エルフのやべーヤツ1
「や……やっと森を抜けたか……」
密林と言って良いレベルの密度の森を抜けた瞬間……マークトは、無意識に呟いていた。
それはまさしく……疲労困憊、といった様子であった。
結構な値段と思われる彼の防具もかなり汚れが目立ったし……激しい戦闘の跡なのか、破損や傷が目立つ。
マークトは深い森を抜けた解放感か安堵か、ため息のような深呼吸をゆっくり、何度も見せる。
それはゆっくりと、やがて震えながら次第に熱を帯びていった。
それが臨界点を越えた時……マークトは絶叫していた。
「異世界日本人村の……あのふざけた依頼票………よく見たら、依頼人の住所と名前が書いてあったわ!!
てゆーか、遠すぎるわ!!
てゆーか、難易度高すぎるわ!!!
てゆーか……ここ、【不帰の森】って別名のある、【魔の森】のど真ん中じゃねえか!!??
冒険者どころか、軍隊も開拓者も犯罪者もだーれも寄り付かねえっての!!
歴史上、踏破した奴なんていないっての!!
あれから一週間もかかったっての!!
ぶっちゃけ、舐めてたっての!!
チートパワーでごり押しできるって!! スンマセンシタ!!」
そこまで吼えたところで……マークトは両膝を地についていた。
「てゆーか…………薬草や食料なんかの消耗品、ほぼ全部使い切ったんですけど………」
そしてマークトは両掌を地についていた。
その後ろにいたのは……ヒロインズ。 マークト同様、こちらも随分疲弊しているようだった。
そのうちの爆乳ツンデレツインテ幼馴染さんが……かなりの衝撃を受けた様子で周囲を見渡していた。
「な……なに、ここ。
農地じゃない………それも、かなり大規模な……」
ツインテさんの言葉通り、マークトたちの目の前には……広大な水田が広がっていた。
まさしく、森と水田が隣接していたのだ。
それは山間部にある水田のように、山肌ギリギリまで開発されているためらしかった。
そこには……まだ青い稲穂を見せるイネが水田いっぱいに広がり、風に揺られていた。
その水田はきっちりと直線的に整備されていた。
地形に合わせて整備されたのではなく、水田の形に合わせて山や森を削り、開拓されているようだった。
「これって麦……じゃないようだけど、整地された土地に生えてるってことは、作物って事よね。
単位面積当たりの収穫量は分からないけど、仮に麦と同じとして……ウチの村の四倍くらいはあるから、人口は一〇〇〇人くらいかな。
冒険者も寄り付かない【魔の森】の中にそんな規模の村があるなんて……聞いたこともないわ!」
ツインテさんはよほど驚いたのか……自分が疲労しているのも忘れてそんな言葉を叫んでいた。
その二人に遅れ、爆乳予備軍の妹ズもまた身体を引きずるようにして森から出てきた。
その二人もまた疲労している様子で……しかも憔悴しきった様子でマークトに声をかけていた。
「兄……ごめん。
あたし、ケガ……足を引っ張った……」
「兄……あたしも、ごめん……。
魔力が切れた……途中から回復、ほとんどできなかった……」
無口な性分なのか、呟くような口調で、朴訥に喋る二人。
本当に申し訳なさそうに、妹ズはそろって顔を伏せる。
「……それは気にすんなっていっただろ。
そんなものは織り込み済みだよ。
いや、織り込み済みだったんだけど……僕の見通しが甘かったんだな。
お前たちのせいじゃないから気にしないで。
なんなら、僕を罵倒してもいいから……むしろ罵倒しやがれ下さい」
……最後の一言を除き、魂の叫びを見せる時とはうって変わって、イケメンさんな口調で声をかけるマークトであった。
疲労が限界を超えたせいか、マークトはドMという新たな属性をしつつあったようだった……ホラー趣味をこじらせたスプラッタマニアがドMになったら、行きつく先はどうなってしまうというのか。 自分の身体と命を大事に。
「まぁ……ここが目的地かどうかはまだ分からないけど、耕作地ってことは人間か獣人か亜人が住んでいるんだろうな。
交渉して、宿や食料を手配しないと……冒険者ギルドがあればいいんだけど。
みんな……ごめんな。
疲れているだろうけど、もう少し頑張ろう」
いちおうパーティのリーダーらしいことをいうマークト。
