こども村長3
「あははー、どうもはじめましてー。
ご紹介に預かりました、織田信長ことノッブですー。
あれ? 逆かー? ノッブこと織田信長?
あはははーどっちでもいいやー」
平伏するマークトの目の前まで歩み寄ると……中世日本統一の礎を作った大英雄は、ゆるーく自己紹介していた。
応じてマークトは……土下座に近いその姿勢で、顔から汗をだらだら流していた。
「(う……嘘だろ!?
い、いくらなんでも非常識すぎだろこの村!?
織田信長って!?
しかもこどもの姿って!!??
しかも……こんなにへらへらしてるなんて!!!???)」
疑念と動揺で頭の中が暴走気味に高速回転しているマークトだった。
「えーと、一応この村の【村長】やってますー。
……まあ、やらされてるって感じかな。
誰も代わってくれないんですよねー。
僕はもっとのんびり生きていたいんですけどね」
「……当たり前だろ。
お前を差し置いて、誰が立候補すんだよ」
のんびりのびのびしたノッブの言葉に、バイオレンスハゲエルフは静かに突っ込んでいた。
「歴史上の人物として有名らしいからな……ネームバリューがありすぎるんだ。
対抗できるとすれば……今後沖田総司とか土方歳三レベルの【転生者】が出てくれば、可能性はあるかな?
まあ当然、いないんだが」
「(【織田信長】は知らなかったのに……【新選組】は知ってるんだ、梶田さん……)」
内心で、思わず突っ込むノッブであった。
……それが嫉妬だったら、BL展開待ったなしである。
うほっ。
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「おっおおおおおはおは初におめおめおめ御目にかかりききき恐悦至極にぞぞぞぞんぞん存じます。 某、まままマークトと申しましてそうそうそう候にてござざざ」
「……なんで時代劇口調なんだよ、普通に言え」
舞い上がって平身低頭して見せるマークトに、バイオレンスハゲエルフは冷静に突っ込んでいた。
「あはは……無理もないですよ、梶田さん。
私だって、最初はあんな感じでしたから」
苦笑しながら、バイオレンスハゲエルフの隣にいた【聖女】がフォローする……数秒前まで、そこには仙人みたいなおじいちゃんが座っていたはずだったが。
いつの間にかちゃっかりお隣にいた【聖女】……【聖女】なのに、ちょっとしたホラーだった。
【聖女】は続ける。
「【日本人】は普通、空気読みますから。
まあ日本人じゃなくとも、【建国の父】とか【歴史に残る英雄】とかに会えばだいたい同じような反応になると思いますし。
例えば……中国の現役の国家主席だって、始皇帝や曹操孟徳に会えば傅くか五体投地ぐらいするでしょうしね。
アメリカ人ならジョージ・ワシントンとかエイブラハム・リンカーンとかかな?」
【聖女】の言葉に、バイオレンスハゲエルフは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「……まあ、俺はしねえけどな(始皇帝?リンカーン?誰だっけ……)」
「(……おー、ロック&ロール!! クールすぎます梶田さん!!)
自分を貫き通す姿勢も大事だと思いますー」
それは絵に描いたような掌クルー。
笑顔で即座に発言を翻す【聖女】だった。
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「あははは、初めまして、マークトさん。
そんなに恐縮しなくていいですから」
ノッブはニコニコと笑顔を見せながら、主賓席のマークトの前に座った。
そして……思い出したように後ろを振り返る。
「あ……そうそう。
ちょっとひとっ飛びして、海産物を仕入れてきたから。
厨房に置いといたから、みなさんよろしくお願いしますねー」
その言葉に、村人、特に女性陣が笑顔で一礼して厨房に走っていった。
そして驚いていた……この大陸の北端、漁業で栄える町にノッブがわざわざ出向いて仕入れた新鮮な海産物は、数百キロ。 台所に熊一頭ドンと置かれているような量であった。
……どうやら【織田信長】の【気前の良さ】は、当世においても健在であるようだった。
厨房から聞こえてきた軽い悲鳴を聞きながら……ノッブは平伏するマークトに言葉をかける。
「で……マークトさん。
あなたは……何ができる人?」
その問いかけに……マークトは一瞬、答えられなかった。
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「何ができるか……ですか?」
マークトは思わず顔をあげていた。
その問いにノッブは、うん、と大きく頷いて見せる。
その問いは、漠然とした問いかけであった。
しかし……マークトは答えられなかった。
すでに……この村の【異常性】は知っていたからだった。
「(え、えぇと……つまり、僕の【セールスポイント】ってことだよな?
【戦闘力】? 駄目だな……僕、梶田さんに勝ってない。
【魔法】? いや……【鈴木さん】たちにレベルで大きく負けてる。
【チート知識】? いやいや……【日本人】相手に【日本】の知識を披露してどうすんだ!?
……あれ?
僕、【テンプレ転生者】だよな?
