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狩人エドワード

 

 エドワードは精神を研ぎ澄ませていた。

 弓につがえた矢がキリリ……とかすかに音を立てる。矢の狙う先には、一体の小さな魔物がいた。

 兎に似たその魔物は弓矢の発するわずかな音を捉えたのか、長い耳をピンと立てると、音の出どころを探るように周囲をキョロキョロと見回しはじめた。もし、森の木陰にまぎれて弓矢を構える狩人の姿を見つけたら、即座に逃げ出してしまうことだろう。


 しかし、構えるエドワードの顔に、焦りや慌ての感情はいっさい見られなかった。彼は射る姿勢をまったく崩すことなく、いっそ愚直ともいえるほどに微動だにしない。

 熟練の狩人であるエドワードは、身にしみて知っていた。急な動きは、かえって獲物に自身の存在を悟らせる。「射る」から「隠れる」といった、意識の切り替えと行動は、獲物と狩人の間に満ちる気配や雰囲気といった空気に微妙な変化を与えてしまう。野生の獣はその空気の変化を敏感に感じとり、敵の存在に気づくのだ。相手が魔物であろうと、その習性は変わらない。


 ややあって、魔物の辺りを探るような動きは止まった。長い耳は伏せられ、どうやらエドワードの存在は看破できなかった様子が見て取れる。魔物は安心したように、再び地に生い茂る草を食みはじめた。

 その光景を目にしても、エドワードは安堵の息を漏らすこともなく弓を構え続けた。その双眸はまっすぐに、魔物だけを捉えている。意識の全ては、矢を射ることに向けられていき、耳から入る音が雑音として聞き流され、小さくなっていき、やがてはそれすら聞こえなくなった。

 魔物に矢が命中する瞬間がイメージとして頭に浮かぶ。

 集中が高まる内に、心の中の雑念が消えていくのが分かった。いつの間にか呼吸は止まり、瞬きも忘れ、心が無の境地へと至った瞬間、自然と矢をつかむ指が離れ――


(いや、腹が減ったな)


 矢は外れた。

 エドワードが、ハッと意識を取り戻した時にはもう遅く、魔物は脱兎のごとく逃げ去っていくところだった。すぐさま二の矢をつごうとするが、魔物は茂みに飛び込んであっという間に姿をくらませてしまう。

 エドワードは諦めて弓を下ろした。雑念が混ざった以上、どうせ当たりはしないだろう。


「なぜあの場面で外す……! なぜあの瞬間で空腹が頭をよぎるんだ……!? せっかくの宝石兎(カーバンクル)……!」


 だが、悔しがることは悔しがる。

 エドワードは狩人である。

 普段は迷宮(ダンジョン)の魔物を狩って、その魔物が落とす素材(ドロップ)を売却したり、組合(ギルド)が仲介する依頼を達成したりして生活の糧を得ている。

 そんな彼だから、遭遇する可能性が極めて低い魔物に出会えた幸運には感謝するし、みすみす取り逃がした不運に嘆くのは当然であった。その魔物が狙いの魔物であればなおさらだ。


『うン? 君、迷宮行くのかイ? なら、ちょっくら宝石兎を狩ってきてくれるかナ? 君ならそう難しくもないだろウ? 素材を次の実験の触媒として使いたくてネ。ああ、無理だったらいいよ、諦めるからサ』


 友人にそんな風に言われたら引き下がれない。エドワードにだって意地やプライドはある。


「……今日だけ、狩人辞めようか」


 意地も永遠に張り詰めてはいられなかった。

 宝石兎はとかく遭遇しにくい、素早い、すぐ逃げるという三拍子揃った実に狩人泣かせの魔物なのだ。実際、エドワードが宝石兎を求めて迷宮に滞在し、一週間近くが経過していた。それだけの時間をかけて、ようやく見つけた獲物に逃げられたのだ。意地を張るのも疲れてくるというものだ。

