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不寝番

 不寝番。


 いわゆる、寝ずの番である……要はメンバーの休息や夜営中、寝ずに周囲の警戒をする役目の人間の事。


 これを立てなければ奇襲や強襲を容易に受けてしまい、その集団が全滅してしまう事もある。


 なお、一流の冒険者パーティは、宿屋に泊まるときにさえ不寝番を立てるという。


 高価な装備や大量の資金を所持しているという事もあるし、また成功をねたまれる彼らは……どうしても不心得者に狙われてしまうのだ。


 宿屋に泊まり、『♪てーれーれーれーれ、てってーん♪』とさわやかな音楽で目覚めても、不寝番で【一人だけ回復していない】のが一流パーティの証なのだ……想像するにシュールな光景であるが、それくらいの防犯意識は必要だと思うのだが。


 なお、不寝番は交代制である……でなければ、その身が持たない。


 場合によっては、不寝番を一晩で何度も交代することもある。


 逆に言えば、それだけの労力を払ってでも、しっかりとした休憩や睡眠というものは必要なのだ。


 で。


 マークト一行である。


 故郷へ向かう途上の、【魔の森】での夜営。


 誰が不寝番をするかで、ひと悶着あった。


 要するに、マークトとハイファが【夜営やえい】中に【よるいとなみ】をしないよう監視する必要があると主張した者がいたのだ。


 ……まあ、言わずと知れた妹ズなんですが。


にーがいくら【勇者】と言っても以下略」


とーさまが認めるまでは以下略」


「じゃー、ミリアとリリアが交代で見張るしかないな」


「「 …………ぁぅ…… 」」


 自律自縛、あるいは自爆。


 こうして双子の妹たちは、ぐぅの音も出ないまま不寝番をすることになった。

 基本的に、夜営中は雑魚寝である。


 鈴木さんたち【異世界日本人村】の面々も、それは変わらなかった。


 例えば【日本】の高機能な寝袋や高性能なテントなどの一式も揃えられるのだが……鈴木さんたちはあえてそれを拒否していた。


 『だってその方が冒険者っぽいし』


 鈴木さん佐藤さん山田さんの統一見解である。


 この三人は、異世界生活を満喫していた……というか、同好の士が集まってのこのパーティ構成なんだろう。


 『流石』と言うべきか『冒険者稼業を舐めるな』と怒るべきか……判断に迷うマークト君であった。 とりあえずアルカイックスマイルでごまかしたが。


 で。


 不寝番となったミリア(上の妹)は……他の六人の寝姿を見ながら、ため息をついていた。


 六人の寝姿は……まさに、その辺の冒険者だ。


 寝巻どころか……起きた瞬間に戦闘可能な装備。


 それはマークト一行は言うに及ばず、鈴木さん一行も。


 ミリアは……その中でも、鈴木さんを眺めていた。


 小人コロポックル。 身長一八センチの鈴木さん。


 小柄なミリアの膝にも届かぬサイズの鈴木さん……しかし、その鈴木さんに後れをとったミリアとリリア。


 無論、【巻き添え小人化】という反則を使われての敗北である。


 しかし……掴み上げられた腕の痛みは、本物であった。


 ミリアはその腕をさすりながら……そのときの光景を思い出していた。


「(【異世界】から来たニホン人……にーも【異世界】のニホン人と聞いた……ニホンとは、【異世界】とは……修羅の国、なの……?)」


 ネタバレ:全然違う。


にー………」


 そしてミリアは……視線をマークトに向け、静かにため息をついていた。

 ちなみに。


 ミリアを含めヒロインズ三人は………マークトや【異世界日本人村】の人間の素性の説明を、すでに受けていた。


 【異世界】、【日本】、そして【転生】と【転移】。


 だが……ヒロインズはいろいろと誤解していた。


 まず、【異世界】……それを単に【遠くにある国】、あるいは【異なる文化の国】、と認識していた。


 彼女たちの認識では、どこか遠い大陸のどこかの国、というところであった。


 言語や習慣や科学技術が伝聞できないほど遠くにある、全く異文化の国だ、と。


 それも当然であろう……【異世界】とは、【異なる世界】。


 英語で言っても【アナザー】な【ワールド】。


 そして【世界】とは……地図もまともにないこの世界においては、【自国】を含む【周辺の国】であり、自分の知る【文化圏】である。


 それとは【ことなる世界】となると……自分の知る世界より【遠い】世界、あるいは自分の知らない【異文化の】世界というイメージしかできなかった。


 そう……この世界には残念ながら【異世界もの】どころか、【ラノベ】さえなかったのだ。


 【日本人】でも、例えば【ラノベ】や【アニメ】や【まんが】を生涯一度も見たことがない人間がいたら、【異世界】というものは想像できないだろう。


 まして生まれも育ちも【この世界の】ヒロインズの想像力では、ここまでが限界であった。