メンバーは疲労を見せながらも、彼の言葉に全く異存はない様子だった。
そして一行は、疲れた足取りで水田沿いの農道を歩き始めた。
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疲労を隠せない様子だったがマークトは……確信していた。
それは、ここがおそらく異世界日本人村である、という事だった。
理由はあった。
なぜなら……彼らの目の前にあるのは病的なまでに四角く整地された【田んぼ】であり、生産されているのが【稲】だったからだ。
彼がこの世界に来て、初めて目にする【田んぼ】であり【稲】だった。
西洋風のファンタジー世界であるためか、この世界に【麦】はあっても【稲】はなかった。
この世界の主食は中世以前の欧州のように小麦や大麦やエン麦などであり、ジャガイモやトウモロコシと言った物もない。
にもかかわらず……目の前の広大な水田には、まだ収穫時期ではないのだろうが、稲がある。
それも……まだ青いが日本人には見慣れた、単粒種の実が実っている。
稲……麦と同じイネ科に属するアジアイネのジャポニカ種。 すなわち、日本人が言うところの【コメ】。
「(コメ……米か。 ……何気に、一五年ぶりなんだよな。
うまくいけば……一五年ぶりにコメが食べられるかもしれない!!
てゆーか……【転生者】がこんなのを目にして食べたくないわけがないじゃないか!!
……やばい! 苅田狼藉の戦国時代の雑兵の気持ち、超わかる!!)」
そんなことを考えていたマークト……疲労困憊であるにもかかわらず、心なしか行き足が速くなっていた。
というより……当初の目的であった彼の【復讐】、つまり例の依頼票の差出人をぶん殴ることを……マークトは完全に忘れてしまっていた。
心が、はやっていた。
心が、踊っていた。
もう、頭の中がコメでいっぱいになっていた。
浮かれていたせいだろうか……上級冒険者として名を馳せつつあったマークトであったが、【それ】の出現に……彼は全く気付いていなかった。
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それは勇ましくも猛々しい、並みの獣では考えられないほどの音量の咆哮であった。
突然だった。
全身が【燃えるように赤い色】をした【それ】が、異様なほど大きな咆哮をあげながら、パーティの目の前に急に現れ、立ちふさがっていたのだった。
「「「「 !!!!!!!!!!!!!!!! 」」」」
咄嗟のことに、メンバーは全員……対応ができなかった。
ただ身を竦めることしかできなかった。
【それ】の咆哮は……その巨躯にふさわしいほどの、並の獣では考えられないほどの音量、圧力、そして威圧感だった。
【それ】の体重にしても、パーティ全員を合わせても【それ】の半分にも満たないであろう。
その【燃えるように赤い色】をした巨大な体には……冷たい二つの光が輝いていた。
その光はパーティ全員の姿を捉えていた。
そして……その心を射抜いていた。
射抜いて……攻撃や逃走といった判断をする以前に、思考を、完全に停止させていた。
状況さえ理解できず、身を竦めて……震えることさえできなかった。
完全に【それ】に呑まれていた。 呑まれてしまっていた。
「……誰だ。
お前ら……見ない顔だな……」
急にそんな言葉を掛けられ、マークトたちはやっと我に返っていた。 思わず声の方向に視線をやる。
「「……エルフ……」」
マークトの二人の妹たちが、静かに呟いていた。
【燃えるような赤い色】の【それ】の上にいたのは、見紛うことなく【エルフ】。
特徴的な形の耳。
人間よりはるかに長い、笹の葉のような形をした耳の持ち主だった。
おそらくそのエルフが【それ】の御者なのであろう。
「と……とと、ととと……っ!!!」
メンバー全員が息を飲む中、意味をなさない言葉が、マークトの口を付いた。
メンバーの視線は、無意識にマークトに集中していた。
マークトは視線を集めながら……激しく動揺した様子で叫んでいた。
絶叫していたと言っても良い。
ただしそれは………完全に【日本語】だった。
「と……ととととと……【トラクター】じゃねえか!?
それに、【エルフ】といったら大型トラックじゃねえのかよ!?
