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真実の断片は鏡の家に

 逃げるようにアクアツアーを後にして、ミラーハウスの前にたどり着いた僕らは、そのそびえ立つ紫色の建物にただ圧倒されていた。近くで見ると、空の色と調和して、余計に禍々しく見えるようだ。

 ぼんやりとアトラクションを見上げていると、甲高い音がして、入り口の扉が開く。

 中から出てきたのは、葉山正幸。最初に僕達が出会った男性で……。恐らくは、この人も正体は子どもなのだろう。


「……正直、驚いている」

「何がです?」

「勿論、君たちにだ。俺は今、完全に記憶が戻っていてね。だから……君たちに真実を話しながら、このミラーハウスに再び入ろうと思う」

「他の人は……? というか、入る意味は?」

「連れては来れない。あの二人には、今は兎を押さえてもらっている。入る意味は……来れば分かるだろう」

「兎……。あのマスコットキャラクターを?」

「ああ。……せっかくだ。答え合わせをしながら入ろうか。……大体は気づいているんだろう?」

「……まぁ、全部妄想の域を出ませんが」


 それでも、オカルトについて議論する時は、この妄想力が大事なのだけど。

 そんなことを思いながら、隣にいたメリーを見る。彼女の目は、ミラーハウスのすぐ横に向けられていた。


「ここも、看板ね。内容はほぼ同じ。探索者の皆へ」

「そっか。なら、……ほぼ確定か」


 多分メリーゴーラウンドや、ドリームキャッスル。観覧車にもあるんだろう。

 そんなことを思いながら、正幸さんに続き、ミラーハウスに入る。中は例に漏れず、鏡が張り巡らされた迷路になっていた。


「……まず、君の考えを聞かせてくれないか」


 はぐれるなよ。と、念を押す正幸さんについていきながら、僕らは進む。途中、鏡の中に僕ら三人以外の人影が映ったのは……多分、気のせいじゃない。


『……母ちゃん、オイラは別に。遊園地なんていかなくなって……一緒に遊びに行けたら、それで……お金、あるのかよ?』


『ジェットコースター! 父さん、ジェットコースター! いいだろう? 連れてってよ!』


『グレートよ! 絶対噂の影って、グレートだわ! ママ、ミズキ、ここに行きたいっ!』


『遊園地~? えー。つまんないよ絶対。何かやってるの? カッコいい人いるならいくよー?』


 小さな。見覚えがあるようで、僕らが知らない姿が四つ。あちらへ歩き、こちらへ走る。

 黒髪の小さな女の子だけはっきりと姿が見えるが、他は真っ黒で、影法師がそのまま歩きまわっているかのようだった。

 反響する声は何処からが発生源かわからない。けれども、確かにここには、誰かが……。消えていった探索者達のルーツがあった。


「黒いのは……その、死亡した?」

「正確には、一時的にバラバラになっているだけ。というべきか。俺達は肉体があるうちはこの通り自由に動けるが、それがダメになると、取り戻すまでに半日はかかる」

「……正幸さんのが見当たりませんけど」

「俺は今、取り戻しているからな。ここにもいない。一応子どもの人格にも戻れるが、話が進まんだろう」

「成る程。……ここに入ったのは、これを見せる為に?」


 メリーの方を確認すると、彼女は大分体調が優れないようだった。駆け寄って支えてあげると、メリーは少しだけ申し訳なさそうに、僕の身体に身を預けた。


「ヴィジョンは視えないのに、頭痛がするわ」

「流石に心労と……ここかい?」

「ええ、あちらこちらから色んな念が渦巻いていたけど、このミラーハウスが飛びっきり濃い」


 目を伏せながら、メリーは鏡を睨みながら、ため息をつく。「もう少しだ」と、正幸さんが呟いて数分後。

 僕らは天井と壁が鏡になった、暖炉つきの大広間にたどり着いた。


「ここは……」

「ミラーハウスの最深部だ。……俺達が〝自分を失った場所でもある〟」

