ドリームランドの探索者達

変身と探索者

　繰り返しになるが、僕もメリーも、小さい頃から霊が視えるという特異体質を持ち合わせている。

　お葬式では御本人が視えて。

　墓場ではたまに幽霊に足を引っ張られ。

　事故現場では恨みや未練を残した霊を目撃する。

　世間でいう妖怪と思われるものにも会った事もあるし、極めつけは所謂悪魔というものと対峙したことすらある位だ。

　救いだったのは、こういった事象が日常茶飯事ではなかったことに尽きるだろうか。日常茶飯事だったら……。多分人としてまともな社会活動は送れなかったに違いない。

　気が触れてしまうか。あるいは周りから変人のレッテルを貼られるか。そのどちらかになっていた事だろう。

　だが、その救いは同時に、呪いにもなった。適度な非日常。僕にとってのそれは、手軽な冒険の扉のようなものになってしまったのである。

　以来僕は自身の異常を自覚した幼少から今日に至るまで、フラッと色々な所を訪れては、奇妙な体験をして帰って来ている。

　見えないのが普通。では、それが見えてしまう僕は何者なのか。それを解き明かす事こそが、奇妙な体験と平行するように、幾度も危険な目にあって尚、僕が探索を続けている理由の一つである。聞くところによれば、メリーの成り立ちも大体似通ったものなのだとか。

　まぁ、根底まで突き詰めれば、単に僕らがオカルト大好きという、わりと俗っぽい理由もあるのだけれど。

　いや、寧ろ大部分がそれだ。でなければ、最初からそういう類いには関わらないし、オカルト研究サークルなんて立ち上げない。

　幽霊やらを視れて。それらの存在や領域に干渉したり、侵入することを可能とする。エセゴーストバスターな僕と。

　同じく幽霊やらを視れて。それらの存在の所業や背景を無差別に観測してしまう。俗に言うお化けレーダー、メリー。

　見つけて関わる。

　どうにも僕と彼女の霊的な性質は、絶妙なシナジーを生じさせるらしく、一緒にいるとそういった存在との遭遇率は高くなるようなのである。

　そんな互いに誰にも言えなかった秘密を共有したのがすべての始まり。その結果、結成した僕らのサークルこそ、『渡リ烏倶楽部』

　幽霊や、この世に存在するありとあらゆる怪異。不思議。超常現象。都市伝説を調査し、探索し、時に追い追われる。それが、主な活動内容だ。

　……変なサークル名だと思う。

　これはメリーの謎センスである。

　りがカタカナなのがポイントらしい。……メリーの感性は、時々よく分からない。

　ともかく、大学に入る前のお受験戦争にて知り合って。再び大学で再会し、このサークルを結成して以来、僕らは時に意図的に。または不本意ながら、様々な非日常に触れてきた。

　変な現象には、慣れている……筈だった。

　なのに……。

「いやいやいや……これは……ないだろ」

「新しすぎるわね。てか、本当にどうしましょうか？」

　現在僕らは、結構途方に暮れていた。

　遊園地の入り口で当てられた紫色のスポットライトは、今は完全に光を失い、今はぼんやりと残った普通の照明だけが、唯一の光源だった。その下で……。僕らは今、お互いに意味をなさなくなった服を身体に当てて、座り込んでいた。

　僕もメリーも素っ裸。……誤解しないで欲しいが、なりたくてこうなった訳でもない。服を一度脱いだのだって不本意だ。ただ、着れない身体になってしまっただけなのだから。

「何がどうなって、私達は子どもの身体になっているのかしらね」

　いつもより更に高い声と、低い頭身。小学生の低学年くらいまで縮んでしまったロリー。……もといメリーがそこにいる。

　そして、僕もまた、彼女と同い年位に縮んでしまっていた。

「紫色の光が原因だとは思うけどね。不可解なのは、精神がそのままってとこ。気を失ってからどれくらい経ったんだろ？」

「……スマホは圏外。画面は真っ暗よ。電池が切れるまで気絶してた……は、流石に考えにくいし。この遊園地に入り込んだ時点で、外界から隔絶されたとしか思えないわね」

　前に似たような体験はしたことがある。あれは多分、神隠しに近いものだったのだろうけど。だが、流石に身体が作り替えられた。と、思われる事態に遭遇したのは今回が初めてだ。

