転生したところで貧乏料理人の俺はお金持ちのお嬢様には敵わない
最近のはやりに乗っかってみました。よろしくお願いします。
世の中は金である。それは、ここ、ドラゴンやら魔法やらエルフが存在する異世界でも変わらない。神様の都合やらなんやらで異世界に転生することになった田中剣侍もといマッケンジー・ミドル・ライスフィールドはそれを身をもって体感していた。
「金がない。それだけのことでなぜここまで世の中ままならないのか。」
マッケンジーこと俺は、目の前に広がる理不尽に頭を悩ませていた。そう、食材が用意できない。前世で三流とはいえ料理人だった俺は知識チートによりこの異世界で並ぶ者のいない最高の料理人となるはずだった。
料理は料理人の腕によって決まる。それは否定のできない事実ではある。しかし、それ以前に食材の味が悪ければまずい料理が完成するのだ。
例えば、肉。筋だらけ、脂身だらけのオークの肉が手に入った。筋をどうにかするために煮込んでみた。どうなったか。脂身が溶け出して筋だけが残った。そして、筋が硬いままだった。
料理人なら工夫でどうにかしろと言うが、工夫をするためには調味料やら調理器具が必要なのだ。それを用意するには何が必要なのか。そう、お金です。経済力です。
そして、お金があるならば、そんな低レベルの食材を工夫する必要などないのだ。素人でも焼くだけ炙るだけでおいしい最高級の食材を使用すればいい。
一流の料理には一流の食材が必要であり、それを用意するためには金がいる。そして、俺には金がない。
お金がなければ稼げばいいじゃないという至極真っ当な理論のもと、何か元手を抑えた料理はないかと考えた俺は、ある料理にたどり着いた。それは、かき氷である。
井戸から水を汲んでそれを魔法で凍らせて売る。これ以上の考えは、俺には浮かばなかった。さっそく、かき氷機をつくってもらおうとドワーフのおっさんに頼んでみたところ、金がないなら帰れという有り難いお言葉をいただいた。
途方に暮れた俺は、ダメもとでグルメなお嬢様がいると噂の豪商の元を訪れた。自分の企画を売り込もうと必死になって、かの大商人に会わせろという分不相応なお願いをしたが見事に門前払いをされた。
それでも諦めきれずに何度もお願いしに行ってみたところ、大商人様に話が伝わり、その娘さんが興味を持つという奇跡が起きた。
話し合いの結果は、かき氷機は作ってもらえるが、それは商会の商品としてであり、自分に出資してもらえるわけではなく、特許料すらももらえないという大敗北もいいところなものになった。
かき氷機だけを抱えて涙を飲んだ俺であったが、かき氷の決め手になるものはシロップであると一念発起して頑張ることにした。今に見ていろ大商人と異世界知識と執念でフレーバーとシロップの調合を成功させた。
満を持して発売したかき氷の売れ行きは芳しくなかった。強力なライバルが台頭してきたためである。例の商会から発売された商品、それは金の力により品種改良された果物を凍らせてつくったシャーベットである。
俺の発案したかき氷機によって生み出されたそのシャーベットは、氷による水増しなどほとんどなく、果物そのままといった感じの高級感あふれたものだった。
ライバルの味を知らねばと、試しに桃のシャーベットを買ってみたところ、そのあまりの美味しさにほっぺたが落ちるかと思った。
冷凍した果物を削るというその発想、ほどよいシャリシャリ感に品の良い桃の甘さ、ごろごろと出てくる冷凍された桃によるアクセント、シロップはほとんど使われていないが、シロップを使うことがむしろ邪魔になりかねない完成された甘さのハーモニー。
またしても完敗だった。多少の値は張るがそちらに客が流れるのも納得の出来だった。お金のない近所の子どもたちとシロップの量で言い争いをしている俺に勝てる相手ではなかったのだ。
シロップがなくなったら別の稼ぎを考えなければと途方に暮れる俺だったが、いつもの子どもたちではなく、育ちの良さそうな女の子がお付きの人に日傘を差してもらいながら近づいてきた。
「すみません。このイチゴのかき氷をいただけませんか。」
そのお嬢さんの言葉に文句を言われるのではないと安心したが、自信をなくしていた俺はシャーベットと勘違いしているのだろうと思った。
「ごめんなさいね。お嬢さん、いま話題の高級シャーベットと間違えてないですか。うちのは、水を凍らせただけの質素なものだから。」