 そもそも迷宮に来た本来の目的である組合の依頼は、すでに達成済みなのだ。あとは友人の個人的な依頼だけ。極論、見つからなかった、と言って帰ってもいい。


『おやおや、エディともあろうものがこの体たらくかイ? まあ少々難しかったか、ごめんごめン』


 にやにや笑いながら、友人はきっとそう言うのだろう。経験に裏打ちされた堅実な予想だ。

 事実、これまでのエドワードの勝率はけっして高くはない。可能不可能の境界線を見事につく友人の依頼に敗北を喫してきた。依頼が達成できず迷宮に滞在する内に、矢の残数や食料が心もとなくなり、見つからない魔物や手に入らない素材に心が折れかけ、やむを得ず撤退を余儀なくされてきたのだ。

 エドワードは腹をさする。胃袋が物足りなさを訴え、集中が途切れたのが今回の敗因だ。手持ちの食料は残り少なく、節約しながら食べていたのが裏目に出た。前回までの彼ならここで諦めて地上に帰還し、友人に屈辱の報告をしていたかもしれない。

 だが今回は違う。彼には、一つ心当たりがあった。空腹を満たし、気持ちを切り替えるための手段が。幸い、場所もここからそう遠くないはずだ。

 ……もし、あの出来事が夢だったらどうしようかな? とエドワードは思ったりもしたが、もし記憶違いだったらその時はその時だ。諦めて地上に帰り、友人に敗北宣言しようと心に決める。


「……よし。食事に行こう。美味いものを食べて、気分を変えよう」


 失敗は空腹のせいだ、腹さえ膨れれば問題ない。気分も晴れるに違いない。

 そう判断して、エドワードは森の奥に向かって歩き出した。茂みをかき分け、梢を突っ切り、朽ちた古木のトンネルをくぐり抜けて、道なき道を進んでいく。その足取りには迷いがない。

 しばらく歩き続ける内に、周囲の景色に変化が生じていった。森を構成する樹々が、緑のカーテンのように葉を繁らせる広葉樹から、鋭利な刀身を束ねたような葉の針葉樹へと変わったのだ。首が痛くなるくらいに見上げねば頂点が見えないほどに高く、大の大人が十人手を繋いでもなお届かないほどの太さをあわせ持つ樹木が無数に立ち並ぶ。


 記憶をなぞるように慎重に進み、やがてエドワードは一本の樹の前で立ち止まった。目的地はこの樹に空いた(うろ)の中だ。

 エドワードは樹をよじ登ると、洞に身体をもぐり込ませる。

 ――ガッ


「ぐえっ!?」


 何かに後ろから引っ張られたエドワードはついバランスを崩し、勢い余ってつんのめってしまう。


(何だ!? 魔物か!? 攻撃された!?)


 振り向くと、背負った長物が洞のへりに引っ掛かっているのが見えた。背負い革紐がピンと張って、持ち主から離れない役目を立派に果たしている。

 友人から『餞別だヨ』と渡された武器だ。


『通称は雷火の杖。正式な名称はまだないから、適当に名前をつけてくれるかナ。よければ使ってみてくれたまえ、試作品だけど性能は受け合いだからサ。あとで感想とか教えてくれると嬉しいネ』


 なかば強引に渡され、実際に使って試してみたが、お墨付き通りにその威力は凄まじかった。普段使う弓矢が比較にならないほど強力で、使用回数制限といくつかの欠点さえなければ、先程の宝石兎にも使っていたかもしれない。

 だが、今現在、引っ掛かってエドワードの進行を思いっきり邪魔している雷火の杖が、にやにや笑う友人の顔に見えてくるのは被害妄想が過ぎるというものだろうか。


(……そういえば、前回ここに入った時はこれ持ってなかったな)


 何とも言えない気持ちになりつつ、エドワードは引っ掛かっていた杖をずらして、弓と共に小脇に抱えるように持ち直した。

 改めて入り込むと、狭い入り口の奥には拓けた空洞があった。空間の中央にはテーブルと椅子が設置され、まるで家屋の一室のような様相だったが、どこか廃墟を覗いたような寂しい印象を見る者に受けさせる。樹洞内部には光が射し込んでおり、ポツンと置かれたテーブル席を白く照らし出していた。


