異世界日本人村4
宴が、執り行われていた。
異世界日本人村の【公民館】である。
小学校の体育館を三分の一ぐらいに縮小したようなこの建築物……建物の奥には本当に小学校の卒業式が出来るほどの、舞台袖や照明や緞帳まで備えたステージがある。
小さな劇場を改装した、といっても納得できる作りだった。
その下の板間の運動場部分に、長い座卓がコの字に並べられていた。
そして……その机の上には、酒と料理。
料理は、地域住民が持ち寄った総菜の他に……出前と思しき寿司と大皿に乗った揚げ物中心のオードブル。
その光景に……マークトはあるコトを連想していた。
「(あー……田舎のお爺ちゃんのお葬式のとき、こんな感じだったよな。
葬式が終わって火葬場に行った後……お骨拾いの時間まで、参列者に料理が振舞われるときのアレ)」
目の前の光景を眺めながら……その宴会場の【お誕生席】に座りながら、マークトはぼんやりとそんな感想を抱いていた。
宴の参加者は……四〇名を超えていた。
そして……その参加者全員がすでに出来上がっていた。
要は、マークトが参加した時にはすでに宴会は始まっていたのである………今日はマークトの挨拶が中心だったはずであるのだが。
いい歳したおっちゃんとおっちゃんとおっちゃんが、既にマークトのことなど忘れたように、酔っ払って世間話や下ネタトークを交わしている。
おそらくそれは新年を迎える前も後も、地域でやる定期的な川掃除や宮掃除などの【賦役】の後も、同じ光景であるに違いない。
つまり……みんな宴会自体が好きなのである。
とにかく、宴会で飲めたらネタは何でも良いのであろう。
会社勤めではない【農家】の人は……仕事帰りに一杯、という機会がないため、こういうちょっとした機会ですぐ宴会を始めてしまうのだ。 隣近所でBBQとかザラである。
と……不意に参加者の一人から声を掛けられた。
「うーい、えぇと、ほにゃらら院くん。 呑んでるか~?
ひっく、しかし……リアルで【~院】なんて名前の人物に合う事があるとはなぁ……うぃっ。
御立派な家の出なんだろうなぁ……」
完全に酔っ払いであった。
確か名前は……【鈴木さん】だったか。
真っ赤な顔をしながら人のいい笑顔で……【鈴木さん】はマークトに話しかけていた。
その吐息の酒臭さに苦笑しながら、マークトは応じる。
「ああ、ええと……地名姓なんですよ。
僕の曾祖父が鹿児島のそう言う名前の町の出身で。
だから苗字に【院】って文字が入ってても、別に武士や貴族の出身じゃないです」
どうやらマークトの日本人時代の苗字には【院】という字が入っているらしい……いったいどこの薩摩川内市かな?
「(それより……【鈴木さん】て名前の【小人種】がいることの方が驚きですよ……どこの萌えアニメですか。
まあ梶田さんの例はあるけど……。
そう言う意味ではこの異世界日本人村……期待を裏切らないな……)」
マークトは目の前の【転生者】、身長【一八センチ】ほどの【鈴木さん】はお猪口を大杯のように抱えながら、机の上で胡坐をかいていた。
べろんべろんに酔っ払ってクダを巻いているが、いちおう、お酒を飲んでいい歳の女の人である。
「おおっ、そうか。 わかった……わかったから、飲め」
そう言って【鈴木さん】は抱えていたお猪口をマークトに向けて軽々持ち上げる。
……【見た目】以上に力があるようであった。
まあその【見た目】もサイズも……まさに【フィギア】と言った感じであるのだが。
しかも、ぼいんぼいんの戦士タイプの。 きっとビキニ的なアーマーなんかが良く似合うだろう。
【フィギア】に酒を勧められるという貴重な体験をしながら……マークトはもう一度苦笑を見せる。
「あはは……遠慮しときます。
僕、中身は【三〇越え】ですが……身体の方はまだ一五歳なんで」
本当に恐縮しながらマークトがそう言うと、酔っ払いのおねーさん【鈴木さん】は………意外にも盃をひっこめた。
「ひっく、なんだよー。つれないこというなよー……って言っても、しょーがねーか。
ははっ、何しろ……」
言いながら【鈴木さん】は引っ込めた盃を【小さな身体】で抱え直し……自分で盃を傾ける。
その(大きなオッパイの)小さな身体のどこに酒が消えてゆくのか……【鈴木さん】は、お猪口を一気に空けて酒臭い息を大きく吐く。
「何しろ……体に無理なことをしたら、また【転生】する羽目になっちまうからな……」