「それは……噂が?」

「先に述べておこう。当時俺達が生きていた時にあった噂は、メリーゴーラウンドを除いた六つだけだった」

「……メリーゴーラウンドは、なかった?」

「今はあるのかい?」

「勝手に、動き出す……と」

「ふむ。ありきたりだな」


 幽霊にまで言われてる。

 だが、これに関しては大して答えが出ていないので、今は保留しよう。

 今話すべきは……。


「……っ!」


 だが、僕の口から妄想した推測が口にされるより早く、声にならない苦痛の声を上げて、すぐ隣でメリーが地面に膝をついた。


「――っ、メリー!?」

「……っ、ここで……!?」


 頭痛に苛まれたかのように、こめかみに手を当てて、メリーは歯を食い縛る。

 活動中に何度も見た、お化けレーダーの発動。本日はメリーの身体が幼女化しているのと、周りに幽霊の気配が濃すぎるのでほとんど機能しないかと思っていたが、そんなことはなかったらしい。

 つまり、この場で受け取った念は……相当なものだという事に……。


「……ん?」


 よろけるメリーが、すぐ傍の鏡の壁に手をつく。その時……不思議な事が起きた。ニュルンという音を立てて、彼女はあっという間に鏡に吸い込まれてしまったのである。


「メ、メリー!?」


 あまりにも突然すぎて、僕は慌て彼女が消えた鏡を叩く。だが、鏡はウンともスンとも言わず。替わりに、再びそこから、幼い姿のメリーを吐き出した。ただし……。


「君は……誰だ?」


 殆ど直感でそう問いかける。現れたメリー。らしき人は、ただニコニコ笑っている。

 ミラーハウスに入ると、人が変わる。まるで、中身だけが入れかわったかのように。

 僕の背中から、サッと血の気が引いた。


「辰君。真実を語って貰おう」

「……ちょっと待って! 今はそれどころじゃ……」

「いいや。今だからだ。彼女を返して欲しくば語るんだ」

「…………待て。まさか、貴方の仕業なのか?」


 思わず正幸さんを睨むと、彼は肩を竦めながら首を横に振る。


「違うよ。彼女……超能力者か何かかい?」

「霊能者ではある。……僕も含めて」

「成る程。余程凄い力を持っているのかな? ならば、君とは別の理由で、ドリームランドの〝核〟に呼ばれたんだ。安全は保証する。君達にはしっかりここから出て貰わねばならないからね」


 その言葉に何故か引っ掛かるものを感じていると、正幸さんは僕を促すように手招きする。僕は傍らにいる、相変わらずニコニコしたまま沈黙を保つ、メリーではない誰かに目を向けてから、改めて正幸さんに視線を戻した。

 落ち着け。大丈夫だ。口ぶりからして、思った推測を語ればそれでいい。


「まず、探索者達について。彼ら彼女らは全員が子どもが何らかの作用で成人の姿と、成人らしい人格を植え付けられた幽霊である。探索者を名乗っているのは……多分当時、ドリームランドでイベントをやっていたんじゃないかな。その名残だと推測できる」


 張り紙にされた、意味をなさない謎。明らかに古い紙が使われていた。ここに残す意味は……ないはずだ。

 あのレクリエーション的な導入は、ドリームランドで何らかの集団で行うイベントが開催されていて、そこに参加していた子どもがたくさんいた。そんな所だろう。


「強制的に呼びつけて。脱出ゲームに参加したかのようにみせて、その実僕らに謎を解かせない。それどころか出題もなし。ただひたすら理不尽な死を見せつけるだけ。だから……まるで、死に方を。いや、現れた探索者の正体を見せたがっているようにも見えた」


 僕の言葉を正幸さんは黙って聞いている。


「だから、こう考えた。ドリームランドの至るところに貼られた御札。あれは多分、貴方達を押さえつける為のものだった。貴方達探索者は、このドリームランドに縛り付けられている。その目的は……瑞希さんの言っていたこと。〝白日の下に〟……」