「てか、怖いわ。これ、戻るの？　それとも夢？」

「わからない。……後者ならなんの心配もないんだけど」

　そう決め打つには、少々早計だ。

　手を握り。開く。主観ではあるが普通に動くようだ。試しに頬をつねってみようとしたら、不意に横合いから柔らかな感触で頬を挟まれた。

「凄いわ。肌がこう……おっきい時の貴方もあり得ないくらい綺麗だったけど」

「それ言ったら、君も凄いことになってるからね」

　スリスリ。ムニムニと弄くり回してくる紅葉みたいな小さい手を優しく剥がし、そっと彼女の方に手を伸ばす。

　そこで何故か酷く背徳的な気分になり、僕は暫くぼんやりとしたまま。メリーをまじまじと眺めてしまう。

　元々整いすぎた顔立ちだったが、それがそのまま幼い姿になると、可愛らしさの中に潜む、危うげな美しさが強調されるようで。そのアンバランスな雰囲気に当てられたのか、僕はどうにも落ち着かなかった。

「……触ってくれないの？」

　小首を傾げながら、幼女にあるまじき蠱惑的な笑みを浮かべるメリー。

　ここで引き下がるのも何だか負けた気がするので、そっと柔らかな髪を一撫でしてから、頬をつついてみた。

「天使みたいだ」

「あら、普段は？」

「……女神かな」

「よく回るお口ですこと」

　反撃と言わんばかりに、メリーはかぷりと僕の指を甘噛みする。そんな彼女から視線を外し、僕はメリーに自分の半袖ジャケットを羽織らせた。

　完全にブカブカなのは仕方がない。それでも、僕のお気に入りなそれは、幼女の姿といえど、大切な恋人の裸身を覆い隠す分にはこの上なく有用だった。

「ありがと」

「いえいえ。さて、ここにいても始まらないね。お土産コーナー辺りを急いで探してみよう。ここがファミリー向けの遊園地だったなら、子ども用の服位は置いてる筈だ」

「了解よ…………ねぇ、そういえば今思ったのだけど」

　そこで、僕に手を引かれたメリーが少しだけ不安げに目を潤ませる。どうしたのかと僕が首を傾げれば、メリーは「思い出して」と、囁きながら人差し指を立てた。

「ドリームランドでは、子どもがいなくなる。……私達。このままだとしっかり条件に当てはまってしまうわけだけど……その辺、どうなるのかしらね？」

　消え入りそうな声でもたらされたメリーの疑問に、僕は答える事が出来なかった。

　※

　服は、案外簡単に見つかった。

　ジャージみたいな手触りの紺色のハーフパンツと、気持ち悪い兎モドキがプリントされたシャツ。

　なんと人生初のペアルックである。恋人になってもこれはやるまいとお互いに思っていた所業に手を出した僕らは、もう乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

「色々と失った気がするわ」

「奇遇だね、僕もだ」

　そう言いながら、僕らは近場のベンチに並んで腰掛けると、そのまま辺りを見渡した。

　上空は、濃い紫とオレンジが混ざり合う、空。それは、〝新品同様の小綺麗な状態〟で稼働するアトラクションを、ますます不気味な光景に仕立て上げていた。

　僕らが座る入り口ゲート付近のベンチから正面には、巨大なお城を模した、ドリームキャッスルがそびえ立っている。その背後には、ジェットコースターのコースの一部や、ゆったりと動く観覧車がよく見えた。

　雄一の話では、ここを脱出ゲーム用に使うと決まったのは去年のこと。

　だが、仮に多少設備を整えたのだとしても、十年間放置されていた場所をここまでの規模で復元出来るものなのだろうか。

「ゲーム、始まってるのかな？」

「それすらもわからないのは、もはや運営が成り立ってない証明だと思うのよ」

　ミステリーツアーじゃあるまいしね。

　と、肩をすくめるメリー。僕はそれに曖昧に頷きつつも、これがゲームか否かを判断するべく頭を回し……。

「そういえば、さっきの。入り口の謎解き、どうやったの？」

　すっかり忘れかけていた、素朴な疑問を口にする。するとメリーは少しだけ困った顔をして、「証拠になるのは捨てちゃったわ」と、呟きながら両手をプラプラと雑に振る。

「あれはただの意地悪な謎かけよ。〝○○を殺せ〟その下にあった例文は、○○を示すものと、その殺しかた」

　空に文字を書くように、メリーは指を動かした。

「道標は、七振りの刀。竹の根元に人の親指を埋めたもの。でも、刀や竹なんて周りにないし、親指なんて見つけようもない。だからこれは、何かを文字通り指し示すものだと踏んだわ。キーワードをあらゆる形に組み換えて、一番可能性が高そうだったのが、漢字」

