異世界日本人村5
マークトが鈴木さんの酒を断わっていた頃……バイオレンスハゲエルフは少し離れた席で他の農家の人間と話をしていた。
「なるほど……そうかぁ、ついに【イチゴ農家3号】は生産終了かぁ。 痛いなぁ……梶田君、何とか手に入らないもんかねえ……?」
日本の年金制度で言えば【後期高齢者】、見た目には【仙人】と思しきその老人は、残念そうにそう言いながら縋るような目つきでバイオレンスハゲエルフを見る。
応じてバイオレンスハゲエルフは、小さくため息をつく。
「いや……さすがに【ゲート・オブ・ノーキョー】でも手に入んないっスね。
【日本】で生産終了になったんなら、こっちで調達は不可能ッスよ。」
いつもとは若干違う口調で応じるバイオレンスハゲエルフ。
いわゆる【ヘタレ口調】である……敬意を払っている相手には、応対が変わるらしい。
と言っても、普段ながらの脅迫や恐喝に近い声色のため、【敬ってる感】はほとんど感じられないのは彼の不幸であろう。 ヤクザかな? マフィアかな?
「そうかぁ……【イチゴ農家3号】を使うと、茶葉やら果物なんかの魅力が一気に上がるんだがなぁ。
リンゴやミカンも含めて……果実に【照り】が出るんだ。
そうかぁ……【生産終了】かぁ……」
心底残念そうに言う老人に、バイオレンスハゲエルフは続ける。
「代替品の化学肥料なら……【イチゴ農家5号】を使うしかないっスね。
液肥でもいいなら【イチゴ農家4号】もあるっスよ」
「……だめなんじゃ。 やはり【3号】ほどの照りは出ん」
「そこまでこだわらなくても……【ゲート・オブ・ノーキョー】の買取値は変わらないっスよ?
【照り】が欲しいなら【食品用ワックス】でも出しましょうか?
【∀コープ】や通常のスーパーなんかで売ってる【果物】なんて、【食品用ワックス】塗りまくりのテカりまくりじゃないっスか」
「梶田君……そう言う問題じゃないんじゃが……」
そう言いながら老人は渋い顔をみせた。
その光景は……【ノーキョー】の技術指導員と農家の会話のようであった。
「そこはもう、時代の流れと思ってもらうしかないっス」
「時代の流れ、かぁ……」
そこまで言ったところで、老人は遠い目を見せた。
応じて、バイオレンスハゲエルフもため息をつく。
「……俺も困ってるんすよ。
【イチゴ農家3号】………あれ、【黒色火薬】作るのに、一番手っ取り早いんで。
他の肥料は、分離にひと手間掛かるんスよねー……」
「……そういう連中がいるから、規制されて生産終了になったんじゃないのかね?」
心底残念そうに言うバイオレンスハゲエルフにその老人は……マンガで言う怒りマークをビキビキ浮かべながら、静かに突っ込んでいた。
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「おーっ、もう始まっちゃってるんすね?
すいませんねー、遅くなっちゃって」
そう言って【公民館】に入ってきたのはノッブだった。
その登場に……宴の喧騒が、一瞬で止んでいた。
そして……その場にいたマークトの目がまん丸くなるくらいに、事態は急変を見せていた。
ざざっ!!!!!
立っていた者も座っていた者も、騒いでいた者も酒を飲んでいた者も、一斉にその場に正座を見せていた。
そして……一斉に頭を下げていた。
その場にいた全員が、一斉に平伏。
それはまるで、【時代劇】か【大河ドラマ】かという光景であった。
【時代劇】や【大河ドラマ】と違うのは……平伏しているのが全員が全員【日本人】の肉体ではなかったこと。
そして……全員が全員【現代】の衣装を着ていたことだ。
その場で畏まっていなかったのは、バイオレンスハゲエルフとマークトだけであった。
「な、なになに……? 何事?
か、梶田さん、何が起こったんですか?
あ、あれ……? なんで子供が宴会場に……?」
戸惑いながらバイオレンスハゲエルフに問いかけるマークト。
その姿に鼻を鳴らしてから……バイオレンスハゲエルフは答える。
「異世界日本人村の村長だよ」
「は、はぁ……」
「異世界日本人村村長【織田上総介三郎平朝臣信長】、略して【ノッブ】だ」
「(ず、ずいぶん名前……え? ノッブ……のぶなが……)
ま、まさか……織田信長!!??」
まさか目の前に歴史上の人物がいるとは思わないマークト。
基本的には……現実的にありうるシチュエーションではない。
しかし……しかし。
この【異世界日本人村】の……非常識さ。
それがマークトの心を柔軟にしていた。
「は……ははあーーーーーー!!!」
理解した瞬間……マークトは土下座にも等しい勢いで、日本史の英雄、ノッブに平伏していた。
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基本的に【日本人】……に限らず、【現代人】は【王様】【お姫様】が好きだ。
かつて自分たちの先祖が【王制】と戦ってきた歴史があるにも関わらず、だ。
なぜなら……加賀の一向一揆衆ではないが、【現代】は【平民の作りたる国】だからだ。
一見、矛盾を感じるかもしれないが……大丈夫。
なぜなら……【現代人】にとって、【王族】というのはすでに【ファンタジー世界】の住人だから。
【現代人】にとって、【王族】というのはすで【現実にはいない】と言って良いレベルの生き物なのだから。
自分たちの社会には、いないのだから。
【王】による圧政や虐殺はすでに歴史の教科書上の出来事に過ぎず、また幼少時から【絵本】などによって【ファンタジー世界】の登場人物として幸せになったり懲らしめられたりしている存在。
【愛すべき御存在】として刷り込まれてしまっているのだ。
だって、キレイだったり可愛かったりカッコ良かったりするし。
そして同時に……その【絵本】などによって、【平民より格上の存在】という風に幼少時より刷り込まれている。
【憲法のもと全て平等】だったり【天は人の上に人をつくらず】だったりするはずなのに!!
そして【日本史】においても、人の上に人はいっぱいいる。
【皇族】【貴族】【将軍】【大名】【武士】……そしてそれらを扱った映画やテレビは星の数ほどある。
そして……そこで【平民】は【平伏するもの】と描かれているのだ。
描かれてしまっているのだ。
ゆえに。
ゆえに……マークトの平伏という反応は、当然のものであると言えた。
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「(奢るつもりは全くないんだけど……やっぱり、これが普通の反応だよねー)」
こども村長ノッブは苦笑しながら……全く平伏せず、座卓に肘を置いて酒を飲むバイオレンスハゲエルフに視線を向けていた。