 意味合いとしては隠されていたり、揉み消されていた物事を世間に公開すること。

 元よりこんな大規模な悪霊騒ぎ……というべき出来事が起こる場所だ。何らかの世間に晒してはまずい事がひた隠しにされている可能性は大いにある。


「貴方達の正体は、昔何らかの形でドリームランドで命を落とした、子ども達だ。僕らや、雄一達をここに引き込んだのは、きっとその原因を……いや、このドリームランドそのものを、再調査させるため。多分、十数年前にも行動を起こしていたんでしょう? その結果があの噂だ。そして、多分ドリームランド側が何らかの手を打った。それがあの御札だったとしたら……」


 もしかしたら、僕らと同じような霊能者がいたのかもしれない。一応、平成に生きる陰陽師や本物のイタコに会ったこともあるから、それくらいは想像の範囲内である。


「正解だ。俺達はここで望まぬ死を迎え、幽霊の身で暴れまわり。あの札で全員が封印された。何年も何年も。誰にも気づかれることなく、俺達は存在を抹消させられていた。復活しても、ことごとくあの兎に叩き潰されてな」

「……あの兎が?」

「あれは、俺達を殺し続け、口を塞ぐためのものだ。俺達は、君達のよう気づいてもらった人にしか自分を話せない。……〝自分を失ったからな〟」


 まただ。

 何だろう。何か、含みを持たせているというか。何か重要なことがまだ抜け落ちて……。


「……時間」


 僕がその欠片を広い集めるべく、頭を回していたその時。不意に、僕のすぐ隣にいたメリーっぽい子がそう囁いた。

 何だ? と思いながら横を見れば、またしても女の子は鏡に消えて……。中から、今度こそメリーが戻ってきた。相変わらずロリーのまま。飲み込まれるなんてファンタスティックな経験はしても、ドリームランドにいる以上、その姿はリセットされないらしい。


「ただいま。一応聞くけど、貴方、辰よね? 私達が初めて出会ったのはどこかしら?」

「お帰り。僕もぜひ聞きたいな。君はメリーか、否か。……大学受験の時。渋谷のホテルで。じゃあ次、僕らのサークル名の由来は?」

「……っ、烏の夫婦は……凄く仲がよくて、年中一緒だからよ」


 ちょっとだけ頬を赤らめつつ、メリーがぶっきらぼうにそう答える。

 うん。大丈夫。一目でホントはわかっていたけど、メリーだ。


「……私を最後に食べちゃったのはいつ?」

「まだやるの? もういいだろう……」

「い・つ?」

「…………えー」


 多分、彼女の中ではサークル名の由来を自分で語るのは恥ずかしいのだろう。これは仕返し。の、つもりで自分も沼に嵌まり込んでいるのに、彼女は気づいてるだろうか?


