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魔列車と歪み空へ

 心臓が張り裂けるかと思える程、激しく拍動していた。

 とにかく前へ。行き先も定まらぬまま、どこかあのおぞましい場所から少しでも遠くに――それだけを考えて。離れぬよう固く手を繋ぎ、僕らは走っていた。


「――っ、ぐ……!」

「んっ――、待っ、て……もぅ……無理」


 だが、それはいつまでも続かなかった。子どもの身体は僕らの想像以上に早く、限界のアラートを鳴らしたのだ。

 やむを得ず息を整えるべく急停止。手近な外灯のポールを背にして肩を寄せ、支え合うような形で休息を取った。

 座り込むのは……怖かった。何だか眠気まで襲ってきそうだし、暫く立ち上がれなくなりそうだから。


「く、そ……こんなに……重いなんて……!」

「まだ、身体が出来上がってないんですもの……当然と言えば当然よ……!」


 いや、体力だけではない。気力が、ごっそり持っていかれたのが分かってしまった。

 ホラーが好きだと、そういう類いが全部平気になるかと言われたら、そんな事はない。そもそも、死体を見たのは何度かあっても、実際に目の前で人が絶命するのを見たのは、流石に初めてで。僕らの身体は疲労とはまた別の震えが止まらなかった。

 そっと汗ばんだ自分の手を見る。本当に小さい。それが、自分の中ではもどかしく、恐ろしく。何より腹立たしかった。同時に、さっき奨さんを襲っていた兎モドキの姿を思い出す。

 体型は着ぐるみを着ていたからわからない。けど、あんな斧を軽々と……僕らが逃げる背後で何度も振り降ろしていたのだ。その膂力(りょりょく)からして、普通じゃない。

 冷や汗が、身体を伝う。ダメだ。この身体じゃ……まともにメリーを守れない……今回ばかりは捨て身にならないと……。


「――辰!」


 ガツン! と、額に突然頭突きがかまされる。「はう……」と、やった本人も痛そうに少しだけ蹲っていたが、直ぐに彼女は立ち上がり、僕をキツく抱き寄せた。


「……ねぇ、約束して。貴方の〝干渉〟は……。特に〝成仏パンチ〟は使わないで。どうしても本当に駄目な時……、せめてここぞという時の一回限りにして。いつもみたいに何回も使わないで」

「――っ、何を言って……!」

「ダメよ! だって、さっきも言ったでしょう? 私達は身体がちゃんと出来てない。なら、そんな状態で使ったら……!」


 懇願するように、潤んだ瞳が僕を映す。震えながら「お願い……」と、再度そう囁く彼女に、僕は曖昧に頷くしかなかった。

 干渉や、成仏パンチとは、僕のちょっとした体質が由来するもの。とだけ言っておこう。禁止令が出てしまった以上、今は考えるべき事が圧倒的に多いのだから。

 これからどうするか。後は、奨さんがいたから話せなかったこともある。


「瑞希さんは、白……だったんだよね?」

「ええ、心臓、脈。あまり変動はなかったわ。まぁ、これで嘘をついてるって断定はしきれないけど」

「うん。というか、その判断すら意味ないかも。奨さん、急に人が変わっただろう? まるで何かを思い出したみたいに」

「嘘を言っているとかじゃなく、話自体が虚構の可能性が?」

「そういうこと」


 外灯から、よろめきなつつも離れる。よくみればこの外灯。妙なものが貼られている。

 茶黒く煤けた紙切れが、僕らより頭一つ分くらい上の位置にあるのだ。


「……これは」

「お札ね。しかも……」


 ゴクリと、メリーの喉が鳴る。紙幣サイズのくしゃくしゃなそれには、『元三大師』とデカデカと記されており、その下には奇妙な程に痩せた、緊張感を削ぎ落とすかのような二本角の鬼が描かれていた。