もうどっちに突っ込んだらいいのか解んないよ!」
マークトのツッコミ通り、彼らの目の前には……【燃えるような赤い色】をした【トラクター】と、それを駆る【エルフ】の姿があった。
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トラクター、という名称は正しいものではないらしい。
マークトの目の前にあったのは、正しくは【農耕用トラクター】という。
農業の現場を見たことはなくても、誰しもテレビなどで一度は見たことがあるだろう。
巨大な四輪で農地や悪路を走りながら、後ろに装着されたロータリーで農地を耕す、だいたい赤系統に塗装された奴だ。
単に【トラクター】と言うと……高速道路などでよく見かける貨物運送車両の大型トレーラー、あれの荷台と分離可能な運転席の部分も正しくは【トラクター】というらしい。
他にも、空港で航空機をけん引している特殊車両も【トラクター】。
だが狭義でトラクターと言えば【農耕用トラクター】である。
その、トラクター。
マークトの目の前には、それがあった。
しかも日本製……オニヤンマによく似た名前のメーカー製。
八〇馬力のディーゼルエンジンが、肉食動物の唸りのように力強くアイドリングしていた。
「ほう……珍しいな。
この村に冒険者が来るとは……なかなか骨のある奴が来たもんだな……」
背の高い運転席から……そのエルフは、意外なほど太い声で静かに呟いていた。
威圧感……そこにはどこか、暴力の匂いがあった。
それに、マークトの仲間たちは素早く応じていた。
「くっ……あれは鋼の皮膚の獣? それとも鋼の部分は防具なのかしら……あのエルフがテイムしているようね。
ずいぶん唸り声が大きい……マークト、気を付けて。
そう言う獣は、奇襲より強襲を得意とするわ!!
つまり、瞬発力より破壊力を持った獣よ!!」
「兄、前衛はあたしたちに任せて……早く下がって!!」
「兄、あたしたちもう回復は出来ないけど……まだ壁にはなれるから……っ!!」
そう言ってヒロインズは、臨戦態勢を整える。
ちなみにマークトのパーティの編成は、重魔術使いの爆乳ツンデレツインテさんに、壁及び回復役で爆乳予備軍の双子の妹ズ。 まあ壁役と言っても絶壁ではなく……おっぱいデカいんですけど。
三人はトラクターに対し、おもいきり警戒を見せていた。
ツインテさんは悲壮な表情のまま呪文の詠唱を始めていたし、それを護る妹ズも、決死の表情で防御姿勢を固めていた。
三人は一様にトラクターのヘッドライトを睨んでいた。
なるほど……二つ並んだヘッドライトは、生き物の目に見えなくもない。
農業のために開発された重工業製品と、それを獣と見間違える未開人という図が、マークトの目の前にあった。
「………なんか、タイムトラベル物とかで見たことがある光景だなぁ……」
厳戒態勢の三人の姿を若干白けた目で見ながら呟くと……マークトはもう一度トラクターのほうを見た。
マークトの記憶によれば……というか、どう見たってそれはトラクターだった。
そしてその……重工業の申し子のような存在であるトラクターを運転しているのが、【ファンタジー】という言葉の筆頭格である【エルフ】。
だがマークトは……それをエルフと言ってしまうには、若干抵抗があった。
そのエルフは一言で言うなら……バイオレンス&ハゲ&エルフ。
エルフというにはかなり日に焼けており、なおかつ……エルフというにはかなり抵抗がある、鍛え上げられた肉体。
そして何より……髪の毛が一本もなかった。
剃っているのか毛根が枯れ果てたのか分からないレベルのスキンヘッドだった。
言うなればそれは……陽に焼けたガチムチスキンヘッドにエルフ耳を取り付けたような、そんなエルフだった。
しかも、歴戦の戦士かプロレスの悪役かというレベルの傷が刻まれている。
きっとサングラスなんかよく似合うに違いない。
「あ、あの……そこのエルフの方。
すみませんが、食糧をわけていただきたいのですが……」
マークトのその言葉に……そのエルフはトラクターのアクセルを踏み込み、大きく空ぶかしした。
鋼の獣の、ひときわ大きい咆哮。
それに、ヒロインズは短い悲鳴を上げ、その場にへたりこんでいた……エンジン切るときに、余計な空ぶかしする人、いるよね。
マークトの問いに応じてそのガチムチハゲエルフは……トラクターのエンジンを切り、静かに問いかける。
「冒険者か?」
「は、はい。
道に迷ってしまったもので……」
「ここは魔の森……最恐と言われるレベルの魔物たちが、最悪と言われる密度で棲息している森の最奥部だぞ。
道に迷うレベルの冒険者がたどり着ける場所じゃないはずだ」
「う……」
その、エルフらしからぬ恫喝の口調。
いや、言葉だけ見れば恫喝でも何でもないのだが、声の力強さと外見の厳つさが、それを恐喝か殺人の現場のように変えてしまう。 そのバイオレンスハゲエルフの性分であるらしかった。 ヤクザかな? マフィアかな?