「いいえ、間違えていませんよ。私はかき氷というものを食べてみたいのです。」
物好きなお嬢様もいたものだとイチゴ氷をつくるために氷を削る。当然のようにシロップはたっぷりとかけてご用意させていただいた。
「では、さっそくいただきましょう。う~ん、……これはこれで美味しいのですが、改良の余地ありですね。それと、このシロップは本物のイチゴは使用していないのでしょうか?それでこの出来とは素晴らしいです。
でも、メインである氷ひいては水へのこだわりがないとは何事ですか。この氷はその辺の井戸で汲んできたものですよね。
この作品はもっと上を目指せるはずです。より良くしていこうという向上心が感じられません。料理人が情熱をなくしてはいいものは出来ませんよ。」
まさかお嬢様から怒られるとは思っていなかった俺は、突然のことに驚くとともにふつふつと怒りが湧いてきた。三流とはいえ料理人である。できるものならとっくにやっているのだ。
「お言葉ですが、お嬢さん。俺だってね。できるものならより良いものを用意したいよ。でもね、良いものを使うには金がかかるんだ。金持ちのお嬢様には分からんだろうけどね。」
俺は、やってしまったと思った。お金持ちに反抗したってろくなことにならないと言ってしまってから後悔した。
「お金があれば良いものができると?それは自惚れではないですか?どんなに良いものを用意しても扱いを間違えれば、食材はダメになってしまう。良い水を用意しても腐らせてしまえば、それはもうゴミでしかないんですよ。」
心底馬鹿にしたように自分の腕を貶すお嬢様になけなしのプライドがくすぐられた。ここで言い返さなければ料理人として終わってしまうと思った。
「だからなぜあんたにそんなことを言われなければいけないんだ。俺の腕がかき氷だけでわかるとでも言うのか。冗談じゃない。食材や調味料に調理器具。足りないものだらけなんだ。それだけで俺を決めつけないでくれ。」
言ってやったとお嬢様に目を向けると、お嬢様は「おもしろい。」と呟いて、幼い子どもみたいな残酷な笑みを浮かべた。
「この私にそこまで言うなんて、よっぽどの自信がおありのようですね。そこで、提案なのですが、ひとつ勝負をしませんか。なに簡単な勝負ですよ。料理で売り上げを競うのです。あれだけ大口を叩いたのだから逃げたりはしませんよね。心配なさらないでもお金なら私が好きなだけ貸して差し上げますよ。」
あまりにも胡散臭いと思った。調子に乗ったことを後悔するとともになんとか勝負を避けようと断りを入れようとした。
「勝負を断わるおつもりですか。それなら私にも考えがありますよ。そのかき氷機ですが、私の父の商会のものですよね。誰の許可を得て使用しているんですか。それを商売で使うには使用許可が必要なはずなのですが、おかしいですね。」
俺は、絶句した。この女があの商会の娘だとは思わなかったし、ここまで悪徳なものだとは知らなかった。
「い、いや、俺が考案したものに使用許可なんておかしいもなにも。」
「いいえ、おかしいですね。ここにあなたの証文とサインがあります。きっちり書いてあるじゃないですか。この商品の全権は商会のものだって。さっさと勝負を受けてくれますか。時間の無駄なので。」
地面に立っている感覚がなかった。最後の望みをかけて勝負するしか道はないと追い詰められた思考が勝手に答えを導き出す。
「わかった。勝負しよう。」
「やった。嬉しいです。まさか勝負をお受けしていただけるなんて思いもしませんでした。では、あなたが負ければ、何でも言うことを聞くという条件でよろしいですか。いいえ、よろしいです。あなたが勝てば、かき氷機の件を見逃すとともに特許料をお支払いしましょう。
あとは、そうですね。分かりやすく料理は何を作るか統一しましょう。何を作るかはあなたに決めていただいて結構です。私が知らないものでも詳細を教えていただければそれでいいですよ。」
相手に言われるがまま頷いた。何を作ってもいいなんてこっちを舐めているとしか思えなかったが、負ければ何をされるか分かったものではないと条件を変えようとは思わなかった。
「それでは、唐揚げで勝負をしましょう。それと準備をする期間は十分に取れるようお願いします。」
