ドリームランドの噂
準備する時間は限られていた。
とはいえ、僕らは裏野ドリームランドに全くの手ぶらで来た訳ではないことを先に申しておこう。
それは、常に持ち歩いてる、ペンライトを始めとした所謂『オカルト探索七つ道具』は勿論のこと。
他にも、道中で一箱ずつ買った栄養補給バー。消毒液やらの簡易な応急処置セット。そして……。裏野ドリームランドの情報だ。
閉園したのは十年以上前。故に、そこまでしっかりとした記録は残っていない。
だが、それでも調べれば調べる程に、キナ臭い噂ばかりがボロボロ飛び出してくるのには素直に驚いた。
今から語る全ては、何年も前に書き込まれた、ネット上のオカルト掲示板が由来ではあるのだが、それによれば。
一つ。あの遊園地では度々子どもがいなくなる。これが直接の廃園になった理由かは不明だが、実際に消えたという噂は閉園まで後を立たなかった。
二つ。ジェットコースターで以前に事故が起きた。だが、「事故があった」とは聞くのに、どんな事故だったのか、誰に聞いても答えが違うらしい。
三つ。遊園地が営業していた頃、『アクアツアー』というアトラクションにて謎の生物の影を見たという声が度々上がっていた。その何らかの影は、廃園した今も見えるとのこと。
四つ。『ミラーハウス』というアトラクションから出てきた後、別人みたいに人が変わったという者が何人もいた。まるで中身だけが違う人になったかのように……。
五つ。『ドリームキャッスル』なる場所には、隠れた地下室があって、しかもそこは拷問部屋になってるらしい。
また、「そんなものが遊園地にあるわけないだろう。俺は調べに行くぞ」と言って実況を始めたアグレッシブな人がいたらしいが、その書き込みは途中で途切れている。
六つ。誰も乗っていないのにメリーゴーラウンドが勝手にまわっている時がある。
明かりが灯っているのはとても綺麗。
七つ。廃園になった遊園地。その観覧車の近くを通ると声がするらしい。小さな声で『出して……』と。
以上の七つ。
数が作為的に見えるのは、きっと気のせいだ。
これを見たメリーもまた、「全部在り来たりねぇ」なんてコメントを残してはいたが、今はそれよりも、ここが過去に心霊スポット的な噂を集めたという事に注目したい。
今更ではあるが、日本には「出る」といわれるいわく付きの場所や、心霊現象の記録なんて、探せばいくらでもある。重要なのは、それが本物か。偽物か。
僕とメリーの私見ではあるけれど、その比率は半々くらいかつ、絶えず移り変わるもので。あえて型にも嵌めるならば三種類ある。
そこに本物がいるから。あるいは元々は何もなかったが、何らかの原因で噂が噂を呼び、本物になったパターン。
そこに本物がいて、過去には心霊スポットだったが、今は何もない、偽物になってしまったパターン。
そして、元から何もなく。ポッと出た噂もそこまで広がらなかったパターン。
一番最後は語るものがこれ以上ないので除外するとして。
まずは一番最初についてだ。
幽霊や怪奇の類いは、畏れられたり、語られて信じ込む者がいれば、力を増す。分かりやすい例は、一昔前に一世を風靡した『口裂け女』だろう。
マスクをした女性が、突然現れるなり『私、綺麗?』と問いかけてきて。肯定すればそのマスクを取り外し、口が耳まで裂けた顔を見せつけて、結果殺される。かといって、否定しても殺される。……そんな怪談だ。
これが広まった当時は子どもたちがあまりにも怖がり、集団下校を敢行した小学校もあった程の、社会現象を引き起こした。
怪談が猛威を奮った分かりやすい例だろう。本物の彼女がいたかどうかは誰にも分からない。故に恐怖を煽ったのだ。
では、二番目。これもまた、『口裂け女』で説明しよう。今の現代で「口裂け女怖い」と言ったところで、失笑を買うのがオチなのは言うまでもない。
何故ならば、既にその怪談は過去のものであり、多くの人にとっては偽物になったからだ。
口裂け女ならば、明確な対策が出た。「ポマード」と言えばいい。べっこう飴をあげれば難を逃れられる。といった、噂が広まって。