それにマークトは、少々呑まれていた。
「……まあ、困窮している者に食料を分けてやること自体はやぶさかじゃない……ほらよ」
そう言ってバイオレンスハゲエルフは、いつの間にか手にしていた何かを、無造作にマークトの手前に放り投げた。
「(……あれ? いま何もない所からモノを出したよな……収納魔法かな?)」
そう思いながら投げられたモノに視線をやる。
その瞬間、マークトは目を見開いていた。
放物線を描きながらマークトたちに近付いてくるそれは……どう見ても【レトルトパック】の塊であった。
レトルトパック五つを透明のビニールパックで包んだ……お徳用系の商品。
思わず駆け寄って、それを受け止めるマークト……そこに、続けて同じような物体が立て続けに放り投げられる。
それを必死で受け取りながら……その商品の名前に、マークトは心の中で絶叫していた。
それはマークトが一五年ぶりに目にするものであった。
「(お、お……おかゆじゃねえか!?
し、しかもこっちは……サバの味噌煮!!??)」
動揺もそのままに、マークトはエルフに視線を戻す。
その様子に、バイオレンスハゲエルフは……ニヤリ、と笑った。
「ほう、【それ】を見て……食料と認識できたか。
しかも……その中身が何なのか、解っているようだな」
「…………」
エルフの言葉に、マークトは無言になっていた。
マークトは、確信していた。
というより……間違えようがなかった。
そのマークトの確信をすでに理解し、補おうとするかのように……エルフは、唇の端をあげながら静かに応じる。
「ふふん……自力でよくここまで来たな、転生者……いや、日本人よ。
俺の名は……梶田という。
貴様も貴様の日本の……本当の名前を教えてもらおうか」
バイオレンスハゲエルフはマークトに……エルフでありながら日本と思しき名をはっきりと名乗りながら……そう問いかけていた。
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「なるほど、やはり転生者……一五年か。
そりゃーいろいろあっただろうなぁ……」
自分の生い立ちをすっかり語り終えたマークト……その肩を叩きながら、バイオレンスハゲエルフ梶田は、意外なほど優しい口調でマークトに声をかけていた。
トラクターの座席でハンドルに足を掛けながら座席にもたれるバイオレンスハゲエルフと……トラクターの隣の倒木に座るマークト。
和解はすでに、電撃的に行われていた。
なぜならこの二人は……【同郷】の出であったから。
三人の女性陣には席を外させ、二人だけで【日本語】で語り合う二人だった。
「は、はい……なんていうんですかね。
こういうことを言っても仕方がないんですけどね。
なんていうか……普通に生きていても、トラブルの方からこっちに来るとしか言いようがないですね。
子供のころに冒険者ゴッコしてたら、それが盗賊のアジトだったり。
冴えない冒険者の先輩と仲良くなったと思ったら、それが伝説の女冒険者だったり。
他にも普通に街道を歩くだけで……盗賊団に襲撃される馬車なんて、何度も見ましたよ。
しかも中にいるのはだいたい大商人のお嬢様だったり王侯貴族の娘。
貴族依頼のクエストを請けたら……貴族同士の抗争に巻き込まれたり。
何というか……そういう人生だったんですよ。
……ありえないでしょ、こんなトラブルまみれの人生。
【名探偵のジレンマ】って言葉があるけど……まさしく【転生者のテンプレ】ですよ。
あ、もちろん【テンプレ】に利益還元されてる部分もありますよ?