異世界物の定番、揚げ物で勝負をする。唐揚げは家庭でお店の味を再現することが難しい料理の中の一つであり、突き詰めれば難しい料理だ。きっと負けるはずがない。異世界チート万歳。
「唐揚げですか。聞いたことのない料理ですが、いいでしょう。私のプロデュース力を見せて差し上げます。お互いに準備が出来次第、勝負しましょう。」
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あれからしばらくの間、俺はそこらじゅうを駆けずり回った。調理器具や調味料、そして、最高の食材を手に入れるためだ。
俺は、前回のかき氷と高級シャーベットの件から多少高くても良いものなら売れることを学んだ。今回は、高品質の唐揚げで勝負をする。相手も同じように高級志向で来るはずだ。少し前まで唐揚げの作り方も知らなかった相手に同じ土俵で戦って負けるはずがない。
「この勝負、完全にもらったな。」
俺が勝利を確信していると知らないうちに人影が近づいてきていた。
「では、勝負をはじめてもよろしいということですね。」
「うわあああっ、いったいどこからあらわれた。」
お嬢様は突然現れるとともに俺の驚きをなど無視して話を続けた。
「勝負の期間は1週間ほどでいかがでしょうか。それと店舗の場所は真正面を避けた向かい側に2ヶ所ご用意しました。問題などございましたら、どうぞ遠慮なくおっしゃってください。」
「い、いや、おそらく問題はないが、一応場所を見せてもらってもいいか。」
「はい。もちろんです。」
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勝負の場所は、人通りのそこそこある商店街でどうやって場所を確保できたのか気になる以外はなんの問題もなかった。
「場所も設備も問題ないよ。」
「はい。よかったです。ところで質問なのですが。従業員を雇っている様子が見受けられないのは、一人でもお店が回せるということでよろしいでしょうか?」
「あっ!!……大変申し訳ないのですが、よろしくないです。もしよろしければ準備期間の延長をお願いしても。」
完全に失念していた。当然、唐揚げは俺が作るが、販売まではおそらく手が回らないだろう。もしも従業員が見つからなければ負けが決まってしまう。
「よろしくないですね。これ以上は、私が待ちきれません。なので、従業員は私が用意させましょう。文句はありませんよね。」
「は、はい。ちなみにですが、いったいどんな人かとか教えてもらったりできますか。」
「はい。私の家のお手伝いさんの一人で自分には感情がないと言う少々痛々しい子をご紹介して差し上げます。」
「えーっと、別の人では駄目ですか。」
不安しかない。接客が出来なさそうな人はご遠慮願いたかった。
「駄目ですね。私にも都合がございまして。それでも、だいたいのことはそつなくこなしてくれる優秀な人材であることは保証しますよ。」
「はぁ。まあ、そういうことなら。」
笑顔で接客とかは期待できなさそうな感じがしたが、お金の計算なんかを間違えなさそうな人が来るのは、正直に言ってありがたかった。贅沢を言える立場ではないのだ。
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開店前日、例のお手伝いさんが来た。可愛らしい猫耳の獣人さんで、名前をネネというらしい。「寄生虫とか住んでないですよね。」と質問したら殴られたので感情がないというのは絶対に嘘だと思った。
差別ではなく、衛生管理の問題だと言っても納得してくれなかったが、唐揚げを試食してもらったところ上機嫌になって忘れてくれたのですごくいい人だと思った。
気を取り直して、接客の練習をしてもらったところ、自分のことを吾輩と呼んだり、「お釣りだ。受け取るがよい。」というような尊大な態度を取り出したので頭を抱えた。
結局、それが治ることはなく、当日を迎えた。当初、諦めていた笑顔ができていたので、むしろ良かったと開き直ることにした。
頭巾を被りチャームポイントの消失したネネさんと下準備を進めていく。今回は、奮発して、コカトリス(鶏肉みたいなもの)の肉のなかでも上等なものを用意した。
醬油などの調味料が存在するご都合主義に感謝しながら、肉に下味をつける。さらに、にんにく、しょうが、酒を足して、塩こしょうで味を調える。もちろん高級品を使った。