「〝角大師〟……魔除けや厄除けで有名なお札じゃないか。何でこんなとこに?」

「……退けたい、何かがいるんじゃない? あるいは……」


 メリーの目が細まり、じっとお札を観察する。細くて小さな手それにそっと当てられて、彼女は小さく息を飲んだ。


「私としては、これはどうみても効力が切れてるようにみえるんだけど」

「おや、奇遇だね。僕もそう思うよ」


 御守りやお札の類いは、当然ながら効力と、御利益がもたらされる限界がある。それが生きているかいないか。僕やメリーのように霊感がある人間が観察したり、あるいは触れることで、その所謂霊験を感じ、判断する事が可能なのである。

 買おうとしてる御守りが偽物か否かを鑑定もできるという、霊感の便利な使い方の一つだ。

 それはさておき、このお札だ。誰がいつ張り付けたのか。何を退けたかったのか。それが問題になってくるのだが……。


「メリー、君の〝ヴィジョン〟は?」

「……全く何も。少しでも情報が欲しいのにね」


 彼女は、所謂お化けレーダー。幽霊やオカルトの類いが起こしている。あるいは起こした事象や念を受信することが出来る。

 視え方は様々で、まるで白昼夢のように俯瞰的に視る時と、その幽霊の視界を通して視る時の二種類に大別されるらしい。

 どちらも絶対的な真であり、今までも幾度となく手掛かりを提供し、窮地を脱してきたのだが……。今回は、彼女も小さくなったからか、絶不調らしかった。

 あるいは、ここに渦巻く思念が多過ぎて、混線しているのかもしれない。相変わらず、吐き気を度々催す位、ここは良くない空気が濃いのである。


「お札が何のためにあるかは、今は置いておこう。今は、他の探索者だ」

「謎を解くとか言っていたわよね。まるで各アトラクションにあるみたいな口ぶりだったけど」

「瑞希さんが言ってた、それぞれの目的にそっているのかも。……ともかく。誰でもいい。大人と合流しよう。あの兎モドキにまた遭遇したら、笑えない」

「賛成よ」


 来た道を振り返る。あの不気味な着ぐるみは見当たらない。

 まだ、奨さんに斧を振り下ろしているのか。それとも……。


 ※


 知らず知らずのうちに遊園地の奥にまで入り込んでいたらしい。ともかく、ここから一番近いという理由でジェットコースターにやってきたのだが……。


「ああ、君たちか。何だ、奨の奴を出し抜いてきたのか? そりゃ凄いな。凄い凄い。では、ボクは忙しいので以降は話しかけるな」


 怪談を上り、コースターの乗り場に来ると、そこには探索者達の一人がいた。自己紹介した訳ではないが、猫背で、やたら何かを探すように周りを見る、落ち着きがない無精髭の男だった。

 だが、その男は僕らを確認するや、すぐに興味を失ったかのように背を向ける。

 あまりの切り替えの速さに僕らが呆気に取られているその目の前で、彼はジェットコースターの乗り場をうろうろしたり、発進位置に停止しているコースターをペチペチ叩いたり、座席の中を覗き込んだりし始めてしまった。


「あの、出し抜いたというか、奨さんは……その……」


 一度口ごもってから、事実を述べる。すると、猫背男は一瞬だけ身体を停止させ、「そう……か。また死んだか」とだけ呟いて、また自分の世界に没頭しはじめた。


「……わりと、仲が悪かった。いいえ、違うわね。無関心かしら?」

「……正解だ、レディ。賢い女性は好きだよ。黙っていてくれればなおよい」

「貴方も探索者になったのは、ここに来てからなのかしら?」

「……君のような平気で人の希望を無視する女は嫌いだよ」

「あら、私も貴方みたいな頭の固い、視野も狭そうな男は嫌いよ? 良かったわ」

「……青年。じゃじゃ馬の手綱はしっかり握っておきたまえ。こういう女は調子に乗るとタチが悪いものだ」

「生憎、馬扱いはしたことはないですし、したくないので」


 それにタチが悪いなんてとんでもない。怒ると凄く怖いけど、可愛いとこの方が多いのだ。そう言ってやると、猫背男は呆れたように肩を竦めながら「恨めしいことだ」と、呟いた。


「……何か、分かりましたか?」

「青年、君もか。思慮深いと踏んでたが、君もボクの世界に土足で入ってくるのかい?」

「いや、そこまで大袈裟な事じゃ……」


 ない。と、言おうとして、僕は唐突に雷でも撃たれたような衝撃を受けた。

〝青年〟……? 何で?