人に軽々しく言えない規模の人的物的金銭的資産も得ましたし。
けどそれ以上に……そりゃあ苦労しましたよ……」
「……まあそう言うな。
それは転生者なら誰でも通る道だ」
「え? じゃあ梶田さんも……?」
「……まあな。
俺もこの世界に転生して六〇余年。
エルフとしてはかなり若い方だが……まあ、飽きるほど闘ったな。
こう見えて俺は昔冒険者をやっていたんだが……まあ来るわ来るわ。
腕自慢の冒険者やダークエルフ、戦闘ジャンキーのクソどもが、やたら突っかかってきやがる。
しかもどんどん強さがインフレしていくんだ。
【四天王の中でも最弱】とか、何度聞いたか。
俺は死なないように自分を鍛えるのに必死だったよ」
「ああ……梶田さんはソッチ系主人公系の人でしたか。
確かに僕もそう言う傾向はあるなぁ……」
「……うむ。 まさに【世界はそのようにできている】としか言いようがない」
「そうですね……【異世界】ってそう言うもんなんですよね。
それに……最近、思うんです。
【テンプレ転生モノ】的トラブル。
特に最初は楽しかったし、浮かれてた部分もあります。 今も楽しいですけど……最近、ちょっと思うんですよね。
もしかしたら……僕の人生、この先もトラブルまみれなんじゃないかって。
僕もこの先、年もとります。
冒険よりも平穏な日々を望む日が来るでしょう……だけど。
年を取って腰も重くなってさえも……トラブルまみれなんじゃないかって。
そう考えると……急に将来が不安になってくるんです。
確かに……おとぎ話やいろんな英雄譚も、その後の話は書いていないですからね………」
ため息をつきながら愚痴を漏らすマークト……それに同感できる部分があったのか、バイオレンスハゲエルフもまた、静かに何度も頷くのであった。
「それにしても……ヘイセイ、か。
年号が変わったとは……天皇が崩御したという事だろうな。
年号が変わるなんてこと……昭和の俺らの世代の人間は考えもしておらんかっただろうな……」
話題を変えながら、バイオレンスハゲエルフ梶田は、感慨深そうに静かに呟いていた。
その言葉に……マークトは驚いたような様子で問い返す。
「陛下って付けないんだ……梶田さんてもしかして、学生運動とか共産主義とか……そう言う世代の人?」
マークトの問いかけに、梶田は意外そうに小さく口を開ける。
「何を言ってるんだ?
俺は先祖代々、由緒正しき百姓の一族の出だ……まあ今となってはそうと言っていいのかはわからんが。
それに、【天皇】って言葉は、それ自体が敬称じゃないか。
歴史の教科書も『○○天皇』とか『○○上皇』とかそう言う表記だ……蔑称でもなんでもないだろ?
それとも【今】は、変わったのか?」
「………」
梶田の言葉に、マークトは無言になっていた。
天皇という言葉が敬称などという講義を、バイオレンスハゲとはいえ、エルフから受けているのだ。 しかも異世界で。
それに可笑しさを覚えたのか……マークトは少し苦笑を見せた。
「さてねえ……僕がこの世界に来たのは一五年前ですからね。
梶田さんよりだいぶ後ですけど……それでも【今】がどうなのかはわかりませんね。
……そうか、僕って……前の人生も合わせたら、三〇歳くらいなんだよなあ……。
日本……懐かしいなあ……」
そう言ってマークトはそのまま無言になった。
「………」
「………」
「………」
マークトの言葉に梶田が応じなかったため、そこでいったん会話が途絶えた。
しばらく沈黙しあう二人だったが……やがて梶田が、少し離れたところにいたヒロインズに言葉をかける。
「そっちの嬢ちゃんども。
どうだ?