肉をやわらかくするために少し水を加えて、といた卵を入れてもみ込んだ。当然のように水も卵も高級なものを使用した。特に水はあの女に言われたことを気にし……げふんげふん、癪に触っていたので、神龍の谷とかいう所から取れる最高級のものにした。
あとは、揚げる作業なので、そのまま冷蔵庫に保存しておいた。
朝、10時になったところで店を開店する。宣伝はしないことになっていたので、並んでいる人はいなかった。
ライバルの店は、どれだけ金を掛けてきたのかと様子をうかがう。俺は、目を疑った。相手が高級路線ではなかったのだ。
プレーンの唐揚げだけでなく、レモン味や味噌味、ぽん酢味、さらには塩唐揚げといった様々なテイストを用意してきたことに加えて、唐揚げ丼という、この世界の住人に気がついてはいけないものまで手を出してきていた。
「なんという恐ろしい女だ。だがこの俺も料理人の端くれ。味で負けているはずがない。うまいものをこそ人は食べたいと思うのだ。あの値段設定を見る限り、食材はけちったようだな。天下の大商会が聞いて飽きれるわ。この料理知識を統べるマッケンジー様に敵うと思うてか。フハハハハハハ。」
動揺のあまりにネネさんの口調に影響を受けてしまったが、いま言ったことに嘘はない。ネネさんが冷たい目でこちらを見ているが全力で平静を装った。
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約束の1週間が過ぎた。結果はというと惨敗であった。相手の値段にビビってこちらの値段を下げたり、戻したりといったことでお客さんの信用をなくしたり、全部高級品ではなく抑えられるところは抑えるべきという配慮が足らなかったことが敗因だと思う。特に水とか普通で良かった。
ちなみに、心配していたネネさんは看板娘というかマスコットみたいな人気で、予想を裏切ってとてもいい働きをしてくれていた。
なかなかの値段設定のなか買ってくれた人が、言葉を失ったり、すごく美味しいと言ってくれたときには、一緒になって喜んでくれるあたり、魂を食われたとか感情がないというのは絶対に噓だと思った。
商会の唐揚げも限られた値段で最善のものにしようという努力を感じられる出来で、にんにくなどのパンチは少ないがあっさりとした中にも厭味のないジューシーさがあった。唐揚げ丼と温泉卵の組み合わせにも定番ながらよくぞたどり着いたと驚嘆した。
つまりは、完全に実力が伴っていなかった。言い訳もできず、あの恐ろしいお嬢様に何を要求されるのかと震えながら待つしかなかった。
「その様子では覚悟は出来ているみたいですね。」
「ぎゃあああああ。出たああああ。」
相変わらずお嬢様はいきなり現れた。俺の心境など無視してお嬢様は話を進めた。
「それでは、なんでも言うことを聞いて下さるということで感謝のしようもありません。」
「ちょっと待っていただきたい。どうかお慈悲を俺はまだ死にたくありません。」
「私のことをそんな風に思っていたんですか。それでは、酷いことを言いたくなりますね。」
心外だといった様子でお嬢様が冗談めかして笑う。このときの俺にはその笑みが邪悪なものにしか映らなかった。
のちに、お嬢様の提案が商会で雇ってもらえるという、そう悪い話ではなかったことを知るのだが、俺は起死回生を願って、泣きの一回と、もう一度勝負を挑んでしまった。
「嫌だ。嫌だ。嫌だ。そうだもう一度、勝負をしましょう。今度はお弁当でお願いします。どうかどうかお慈悲を。」
「お弁当?それはなんですか。未知。新たな料理。可能性。詳しく聞かせていただけますか。」
こうして、なんやかんやでお嬢様ともう一度勝負をすることになった。このときの俺は、お嬢様が料理人は追い詰められれば追い詰められるほど力を発揮するという料理人=サイヤ人みたいな理論を信じていることを知らなかったので、ネネさんの雇用契約料がプロ野球選手並みにされていたことを本気にしてしまった。
恐怖に震えながらもお嬢様に立ち向かった日々は無駄ではなかったと思う。三流と自分を馬鹿にしていた俺が一流、いや、この国で一番の料理人と呼ばれるようになったのだから。
でも、もしも過去の自分に手紙が出せるなら借金で鉄骨を渡ったりする必要はないから安心しろと言ってやりたいです。
- おしまい -
ありがとうございました。