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セドリックさん

 【ハーフエルフ】と呼ばれる存在が、そこにいた。


「あらあら……ええと、お帰りなさい? いらっしゃい?


 どっちを先に言えばいいのかしらー」


 勝手口をくぐった先、台所にいたのはまさしく新妻エプロンと言った出で立ちの梶田の娘【セドリック】は、くりんと首を傾げながら一向に声をかけていた。


「おかあさん、ただいまー♪」


 ずどんとそのエプロンに飛び込んでいったのは、勿論さくら。


 さくらの『どかっ!!』と全く遠慮のないタックルを短い呼気を漏らして受け止めながら、セドリックはさくらの頭をぐりぐり撫でる。


「お、おふっ……こっちは『お帰りなさい』ね。


 ええと、後のみなさんは、『いらっしゃいませ』でいいのかしらー?」


 のんびりのほほんとした口調のセドリックに、バイオレンスハゲエルフが横から突っ込む。


「……見りゃ分かんだろ。


 新入りだ。


 【日本人】の【マークト】に、その一行だ」


 簡素だが的確なその紹介に、セドリックは大きく頷く。


「あらー、それはそれは大変でしたねー。


 【遠い所】から、ようこそお越しくださいましたー」


 そう言いながらセドリックは、ぺこりと大きなお辞儀を見せた。


「じゃあ俺は村長ん所に行ってくるからな。


 セドリックはこいつらに風呂と飯をふるまってやれ」


 風呂、と聞いてマークトは色めき立った。


「(日本式の風呂!? すげえ、これも15年ぶりだ!!


 こっちの世界じゃ……まあ石鹸はあるんだけど、水浴びがせいぜいだ。


 風呂文化もないから、タオルもバスタオルもないし。


 ああ、僕……垢すりタオル派だったよなぁ……懐かしいなぁ)」


 無意識に、うきうきした表情を見せるマークト。


 その表情に、セドリックはにっこり笑顔を見せた。


「ああ、そうですねえー。


 良かったら、先にお風呂に入っちゃってくださいねー。


 すぐ準備しますからー」


「は、はい!! ありがとうござ……」


 そこまで言ったところで、マークトはふと我に返った。


 いくら何でも、知らないお宅でお風呂を借りるなんて……慣れ親しんだ自宅や友人宅ならともかく、あまりにも図々しいような気がした。


 まして自分は……泥だらけだというのに。


 遠慮が先行したのは、マークトの根っこがあくまで【日本人】だったからだ。


「い、いえ……さ、さすがにお風呂までいただくなんて……厚かましいですよ……」


「御遠慮なさらなくってもいいですよー」


「いえいえ! そういう訳には……」


「構いませんよー?」


「いやいや! 悪いですって!!」


 日本人固有の、社交辞令の応酬が繰り広げられていた。


 そのやり取りはしばらく続き……その光景にため息をついてから、バイオレンスハゲエルフが割って入った。


「いいから、さっさと風呂に入ってこい。


 じゃないとお前……ちょっとひどいコトを言うぞ?」


「……え?」


「わからねえか?


 俺たちは【日本人】……基本、毎日風呂に入ってんだよ」


「はぁ……」


「お前、最後に風呂に入ったのは、いつだ……?」


「あ……」


 そこまで言われたところで……マークトは、梶田が言っていることにやっと気付いていた。


「(なるほど、日本人特有の【婉曲的表現】だな。


 要するに……俺たち、ちょっと臭いってことか。


 確かになぁ……衛生に関する概念自体が、【日本】とこの世界は違うしな。


 僕もこっちに来てだいぶ慣れちゃったけど、この人たちは現役で【日本人】なんだよな……エルフとハーフエルフだけど。


 ……そう言えば昔、タイムトラベル物の映画でネタになってたな。


 【現代人と過去の人間の恋愛は成り立たない】って。


 確かに【日本人】の感覚じゃ……生まれてから一度も歯を磨いたことがない人間なんかとチューもできないだろうしなぁ……)」


 思考がそこに至って……マークトはため息をついた。


「えぇと……すいません。


 ありがたく、頂戴いたします………」


 大きく頭を下げながら言うマークト。


 その言葉に満足そうな表情を見せる梶田親子だった。


「(……あれ?


 この人たちもしかして【日本人】じゃなくて……噂に聞く【京都人】ってやつじゃないか?)」


 思考の片隅で、マークトはそんなことを思うのだった。

 大丈夫、【京都人】ならすでにお茶ぶぶ漬け出してる(偏見)。

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