エルフのやべーヤツ3
「おう……今帰ったぜ」
バイオレンスハゲエルフが帰宅したのは、そんな折だった。
「あらー、お帰りなさいー」
食卓に着いたまま顔だけ勝手口のほうに向け、バイオレンスハゲエルフに応じるハーフエルフの若奥様。
がたんっ!!
その二人のやり取りに、マークトは勢いよく席を立っていた。
不審そうに視線をやるヒロインズとセドリックに構わず、マークトはそのまま勝手口の方に走っていた。
当然のように勝手口で鉢合わせする二人……躊躇うバイオレンスハゲエルフに、マークトは叫んでいた。
「か、梶田さん!!
そ、その……あの………か、感動しました!!」
「………なんだ、藪から棒に……」
訝しげに問い返すバイオレンスハゲエルフ。
それにマークトは……衝動を抑えきれない様子で続ける。
「梶田さんの【作品】をいただきました!!」
「………作品だぁ?」
「野菜ですよ!!
梶田さんが言ってた【百姓の本気】……堪能させていただきました!!」
「……ああ、そういう事か………」
ようやく得心した様子で、梶田は苦笑を見せた。
要するに、マークトはバイオレンスハゲエルフが作った野菜を絶賛しているのだった。
「まあ、口に合ったのなら何よりだ。
……作品なんて言うから、何のことかと思ったじゃねえか(孫の事だったらブッ殺……いや、褒めてやるべきなのか、どっちだ?
ふひーっ!!
何しろ俺の最高傑作と言えば孫なんだからな!!)」
応じるバイオレンスハゲエルフの口が静かに……ニヤリ、と笑みを作っていた。
……ちなみにその孫は、スーパーお昼寝タイム中であり、別室で規則的な寝息を立てていた。
一緒にお風呂に入る展開を期待していたマークトだったが……【R-18の神様】はそこまで寛容ではないようだった。
バイオレンスハゲエルフは続ける。
「それよりお前……夕方、時間作っとけよ。
村長に挨拶だ。
他の村の奴らにも顔合わせしねえと……」
まるで営業部の新卒社員を挨拶周りに誘うOJT先輩のように言うバイオレンスハゲエルフ。
思いがけない言葉に、マークトは驚いたような表情を見せる。
「あ、挨拶?」
「当り前だろうが。 新入りが顔を売らなくてどうするんだ。
でないと……いいか?
ここは異世界日本人【村】……お前が【日本】のどんな所に住んでいたのかは知らねえが、【村八分】にされるぞ?」
妙に真剣な表情で、バイオレンスハゲエルフはそう告げていた。
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「む、【村八分】……ですか」
思いもかけないその言葉に、マークトは思わず問い返していた。
その姿に、バイオレンスハゲエルフは小さくため息をつく。
「ああ……そうか。
お前も最近の【新入り】に多い奴か……社会人の経験が全くねえか、少ねえんだな?」
「はぁ……まあ、確かに僕が転生したのは一五歳の時でしたけど……」
躊躇いながら言うマークトに、バイオレンスハゲエルフは続ける。
「いいか?
この世で生きていくためには、【人付き合い】ってものが必要だ……その中には、気に食わねえ奴との付き合いってのも含まれる。
ありがちな話だが、それは【この世界】でも変わらねえ。
確かにそれは、面倒臭い話だよ。
そりゃ学生気分で、仲のいい友人や気心の知れた連中とだけ付き合うのもいいさ。
だがな……世の中、それだけじゃ渡っていけねえんだよ」
「………」
「気にくわない奴、頭がおかしいとしか思えねえ奴、付き合いたくねえ奴はいくらでもいる。
……けどな。
【組織】ってもんは、そう言う連中も含めて、いろんな人間が集まってできてんだ。
そして悲しいかな、人間って奴は【組織】の中でしか生きられねえ。
まあ【転生者】や【転移者】なんかの【一芸】持ったヤツなら、学生気分のまま一人で生きられるだろうし、気に入った人間だけ集めてお山の大将も気取れるだろう。
だがな。
それだとどうしても【少数派】ってことになる……もし【組織】と対立した場合、身を護れるとは限らねえんだぜ?
【組織】の外の敵とは【組織】全員で戦える。
だが……【組織】の中の敵は【組織】全員で潰される。
一人で戦わなくちゃいけねえ……それは戦略的に損ってもんだ」
「………………」
「……見方を変えればこういう言い方もできる。
社会人なら金を稼がなきゃいけねえ。
だったら……気に食わねえ連中からふんだくってやればいい。
その戦略の為に必要な戦術が【人付き合い】だってな。
気にくわない人間なんて、友人面して近寄って、最後に足元をすくってやればいいんだよ」
実にバイオレンスハゲエルフらしい言いようで、梶田はマークトの肩を叩く。
その予想以上に強い力に、マークトは思わずよろめいていた。
それにバイオレンスハゲエルフを恨めしそうに見ながらマークトは……少し前から感じていた違和感を口にする。
「あ、あの……梶田さん?」
「……なんだ? まだ文句があるってか?」
「い、いや……そうじゃなくって。
念のため確認なんですけど……」
「………?」
「もしかして梶田さん……僕がこの村に【移住】する前提になっていないですか?」
マークトのその言葉に、バイオレンスハゲエルフは意外そうにマークトを見返していた。
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「なんだ……違うのか?」
心底意外そうに、バイオレンスハゲエルフは問い返していた。
応じてマークトは苦笑を見せる……見せながら、その笑みが固まっていった。
「違いますって!!