食い物は口に合ったか?」
相手が女性だというのに口調を改めないガチムチハゲエルフ梶田。
応じてヒロインズは慌てた様子を見せていた。
ツインテさんは口元を押さえながら立ち上がる。
しばらく無言だったのは、急いで料理を飲み込もうとしているためと思しかった。
「は、はい、あの……凄くおいしいです!!」
「むぅ……見たことない食べ物ばっかり……それに……この銀色の包み……こんなもので長期間保存できると兄に聞いた。
つまりこれは数か月前の食べ物……なのに、変なにおいもしない……つまり、おいしい……」
「……以下同文……兄、これ、もっと欲しい……交渉を……」
梶田が提供した食料は、ヒロインズに大変好評だった。
それもそのはずである。
それは料理の基本である【さしすせそ】……砂糖、塩、酢、醤油、味噌はおろか……化学調味料や合成保存料までふんだんに使われた食品群だった。
前述のレトルトのおかゆにサバの味噌煮のほか、アルデンテの状態で真空パックされたパスタに、同じく真空パックのハンバーグや豚の生姜焼き等々。
しかも現代人なら辟易して食べ残すぐらいの量であった……が、ヒロインズたちの食欲は、日本人女性では考えられないほどの勢いであった。
飽食に慣れた日本人の味覚を刺激するように添加された【うま味調味料】が、ヒロインズの味覚を直撃しているようだった。
「そうか。 まあ、口に合ったのならいい。
俺はあまり食ったことはないがな。
俺は百姓……百姓はだいたい、自分の家のものか、隣近所で融通し合って食うもんだ。 まあうちの娘なんかは手を抜いて出来合いのものをレンジでチンなぞしているようだが」
「(百姓って言葉がこんなに似合わない人がいるとは……って!! 電子レンジまであるのかよ!??)」
思わず突っ込もうとしたマークトだったが……その前に、ガチムチハゲエルフ梶田は、思い出したように言葉を続ける。
「……ああ、そうだった。 ケガしてる奴は、後でウチの村の者に見せてやる。
たしか……【聖女】とかいうクラスの奴が、村に居るからな。
そいつに頼んで治してもらえばいい」
そのバイオレンスハゲエルフの言葉に女性陣は、きょとん、としながら顔を見合わせた。
「【聖女】ってまさか……神聖国の?」
「姉……さすがにそれは……こんな魔の森の中にはいないと思われ。
何でも【聖女】は……魔人だか魔神だかが誕生しないようにだか……人前に姿を現さずに……神殿の奥で引きこもって……儀式をしてるとか……」
「でも、行方不明って噂も聞いたことがあるような……」
「姉……まさか……さすがに通称とか愛称とかだと……」
ヒロインズの間で、そんな密談が小声で交わされていた。
それをぼんやり眺めるマークト……会話が止まったところで、マークトはもう一度梶田に言葉をかける。
「しかし梶田さん……これって、日本の製品ですよね。
もっと言えば、工業製品だ。
さっきも電子レンジとか言ってましたよね。
トラクターもそうですけど……いったいどうやって入手してるんですか?
まさか、日本につながるゲート的なサムシングがあるとか……あるいは、チート錬金系のスキルで工業生産している、なんてことは……」
「ふん……昨日今日会ったばかりの奴に、手の内を明かすと思っているのか?
お前は、本当に【日本人】だな……」
「………」
バイオレンスハゲの言葉に、マークトは思わず押し黙っていた。
梶田はどうしても威圧感があるし……何より、その言葉がもっともなものであったからだった。
己の手の内を明かすという行為、それは【信頼の証】であり、【友愛の印】である。
決して、敵対したり友好的ではない者に向けられるものではない。
なぜならそれは……己の命にかかわることだからだ。
下手に手の内を明かして利用されたり、または対策を講じて命を狙われたりしては目も当てられないからだ。
無言になってしまったマークトに、梶田は小さくため息をついた。 そのまま、続ける。
「……まあいいか。
同じ日本人のよしみだ、教えてやろう。
これはな、俺の……【転生特典】という奴だ」
「転生特典………それは………?」
ゆっくりと、静かに言う梶田に……思わずオウム返しするマークト。
神妙な表情のマークトを見ながら、梶田は続ける。
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「それは……【ゲート・オブ・ノーキョー】という。
……まあ、ノーキョーで手に入る物は何でも手に入るな。
農薬や肥料や商品作物の種子から……農耕機械やその燃料に日用品に至るまで。
……まあ、日本の農家と変わらない生活はできるな」
「そ、そ、それ………とんでもないチートじゃないですか!?
国の一つくらい、簡単に興せますよね!!!???」
梶田の言葉にマークトは素直に驚き、立ち上がって絶叫していた。
ただし……その名称。
【ノーキョー】の名を冠するそのスキル。
それは…………彼の中の厨二心にはちっとも響かなかった。
【ノーキョー】です。
【○ウ○○ウ】ではありません。