「あった……、ここだ……!」


 エドワードが、最初にこの場所を見つけたのは単なる偶然だった。

 以前、石像の魔物に襲われ、身を隠そうとした際に運良く発見したのである。テーブルに触れた彼は、気づけば不思議な店の中に移動していたのだ。迷宮で冒険者に料理を振る舞うという、なんとも奇妙な料理店に。

 そして、今再びエドワードはそこに入店しようとしていた。かつての行動をなぞるように、塵一つ見当たらない綺麗なテーブル席に静かに触れる。

 瞬間、彼の視界がぐにゃりと歪んだ。


 反射的に目を閉じ、すぐに開く。たったそれだけのわずかな時間で、瞳に映る光景は別物になっていた。

 目に飛び込んでくるのは、樹の洞とは比べ物にならないほど広々とした空間だ。しかし、がらんどうな印象は感じられない。規則正しく並べられた木目調のテーブルと、優しく照らす淡いランプの光が来店者を暖かく迎え入れている。

 店内に立つエドワードに気づいたのか、店の奥から白いコックコートの人物が現れた。


「いらっしゃい――あれ? お客さん、以前もいらした方ですよね?」

「……ああ、前に一回だけ。夢じゃなくてよかった」

「二回目に来たお客さんは、大抵そう言うんですよね。あ、お好きな席にどうぞ」


 店主に促されるままに、エドワードは手近なテーブル席の一つに腰を下ろした。荷物を下ろし武器を脇に置いて、椅子に深く身をあずける。店内に満ちる暖かな雰囲気に包まれたことも相まって、まるで地上の料理店にいるかのような安心感だった。とても、この店が迷宮の中にあるものとは思えない。

 もっとも、以前店主がそう言ったのを聞いただけで、実際に正確な所在地を確かめたわけでもなかったが。


「ご注文が決まったら伺いますので。では」

「あ、いや、注文はもう決まってるんだ」


 去ろうとする店主を呼び止めて、エドワードは料理を注文する。告げたのは、前回も頼んだ料理の名前だ。


「わかりました。少々お待ちを」


 今度こそ、店主は奥に下がっていった。

 注文を終えたエドワードは、おとなしく座って料理を待っていた。けれどその内に手持ちぶさたになってしまったのか、傍らの弓と杖をいじり始める。まるでごまかすように、二つの得物の調子を確かめた。

 しかしどうにも待ち遠しくて、気持ちが弾むのは抑えられなかった。何せこの一週間、彼の食事といえば固いパン、または焼き固めたビスケットという保存に適した食料が主であった。腹持ちがよくても満腹感は得られないし、出来立ての料理特有の暖かさもない。

 だが、もうすぐ食べられる食事にはその心配がないのだ。

 保存食ではない、出来立ての料理を迷宮探索の途中で食べるというこのうえない贅沢に、エドワードは自然と口元が期待にゆるむのが止められなかった。

 幸い、といっていいのかは分からないが、どうやら彼以外の客はいないようでどの席も空いている。この様子なら、にやける口元を誰かに見られることもないだろう。


「お客様」


 エドワードは、キュッと口元を引き締めた。

 どこからどう見ても、凛々しい狩人そのものである。にやける口元など、一切見受けられない。


「お待たせいたしました。こちら、ご注文の料理でございます」


 いつの間にか、彼のすぐそばには表情の乏しいウエイトレスが立っていた。

 人形のように整った美貌を持つ彼女は、客がどんな顔を浮かべていようと興味はない、と言わんばかりの無表情でテーブルに料理を配膳する。


「では、ごゆっくりどうぞ」


 ウエイトレスが間違いなく奥に下がったのをきちんと確認してから、エドワードは置かれた料理に目を移した。

 大きな皿の上には、黄色い草原に覆われたなだらかな丘陵が築かれていた。表面には、芳醇な香りを漂わせる深い黒茶色のソースがかけられており、その上から更に、緑が混ざった鮮やかな白色のソースが波を描くようにかけられている。

 彼の好物、オムライスだ。


(ああ、腹が減ったな!)