「………」
【鈴木さん】の静かな口調……マークトは無言になっていた。
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【転生トラック】という言葉がある。
それは、今日びの【異世界転生モノ】の主人公の死因、その大多数が【トラックに轢かれる】ことであることを揶揄する言葉だ。
確かに、あの作品やあの作品……あの作品に至るまで【転生トラック】は活躍している。
だが同時に……別のパターンもある程度存在する。
そのうちの一つが【過労死】である。
社畜として働き、休日出勤や深夜残業などで身体に負荷をかけ続けての【突然死】。
……社会人にとって身につまされる話である。
その場合はほとんど【スローライフを目指す】という流れになるのだが……逆に言えば【思わずスローライフを目指してしまう】ほど過労してしまった人が、それだけいるという事である。
【転生者】が複数人集まれば、一定の割合で【過労死】で【転生】してしまった人がいる、という事にもなる。
実際、マークトたちの周りにいた【転生者】何人かが無言になっていた。
「はは……確かに。 アルハラは控えたほうがいいですよねー……」
「まあワシの場合は【病死】だったがのう……まあ健康でいられるなら、それが一番じゃ。
酒は百薬の長と言うが……過ぎれば身体を壊してしまうからのう……」
少し重い沈黙の中、【鈴木さん】の後ろで継酒の順番待ちをしていた【日本人転生者】のドワーフ【佐藤さん】とダークエルフ【山田さん】のおっさんズが静かに呟いていた。
この異世界日本人村の約半分は【転生者】……ある意味この村は、半分【死後の世界】なのだ。
「あ。あの………っ!!」
少し重くなった空気に、マークトはそう言って場を割った。
「そう言えば……皆さん、この村で、どういった仕事をしておられるんですか?」
その言葉に……少しためらった様にマークトを見返す酔っ払いズ。
しばらく顔を見合わせてから、酔っ払いズは答えた。
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「ワシら【転生組】は、だいたい【冒険者】で生計を立てておるの」
ドワーフの佐藤さんは、自らの立派なドワーフひげを撫で付けながらそう言った。
それにダークエルフの山田さんと小人の鈴木さんが言葉を継ぐ。
「【冒険者】というより、【猟師】に近いですけどねえ。
幸い、と言っていいかはわかりませんが、ここは悪名高い【魔の森】……森の奥に行かなくても、村の周りを散策するだけでレア度の高いモンスターはいくらでもいますからねえ。
狩猟というより、【害獣駆除】ですねえ」
「その【害獣駆除】で出た【素材】を、ときどき【魔の森】の外に持ち出し、換金や物々交換したりしているんだ……ひっく。
うぃ~……毎日、仕事としてやっているからな。
こう見えて我々三人、レベルで言えば……あれえ、今レベルいくらだったっけ?」
マークトの目の前の三人、どうやら【パーティ】であったらしい。
ろれつの怪しい酔いどれ小人鈴木さんに代わって、ドワーフ佐藤さんが答える。
「ワシがレベル五〇〇ちょいで……山田君が四〇〇半ば。
鈴木君は三〇〇行くか行かないかくらいではなかったかのう?」
「そうそう、鈴木さんはよく我々のリュックの上で寝てたりするから」
「ひっく、ひどいこと言うなあ」
「「「わっはっはっは」」」
日本映画によくあるシーン【どっと笑い】のように、三人は申し合わせたように笑いを見せる。
逆に言えば日本映画にしかない【どっと笑い】を見ながらマークトは……ひきつった笑みを見せていた。
「え、えぇと……僕、レベル六七なんですけど。
この世界の【神話級】【英雄譚級】の冒険者でもレベル一〇〇越えしてないんですけど……」
笑みを引きつらせながら言うマ-クトに、三人は柔らかな笑みを見せる。
「ひっく……らいじょーぶ!!
この村に住んでたら、レベルなんていくらでも上がるから!!」
「そうですねぇ……たまに、家の玄関開けたら地竜がキシャーって言ってることがあるぐらいですし」
「ら、地竜!?」
「まあ倒すけどね」
「「「わっはっはっは」」」
呼吸までぴったりの【どっと笑い】を見せられ……マークトの笑みは完全に凍り付いていた。




