……」
「……否定も肯定もしないが、だいたいそういう事にしておいてくれ。
【聖女】とはよく立ち話をするからつい喋ってしまったが……他の村人の事を、あまり広めたくないんだ」
「(……要するに、僕たちを信用してない、て事か……)分かりました」
「………」
「………」
そしてその場にいた人間は全て無言になった。
マークトは耳を澄ましてみる……しかし、何も聞こえなかった。
稲穂が風に揺れる音と、森の中の獣の営みの声だけだ。
数十秒経ってもそのままであったため、躊躇う一行がバイオレンスハゲエルフに確認の視線を向け始めた……その時だった。
「……すまん、ウチの者らしい。 脅かせてしまったな……」
構えたショットガンを下ろしながら言う梶田に、さらに戸惑う一行……がやがて、一行の耳にある音が聞こえ始めていた。
消音する気もない空冷エンジンの騒音が、微かに聞こえてきたのだ。
ハゲエルフが気にしていたのは、この音だったらしい。
「(これが聞こえてたのか……エルフ、耳良すぎっ!?
まあ、それだけ耳が長ければ……当然か。
生き物の形状には理由があるっていうしな……って!?
このトラクター以外にもエンジン動力のものがあるのかよ!!
もしかして、相当数!?
この人たち……軍事的にも世界征服することができるんじゃないの!?)」
マークトはもう一度驚愕の視線でハゲエルフを見た。
ハゲエルフは………おや。
急にそわそわして、着衣の乱れを整えていた。
バックミラーを覗き込み、身だしなみのチェックまで始めていた。 もしかしたら、髪の乱れでも気にしていたのかもしれない。
「おじいちゃーん!」
遠くから、エンジンの音とともにそんな声が聞こえていた。
マークトたちは知らなかったが……それはテーラーに乗ったクォーターエルフ、さくらの声だった。
「おじいちゃーん! おべんとうもってきたー!!」
さくらはそう言いながら、両手をぶんぶん振っていた。 無論、テーラーを運転しながらである。
「コラさくら!! 手を放すんじゃねえ!!!」
さっそくバイオレンスハゲエルフに怒鳴られている……しかしさくらは意に介さず、一行の近くまでくると、テーラーのエンジンを切った。
そして後ろの荷台から手籠を拾い上げてから、バイオレンスハゲエルフに駆け寄り……そのまま太腿辺りに飛び乗った。
「いちばーん!!」
後続者がいないのに、さくらは一着でゴールしたらしい。 二着だったら、ちょっとしたホラーだ。
それは結構な衝撃であっただろうに……子供による逆虐待は、親にとって結構な悩みの一つでもある。
しかし梶田は眉一つ動かさなかった。
「コラさくら。
危ない事はするなって、いつも言ってるだろうが。
しかもテーラーなんか動かしやがって。
セドリックは何も言わなかったのか」
セドリックは梶田の娘の名である。
親の名を出されての叱責。 さくらはそれに、素直に応じた。
「ごめんなさい!!」
にーっ。
元気な、まるで謝意など感じられない笑顔の謝罪。
梶田はそれに苦笑するしかなかった。
「でも、おかあさんはいいっていったよ?」
「あの野郎……帰ったらぶん殴る」
さくらの言葉に、梶田は短く吐き捨てていた。
「そんなことより、おじいちゃん!!
おべんとう!! さくら、いっしょにたべる!!」
「……まだ早えし、俺の分が無くなるだろうが……。
まあいいか。
少し早えが、飯にするか……」
親が殴られるかどうかを『そんなこと』と断じて言うさくらに苦笑を見せながら、梶田はショットガンを元の位置に戻していた。
それを見上げながら、にーっと笑うさくら。
今度撃たせてね、と顔に書いてあった。
「……駄目だぞ。 ショットガンは、大人になってからだ」
「じゃあさくら、はやくおとなになるね!!」
「……やれやれ、ゆっくりでいいんだぞ」
静かにそう呟く梶田。
その内心で………彼は冷静に、静かに独白していた。
・
・
・
・
・
「(ふひーっ! 俺の孫、最高ーっ!!
なんでそんなに手ぇちっちゃいの? もみじなの!?
なんでそんなに素直なの? 俺の教育が良かったの!?
そしてなんでこんなにかわいいの? 俺の遺伝がよかったんだな!!!
俺のDNA、世界最高ーーーっっ!!
はやくおとなになるなんてとんでもなーい!!)」
バイオレンスハゲエルフ梶田もまた……残酷で冷たいこの世に揺蕩う、一匹のじぃじであった。
・
・
・
・
・
「おう……悪かったな、驚かせちまって。
こいつの名は、梶田さくらだ。
さくらは……そうだな、春に咲く花って意味かな。
クォーターエルフ……スリークォーターヒューマンとでも言うべきか。
見ての通り、俺の孫だ」
「こんにちわっ!!」
梶田の紹介に、そう言ってさくらは満面の笑みを見せていた。 エルフとしては少し短めの耳が、ピコピコと動いている。
それを見て、バイオレンスハゲエルフが心の中で以下略。
「あ……はは。 こんにちわ」
ツンデレツインテさんは、緊張を緩めながらさくらに応じる。
「「うん……こんにちわ」」
妹ズも、ツインテさんと同様にさくらに応じていた。
そしてもう一人……マークト。
「ょぅι゛ょ……ょぅι゛ょだ………」
マークトは、とても尊いものを見たかのように、その場で陶然としていた。
【ょぅι゛ょ】至上主義の彼に見せてはいけないもの、それはまさしく【ょぅι゛ょ】であった。
・
・
・
・
・
転生から今までの人生、マークトの身の回りに【ょぅι゛ょ】はいなかった。
『え?双子の妹がいるでしょ?』と思った人は、たぶん、人間として正常だ。
ツンデレツインテさんは彼より数日の年長さん……暦の上ではマークトの一歳上の一六歳。
そして双子の妹は……何と暦の上では同い年なのだ。
マークトが生まれた年……彼の両親は、ナニを張り切ってしまったのか。 その年にそこまで駆り立てられるほどのナニがあったのか。
そしてマークトが転生の記憶を取り戻した時、彼女たちはすでに彼と同じ九歳……九歳がすでに幼女に見れないとは、彼は相当こじらせてしまっていたのである。
つまり、彼の新しい人生の中では……【ょぅι゛ょ】と身近に接した時期は、全くなかったことになっているのである。
・
・
・
・
・
そのマークトにバイオレンスハゲエルフは……一切の躊躇を見せず、ショットガンの引き金を引いていた。
ガン!!
マークトは至近距離で胸当てを撃たれ……そのまま後ろ向きに倒れていった。
「……俺の孫をそんな目で見る奴は許さねえ。
いくら同じ日本人でもな」
困ったじいじ、バイオレンスハゲエルフ梶田は、銃口から排気煙をたなびかせながら……静かにそう呟いていた。
書きだめはここまでです。
次回更新はしばらく後になりますです。
ご了承ください。