更にそこへ追い討ちをかけるかのように、社会現象を面白がり、口裂け女を語る〝人間〟が警察に捕まる。なんて間抜けな出来事も起きてしまった。
その結果、怖くない。「何だ、何もいないじゃないか」という意識が広まって……。最終的に、口裂け女を怖がり、恐れる人はどこにもいなくなってしまった。本物が偽物に貶められたのだ。
移り変わるとはこういうこと。それを踏まえて。かつ僕らや、同じく巻き込まれたと思われる雄一達、『ほうき星の会』の現状も加味して裏野ドリームランドを見れば……。
ここがとても恐ろしい場所である可能性が、ますます高まって来ていた。
理由は……。
「辰君どうしたの? 大丈夫?」
暇なので、今までの情報や考えを整理していると、不意に隣から優しく声をかけられる。
顔を上げると、涼やかな目元と褐色の髪の毛をポニーテールにした、女性が、にこやかに僕を見つめていた。
四条瑞希さん。僕らが出会った、探索者を名乗る六人組の一人だった。
彼女は探索者達の中でも一番若く。かつ現役の保育士らしいので、さっき自己紹介した正幸さんを含めた他の四人が「方針を話し合う」と言って少し離れた場所に行ってしまった間、僕やメリーの相手をしてくれていた。
「それにしても……メリーちゃん可愛いわぁ~。ホントにお人形さんみたい! 辰君もそう思うでしょ? あ、出来たわよ? ツインテール!」
「……あまり好きな髪型じゃないわね」
「じゃあ! じゃあ私と同じポニーテールはどう?」
「遠慮するわ」
「あ~ん、もぅ! まだ怒ってるの~? 辰君取ったりしないからぁ!」
「いえ、ですからそれに関しては……」
「照れない照れない! ああ~! 何でこんな趣味悪いTシャツしかないのかしら? もっと可愛い服を……。ここ出たら家に来ない?」
「……通報してあげましょうか?」
「か~わ~い~い~!」
……どちらかと言えば相手をしている。の間違いかもしれない。主にメリーが。
最初は普通の、見た目格好いいお姉さんだったのだ。けど、僕らの見守りを命じられて。職業柄なのか、お膝にまず僕を乗せようとしたのだが、それをメリーが阻止。そうしたら急に人が変わった。
「ヤキモチ!? ああ、ヤキモチね! 恋する乙女なのね!?」と叫びながら顔を輝かせ、稲妻のような素早さでメリーを捕獲。
そこからは、顔をこねくり回すわ。頬擦りするわ、髪を弄ったりとやりたい放題。
力じゃ叶わぬロリー……。な、メリーはもう半ば諦めた様子で玩具になっていた。
……ツインテールも可愛いし、ポニーテールも見たいけど、そろそろ助け船を出した方がよさそうだ。
「……瑞希さん。探索者の人達は、どうやってここに来たの?」
「ん~? どうって……普通によ?」
「……あの、もうちょっと具体的に」
「まぁ、二人ともさっきから思ってたけど、難しい言葉を知ってるのね~!」
然り気無くメリーに目配せする。すると彼女はますます渋い顔をしつつ「仕方ないわね」と言うように頷いくと、わざとらしい欠伸をして。
「眠いわ。おねーさん、抱っこ」
そんな悩殺セリフと共に瑞希さんにすがり付く。
凛々しいお姉さんの鼻の下がだらしなく伸びたのは、見なかったことにした。あと、ちょっとだけだが、瑞希さんを羨ましく思ってしまったのは内緒である。
グヘヘ~とまで言い出した瑞希さん。数秒程の時間を置き。想定外であろうメリーのデレに落ち着いた辺りを見計らい、僕は質問を重ねていく。然り気無く瑞希さんの目を観察しながら。
「いつからいるの?」
「さっきついたばかりね」
「何処から来たの?」
「みんなバラバラよ。あ、私は結構近いかなぁ。裏野市に住んでるの」
「どうやって来たの?」
「そりゃあ、車よ?」
「調査してるって、どうして? 探索者と関係あるの?」
「ん~。えっと……ねぇ」
こちらの目を真っ直ぐ見ながらではなく、僕の挙動一つ一つを見て取りながら話している。瞬き。頷き。特に急激な変化はなし。個人的には確実とは言い切れない嘘発見の方法なので、あくまで参考程度だが、変に誤魔化している風には見えなかった。
今の言葉に詰まっている感じも、言うべきか言わないべきか迷っているようだ。
