異世界日本人村のルール
「うん、じゃあこの村の法度を説明しようかな?」
マークトの状態異常【目がナルト】がおさまるのを待ってから……ノッブは穏やかな表情のまま静かに告げた。
「(法度……つまり、法律か
……なるほど、そりゃそうだよな。 どんな集団にだって、ルールは必要だし)
はっ、拝聴します」
時代劇で言う小姓のように、正座のままマークトは短く応じる。
それに苦笑してから、ノッブは続ける。
ただし……ノッブのその口元から、へらへらした笑みが消えていた。
「基本的に、【村長】が【法律】です。
要するに、全権を持った【えらい人】の完全自由裁量ですねー。
【村長】が【警察官】であり、【裁判官】であり、【首相】。
昔で言うところの、【お代官様の言う通り】ってやつですよ」
「は、はぁ……随分前時代的なんですね……」
「だってほら、いろんな意味で、ここはムラだから。
規模的な意味でも、人口的な意味でも……閉鎖的な意味でも。
警察署、裁判所、首相官邸……およびそれに付随する役人、作ってもいいけど、無理があるよね?」
「……それは確かに。人口的にも、無理がありますね……」
マークトは納得していた。
仮にこの村に【日本国憲法】及び【法律】を当て嵌めたとして……その適用と運営と維持に、どれだけコストがかかることか。
【国家運営】に必要なシステムであるが、それは存在するだけでコストがかかるのだ。
この村の人口がいくらかは聞いていないが……それこそ自称がすでに【村】なのである。
三権分立よろしく三人の人間を立てたとして、その人間が不正を考えない程度の報酬を与えるなら……村人一人当たりの負担は、人口が少なくなればなるほど相当なものになる。
長期の維持と安定を考えるなら、統治システムは必要であるが、そのための負担は少なければ少ないほど良い。
それゆえの【村長】制度であるらしかった。
「独裁的で嫌だと思うなら……いつでも変わってあげるよ?
僕だって、今すぐにでも自由になりたいんだから」
意図的ににんまり笑いながら言うノッブに……マークトは【日本】的に笑ってごまかすのであった。
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「そもそも【日本】は文化的に【議会制民主主義】は合わないと思うんだよねー」
そんな言葉を、織田信長は呟いていていた。
急にそんなことを言われても、マークトは目を点にすることしかできなかった。
「【議会制民主主義】が合わない……ですか」
オウム返しするマークト。
聞き返しは……人の話を真剣に聞いている【ふり】をするテクニックの一つだ。
「うん。
まあ僕も、【転生】して……まあ古竜種に【転生】するというトラブルはあったけど。
一応ね……この村に住み着いてから、いろいろ【歴史】を勉強したんだよねー」
「は、はぁ……(あ、信長さんがこの村を拓いた訳じゃないんだ……)」
「だってほら。
民主主義は【みんなで物事を決める】制度じゃなくって【一番声が大きい人を追認する】ための制度でしょ?
そんな【のど自慢】で物事を決めるような制度、欠陥以外の何物でもないよ。
一番日本人に合ってたのは、【社会主義】だったんじゃないかなあ」
「ええっ!?」
いくら政治に関心がないとはいえ、流石にマークトも驚いていた。
歴史の教科書や歴史小説をどうこねくり回しても、【織田信長】と【社会主義】を結びつける要素はない。
そのマークトの反応に、ノッブはもう一度、にんまりと笑った。
「統治の方法としてだけいってもね、ほら、中世以降の【日本人】って【御上のいう事には逆らわない】し【市民革命】をやったことないでしょ?
統治者として、これ以上扱いが楽な国民はないんじゃないかなあ。
【上】が言えば【サービス残業】も【休日出勤】も厭わないし。
【決まったルール】には【黙って従う】し。
【同一労働】で【同一賃金】でも、【QC活動】なんかで【KAIZEN】してただろうし。
まあ少なくとも【労働意欲の低下】による【生産力の低下】で【崩壊】なんてしないだろう。
日本が【赤化】してたら……共産圏イチ発展したんじゃないかな?
いや、【赤化】してたら……【社会主義国家の旗手】ぐらいにはなってたと思うなあ。
そう思うと、変わった民族だよね、日本人って。
なんで議会制民主主義なんてやってるんだろうね」
「………」
ノッブの言葉に……社会人経験のないマークトはそのまま沈黙していた。
代わりに……周囲にいた宴会参加者のうち、一定の層が大いに苦笑を見せていた。
それは最近流行りの【おっさん転生】のおっさん……より少し上の世代の【転生者】。ドワーフ【佐藤】さんあたり。
具体的に言うなら、【冷戦時代】に社会人だった世代だ……ノッブの言葉に、思うところがあったのだろう。
ついでにいうと【おっさん転生】のおっさん世代……小人【鈴木さん】とダークエルフ【山田さん】は、【サービス残業】の辺りで苦い表情をしていた。
そして……ただ一人、バイオレンスハゲエルフのみが、ノッブの言葉に応えていた。
「そうしろ、って言われたからだよ。 古くは明治新政府に、近い所ではGHQに。
じゃなきゃ、日本人はいつまで経っても封建社会だったろうよ……いや、現代もある意味封建社会か?
日本人は新しいルールは作れねえが、どんなルールにも適応できるってことだ。
【輸入加工】が得意なんだよ……なにせ千年以上前から、自国の文字さえも【輸入加工】してんだ。
それだけの話だ」
鼻を鳴らしながらつまらなさそうに言うバイオレンスハゲエルフに、織田信長は……小さく口を開けていた。
「(梶田さん……それだけ日本の歴史を知ってて………なんで【織田信長】を知らないんだろう……)」
うほっ?
ノットうほっ。
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「ま……まあ、少し話はそれたけど。
完全自由裁量の【村長】としては、方針として【現代日本】の【法律】には準拠したいと思ってる。
……基本的に、【法律】ってのは、その国の文化や背景、社会制度に合わせて施工されたものだからね。
この【異世界日本人村】にも向いてるってことだね」
バイオレンスハゲエルフにフラれた(?)ノッブだったが、咳払いなど一つ見せてから言葉を続けていた。
「……もちろん、【この世界】に沿った改正というか解釈はするよ?
とりあえず銃刀法と日本国憲法九条は無視。
生活保護法や児童福祉法は……地域で話し合いだね。
あと……刑法はほぼ日本準拠で。
だから……原則奴隷は禁止。 重婚もできないね。
ただ、【愛人】という抜け道ならあるよ、マークトさん」
意味ありげに微笑し、マークトを名指しするノッブ。
その言葉に……マークトは苦笑していた。
その苦笑にノッブは、もう一度微笑を見せていた。
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「(よかった……【青少年健全育成条例】はないんだな……)」
心の中で安堵を見せるマークト……その脳裏に、あるものがよぎっていた。
世人はそれを、薄い本という。
日本の文化の、闇の部分の一つであった。
なお……後日、滅茶苦茶怒られた。




