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カレーライス2

 カレーの肉は牛肉なのか豚肉なのか鶏肉なのか。


 結論から言えばどうでもいい話である。


 しかし、【日本人】にはこだわりがある人がいて、かつ同じ【日本人】の中にも派閥がある。


 牛派豚派鶏派にシーフード派。


 同じように【すき焼き】や【肉じゃが】の肉も、西日本は牛肉、東日本は豚肉と分かれるようだが……カレーの肉の分布は不思議とその区分とは被らないようだ。


「こ、これは………っ!!」


 異世界にあるまじき18-8(ステンレス)製のカレースプーンを握ったまま……マークトは思わず視線をセドリックに向けていた。


 バイオレンスハゲエルフ邸の、夕食のテーブルである。


 饗されたのは、出来立て熱々のカレーライスであった。


 マークトが絶叫を見せたのは、その一口目を口に入れた瞬間の出来事であった。


「あ、あらあらー。


 マークトさん、お口に合わなかったかしらー」


 片手を頬に当て、首を傾けながら問う若奥様に、マークトはブンブンを頭を振って見せた。


「ニンジンが……ニンジンが、すごく甘いです!!」


 冒頭の【肉】の話をぶっちぎり、マークトは饗されたカレーライスの具であるニンジンを絶賛していた。


「こ、こんな味の濃いニンジンなんて初めてですよ……しかもなんか甘いし!!


 それにこの玉ねぎも……こんなに火が通っているのに、まだ歯ごたえがある!! そしてこっちも甘いですよね!?


 知らなかったな……野菜って、こんなに甘いんだ……」


 一気にまくし立てるマークトに苦笑してから、セドリックは応じる。


「あらあらー、ありがとうございますー。


 それー、ウチの自家製ですからー。


 ハゲ()も喜ぶと思いますよー」


「自家製……はっ!! そう言えば………」


 セドリックの言葉に、マークトは思い出していた。


 『百姓の本気』。


 バイオレンスハゲエルフが自信満々に語ったその言葉。


 それに、マークトは打ちのめされていた。


 それこそそれは……一五年ぶりのカレーライスの感想を置き去りにするほどに。


 マークトはふと、自分の隣の席を見た。


 ヒロインズ三人が、未知の食品であるカレーライスをガツガツとかき込んでいた。


「(えぇと……こいつら、こんな【食いしん坊キャラ】だったっけ……?)」


 マークトは思わず苦笑していた。


 レトルト食品を大量に食していたのはつい先ほどのはずだが……ヒロインズは、ネットで見かける子猫の食事シーンの動画のように、無言でカレーライスをはむはむしていた。


 その勢いはまさに飢えた子猫……よほど気に入ったらしい。


 彼女たちが人間である証明は……辛うじてカレースプーンという【道具】を使っている事だけだった。


 【日本】だけではなく【異世界】においても、『カレーは別腹』『カレーは飲み物』という法則は成立しているようだった。


「……あ。 も、もちろん、カレーもおいしいですよ!?」


 ふと思い出し、マークトは若奥様セドリックの調理を褒めた。


 素材ばっかり褒めて、肝心の料理人の腕を褒めるのを忘れていたことを忘れていたのだ。


 一応こういう気遣いができるマークトではある……でなければ、ハーレムは維持できないだろう。 それを彼自身が望んでいるかどうかは別として。


 だが……若干、称賛の言葉が後付けになってしまった感は否めない。


 その為か、セドリックの答礼も苦笑交じりであった。


「ありがとうございますー。


 うちはさくらがいますのでー、いちばん甘口のカレーになってしまうんですけどー」


 その言葉に、マークトは再びアメリカ合衆国バーモント州の名前に似たカレールーを思い出した。


 そう言えば……アメリカ合衆国バーモント州の名前に似たカレールーは、『そう言う趣旨』で作られたという話を聞いたことがあった。


 つまり、家族みんなで同じものを食べられるように、と。


 なるほど……アメリカ合衆国バーモント州の名前に似たカレールー(くどい?)が【日本で一番売れている】のには理由があるのだ、と、マークトは思った。


 不発に終わったおべんちゃら、マークトはめげずに追撃する。


「そ、それに……この肉。


 多分ですけど……【豚】ですよね?


 【この世界】で一般的な【魔物】の肉ではなく。


 凄いですね……よく手に入りましたね」


 本当に……本当に感嘆しながらマークトは若奥様に声をかけていた。

 ここで、マークトの言葉を少し補足する。


 この世界において、畜産業はかなり下火である。


 なぜならこの世界は……それこそ【冒険者】による【魔物狩り】が一産業として成立するこの世界なのである。


 すなわち、【魔物】による【食害】がハンパないのだ。


 そもそも家畜とは人類が長い時間をかけて【繁殖しやすく】【攻撃力防御力が低く】【美味しく】なるように品種改良してきた生物である。


 人間にとって都合が良い生物は魔物にだって都合が良い。


 魔物たちにとっても【見つけやすく】【狩りやすく】【美味しい】獲物なのだ。


 つまり、せっかく畜育しても、ほとんど魔物に狩られてしまうのだ……そうなると、どうしても【高級品】扱いとなってしまい、一般には流通しにくい。


 他の【異世界もの】でもお馴染み【ノーフォーク農法(四圃輪栽式農法)】は、この世界においてはその一角が魔物によって切り崩されてしまっているのだ。


 実際、マークトもこの世界に転生してから【牛肉】【豚肉】【鶏肉】は見たことがない。


 代わりに流通しているのは……【魔物の肉】。


 そう……冒険者が狩ってくる魔物の肉、それがこの世界の食肉産業を支えているのだ。


 例えば……爬虫類の類の魔物や鳥系統の魔物は本当に【鶏】のような味がするし、いわゆる【オーク】などは本当に【豚】のような味がする。


 これらの食材が、この世界の食肉産業を支え、この世界の人間の胃の腑を満たしている。


 それらが、太古の昔よりこの世界の人間の営みを支えているのだ。


 だがしかし。


 そこには、【日本人】にとって【ある問題】があった。

「ああ、やっぱり……【日本人】にはねー……【人型】はちょっとねー……」


 やはり苦笑しながら、ハーフエルフの若奥様はマークトに応じていた。


「……ですよね……」


 マークトもまた、それに追随することしかできなかった。


 そう。


 この世界の人間は、冒険者たちが狩ってくる【オーク】を喰う。【オーガ】を喰う。【リザードマン】を喰う……場合によっては【ゴブリン】も喰う。


 そう……【人型の生き物】の肉を喰うのだ。


 まして。


 【人を喰う生き物】を喰うのだ。


 言わば、間接的な【共食い】。


 これは、日本人の感覚では決して受け入れられない事であった。


 しかし。


 この世界では、それがまかり通っていた。


 それだけこの世界が厳しいと言えるし、この世界の人間がたくましいともいえる。


 ただ……【日本人】には絶対に無理である。


 【日本人】はツキノワグマの肉は喰っても、人を襲ったツキノワグマは喰えないのである。


 例外的に……寿司ネタのシャコは、本当に例外である。


 なぜなら……多くの【日本人】は知らないのだ。 海難事故等で、真っ先に水死体にとりつくのは(自主規制)。


「まあウチはー父の【∀コープ】のお陰でー【日本】と変わらない生活は出来ているのでーいいんですけどー」


「…………」


 ニコニコしながら言う若奥様の笑顔に、マークトは無言になっていた。


 懐かしいカレーの深い味わいを噛み締めながら……目の前の若奥様を、心の底からうらやましいと思っていた。

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