セドリックさん2
「え、えぇとセドリックさん。
何でしょうか?」
ヒロインズの追求から抜け出してきたマークト。
リビング(というかガラス障子で仕切られた居間)を退出し、廊下を渡りキッチン奥にいたセドリックの方へ向かう。
「あらあらー、ありがとうございますマークトさんー。
ちょっと手伝っていただきたいことがあってー」
やってきたマークトの姿に……そこにいたセドリックが、少し大きめな声で言葉をかける。
そしてそのままセドリックに笑顔を見せながら、手招きする。
「………? わっ、近いですよ、セドリックさん」
手招きに応じて近寄るマークトに、セドリックはそのまま顔を近付けて耳打ちした。
「うふふふふー。
ちょっと困ってたようだから、呼んであげたんですよー?」
「!? 聞こえてたんですか……」
マークトは無意識にセドリックの笹の葉耳を見ながら応じていた。
マークトの言葉ににこにこと笑顔のままのセドリック……どうやらセドリックは、ヒロインズの追及に困っていたマークトに助け舟を出してくれたようだった。
そのまま困ったような笑顔を見せるマークト……盗み聞きされた事と、ヒロインズの追及に気を利かせて呼び寄せてくれた事。 文句を言っていいのか、感謝した方がいいのか……マークトは一瞬、どうしたらよいのか分からなくなっていた。
「あらあら……【転生者】の方って、やっぱり【転生】の事は秘密なんですねえー。
困ってたようだったからー、気を利かせてみたんですけどー。
その様子だとー、やっぱり秘密だったんですねえー。
でも……どうしてかしらー。
どうして、【転生者】の方って【転生】の事を秘密にするのかしらー」
指を頬に当て、小首を傾げて見せるセドリック。
その言葉に、マークトは躊躇していた。
のほほんとした口調と表情のセドリックに、マークトの醜態の核心を突かれていたからだった。
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そう……マークトは自身が【転生者】であることを周囲の人間に秘匿している。
ヒロインズも含め、基本的に【この世界】の人間、全てにだ。
もちろんその理由は……前述のように【この世界】の人間に【輪廻転生】という概念が理解できないという事もあるのだが、大きな理由の一つとして『他人から【チート知識】を要求されたら困る』、という事がある。
要は……例えば現代に未来人がタイムトラベルしたとして、それを権力がある人間に知られたらどうなるか、という事である。
考えるまでもなく、未来の情報や知的財産や特許の取得のために、権力のある人間に拉致監禁されて洗いざらい情報を吐き出させ、得ようとするであろう。
歴史の行方、未来の人間が苦労して発明発見するであろう科学技術、場合によっては感動的な曲や文学作品の著作権などなど。
名もなき人々の試行錯誤の結果を、試行錯誤することなく結果だけを盗み取るというおぞましい行為が行われるという事になる。
まして……盗まれる窓口は自分なのだ。
少なくともそう言うリスクは背負うことになる。
【チート知識】。
それは危険な諸刃の剣と言っても良い代物なのだ。
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「(だから決して【少しでも自分を偉人に見せようとしてるわけではない】……わけだけでもないよな。
そりゃ僕にだって正直、功名心というか、自己顕示欲もあるし。
それに………【チート知識】も【僕が今考えました!】ってことにして小出しにすれば、それ以上の追及も抑えられるだろうし。
だから……【転生】のことは秘匿しておいた方が、いろいろ都合が良いなんだよね……)
まあ僕に限らず、【転生者】にもいろいろ思惑があるんですよ、セドリックさん」
長考してからのマークトのその言葉に、セドリックは考え込むような仕草を見せた。
腕まで組んで、もう一度頭を大きく傾ける。
「うーん………まあ、秘密にしたい理由があるのなら追及しませんけどー……。
まあ、私は【転生者】でも【転移者】でもないのでわかりませんねー」
「え?
あ……そうか。
そう言えばセドリックさんは【転生者】梶田さんの娘さんでしたっけ。
そう言えばセドリックさんは……【転生者】でも【転移者】でもなかったんですよね」
セドリックの言葉に、マークトは改めて問い返していた。
「そうですよー。
私は【日本人】じゃないですねー。
【この世界】の人間ではありますけど……微妙に【事情通】になっちゃってますからねー。
しいて言うなら【【異世界日本人村】人】というべきですかねえー……。
まあ私、人間じゃなくってハーフエルフなんですけど-」
そう言ってくすくす笑うセドリック。
まるで最後の一言が……渾身のギャグだったかのように。
それにマークトは……もう一度困ったような笑顔を見せた。
それは勿論……マークトの【中身】が【日本人】だからであった。
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「そうそう。
そんなことより、マークトさんに聞きたいことがあったんですー」
と……不意にセドリックが、ぱん、と胸の前で両手を合わせてた。
「な……なんですか?」
不意の問いかけに躊躇しながら問い返すマークトに……セドリックは、満面の笑顔で問いかけていた。
「今夜の部屋割りはどうしましょうねえー?