 そして。


 案の定、【転生】というものも誤解していた。


 【死後の魂】が、天国や地獄ではなく、他の異世界とはいえ【現世】にとどまって【生まれ直す】という概念を、この世界の人間は誰も理解できなかった。


 よってヒロインズは……こう考えた。


『マークトは遠い他国に住んでいた、そして失伝された古の魔法の【空間転移】や【空間接続】などの魔法でこの国にやってきた。


 同時に、【人を若返らせる】という神代の魔法【回春】で、乳幼児レベルまで若返ってしまった。


 あるいは刑罰や謀略などにより、【回春】で若返ってから、【魔法】でこの国に捨てられるか送り込まれるかした』、と。


 ……かなり強引な気はするが、【転生】というものを、彼女たちの知る【魔法】や【冒険】の知識を総動員して、なんとかこじつけた解釈がそれだった。


 それも無理のない事だった……【キリスト教】においても、派閥がいっぱい出来るまでは、【死=無】だったのだから。 【天国】、【地獄】、【霊魂不滅】という概念すらなかったのだから。


 ただ……その解釈の是非はともかく、(ヒロインズの【超】好意的な解釈もあるが)彼女らにすれば……マークトが【孤独なる異邦人】であるということには間違いなかった。


 【孤独なるさびしー異邦人ボッチ】……それは(ヒロインズの【超】好意的な解釈により)【同情をかけるべき可哀想な人】と誤変換されていた。


 それにより……マークト君は、ヒロインズから更なる【愛情】を向けられることになっていた。


「………にー………」


 ミリアはもう一度……無意識のうちにマークトに呼びかけていた。

「あははっ、そんなにマークト君とハイファ君がくっつくのが悔しいのかい?」


「!!!???」


 不意に足元から聞こえてきた言葉に……ミリアは飛び上がらんばかりに驚いていた。


 もちろん、物理的に【足元から】言葉をかけたのは、いつの間にかそこにいた小人コロポックル鈴木さんだった。


 鈴木さんは……実際に飛び上がって立ちつくしてしまったミリアに、やさしい笑みを向けていた。


「ふうん……そんなに悔しいのか……」


「…………」


 鈴木さんの優しい問いかけであり言葉だったがミリアは……過日の、文字通り【手ぇ痛い】敗北の件もあり、顔をぷいと横にむけたまま、しばらく答えなかった。


 長い沈黙の後に……静かに続ける。


「あなたには……関係のない話」


 朴訥な口調ではあったが……それはいつもより少し強い口調になっていた。


 応じて鈴木さんは、少し挑発的な口調で言葉をかける。


「へえ……関係ないんだね?


 じゃあこれから私たちの仕切りで、マークト君たち二人が国を興し、例えばその王と王妃になったとしても……関係ないのかな?」


「そうなれば、まさに重畳。 私たちの役目、果たされたことになる」


「へぇ………まさに『忠臣大儀である』、だね。


 つまり、国家に対する忠臣であって、個人に対する忠臣ではないと?」


「………。 何が言いたいの………?」


 少し機嫌を損ねたように問いかえすミリア。


 彼女にしては珍しく……怒りがにじみ出ていた。


 そんなミリアの様子に、鈴木さんは肩をすくめてみせる。


「はは……怖いね。 何に対して、そんなに怒っているのかな?」


「………怒ってなんか、いない」


「そうかい? 怒ってないなら怒ってないで、それでいいんだけど。


 だけど君………それが何かは問わないけど。


 君は今………【何か】に対して【不満】を抱いているんじゃないのかな?」


「………っ!?」


 ミリアは鈴木さんの言葉に……心臓を貫かれたようにその場で固まった。


 まるで【秘密】を見通されてしまったかのように……全く身動きが取れなくなってしまっていた。


 鈴木さんは言葉を続ける。


「まあ【何か】が何か、とは聞かないけどね?


 けどいま君は……【今における君の立場】と【将来における君の立場】に、強い【不満】があるんじゃないかな?


 いやそれは……【不安】と言うべきかな……?」


「……………」


 鈴木さんの問いかけに答えない、答えられないミリア。


 ある意味それは、問いかけの答えとなっていた……今ミリアの脳裏には、間違いなく共に育ったマークトの姿がよぎっていた。


 無意識に……胸を押さえつけるように、固く握った拳を強く心臓に押し当てていた。


 鈴木さんは、続ける。


「キミのその【何か】に対する【不満】に【不安】………どうすれば解消できるんだろうね?」


「そ、それは………っ!!」


 鈴木さんの言葉に、ミリアは思わず叫んでいた。


 それが鈴木さんの言葉を制止しようとしたものだったのか、図星をつかれて驚いてしまっただけだったのか……ミリアにはわからなかった。


「まあ、私にはその【何か】がなんのことだか、【誰】の事だかはわからないよ?