「大元の目的は一緒なんだけど……各自の欲望もあるっていうか……。あ、これじゃ分かんないわよね! う~ん」
「大丈夫だよ。父さんが大学教授だから、難しい言葉わかるよ!」
大嘘である。目が斜め上を向いてないか心配だ。だが、瑞希さんはその説明で「そうなの?」と、あっさり納得し、再び話を再開した。
「探し物だとか、やりたいこと。私達はそれを求めてる。この裏野ドリームランドに来たのだって、その手掛かりがここにあるからよ」
「……手掛かり? ここに?」
「ええ。探索者になったのは……〝ここに来てから〟」
「…………え?」
「瑞希。辰君、メリーちゃん。すまない、待たせたな」
それ、どういうこと? と聞こうとした時、後ろから男性の声が割って入る。正幸さんだった。残る他の四人も傍らに勢揃いしている。
「あら、意外と早く決まったのね」
「まぁね。役割を振っただけさ。辰君、メリーちゃん。申し訳ないが、まだ外には出られない。ここは今、閉鎖されている。どうやら謎を解かなきゃ出られないらしい」
「そうなんですね」
瑞希さんから逃れてきたメリーを横目で見る。彼女は唇へ指を斜めに当てていた。
「安心してくれ。俺達が必ず君たちをお家に返してあげる。だから、俺達が戻るまで、ここを動いちゃいけないよ」
「……謎解き、僕らも協力できないの?」
「ボウズ。そりゃあダメだ」
僕がそう問いかけると、正幸さんの隣で爬虫類染みた顔の男が首を横に振る。
「何があるかわからんのだ。危険なモンスターもいるかもしれん。〝ただの迷子〟を巻き込むのも嫌だからな。ここはオイラ達に任せな」
「モンスター……ねぇ」
嘲笑を浮かべるメリーに、爬虫類男は困ったように肩を竦めた。あと、ただの迷子と説明したら、本気で信じてくれたのが意外だった。瑞希さんしかり、ちょっとチョロ過ぎに見えるのは気のせいか。それとも泳がされてるのか……。
他のメンバーを確認する。
正幸さんは変わらず僕らに目線を合わせてしゃがみこんでくれている。
猫背に無精髭が生えたパーカー姿の男は、回りを警戒するように……いやあれは何かを探しているようだ。
童顔で、腰ほどまである黒髪の女性は、正幸さんの横顔をじっと見つめている。
そして一番後ろにいる、ゴルフバックらしきものを担いだ、太めの中年男性は、ただ一人背中をこちらに向けていて、その表情は分からない。
こんな状況で、もの見事に全員が自由に行動していた。
「これから俺達は、一人一人が各アトラクションに挑む。君らはここで待っていなさい。心配はいらないよ。ちゃんと帰ってくるから」
どこまでも爽やかに正幸さんが笑う。……これはもう、何を言っても聞いてくれなそうだ。
僕とメリーは底知れぬ不安に押し潰されそうになりながら、今は頷くより他になかった。
※
「念のために奨が一緒にいてくれるから安心してくれ。彼は海上自衛隊員だ。腕っぷしは俺達の中で一番さ」
という、僕らにとって迷惑極まりない置き土産をして、正幸さん達は行ってしまった。
そんな訳で、現在僕達は入り口ゲート付近の広場……。つまりは探索者達と遭遇した場所から、一歩も動き出せずにいた。
一応何度か逃げようとはしたのだ。けれども、その度に一緒に残った奨さんに、ガシリと首の後ろを掴まれて、引き戻されてしまう。
結果僕らは、並んでベンチに座ったまま。今もありそうもない隙を伺うばかりだった。
「柿の種食べるか?」
「いりません」
「いらないわ」
「……ワサビ味だぞ?」
「だからどうしたのよ。子どもには拷問じゃないそれ」
「……オイラは好きなんだがなぁ」
奨さんがバリボリと、オレンジ色のおつまみを豪快にかじる音が響く。
爬虫類みたいだな。と思ったが、口を開けると乱杭歯がとても目立ち、ますますその評価に拍車をかけた。
ワックスで立たせた短めの髪に目が行く。……ああ、イグワナだ。何となく、一人で納得した。
「奨さんは、目的があるんじゃないの?」
「……瑞希の奴か」
普通のもあるぞ。と、押し付けられかけた柿の種を手で戻しながらそう問う。正攻法で逃げれないならば、会話で隙を伺う作戦だ。勿論、ただでさえ謎だらけなので、情報収集も兼ねている。
