異世界日本人村
農道から続く道は、途中の二メートルほどの用水路を跨ぐ低いコンクリート橋を超え……住宅地に至ろうとしていた。
「す、すごい……こ、この橋……どう見ても繋ぎ目がない。
きっと、一つの巨石を削ったのね……それにしても、こんなに滑らかに、なんて……」
ツインテさんがテーラーの荷台の上から、視界の後方に流れて行くコンクリート製の橋を視線で追いかける。
その背中に、妹ズが声をかける。
「姉、橋だけじゃない。
ここに来るまでの道……ずっと滑らかだった」
「姉、きっと細かく砕いた石の上に、ニカワのようなものを塗っているんだと思う。
その労力はともかく……相当の費用が掛かっていると思われ………」
おそらくは舗装道路のことを言っていると思しき妹ズ。
実際、三人が載るテーラーの荷台は、サスペンションなどついていないにもかかわらず、路面からの大きな振動を受けることは無かった。
「もーすぐさくらとおじいちゃんのうちにつくからね♪」
テーラーを運転しながらニコニコと振り返るさくら……そこに背後からじぃじの制止の声が響く。
「だから、さくら!!
運転中によそ見するんじゃねえ!!」
「はーい♪」
怒られているのに、嬉しそうに応じるさくら。
ロリペド糞野郎が居たら、真っ先に被害に遭いそうな純真な笑顔だったが……何故か、そうならなかった。
マークトが、テーラーの荷台の上から眺める景色に心を奪われていたからだ。
「日本だ……日本だ、ここは……」
目の前の光景にマークトは……眼球を真っ赤にしながら、身体を打ち震わせていた。
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村の外れから梶田邸へ向かう、その途上だった。
食事に招くという梶田に導かれ、さくらの運転するテーラーに乗ったマークト一行。
そして一行は……【異世界日本人村】の住宅地に至ろうとしていた。
それは、日本の都心部には見られないが、地方、特に兼業農家が多い地域によくみられる光景であった。
県道か町道と思しき、車が何とかすれ違える程度の幅の道……その両脇に生活排水路も兼ねた側溝があり、また住宅が道路に沿って立ち並ぶ。
それぞれの住居は木造二階建てが多く、また庭付き駐車場付きで、その敷地は都心部の住宅地では考えられないほどの広さがあった。
その庭も……大昔は田んぼだったのだろうか、保水力が高く庭の景観の為に置かれた岩や石壁がほどよく苔生している。
そしてその家の裏側は……山か畑か田んぼ。
長い歴史の中……広大な土地の川沿いに一本の道ができ、そこで集落が時間をかけてゆっくり発展していったという事がすぐ理解できるような土地だった。
それは日本のどこにでもある、地方集落の光景だった。
立ち並ぶ家々の外装は……昭和後期、と言ったところか。
鉄筋三階建ての建物はなく、ほとんどが瓦葺きで……中には大正時代からあるのではないかと思しき建物もあった。
わりと住宅の密度が高いようだった。
人口的には三~五〇〇人というところであろうか。
のんのん、というほど鄙びてはいないようだった。
「懐かしいなぁ……。
うん……父さんの実家とか、母さんの実家とか、こんな感じだったなあ……」
目を潤ませながらマークトは、一五年ぶりに見る日本の光景
に、声を震わせていた。
「……そんなに懐かしいか」
郷愁に打ちのめされていると思しきマークトに、梶田は……意外なほど優しい口調で声をかけていた。
「………はい。
なんていうんですかね……もう二度と、見ることはないと思っていましたよ、こんな光景。
はは……祖父ちゃん婆ちゃんや叔父さん叔母さん、伯父さん伯母さん、従兄弟たちの顔も忘れかけてるのに。
初めて来た場所なのに……なんか、実家みたいに思えてきますよ」
感無量、と言った体のマークトだった。
そんなマークトに……梶田は、静かに、続ける。
「……そうか。 まあ、男なんてもんはそんなもんだ。
年を食って価値観が変わって、どんなに贅沢しても偉ぶってても………昔の事は、変わらず大事に思うもんだ。
そういうことに涙を流せるようになって……初めて一人前になったともいえる。
ありがちなセリフだが……最近になって、俺もそう思う事はあるぜ」
「………そう、ですか………」
「…………」
「…………」
そして二人の間に沈黙が舞い降りた。
梶田が言葉を継がなかったのは、郷愁に打ちのめされるマークトの姿に感じるものがあったためだった。
マークトもまた、言葉を継がなかった。
それは……郷愁に呑まれていたという事もある。
ただ、マークトは……【あること】が非常に気になっていたのだった。
マークトは………それを口にはしなかった。
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「(ていうか……せっかくの懐かしい【日本】の光景なのに。
振り返ればそこにエルフがいる、て。
だいなしじゃん………いろいろと。
そこへ来てバイオレンスでハゲだし)」
一応マークトには……それを口にしないだけの分別はあった。
そして一行は、梶田邸に到着した。