「漢字……」

　やってみる？　と言われたので、せっかくだから再び思考を巡らせる。

　七つ。刀。漢字にして……。

「切るの、〝切〟？　後は竹の根本に人の親指で……根本。人……指…………ああ」

　明かりが灯り、視界が一気にクリアになる。そんな錯覚を得た。

「切符か」

「そう。英語でticketね。だから、貴方が持つ、明らかに何かがおかしい脱出ゲームの入場チケットに目をつけた」

　つまり、あの時メリーがいきなり僕のポケットに手を突っ込んできたのは、それを取るためだったのだ。

　七と刀で〝切〟なら、当然後に続くヒントもバラバラにされているということ。竹の根本に人の親指を。そのまま行けばどうやっても漢字にはならないので、そこは頭を柔らかくする。

　人はにんべん。親指は……その幅を基準として設定した単位を当て嵌める。全てを繋げれば……〝符〟だ。

　つまり、例文は『チケットを殺せ』

　勿論、そのままではおかしくなる。だが、元々なぞなぞめいた意地悪な問題なのは、切符という答えが出た時点で分かってしまうので……。

「殺せ……。殺すはKill。切るを転じて切れ。……ダジャレかな？」

「〝切符を切る〟のとかかっているのかも。で、首だけでは生温い。真っ二つにして殺すべし。思い出して。切符には兎モドキが描かれていたわ」

「つまり、首にあたる部分を切り。そのあと胴体が真っ二つになるように切れば……OKか」

　それでドアが開くのは、少し魔法めいているとは思うけど。

　誰かが僕らを見ていたのか。はたまた本当に超常現象的な事が起きているのか。判断したいのは山々だが……。

「…………嫌だわ本当に。いるだけで当てられそう」

「僕も結構辛いから……君は相当だろうね」

　ほぼ同時に溜め息をつく。

　霊感持ちの人間あるある。と言ったら変な話になるが、僕らは今、絶不調というか。完全に場の空気に蝕まれていた。

　何故ならば裏野ドリームランドはバスの事故現場だとか。何らかの災害で一度に大勢の人がなくなった場所と非常に似通った気配を有していたのである。

　怨念や未練。嘆きに怒り。ここは負の感情が渦巻く魔境そのものだった。故に……。

「〝彼処の人達〟は……〝どっち〟だと思う？」

「……ごめんなさいダメだわ。全然わからない」

　その集団と僕らの目が合った時。胸に渦巻いたのは底知れぬ不安だった。

　いつからそこに現れたのだろう？　ドリームキャッスルの方から此方の方に歩いてくる六人の人影に、僕らは無意識のうちに再び手を繋ぎ、素早くベンチから立ち上がる。

　見たところ、成人した男女の組み合わせだった。子どもの身の上だからか。見知らぬ大人の全員がとても大きく。どこか威圧的に思えてしまう。

　だからだろうか。少しだけ強ばりかけた身体を動かして、僕はメリーを後ろに行かせようとして。二の腕をつねられた。

「メリー。僕の後ろに……」

「いくわけないでしょ」

　ここは自分の場所と主張するように、メリーは僕の隣に陣取り、前を見る。こうなれば梃子でも動かない事を知っている僕は、もう何も言えなかった。

　大人達は、思っていた以上にゆっくりと近づいてくる。その様子はどこかおっかなビックリというか。まるで……。

「ねぇ、向こうも……戸惑ってない？」

「……みたいだね」

　ある人は怪訝な顔。またある人は他のメンバーの意見を伺うかのようにオロオロとしている。

　そのうちに僕らと集団の距離は縮まっていき。今や完全に互いの表情が見える位置で対峙した。

　困惑。興味。疑念。そういった様々な視線が僕らに向けられる。

　すると、真ん中にいた体格のいい男性が全員に目配せし、僕らの方に一歩踏み込んできた。

「……こんにちは。迷子かな？　いきなりで申し訳ないが。お名前と、何をしているのか聞いてもいいかな？」

　こちらに目線が合うようにしゃがみこみ、朗らかに話す男性。だが、本人は気づいているのか。目が……全く笑っていなかった。

「……そっちが先に名乗るのがマナーでは？」

「そうよ。大人のくせに」

　子どもの身体便利だなー。と、一瞬だけ思ったのは内緒だ。

　ただ、こんな場所で遭う相手が、まともな存在とは考えられないのも事実だった。

　すると男は、さっきまでの内に秘めた剣呑な雰囲気から一転してポカンとした表情になる。

　予想外。そう顔には書いてあったが、それでも改めて。今度は虫でも見るようにではなく、しっかりと僕やメリーの顔を見つめてから、彼は少しだけ恥じるような苦笑いを浮かべて。

「うん、それは……確かにそうだ。俺は葉山(はやま)正幸(まさゆき)。探索者だよ。子どもがいなくなる。……他にも、色々と悪い噂が絶えないこの遊園地を調査しに来た者さ」

　今度はこちらにとっての予想外。かつ、非常に胡散臭い自己紹介を投下した。