すると、奨さんは肩を竦めながら首を横に振った。
「俺のは……まぁ、ここに来ることだけが目的だったからなぁ。後は別に」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。……ピーナッツも一緒なら食うか?」
「いりませんってば……ちょっと。そんな悲しそうな顔止めてください」
何か罪悪感が……と言えば、奨さんは今度はメリーにすがるような目で柿の種の袋を見せる。が、メリーは「太るじゃない、バターピーナッツ。皮から剥くタイプ持ってきなさい」と、罵倒する始末。
すると、ますますショボくれた顔をして項垂れてしまった。
あ、チャンスかな? と思った僕らは、すかさず立ち上がる。が……、気がつけばすぐにまたベンチに座らせられた。
「……頑張りますね」
「ボウズ。ブーメランって知ってるか?」
「カンガルーを絶対殺す武器」
「……物知りだな」
「そして戻ってこないのよね」
「……ボウズ、お嬢ちゃん。一般的なイメージのブーメランって知ってるか?」
「……座ります」
「仕方なくよ」
「いい子だ」
やはり隙がない。しかも動きが機敏だ。海上自衛隊という肩書きは伊達ではないのだろう。
根気よく隙を伺わなきゃダメ。そう結論を下した僕らはため息混じりにベンチの背もたれに寄りかかる。すると、奨さんも少しだけホッとしたようだった。
今は……ひたすら話を聞き出す意外にやることはなさそうだ。
「探索者になったのって、いつです?」
「俺か? まぁ、ここに来てからだ」
「理由とか、聞いてもいいですか?」
「理由は……まぁ、なりゆきか」
「それおかしくないかしら? なりゆきってどういうことよ。そんなのでなれるものなの? しかも、ここに来てからなったって……意味が分からないわ」
「…………? 意味が分からないと言われてもなぁ。ドリームランドに着いたんだから探索者に……探索者に……ん?」
ふと、メリーと交互に質問をしていると、奇妙な変化が生まれた。
今まで淀みない口調だった奨さんは、最初にポカンとして。だが、次第に困惑した顔になる。
あんなに推してきた、きっと大好きなのであろう柿の種をかじる手が止まり、彼はそのまま額に手を当てて考え込んでしまった。
「ちょっと。どうしたのよ?」
「……何で」
「……奨さん?」
「ああ、何で。そうだよ。何で……オイラは……何で……こんな……」
彼の身体が急に震えだす。やがて奨さんは頭を抱えたままぐりんぐりんと身体を揺さぶり始めた。
バラバラと柿の種が地面にぶちまけられる。
よろめきながら立ち上がった奨さんは、それらを踏み潰しながらフラフラと覚束ない足取りで僕らから距離を取り、振り返る。
此方を見る顔は、恐怖や絶望で痛ましい程に青ざめていた。
「……逃げろ」
「え?」
さっきまでさんざん邪魔をしてきたとは思えない顔で、奨さんは僕らにそう告げる。訳も分からず僕とメリーが顔を見合わせていると、奨さんは癇癪を起こしたように地団駄をしながら、「走れ!」と声を張り上げた。
「早く、ここにいちゃ……ダメだ! はや……ひっ!!」
その時だ。不意に何処からともなく楽しげなマーチと共に太鼓やシンバルの音が聞こえてきて……。これは、歌、だろうか。誰かの声が聞こえる。
『いらない子! ど~こだ? 男の子~に、女の子! 皆が宝石持っている! ピカピカ光る~宝石だ~い! ど~こだどこだ~』
ミィツケタ……!
可愛らしく、楽しげな声。それが一転し、スローモーションをかけたようなおどろおどろしい声に変わった時。僕らは見た。
それが、まるで手品師が瞬間移動したかのように、奨さんの背後に現れるのを。
裏野ドリームランドのマスコットキャラクター。
兎モドキが……斧を振り上げながらそこに立っていた。
その時、奨さんは恐怖に顔を歪めながら、吠えるように僕らへ向けて叫ぶ。
「逃げろ! 逃げろぉおお! 頼む! 気づけ! 全てを……ぱげぁああ!!」
刹那――、スイカ割りみたいな音と、身も凍るような悲鳴が上がり……。
僕らの目の前で、赤い噴水が吹き出した。