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こども村長

 さてその頃。


 バイオレンスハゲエルフは、一人で歩いていた。


 【異世界日本人村】の真ん中を通る一本道である。


 舗装されたその一本道の両脇に木造二階建ての昭和風の家々が立ち並ぶ。


 わかりやすく言えば、遠距離ドライブ中にカーナビ様の言う通りに走っているとときどき通らされる場所、とでも言うべきか。


 走っていて今までまわりに何もなかった単車線の道、それが急に両脇に家が立ち並ぶ一帯に差し掛かり、それを抜けるとまた何もなくなる……名も知らぬ地方集落は、都市圏のナンバーの車に抜け道としてよく利用されているが、ここもまさにそんな感じの場所だった。


 要は……【日本】における地方集落だ。


 その道を、梶田は一人で歩いていた。


 彼の周りに、人の姿はなかった……と言っても、バイオレンスでハゲなエルフである梶田の姿にみんな隠れて家に引きこもってしまった訳ではない。


 そう……地方の集落は日中、ゴーストタウンか、というぐらいに静まり返るのだ。


 なぜなら……(兼業を含む)農業地帯の集落は基本的に専業主婦が少なく、ニートだって家の手伝いをさせられるから。


 基本的に外に働きに出るか、家業をするかをさせられる。


 ゆえに地方では、周囲の目もあり、日中家でゴロゴロなんてできないのだ……まあ平均収入が低いからともいえるが。


 地方は【働かない】という選択肢が取りにくいともいえる。


 今日び、【日本】にニートが増えた要因の一つは……何のことは無い、農家を含む【自営業】の世帯が激減している為だ。


 それはさておき。


 人っ子一人いない道を歩く梶田。


 その足が……不意に道をそれた。


 舗装された道とコンクリート橋で交差する用水路、その用水路沿いにある細い道。


 梶田はその細い道に進路を変更していた。


 と言っても……さほど長い道のりではなく、その用水路から水を引くすぐ近くの貯水池で、その道は終わっていた。


 半径二〇メートルほどのその貯水池。


 そこで梶田は足を止めた。


 目的地に到着したという事もあるが……そこに梶田は、探していた男の姿を認めていたためだった。


 そのまま梶田はその男の名前を呼んだ。


「ノッブ、てめえ……昼間っから釣りとはいい身分だな、オイ」


 その言葉に……貯水池に釣り針を垂れていた少年は、振り返る。


 そしてビクンと一瞬身体を固まらせてから……少年は苦笑しながらバイオレンスハゲエルフに応えた。


「……どこの【怖い人】かと思ったら……梶田さんじゃないっすかー。


 こんちわーっす」


 五才くらいだろうか……【ノッブ】と呼ばれた少年はそう言って妙に大人びた言葉を返した。


「……誰が【怖い人】なんだよ誰が。


 おめえ、仕事しろ仕事。


 こんなところで遊んでんじゃねえ」


 同じく苦笑で応じる梶田……だがそれでも【怖い】部分が残る笑みだった。


「いや、遊んでなんかないっすよ?


 一応この池……魚がいるっすから。


 今夜の晩御飯にはちょうどいいかなって釣りをしてたとこっす」


 にっこりと、しかし少しはにかんだような笑みを返す少年、ノッブ。


 その人の良さそうな笑顔に、ヘタレ口調とは言え落ち着いた物腰。 整った顔立ちも含め、彼が成年した姿を想像するに……わりとアイドル業でも張れるのではなかろうか。


 バイオレンスハゲエルフの対極にあるような少年であった。


 もう一度梶田は苦笑を見せた。


「やれやれ……ノッブのくせに、スローライフを満喫しやがって」


「何すか、ノッブのくせにって。


 やめてくださいよー。


 僕は本来、こういう川遊びやアナログ的なことが好きなんすから。


 まあたしかに、【転生】前はせわしない人生でしたっすけど……あの時は【立場】ってもんがあったっすからね。


 いまは【しがらみ】ってもんがないっすから」


 そう言って満面の笑みを浮かべるノッブ。


 そしてそのまま、釣り糸の先に視線を戻していた。


 梶田も言葉を継がなかったため、二人の間に必然的に沈黙が舞い降りていた。


 静寂……数分に及ぶ沈黙ののち、ノッブがもう一度口を開いた。


「いいっすねー、スローライフって。 最高っす」


 落ち着いた声で言うノッブに、梶田は応じる。


 ただしそれは……子供をあやすような声ではなく、完全に同世代の男に向けるような口調だった。


「いやお前……スローライフはいいけどよ。


 それに……釣りって、アホか。


 村の中とは言え……ここは【魔の森】だぞ?