そもそも僕はこの村に張り紙を見て来たのであって……」
「張り紙?
ああ、家内が作った【日本人保護】の張り紙か……」
「そうです!! あの人を馬鹿にした……えっ!?
あれ、梶田さんの奥さん謹製だったんですか!?」
バイオレンスハゲエルフの口から、意外な事実が暴露されていた。
かつてマークトが魂の絶叫を見せた、例の張り紙。
【日本人はいませんか?良かったらうちで保護しますよ?】ではじまる、マークトを激怒させた張り紙。
それに導かれ……ることは無かったが、少なくともこの【魔の森】の踏破と【異世界日本人村】への到達の原動力となったあの張り紙。
バイオレンスハゲエルフはそれを、家内が作った、と言った。
それはつまり、バイオレンスハゲエルフの奥さんが作成した、という事である。
目の前の厳つい、バイオレンスでハゲなエルフの。
気前よく食事や風呂をふるまってくれた、恩人の。
そして……マークトの目の前で、懐かしそうに目を細める梶田の。
「ああ、家内は凄腕の【魔術付与師】でな。
まあ【魔術付与師】っつーか家電だか重工業だかのメーカーの【技術者】だったらしいんだが。
懐かしいな……そういや三十年ほど前、そんなのも作ったっけな。
優しいヤツだった……あいつは、異世界で苦労している日本人を見捨てられないってな。
同じ張り紙をあちこちの冒険者ギルドに張りに行っていたよ……当然、俺も付き合わされたんだが。
残念ながら一〇年ほど前に家内は鬼籍に入ったが……うむ。
アイツはイイ女だった………」
意外なほどの優しい表情で、バイオレンスハゲエルフは回想している様子だった。
なお……若奥様セドリックは、バイオレンスハゲエルフの娘だ。
そう言えば、セドリックはハーフエルフ、孫はクォーターエルフだった。
その状況から見て、バイオレンスハゲエルフの嫁とやらは少なくとも【人間】だったのだろう。
「(なるほど……【エルフ】と【人間】じゃ、【寿命】が合わないってことか………。
セドリックさんとさくらちゃんの容姿からして結構な美人さんだったんだと思うけど。
そんな美人と梶田さんが何故……ていうか、笹の葉耳以外、梶田さんの遺伝なんて残っていないんじゃないか!?)」
バイオレンスハゲエルフのじじバカを全否定するマークトであった……もちろん、口には出さないが。
と……懐かしさに細められていたバイオレンスハゲエルフの目が、不意に締まった。
「で……【人を馬鹿にした張り紙】ってどういうことだ?」
「なっ!? 何でもありません!!」
【逆鱗】というものを目の前にし、それに触らないようにするため……マークトは自身の言葉を完全に全否定していた。
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「で……なんだっけ?
そうそう、移住希望じゃないって話だったな。
……そうなのか?」
意外そうに問いかけるバイオレンスハゲエルフ。
「いや、えぇと、その、それは……」
それに応じようとして……マークトはとっさの言葉に窮していた。
たしかに……マークトがこの【異世界日本人村】に来たのは、【移住】の為ではない。
バイオレンスハゲエルフの嫁をぶん殴りに来ただけだ……と言ってもそれは既に叶わないが。 いろんな意味で。
しかし。
この【異世界日本人村】は……生活レベルで言えば【日本】そのものだ。
今まで【異世界】に【転生】して苦労した苦労が、すべてフイになるほどに。
はっきり言って、住むには最適であろう。
しかし。
突然なこともあり、マークトは即座に【是】とは言えなかった。
マークトなりに、【この世界】で築いた【生活の礎】というものがあるのだ。
「……少し、考えさせてください……」
中庸な、まさに【日本人的】な回答……しかしマークトはそれしか言えなかった。
「そうか……まあそれはそれとして、夕方の挨拶には顔を出せよ」
それだけ言うと、バイオレンスハゲエルフは風呂場に足を向け、マークトに背を向けた。
「………」
マークトはそれを無言で見送ることしか、できなかった。
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なお……梶田の嫁の名は、梶田櫻子。
日本人転生転移者の救済に燃えていた梶田嫁……その生き方はかのバイオレンスハゲエルフにも、少々影響を与えていたようだった。