「あの、すいませ……」

「余計なことは喋るな。もう一度言うぞ。余計な。ことは。喋るな。今までの有象無象と違い、君なら理解してくれると、ボクは思いたい」


 口にしかけた言葉を、辛うじて飲み込む。同時に、頭の中はますます混乱する。

 僕らの本当の姿に、気づいている? いつからだ? 他の探索者の面々はこれを知っているのか?


「ドリームランドって、何なんですか?」

「分からないことを無理に理解しようとするな。この世には理解しがたい悪意が渦巻いている。ここも……その類いだ」

「……じゃあ、アトラクションの謎は? 見つかりましたか?」

「そんなもの、〝もう意味がないよ〟」

「…………え?」


 何だそれは? と、僕が目をしばたかせると、猫背男は身体はジェットコースターに向けたまま、顔だけこちらに向けて。


「あるのは噂と、俺達各自の欲望だけだ。解くべき謎はアトラクションにはない。見るのは、アトラクションだけじゃない」

「何を……」

「黙って聞け。ボクにはあまり時間がない」


 唇に指を当てて、猫背男は僕からの質問を封殺する。


「青年、映画〝バック・トゥ・ザ・フューチャー〟を観たことは? あと、〝メン・イン・ブラック3〟」

「……メン・イン・ブラックの方なら、三作とも」

「バック・トゥ・ザ・フューチャーも観てみるといい。ボクのオススメだ。あれらを見てからね。ボクはタイムマシンを夢見るようになった。速さ。高さ。乗り物。凄そうな光。これがあれば時間を飛び越えられると信じていた」

「……凄い暴論ですね」

「子ども染みてるだろう? まぁ、仕方ないことだ」


 さっきまでの無表情さからは一転し、まるで子どものように猫背男は笑う。

 すると……。気のせいではない。遠くから、マーチに似た太鼓やシンバルのような音が聞こえてきた。


「……っ!」

「安心しろ。まだ大丈夫だ。ボクの話を聞け。レディ君もだ。何をキョロキョロしている」

「……したくもなるわよ。ここ〝おかしいもの〟……やっぱり、過去に事故があったから?」


 落ち着かない様子のメリー。どうしたの? と、僕が問えば、彼女は少しだけ迷ってから、静かにジェットコースター乗り場の天井を指差した。

 そこに……。


「……っ!」


 何の気なしに、天井を仰いだお客さんはいなかったのだろうか。もしいたとしたら、背筋が凍りついたに違いない。

 薄暗い天井には、さっき僕らが見た、黒ずんだ角大師のお札が……隙間なくびっしり貼り付けられていたのだから。


「事故はあったさ。だが、それを語る人間の話が全て食い違う。ボクはこう考えたんだ。それこそまさに、時間軸がバラバラな人間が、ジェットコースターで垣間見たありとあらゆる可能性なのでは……と」


 酷いこじつけだし、筋妻が合うとも言いがたい理論だった。

 だが、猫背男は大真面目に語る。


「このジェットコースターの名は、パープルスカイコースター。途中で不安定に照射される〝紫色のライト〟で行う恐怖演出が当時のウリだった。が、結果、得も知れぬ不安に煽られた人が続出した」


 それなりに調べたが、その情報は初耳だ。いや、それより……。


「紫の光って……」

「ああ、ボク達はあべこべだ。ボクや君達を見れば分かるだろう? この遊園地は時間が歪んでいる。みんなみんな認識が違う! だからこそ、このジェットコースターはきっと、過去や未来。あらゆる可能性に通じている……! だから俺は、ここに連れてきて貰えて嬉しかったんだ!」


 そう喚き、猫背男はジェットコースターに飛び乗った。

 自前でシートベルトを下げると、警告音じみた汽笛が鳴り響く。それに混じって……さっき聞いた歌が聞こえてきた。


『いらない子! ど~こだ? 男の子~に、女の子! 皆が宝石持っている! ピカピカ光る~宝石だ~い! ど~こだどこだ~』


 ……アルェ?


