【聖女】もちょっとやべー2&ケモ耳少女タマ
「あー……つかれたあああー……」
異世界日本人村の農地から住宅地に至る道路……そこを【ゾンビ】みたいな歩き方で歩いているのは、【聖女】犀川だった。
夕刻。
もちろん、帰宅の途上である。
元OLであった彼女は未だ慣れない農作業に疲弊しきっていた。
「うぬぬ……少しは体力はついてきたんだけど……やっぱりまだきついなぁ……駄目だ。
クラス【聖女】展開。
【祝福☆☆☆】……ふう、楽になったぁ。
魔力はごっそり抜けたけど……ま、明日には回復するからいいかぁ」
【祝福☆☆☆】……世が世なら、瀕死の高レベル勇者パーティを完全回復させるための奥の手中の奥の手、まさに神の奇跡である。
それが今……慣れない農作業に疲弊した身体の回復に使用されていた。 ある意味、神をも恐れぬ行為である。
だが犀川はそれを行使した……なぜなら【祝福☆☆☆】は、隠しパラメータの【スタミナ値回復】と【バイオリズム上昇化】の特殊効果と、追加効果【身体洗浄】があるからだ。
さらに【美肌効果】付き!!
……まあ瀕死の勇者や戦士が美肌化しても意味はないのだが、【聖女】にとっては必須なのだろう。
基本、【聖女】は美人……むろん美しさの定義は人によって様々だが、少なくとも肌がきれいな事は美人であることの要素の一つであろう。
バイオレンスハゲエルフなどという生き物にうつつを抜かしてはいるが、【聖女】犀川は基本、美人なのである。
そして犀川は回復した……【状態異常:ゾンビ】から【状態異常:恋する乙女】へ。
瞳キラッキラ、髪ツヤッツヤ、お肌もっちもち、おっぱいぷるーんぷるん(定番)。
肉体疲労から血行不良や肩こりに至るまで改善され、軽くなった足取りで、犀川は再び帰途に就いた。
その背中に、ふいに声を掛けられた。
「おぅおぅ……【神の奇跡】を整体マッサージや美肌エステ代わりに。
おヌシ、そろそろ本気で神罰を心配した方が良いのじゃ……」
呆れたようなその言葉に、【聖女】は振り返る。
と……そこには、美少女、と言い切って良い少女がいた。
しかもケモ耳つき!!
海外(のアニメ掲示板)で言うところの【四つ耳】タイプのケモ耳少女であった。
ちなみに……その語源である【四つ目】は眼鏡をかけた人の蔑称になるので注意。
そのケモ耳少女は、人間で言えば小学校の高学年と言ったところだろうか。
ノースリーブの和服などという、二次元ではラノベの挿絵かアニメかマンガ、三次元ではコスプレでしかお目にかかれない衣装のそのケモ耳少女は、柿の木の枝に座って足をプラプラさせながら【聖女】を見下ろしていた。
そのケモ耳少女をジト目で見てから……その腕に抱えられている物に気付き、【聖女】は目を見開いていた。
「タマちゃん……危ない危ない!!
赤ちゃんを抱っこしたまま、木の上なんて登らないで!!」
【聖女】のその言葉通り……ケモ耳少女【タマ】の腕には【人間】の赤ん坊が抱えられていた。 しかも木の枝の上で。
その光景、【聖女】の脳裏には残酷な未来しか想像できなかった。(ヒント:ぽっとん)
かつて『死にたてホヤホヤならどーとでもなる』と豪語した【聖女】だが……それでも見たくないものは見たくないのである。 女性としても人間としても【R-18】としても。
「やれやれ、【聖女】はうるさいのう……といっても、聖職者がそうでなければ世も末か。
その割には【神の奇跡】を軽々に扱いすぎるような気もするが」
「……これは私の特権だからいいんですぅー。
私の同意なしに【聖女】なんてものにされたんだから……これくらいの特典はなきゃ」
「世も末どころか……すでに末の世だったか」
ぺちんと自らの額を叩きながら嘆くタマ。
その様子に【聖女】はさらに慌てた様子を見せる。
「だ、だから、赤ちゃんを抱えたままそんな不注意な行動をとらないの!!」
「うるさいのじゃ……ほっ!!」
動揺する【聖女】……その目の前で、タマは木の枝から飛び降りる。 無論、赤ん坊を抱えたままだった。
「ひゃあああああ!! ……あ?」
慌てて受け止めようとする【聖女】。
その【聖女】の肩の上にタマはふわりと片足を置くと……そのままもう一度飛翔した……それは羽毛が風を舞うような動作だった。
タマはそのまま……【聖女】の背後に音もなく着地していた。 その腕の中、赤ん坊は……安心しきった様子で眠ったままであった。
慌てて振り返ってその様子を確認した【聖女】……そのまま、安堵のため息をついた。
そして、沈黙のカウントダウン。
三。
二。
一。
ゼロ。
「赤ちゃんを粗末に扱うんじゃありません!!!!!!」
くわっ!!
目を見開いて憤怒を見せる【聖女】に、タマは涼しい顔を見せる。
「ふふん。
我が【夫】をどのように扱おうが……【妻】の勝手であろう?」
「はあ、まあ、それは確かに」
あっさりと同意を見せる【聖女】……当世はすでに末の世だった。
というか……腕の中の赤ん坊を【夫】などと、タマはとんでもない発言をしていた。
だが……それを、驚きもせず受け入れる【聖女】。
【聖女】はタマの言葉の意味を理解しているようだった。
そして……タマの正体を。
【聖女】は、苦笑してから言葉を続ける。
「金毛白面九尾狐……あんた、中国の妖怪でしょ?
それが何で異世界日本人村に………」
「ふむ……死んだのが日本じゃったからじゃな。
それに……我が夫が【この世界】に転生してしまったのじゃ。
ならば……妾も【この世界】に転生するしかあるまい。
妾は夫の単身赴任に同行しないほどつれない妻ではないぞえ?」
そう言って【金毛白面九尾狐】、またの名を【玉藻の前】というケモ耳少女は不敵な笑みを見せていた。
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「……愛が重い」
げんなりした様子で、【聖女】は静かに呟いていた。
「……何を言うか。
元の世界で言うイエス・キリストほどの【神の子】が、一人の男を追いかけて還俗したのじゃぞ。
数百年単位のストーキングなぞ、可愛いモノじゃ」
フンスと鼻息を吐きながら、胸を張ってタマは応じていた。
目糞vs鼻糞の、熱い戦いであった。