 だって……私は君じゃないんだから。


 言ってくれなきゃ。 わかんないからね?」


「……………」


「……ふふふ。 言ってはくれないんだね。


 つまり君は、その【何か】に対しても【誰か】に対しても、何の【行動】も起こさないという事だね。


 【不満】と【不安】を抱えたままずっと……そして未来永劫そのままなんだね?」


「……何が言いたいの………っ!?」


 再び問いかえすミリア……今度は口調がかなり強かった。


 それに驚いた風もなく……鈴木さんは静かにミリアの問いかけに答えた。


「まあ、それならいいんだけどね。


 けど。


 これだけは忘れないで欲しい。


 【私たちの邪魔をする】なら、【跡形も残さず】に、【消す】よ」


 静かな口調で言う鈴木さん……ただしそれは笑顔で断言されていた。


 そしてその鈴木さんの戦闘能力を思い出し……ミリアは思わず息を飲んでいた。

「まさか……できないとは、思ってないよね?」


「……ぅ………」


 ミリアの静かな呻き。


 鈴木さんの断固たる宣告に触れ、ミリアが取れた行動はそれだけだった。


 かつてなすすべなく【行動不能】にされた相手、鈴木さん。


 それだけに……彼女が本気になったら、本当に【消される】のは間違いないだろう。


 ミリアの表情に、怯えが混じっていた。


 それに目ざとく気付いた鈴木さんが、言葉をかける。


「異議はあるかな? ………まああるだろうね。


 今はそうでもなくても……後々振り返って、はらわたが煮えくり返ることだろうね。


 【ねじ伏せされた】と。


 自分の力が及ばないものに、力ずくで【ねじ伏せられた】と。


 【不満】や【不安】があるのに、解消しようにも私たちに【ねじ伏せられた】。


 ……まあ、そこで反発するか、従順になるかは君の自由だけどね。


 けど……こうは思えないかな?


 なぜ【ねじ伏せられるのか】。 なぜ【従順】に従わなければならないのか。


 ………結論から言えば、君が弱いからだ。


 立場的にも、技能スキル的にも、技量レベル的にも。


 例えば君が本当は【どこかの強国のお姫様】だったりすれば私たちは平伏するしかないし、例えば君が【口達者】であれば私を論破することもできただろうし、例えば君が私より高レベルの冒険者だったりしたら私をねじ伏せることもできただろう。


 つまり……君は、状況をひっくり返すことができる何物も持たない。


 だから君は【不満】や【不安】を抱えなければならない。


 【不満】や【不安】を抱えたまま、これからも生きていかなければならない。


 誰もが認める【何物か】。


 それが君にない以上、ずっとそうしているしかないんだよ……」


「………………………………」


 鈴木さんの言葉に……ミリアは言葉を返すことができなかった。


 鈴木さんの言葉が……その一言一言が、全て心に突き刺さってしまったからだった。


 しかし、同時に。


 ミリアは不審に思った。


 目の前の女が何を言いたいのかは分かった。


 しかし…………何がしたいのかは分からなかった。


 【異世界日本人村】の村人であり、その中でも比較的高い戦闘能力を持つ彼女。


 【勇者】の一人であり、間違いなく自分より【強者】である彼女が自分の弱さを責め立てている。


 しかし、その口調は……ミリアを気遣うように、静かで優しいものであった。


「あなたは一体……何が言いたいの………?」


 無意識に、ミリアはもう一度問いかけていた。


 その問いかけに………鈴木さんは優しく、今日一番きょういちの笑顔を見せていた。


「【パワーレベリング】って知ってるかい?」


 鈴木さんは優しそうに、楽しそうに……そして嬉しそうに、ミリアに微笑みかけながら、言うのであった。

 【パワーレベリング】。


 またの名を【養殖】とも言う。


 それは、圧倒的強プレイヤーが他の初心者や弱プレイヤーを……優しいことに【超】短期間で【強者】に成長させることを指す。


 いまここで。


 【伝説級】【英雄譚級】の戦闘力を持つ【異世界日本人村】の住人により………【壁役タンク】でありながら【暗殺者アサシン】のスキルも持つという【中途半端】な戦闘力しか持たない【妹ズ】が、改造されようとしていた。


 いや………【大改造】されようとしていた。


「????」


 ぴろぽろぴれりん(擬音)。


 状況を理解できず、首を傾げるミリア。


 彼女は今はまだ……その辺にいくらでもいるような、ただの【爆乳予備軍美少女】だった。


 だったのに………。

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