追及
妙に色っぽい、三人の湯上り美人がそこにいた。
もともと色素の薄い肌がピンク色になるほどに上気し、先ほどからため息のような大きな呼気を吐いている。
「「「……ふぅ……」」」
片手を床についてくたっと膝を崩し、脱力したように呼気を吐く姿は……まるで事後のようだった。
と言っても、梶田邸の浴室でいかがわしいことが行われた訳ではない。
要するにヒロインズは生まれて初めて『お湯に長時間漬かる』という経験をし……加減が分からないままのぼせ上ってしまったのだ。
それは外国人が日本の旅館や温泉に泊まった時によくある、あるあるの一つだった。
風呂場におけるのぼせ……これも一種の熱中症である。
過熱した身体の冷却のために体中に血液を巡らせすぎて血圧が低くなる、放熱の為に汗をかきすぎて水分やミネラルが不足するなどの理由で脳や筋肉が機能不全を起こし……最悪は意識まで失う熱射病に至る。
日本式の風呂になれた【日本人】には考えられないことかもしれないが……風呂場でぶっ倒れるガイジンさんは、結構いるのだ。
その三人の姿を見下ろしながら、マークトは呆れたように声をかける。
「全くお前らは……いくら珍しいからって、のぼせるまで湯船につかるなよ……」
「だ、だって……気持ちよかったんだもん……」
上気した顔で恥じらいを見せながらいう爆乳ツインテさん。
「……同じく……」
「……くっ……『お湯で体を洗う』という事が……こんなに気持ち良いことだとは思わなかった……」
爆乳ツインテさんと同じような様子で、追随する妹ズ。
なお……ヒロインズの現在の服装は、梶田邸のタンスに収納されていた衣類。 だがしかし、個人宅のタンスにしてはその種類やサイズは充実していた。
もしかしたら、こういう【よその人を急に家に泊める】機会が多いためかもしれない。
ちなみに……マークト一行が着ていた【異世界】の衣類は、【乾燥機能付き斜めドラム式全自動洗濯機(六.〇kg)】が全力で洗濯中だった。 化繊ではなく綿や麻で作られた衣服、きっとふんわりやさしく仕上げてくれるだろう。
その【静音型】の静かな駆動を横目で見てから、マークトは続けた。
「まあ……初めてだったし、しょうがないか……。
ほら、セドリックさんから【麦茶】を貰ってきたから……」
その言葉通り、マークトの両手には【麦茶】が入った容器(よく素麺つゆとかが入れてあるアレ)と人数分のコップがあった。
ガッ!! ガッ!! ガッ!!
マークトが麦茶を用意するたび、そのコップはヒロインズたちに勢いよく奪われていった。
そして……ヒロインズは一気に飲み干す。
「く……くうぅ~~!!」
「……こ、これは……っ!!」
「……キンッキンに……冷えて…る……っっ!??」
おそらく、その時々の井戸や河川の水温以下の飲み物を飲むという初めての経験をしたはずのヒロインズ。
まるで過酷な地下労働から解き放たれて冷えたビールを飲んだとある青年のような様子で、叫んでいた。 …ざわ…ざわ…。
ちなみにマークトは一番風呂でサッパリ済みだった。
もう一度三人分の麦茶を入れてから自分の分の麦茶を入れ、それにゆっくり口をつけるマークト。
必然的に、一行に沈黙が舞い降りていた。
ヒロインズは、二杯目の麦茶を味わう余裕ができたこともあるし、マークトも……十五年ぶりの麦茶をゆっくり味わっていたからだった。
そのマークトに、静かな口調で声をかける者がいた。
幼馴染の少女だった。
「ねえ……マークト。 この村は……なんなの?」
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ぴくん。
その静かな問いかけに、マークトは一瞬身体を固くした。
いや、身体だけではなく、思考も一瞬固まってしまったともいえる。
なぜなら幼馴染の問いかけは……彼自身の【秘密】に対するものでもあったからだった。
幼馴染は問いかけを続ける。
「この、異常に冷たい飲み物もそうだし……あの、お湯が出てくるジャグチ? ……も、そう。
あのカジタというエルフや彼がテイムしていた【トラクター】の事も、マークトは知っていたようだし。
そして何より……【言語】。
私たちが知らない【言語】を……あなたたちは使っていたわ。
あのエルフたちと。
この【不可思議なモノばかりある村】に住む住人と、【同じ言語】を。
マークト……これは一体、どういうことなの?
もしかして……あなたには、私たちが知らない秘密があるの?
もしかして……あなたには、私たちに話せない秘密があるの……?」
十五年間共に過ごし、苦楽を共にした幼馴染からの……それは静かな、真摯な問いかけであった。
「………………………」
【転生者】マークトは……その問いかけに応えなかった。
答えることができなかったからだった。