 立ちのぼる香りが、否応なしに食欲を刺激する。途端にグゥ、と腹が鳴った。

 確かな空腹をはっきりと感じ、エドワードは口の中にわき上がる唾を飲み込む。

 さっそく手にしたスプーンを突き立て、一口分をすくいとった。


(たまらないな、このふわふわの卵……!)


 普段食べているオムライスの卵が厚手の毛布なら、この卵はまるで軽やかな羽毛布団のようだった。すくいとられた卵の隙間からは、艶々と輝く米や具材が垣間見える。

 スプーンの上で中身を優しく包み込んでいるそれを、エドワードはおもむろに口に含んだ。


(毛布は毛布で美味しいが、この羽毛布団も捨てがたい!)


 口の中にもたらされる、とろふわの卵の食感がたまらない。あっという間にほぐれた卵から、中身がこぼれ落ちるのが分かった。

 しっかりと炒められた米の一粒一粒から香るのはバターの風味だ。口の中いっぱいに広がり、いっそ暴力的なまでに彼の食欲をますます刺激させる。


(うん、このあと引く美味さならいくらでも食べられそうだ!)


 さらに一口、もう一口とスプーンを動かしていく。その度に、小さく均等な大きさに切り揃えられた具材が彼の舌を楽しませてくれた。

 人参はやわらかく、ほんのり甘い。

 しんなりとした玉ねぎはバターの風味と合わさって、絶妙な調和を創り出す。

 薄く切り分けられたキノコは味が凝縮され、クセになる味わいで。

 塩気のきいた鳥肉はキュッと引き締まって、やわらかな歯応えの米と野菜の中、噛み応えと溢れる旨味で存在感を主張した。


(これだけでも十分に美味いのにかけられてるソースもまた!)


 まんべんなくかけられているのは、煮込まれた肉と野菜の旨味で熟成されたソースだ。米と具材と卵。それら三つを一つにまとめあげ、全体に重厚なコク深さを与えている。

 さらに、白いソースが時折もたらすまろやかな後味がアクセントとなり、重厚ながらいくら食べても飽きがこない。

 エドワードは夢中でスプーンを動かした。


(ああ――この店を探しにきて正解だった!)


 しばらくして、スプーンが最後のひとかたまりをすくいとる。空っぽの皿にはもう卵の一欠片、米の一粒も残っていなかった。最後の一口を存分に味わい、飲み込むと、口からほう、と息が漏れた。

 料理を完食し、腹が膨れた満足感に包まれた幸せなため息だ。


「美味かった……!」


 しばし食事の余韻に浸るように座っていたが、腹がこなれてきた頃にエドワードは席から立ち上がった。

 もう少しゆっくりしようか、という心の誘惑を振り払い、店の奥に声をかける。


「すまない、支払いを頼めるか」

「はい、少々お待ちを」


 やってきた店主に料理の代金を支払うと、エドワードは帰り支度を整え始める。といっても、荷物を背負い、脇に置いていた武器を持ち直すだけだったが。

 ふと、エドワードはあることを思い出し、店主にたずねた。


「そういえば、今回も頼めば地上に送ってもらえるのか?」


 前回は送ってもらえた。食事を終えたエドワードが、魔物に追われて逃げ込んだことを店主に話すと、「じゃあ、地上に直接お送りしましょうか? 別途、お代はいただきますけど」と言われたのだ。半信半疑で承諾すると、嘘偽りなくその場で地上まで一瞬で転移させられた。夢でも見ていたかと疑うほどの衝撃だった。