「……今朝。てか、食べちゃったって言うけど、先に手を出したのは君だよ」

「……え、貴方でしょ?」

「……いや待って。今回は違う」

「起き抜けに隣で、おはよう。シェリー。なんて色っぽく囁いて。そのまま吸血鬼みたいに首を責めるのって、ズルいと思うのよ」

「責めるってキスしただけじゃないか。……寝起きで目はトロンとしてるのに、手だけ悪戯っ子さんな君こそ、アウトだと僕は感じるな」

「キスだけ? 嘘つきは泥棒の始まりよ?」

「冤罪って知ってるかい?」

「……シェリーって呼ぶ時の貴方、反則なのよ」

「いや、それであんなに蕩けちゃう君こそ、レッドカードだから。そんなに僕の理性退場させたいの……」

「おい、頼む。そろそろ止まれ。一時的に引き離したのはドリームランドの幽霊を代表して謝るから止まってくれ」


 ついムキになり、いつもの皮肉の飛ばし合いをしていると、呆れたような声が割って入ってくる。

 ……いかん。そうだ。ちゃんとメリーが戻って来たんだ。これで憂いはない。後は……。


「ドリームランドについて再捜査して欲しいのは分かりました。ともかく帰して欲しいんですが、その前に聞きたいことがあります」

「……ご友人らかな?」

「ええ」


 帰してくれていないその理由は……多分だけど、招いた人達が誰も気づいてくれなかったからだろう。

 僕の前に現れた雄一が何だったのかはわからないが、これもまたドリームランドの差し金なら、もういちいち推測するのも馬鹿馬鹿しくなってくる。


「彼らは……申し訳ないね。ダメだった時に、次なる人を呼ぶための餌になって貰わねばならなかった。結果、連鎖的にここへ閉じ込める事になってしまったんだ。あの兎は、俺達を全滅させたら、次はここの秘密を暴こうとする存在を追う。結果……帰って来ない者達は……」

「……っ! い、いや。閉じ込める。ですよね? なら……生きてはいるんですね?」

「……辛うじて、だ。見るのはオススメしないし、助けられもしないぞ」


 出られたら告発。出てこなかったら行方不明で捜査がされる。そんな狙いだったのだろう。えげつないことだ。入ったら最後。真実に辿り着けなかったならば、ここに幽霊達と一緒に縛り付けられてしまうのか。


「助けられないかどうかは、見て判断します。場所は?」

「……観覧車だ」

「分かりました。正幸さん。必ず、再捜査が入るようにします。だから……」

「極力死なないように粘れ。だな。まぁ、頑張るよ」


 その言葉を聞き、互いに頷く。時間がないなら、急いだ方が良さそうだ。

 すぐにミラーハウスの出口に向かおうとすると、不意に正幸さんが「もう一つ。いや、二つだけ」と、僕らを呼び止めた。


三郎(さぶろう)を頼れ。小太りの中年だ。奴だけは、俺達とルーツが違う」

「三郎、さん」

「……そういえば、ミラーハウスに小太りな人らしき姿はなかったわね」


 メリーが隣で意外そうに頷いて、僕もそういえば。と、思い至る。

 だが、ルーツが、違うとはどういうことか。


「奴はここが閉鎖された数年後に外部から関わり、命を落としたそうだ。以来色々と協力してくれたし、俺達が全滅しても、奴だけは生き延びて、何度も協力してくれた。目的は俺達と同じだ」

「信用出来ると?」

「俺達すら、君は信用しきってないだろうに。奴は見た目は頼りないオッサンだが、いい奴だ」

「……分かりました。もし会ったら、協力を持ちかけてみます」

「そうしてくれ。あと一つは……このドリームランドの噂について。君は、俺達が暴れたことであの噂が出来たというが、それは違う。よく考えろ。あれは、閉鎖前から流れていたんだ。あれは……真実を示している」

「真実……?」

「このドリームランドが俺達によって摩訶不思議なお化けビックリ箱になる前から。ここは狂っていた。関わる人も。関わった人も。動かしていた人も。みんなみんなみんな狂ってたんだよ……!」


 何処か遠くから、歌が聞こえてきた。マーチを思わせる、太鼓やシンバルの音が。そして……。何処かの鏡に、新たに入ってきた存在が身を晒したのだろう。

 応接間の鏡の一枚に、あの兎モドキが姿が映る。

 片手に血染めのノコギリを持ち、もう片方の手には……。探索者の中にいた、一人。あの黒髪の女性の上半身を引きずりながら、兎はゆっくりと此方を見て。


 今カライクヨ……!


 そう宣言するやいなや、ドスドスドス! と、ミラーハウスを揺るがすほどの足音を立てながら走り出した。


「……っ、行ってくれ。そして約束しろ。閉じ込められたくなければ、長く観覧車に留まるな。さっさと出口に行くんだ。出口は、わかっているな?」

「ジェットコースター?」


 時間が歪んでいた場所なんて、そこ位しか思い浮かばない。

 すると、正幸さんはニッと、初めて屈託なく微笑んだ。


「頼むぞ。全てを、白日に晒してくれ……!」


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