みなさん、同じ部屋の方が良いのかしらー?」
「は、はあ……同じ部屋で構いませんよ?
こちらは泊めていただくわけですし、決してご無理は言いませんので」
思いもかけない問いかけに、躊躇しながら答えるマークト。
セドリックは続ける。
「わかりましたー。
うふふ……奥さんが三人もいらっしゃるなんてー、やっぱり【転生者】さんは一夫多妻が原則なんですねー」
その言葉に、マークトは苦笑が隠せなかった。
ぽわぽわふわふわしたセドリックの目には……幼馴染はともかく、双子の妹までもがマークトの嫁に見えたらしい。
だが……それを非難するのは可哀想ともいえる。
なぜなら……彼女の言葉通り、『世の【転生者】は一夫多妻が原則』なんだから。
世人はそれを【ハーレム】という……いっそ【交雑】と言っても良い。
だが実際……ヒロインズは彼の嫁でも彼女でもない。
……念のため明記しておくと、奴隷でもない。
なぜならマークトの性的嗜好は……ファンタスティックだから。
まさか『お宅の娘さんを嫁に下さい』とは言えない……マークトは苦笑を続けたまま応じた。
「……嫁じゃないですから。
一人はただの幼馴染で、後の二人は僕の双子の妹ですよ」
「あらあら、でもー……あの二人は、マークトさんの【血縁者】じゃないですよね?」
「………は?」
唐突なその言葉に……マークトは思わず素で突っ込んでいた。
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「あ、あらあら……わ、私、まずいこと言っちゃったかしら……。
そ、そうよねえ、ご、ご家庭の事情とか、ご家庭の情事とか、いろいろあるわよねえ……」
マズいことを言った、というジェスチャーを見せるかのように、セドリックは動揺しながら自らの口元を押さえていた。
そのさまに、マークトは思い切り動揺を見せる。
「え、ちょ……どういうことですか?
僕の妹たちが、僕の【血縁者】じゃないって……」
動揺どころか、後頭部をハンマーで殴られたような衝撃を感じるマークト。
それに躊躇いながら、セドリックは応じる。
「あ、あらあらー。
え、えぇと……エルフの【固有スキル】って言っていいのか……。
ほ、ほら、エルフって、基本的に個体数が少ないでしょうー?
そう言う生き物って……特殊な【嗅覚】をもっているのよねえー。
というより……【人間が進化の途上で失った能力】というか……【人間以外なら持っている能力】というか……」
「な、なんなんですかっ、その【能力】って!?」
「え、えぇと……」
マークトの追及に、視線を反らすセドリック。
「え、えぇと……繁殖力の低い野生生物とか、狼とかにもよくみられるんですけどー。
例えば……目の前の対象がガンや糖尿病なんかの【病気にかかりやすい家系】かどうかとかー、血統的に【近親者】じゃないかどうかとかー、それを【嗅覚】だけで判断できるんですー。
いわゆる【フェロモン】がある程度遺伝情報も伝達するっていう説もありましてー、いわゆる【恋】というものの原因じゃないかって人もいましてー。
【日本】で【ガン探知犬】って聞いたことないですかー?
当然、エルフも実際【繁殖力が低い】ですから、同じような【機能】があってですねー。
で、マークトさんとあのお二人を【嗅覚】で比較してみて……そういう結論に至ったわけですー」
「そ、そんな、バカな……あ、あの二人が、僕の妹じゃなかったなんて……」
セドリックの言葉に……マークトはそう呟いていた。
「(妹だと思っていたら、他人だったなんて……。
そ、それって、まるで……)」
衝撃を受けるマークト……しかし。
マークトが、衝撃でその場に崩れ落ちることは無かった。
なぜならマークトには……ある心当たりがあったからだ。
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転生前はゲーム大好きだったマークト……その脳裏には、あるパワーワードがよぎっていた。
【全員孕ませEND】。
とある業界ではある意味【テンプレ】というべきその力強い豪快な単語に、マークトはため息をつきながら、ぺちん、と自らのおでこを叩いていた。
【テンプレ】転生者、マークト・ケィ・ドゥーイン。
その【テンプレ】という言葉が、波乱万丈の人生を送る自分の人生を、【さらに】どこに導こうとしているのか。
急に不安になったマークトは、そのままもう一度ため息をついていた。