「出来ますよ。料金は別にいただきますが」

「ひょっとして、今回も弓を?」


 前回、転移の別料金として請求されたのはカネではなくモノ――仕事道具の弓だった。

 ひょっとして弓愛好家か? などとわりと失礼なことを考えたが、そんなことはなく店主は首を横に振る。


「いえ。今回お代としていただくなら、そちらですね」


 そう言って店主が指差したのは、友人から渡された餞別――雷火の杖だった。


「これを?」

「はい。どうします?」


 エドワードは少し思案する。

 まだ地上に帰るつもりはないし、この武器は友人からのせっかくの贈り物だ。代金にするのは少々ためらわれる。


「いや……今回はいいよ」


 結局、エドワードは断った。


「今回は追われてきた訳じゃないから、大丈夫だ」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



 大丈夫じゃなかった。

 樹洞から少しだけ顔を出すと、眼下には見たくない魔物の姿があった。


 猛禽類の如き鋭い嘴。背から生えるのは、名工の職人技で彫られたような躍動感あふるる曲線を描く翼だ。灰色の肌は石のような質感でありながら、命を宿して動いている。

 生きた石像の魔物、邪心石像(ガーゴイル)である。


「まさか、前に俺を追っかけたのと同じ個体じゃないよな……」


 少し離れた樹々の根元をうろつく石像の魔物を見て、エドワードは思わず呟く。このままのこのこと下に降りたら、まず間違いなく見つかるだろう。

 弓矢を主武器とする彼にとって、矢を弾く石の身体を持つ邪心石像は天敵だ。鈍重でありながら、飛行能力も有しているのでタチが悪い。かつて追いかけられた苦い記憶が頭に浮かぶ。


『この雷火の杖は自信作でネ。貧弱な弓矢とは比べ物にならない威力だヨ。もし、次に邪心石像に出くわしたら使うといイ』


 と同時に、友人の言葉も頭に甦った。


「………………よし」


 深呼吸したエドワードは雷火の杖を構えた。

 その先端を魔物に向けると、普段弓矢を構えるのと同じように精神を研ぎ澄ませていく。

 石像の魔物は、樹上で狙いをつける狩人の姿には全く気づいていない。ドスンドスンと重量感漂う足音を立てて歩き回っている。なまじ優れた防御力を持つ魔物は、その頑強さに頼るために自分に向けられる意識や視線を察知する能力が鈍る傾向がある。


 しかし、構えるエドワードの顔に、喜色の感情は見られなかった。彼は姿勢をまったく崩すことなく、いっそ愚直ともいえるほどに微動だにしない。


 ややあって、魔物の動きが止まった。一本の針葉樹の前で立ち止まると、まるで品定めするかのように眺めはじめる。その内、鋭い鉤爪を研ぎ直すように木肌に擦り付けはじめた。

 標的が立ち止まる千載一遇の好機を目にしても、エドワードは安堵の息を漏らすこともなく杖を構え続けた。その双眸はまっすぐに、魔物だけを捉えている。意識の全ては、命中させることに向けられていき、耳から入る音が雑音として聞き流され、小さくなっていき、やがてはそれすら聞こえなくなった。

 魔物に攻撃が命中する瞬間がイメージとして頭に浮かぶ。

 集中が高まる内に、心の中の雑念が消えていくのが分かった。いつの間にか呼吸は止まり、瞬きも忘れ、心が無の境地へと至った瞬間、自然と杖から攻撃は放たれ――


 空腹が頭をよぎることはなかった。


 攻撃は当たった。

 集中を解いたエドワードが杖を下ろすと、眼下では、生きた石像の魔物が、砕けた石の残骸と成り果てているのが見えた。


「やっぱりとんでもない威力だな、こいつは」


 宝石兎にも使えればよかったのだが、強力な魔物に対する切り札と考えるとやはり使用はためらわれる。使用回数に限りがあるので、いざという時使えないのでは意味がない。

 とはいえ、邪心石像に怯えなくてすむのは素直にありがたかった。 いまだ攻撃時の熱をわずかに宿した雷火の杖が頼もしく見えてくる。素晴らしい贈り物をくれた友人に感謝の気持ちもあった。


「さてと、礼代わりにアイツにちゃんとお土産を用意しないとな」


 ――ガッ


「ぐえっ!?」


 エドワードはつんのめった。

 

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