異世界日本人村3
「よし……じゃあボチボチ【公民館】行くか」
そう言ってバイオレンスハゲエルフはマークトの首根っこを掴んでいた。
時刻は、夕刻を少し過ぎたあたり。
いきなり強い力で首根っこを押さえられ、マークトは驚いていた……事前に話を聞いていなければ、激しく抵抗していただろう。
それくらいの強い力……痛いですむレベルではなかった。
「ちょ……梶田さん!!
痛い痛い、痛いですって。
ちゃんと付いていきますから……」
「うむ……じゃあさっさと来い」
マークトの言葉に応じて手を放すバイオレンスハゲエルフ……そのままマークトの前をずんずん歩く。
マークトは慌ててその背中を追いかけていた。
村の人間への挨拶、と、バイオレンスハゲエルフは言っていた。
そのために、マークトを駆り出している途上であった。
梶田邸の玄関を出る。
外は……既に薄暗いという時刻は過ぎていた。
村の中の一本道もまた暗い。
夜の道……しかし完全な闇という訳ではなかった。
街灯はないが……道沿いの家々から、明かりがこぼれていた。
村の二〇〇戸ほどの家のほとんどの窓に、明かりが灯っていた……それはつまり、家人が家にいるという事。
街灯ほどではないにしろ、その道なりに灯された淡い明かりは柔らかく進行方向を二人に示していた。
「うわ、当たり前のことだけど……人が住んでるんだ。
日中はゴーストタウンみたいだったのに……」
点在する明かりを眺めながら、マークトは思わず呟いていた。
「まあな。
田舎じゃ基本、日中家には誰もいないからな。
基本、みんな仕事に出てる……それは子供から老人に至るまで、だ。
寝たきりの病人なんてものもいねえしな……基本的に【聖女】が寝床から叩き出してるし。
年寄だってみんな、【ピンコロ】だ」
苦笑しながら言うバイオレンスハゲエルフに、マークトは思わず問い返す。 ……なんとなく、オークと姫騎士を連想してしまったのは内緒である。
【コロ】しか合ってないよ!
「【ピンコロ】?」
「元は信州辺りの言葉らしいが……年寄りが死ぬまでぴんぴんしてるってことだよ。
で、老衰である日突然コロリ。
『ピンピンのまま、コロリ』、略して【ピンコロ】。
つまり、【寝たきり】の対義語みたいなもんだな。
もともとは老人が、老後の看病なんかで子供や孫なんかに迷惑をかけないよう死ぬ直前までピンピンしていよう、そのために適度に運動したり健康的な食事をしたりしようっていう自主的なスローガンだったらしいが。
今じゃ理想的な死に方の筆頭みたいな意味になってる……らしいな」
「へぇ………初めて知りましたよ。
僕が【日本】にいた時は、そんな言葉はなかったですね」
「ここ最近出てきた言葉じゃねえか?
この村もちょくちょく新しい人間が入ってくるから……その時に入ってきたんだろ」
「はぁ……まあ僕も、【日本】には一五年ほど帰ってませんからね。
流行語や総理大臣の名前を言えって言われても、答えられないからなぁ」
生返事でバイオレンスハゲエルフに応えながら……マークトは、ふとあることが気になった。
マークトはそのまま、バイオレンスハゲエルフに問いかけていた。
「そう言えば……梶田さん。
この異世界日本人村の主要産業って、何なんですか?」
・
・
・
・
・
「はぁ? 産業だぁ?」
マークトの言葉を藪から棒に思ったのだろう。
怪訝そうに問い直すバイオレンスハゲエルフ。
マークトは続ける。
「いや、この村が日本からの【転生者】や【転移者】の集まった村だっていうのは分かりました。
けど……それが崩壊せずに成立し続けているのは、みんな生業があるわけですよね?
つまり、何らかの仕事をしている、と。
まあ梶田さんが【農業】で生計を立てているのは分かりましたが……村の他の【日本人】もそうなんですか?
つまり、【農業】がこの村の主要産業なのかと」
「ああ……そういう事か」
納得した様子で頷くバイオレンスハゲエルフ。
そして……しばらく考え込んでから、言葉を継ぐ。
「ふむ。
確かに、基本的には【農業】かな?
だいたい半分くらいの家が、専業農家だな。
そして生産物を俺の【ゲート・オブ・ノーキョー】で買い取ってる。
そこで得た【日本円】を【ゲート・オブ・ノーキョー】の派生スキル【ノーキョーバンク】で下ろす。
そしてその【日本円】を使って同じく【ゲート・オブ・ノーキョー】の派生スキル【ノーキョーSS】で灯油、軽油、ガソリン、プロパンガス等を購入。
同じく俺の【農業機械車両センター】で【トラクター】、【テーラー】、【自家用車】なんかも購入できるし、【∀コープ】では生鮮品などを購入する。
主要産業というか……この村の【農家】は、だいたいそうやって生計を立ててるな。
……念のため言っとくが、手数料は取ってねえぜ?」
「………はぁ………」
バイオレンスハゲエルフの説明を呆れた様子で聞くマークト。
「(なるほど……梶田さんが『日本の農家と同じ生活ができる』って豪語する訳だ。
小規模ながら【日本円】の経済圏が出来上がってるんだな。
そしてここは【剣と魔法のファンタジー世界】なのに、梶田さん経由で【日本】から食品から重工業製品まで【輸入】できる、と……【ノーキョーで取り扱っている物】って制約はつくけど。
【日本国内】の【陸の孤島】にいるってレベルだな……。
だけど………それが成立しているのは………)」
バイオレンスハゲエルフの言葉を聞きながら……マークトはあることが気になっていた。
全く他意はなかったが……マークトはそのままその問いをバイオレンスハゲエルフに問いかけていた。
「でも……梶田さん。
そのやり方で、確かに【日本の農家と同じ生活】ができるでしょう。
けど……それだとみんな【農家】になるしかない訳ですよね?
元【サラリーマン】の人も、元【OL】の人も、元【学生】の人も」
と………そこまで言ったところで、マークトは一度言葉を止めた。
「(それにだいいち……梶田さんが亡くなったら、そのシステムは崩壊しますよね?)」
それは非常に気になるところだったが……マークトはその問いかけをするのを止めた。
それは、バイオレンスハゲエルフにとって、失礼にあたるかもしれない事だったからだった。
応じてバイオレンスハゲエルフは……静かに答える。
「ま……そこは人それぞれだな。
それに【専業農家】は半分って言ったろ?
あとは【兼業農家】と……それ以外だ」
「【それ以外】?」
「ああ……【村長】みたいな【自由人】もいるが。
まあ、それはおいおい説明してやるよ。
今日はそのための【挨拶】だ。
着いたぜ?」
バイオレンスハゲエルフがそう言って指し示した先……そこには、一軒の大きな建物があった。
木造二階建て……いや、少し小さめの体育館と言った感じの建物であった。
その建物の中から、多くの人の声が聞こえる。
四、五〇人はいるのではなかろうか……世間話、中年女性の大きな笑い声、そしてすでに酔っ払ったと思しき壮年の男の声。
どうやらマークトの【挨拶】の為の準備の喧騒……あるいは【挨拶】のための催しがすでに始まってしまっていたためらしい。
その喧騒に飲まれながら……マークトはバイオレンスハゲエルフに促されて【異世界日本人村公民館】の玄関をくぐった。