 どんな得体の知れない魔物が紛れ込んでるかもしれないのに……」


 と………その時だった。


 ノッブが垂れる釣り糸のその隣に……急に小さな気泡が上がった。


「お……きたっすかね?」


 思わず身を乗り出して水面を覗き込むノッブ……そのノッブの身体にめがけ、水面が大きく盛り上がった。


 ギシャアアアアア!!!


 その擦過音の多い咆哮と共に水中から飛び出してきたのは……どう見ても爬虫類と思しき頭部だった。


 蛇を思わせる流線的で長い頭部、そのサイズは……五才の少年の上半身を丸呑みしようとするほどの。


 それが一気にノッブの眼前に迫りつつあった。


 しかし。


 その必殺の突撃に応じたのは……ノッブであった。

 ゴワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 シンでお馴染み【巨大怪獣】を思わせる、超重低音の咆哮。


 それが、ノッブの咽喉を突いて出た。


 いや……ノッブの頭部が、いつの間にか【巨大怪獣】そのものに巨大化していた。


 それこそそれは……五歳の少年の上半身を丸呑みしようとする【巨大生物】、それを丸呑みしようとする【巨大怪獣】の頭部だった。


 その頭から下が五歳の少年のままだったのが、どう考えても不自然であった。


 【巨大怪獣】の頭部を、その小さな体がどのようにして支えているのか。


 そもそもなぜ、その小さな体の上に【巨大怪獣】の頭部が発生したのか。


 だがそれを問う者はいなかった。


 それは一瞬の出来事であったし……何よりバイオレンスハゲエルフが、それを不自然な出来事として見ていなかったからだった。


「………」


 無言のままの梶田の目の前で……【巨大怪獣】の頭部は、完全に【巨大生物】の頭部を捕食していた。


 捕食して……その細長い体を、吸い込んでいた。


 そのさまはまるで……麺類を一気にすする様に。


 やがてその極太麺はするすると【巨大怪獣】に飲み込まれていき……やがて水面から出てきた尻尾など、すっぽんと一瞬で見えなくなった。


 そして。


 その巨大な質量と体積が何処に消えたのか……【巨大生物】を嚥下しきった【巨大怪獣】の頭部は、一瞬で元のサイズに戻っていた。


 つまり……元の五歳の少年の姿に。


 それは……ものの数十秒の出来事であった。


 そして何事もなかったかのように、再び静寂が舞い降りていた。


 その沈黙の中……釣り糸を垂れたままのノッブの後ろ姿に、バイオレンスハゲエルフはため息を見せた。


「ノッブ、いくらお前が年経た【古竜】だからって……グロいもん見せんじゃねえ。


 なんだ、【一本うどん】喰うみたいに【ジャイアントボア】を丸呑みしやがって」


 不意に来たクレームに、ノッブは苦笑を見せた。


「いやあ、面目ないっす。


 僕、【前世】の行いのせいか、【古竜】なんて【畜生】に【転生】してしまったっすからねー。


 でも梶田さん、【人間五〇年】て言いますけど……【古竜】にとって四〇〇才五〇〇才はまだまだ子供っすから。


 実際僕も、【人間化】しても、まだまだこのサイズっすから。


 そんなにひかないで欲しいっす」


 笑顔でそんなことをいうノッブ……それに梶田はもう一度ため息をついた。


 異世界日本人村村長【織田上総介三郎おだかずさのすけさぶろう平朝臣信長たいらのあそんのぶなが】、略して【ノッブ】。


 それは……少々跳ね返った【日本人転生者】でも抑え込めるほどのネームバリューであった。


 そしてそれは根拠も伴う……五〇〇年近く生きた【古竜】という、【暴力の権化】。


 その後ろ姿に……無意識に、バイオレンスハゲエルフは無言になっていた。

「そんなことより、梶田さん………」


 静かに………やがて再び舞い降りた沈黙の中、ノッブは静かに、呟くように問いかけていた。


 日本史に燦然と輝く功績を残した男。


 そして今や【古竜】に転生し、いつでも周囲に死と破壊をまき散らせる存在。


 そんな【破壊力】そのもののような存在の……静かな問いかけ。


 それはそのまま静寂に溶けてしまいそうな静かな呟きであった……ノッブは、続けた。


「釣れないっすねー」


「……うるせえ、黙れ」


 短くそう言って、梶田は……ノッブの後頭部を思い切りはたくのであった。

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