 野太い声がすると同時に、僕らが止めるまでもなく、ジェットコースターが発進する。するとその場には僕やメリーと……。太めの金槌を手にして、煙のように現出した兎モドキが残された。


「…………っ!」


 咄嗟にメリーを後ろに庇い、慎重に身体を動かす。奴は乗り場に立ったまま動かない。手持ち無沙汰に、走るジェットコースターを眺めているだけ。一方僕らは、入ってきた階段近く。ここなら……ゆっくり音を立てぬよう逃げればいい。

 メリーを促し、ジリジリと、後退り。さっきは気づかなかったが、階段を上りきったすぐ傍には立て看板があったらしい。


『勇気ある探索者のみんな! ようこそパープルスカイコースターへ! このアトラクションの謎は……』


 黄ばんで下半分が破け、漢字に振られたルビが滲んでしまっている貼り紙には、一番大事そうな部分が読めなくなっていた。

 なんだよこれ。謎は意味ないと探索者本人は言ってたのに、こうして謎の出題らしきものはちゃんとある。時間どころか、色んなものがぐちゃぐちゃだ。

 唇を噛み締めながら、ようやく階段にたどり着く。もう一気に降りるか? そう僕らが目配せした瞬間。遠くから、猫背男の叫びが聞こえてきた。


「許さねぇ……絶対に許さねぇ……! 見てろ! 出ていったらすぐに……すぐにぃい!」


 それは、怨嗟の叫びだった。地の底から這い上がるような声でありとあらゆる罵声を猫背男が空に吐いているのだ。

 そのあまりの迫力に、僕とメリーは唖然と立ち止まったまま。震えながら手を繋ぐ。すると、不意に……。兎モドキが、首だけをこっちに向けた。

 這い上がるような不快感と寒気に絶えながら、僕はメリーに先に逃げるよう促す。だが、メリーは必死に首を横に振りながら、僕の腕を抱え込み、ますます身体をひっつけてきた。

 見た目通りの幼い仕草が、いっそう僕の中で、守らねばという炎を燃やす。そこで、恐怖から動けなかった身体の硬直はいつの間にか解けていて……。


『ソコデ、見テイケヨ。君達ハ、マダ、イラナイカラ』


 すぐに冷水をぶっかけられた。感情の読めない声で兎モドキは金槌をくるりと回し。再び歌い始めた。


『ジェットコースター。ジェットコースター。事故はどうなる知らねーよ。ホントにあったの? 知らないよ? 逆恨み~な悪い噂さ。それがテクテク歩いてる~。ここが一番、綺麗なのにねぇ』


 遠くで「ボクは出るぞぉ~!」という叫びと一緒に紫色の光が迸り、コースターを取り囲んだ。やがてそれは、ゆっくりと、減速しながら乗り場に戻ってくる。

 だが、そこにはもう、猫背男の姿はなかった。

 変わりにあったのは……。


『骨になりやがった。骨になりやがった。……宝石全部ダメにしやがって! 使えねぇ!』


 猫背男が確かに座っていた所には、肋骨のない骸骨が鎮座していた。それは胎児のように身体を丸めていて、とてつもなく。不自然なくらいに小さな骨格だった。


「あっ……」


 メリーが悲鳴を抑えて、僕の腕をきゅっと掴む。

 猫背男の成れの果てを確認できたのはそこまでだった。

 次の瞬間。その骸は、兎モドキの金槌によって、頭から粉々に叩き壊されてしまったのである。


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