なのに……この村が【インフレ】しすぎてて、僕の【優位性】が見当たらないよ!!??)」
マークトは、愕然としていた……己の思考の終着点に。
それは……【テンプレ転生】してから、生涯初の【挫折】と言って良かった。
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「あっ、あぅっ、あのっ、その……っ!!」
意味のない言葉しか、口を衝かなかった。
その様に、ノッブは優しい笑みを見せる。
「あー、そんなに緊張しなくていいですから。
取って食ったりしませんって」
「……まあそいつ、古竜種だから取って食う事は可能なんだがな」
「梶田さん……」
ふいに飛んできた梶田の言葉に苦笑しながら言うノッブ……しかしマークトはテンパるのみであった。
【己に何ができるのか】という問い。
それは【己が何者であるのか】という問いに等しい。
【テンプレ転生者】としてこの世界に【転生】したマークト。
しかし。
【テンプレ転生】で得た何物も、この【異世界日本人村】では及ばない。
では。
己に……何ができるのか。
天下の【織田信長】を目の前にして気を使わせている自分。
失望させただろうか……そう言う不安もあった。
何もできない自分、この村の何者にも及ばない自分……己自身を追求するマークトの思考はいま、負のスパイラルに陥りつつあった。
【テンプレ転生者】であることを除いて……自分に何ができるのか、自分が何者なのか。
自己を見つめ直すという作業。
それはマークトにとって……転生前、転生後を通して、生涯初の作業であった。
「ぼ、僕は……僕には……」
無意識に口を衝く呟き。
「………」
【織田信長】は……優しい表情で言葉の続きを待つ。
己を見つめ、己を突き詰めるマークト。
固く結んだ目蓋と口元……それが不意に開かれていた。
ただし……状態異常【目がナルト】に陥っていた。
「ぼ、ぼ、僕………マンガ描きます!!!!!!」
その答えは、その場にいた誰もの予想を軽くぶっちぎるものであった。
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「マンガ……?」
織田信長は、聞いたことのないその言葉を無意識に問い返していた。
応じてマークトは、言葉を継ぐ。
「は、はい!!
【マンガ】は、日本が誇る文化の一つです!!
発祥は文書や物語の注釈や解説として書かれた挿絵、やがて戯画や風刺絵となり、やがて独立して絵を連続させて物語をつづるようになったものです!!」
不意に弾けたように口を開き始めたマークト。
【己を見つめなおす】という作業を終えたマークト。
彼が彼の人生を省みて……彼の人生に大きな影響を与えたのは、【マンガ】だった。
彼の人生を変えたもの……ある意味、彼の人生を狂わせたものだ。
もし【マンガ】がなければ……彼の人生は、今とは違っていたものになっていただろう。
それは……ある種の人間には、誰しもあるだろう。
『あのマンガさえなければ自分はヲタクになっていなかった』
『あの同人誌さえ見ていなければ自分は腐女子(腐男子)にはなっていなかった』
『あのアニメさえなかったら自分はロリコンになっていなかった』
マークトは己を見つめ返し……思い出していた。
自分が、学校の授業中、よくいろんなキャラを教科書やノートにに書いていたことを。
そして……前世の己の蔵書の大半は【同人誌】であったことを。
そしてあろうことか……【同人作家】であったことを。
マークトの言葉のその内容に……【日本人】たちは呆れたような表情を見せていた。
だがノッブは……格好を崩して問い返す。
「へえ……面白そうだねえ」
「は、はい!! 面白いんです!!
だってもともと【風刺】から始まっていますから!!
つまり【人を笑わせるため】に生まれたんですから!!」
「なるほど……筋は通ってるね」
マンガというものを知らなかったはずの織田信長……しかし、それをすんなり受け入れることは出来たようだった。
マークトは続ける。
「現存する日本最古のマンガ雑誌は幕末に発行された【ジャパンパンチ】という、イギリス人によって執筆された社会風刺絵をつづったもので、これがいわゆる【ポンチ絵】の語源だそうです。
それが当時の浮世絵師によって継承されて……そこから連綿と受け継がれてきたのが【マンガ】。
つまり、一〇〇年以上の歴史と発展を遂げてきたんです。
それは日本の文化であり、財産です!!
僕は……それをこの村にもたらすことができます!!」
マークトの宣言に……その場にいた者全員が、沈黙していた。
マークトの声がそれだけ大きかったのと……それだけの熱量を持っていたからだった。
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「うん、面白そうだね。 期待してるよ」
満面の笑みで、沈黙を割ったのはノッブだった。
「は、はい!!」
急に緊張が解けたように、笑顔で応じるマークトだった。
こうして【テンプレ転生者】マークトは……この世界で、この世界において初の【マンガ家】になることとなった。
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「わー……面白そう。
【マンガ】かぁ……久しぶりに見てみたいなぁ。
しばらく見てないけど……【竜玉】(仮名)とか久々に読み返したいな。
それに、【ハンターなんとか】、どういう最終回を迎えたのかな?
あ、そういうのもマークト君、描いてくれたら嬉しいなぁ」
その場に漂う奇妙な感動に、【聖女】は両手の指で極小の拍手を見せながら、明るい口調で言う聖女。 意外と少年漫画系の人だったらしい。
その隣人の言葉に……バイオレンスハゲエルフは静かに呟く。
「マンガはいいけどよ……いいのか、それ。
著作権とかどうなんだよ……【海賊行為】っていわねえか?
まぁ……【異世界】だからいいのか?」
もちろん、ダメ、絶対。
と、そんな感じで……結局、マークト君はこの村に籍を置くこととなった。




