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悪夢の光

 どうする? と、考える暇もなかった。

 メリーを僕より前に押し出して、二人で全力で走る。

 お互いに健脚なのが幸いした。マスコットの兎モドキ(仮称)も、あの巨体にしてはかなりの早さだが、それでも恐怖に後押しされた僕らには及ばない。これならばゲートまで逃げ切れるだろう。

 一本道ではない園内なら、まだ対策が立てられる。


「――っ、ちょっと待って! ゲート、閉まってるじゃない!」


 だが、残念ながらそう簡単にはいかないらしい。

 悲鳴をあげるメリーの声に釣られて、殿で兎モドキを警戒していた僕も前を見る。

 緑色の所々塗装が剥がれ落ちた扉が、固く閉ざされていた。二人がかりで開けられるかどうかは……やってみなければ分からない。更に。


『……を殺せ』


 遠目で定かではないが、そんな物騒な張り紙までされている。

 ……少しだけ嫌な予感がしたが、それには蓋をして、ゲートに到着と同時に扉に蹴りをいれる。

 が、ダメ。ならばと引いてみるが、扉はビクともしなかった。


「っ、無理矢理来させといて門前払い? 酷いじゃない! 訴えてやるっ!」

「君、アメリカ人の血流れてないだろ!」

「今なら無理矢理流せる気がするわ!」

「やめたげて、君のパパやママが混乱するよ!」

「混乱出来るもんですか! 蒸発してるもの!」

「そうだった!」


 無茶苦茶な悪態をつき合いながら、もう一度扉を力一杯引き、押す。それでも扉は動かない。


「ヤバい……って、そうだ! 張り紙!」

「それだわ!」


 万策つきたかと思ったところで扉の張り紙を思い出し、二人揃って確認する。


『○○を殺せ』

 その下に『道標は、七振りの刀。竹の根元に人の親指を埋めたもの。……首だけでは生温い。真っ二つにして殺すべし』という例文がある。

 ……謎解き、だろうか? まさかの嫌な予感が的中しつつあった。もしかしなくても、ゲーム自体が始まっているとしか思えない。

 この状況で考えろとか無茶にも程があるのだが、そう言う暇すらもうない。

 雑念を捨て、頭を回す。

 だが、すぐ傍には、既にあの兎モドキが迫って来ている。とてもではないが、間に合わない。このままだと、二人揃って鉈の餌食だ。

 ならば……。


「メリーィ! 時間稼ぐから、謎解き任せた!」

「ふぇ? ちょっ……辰!?」


 瞬時に身体を翻す。向かうは勿論、兎モドキの方。

 相手が何なのかはさっぱり分からない。だが、そんなのをいちいち考えていたら、あっという間にあの世に叩き込まれてしまう。

 それは……まだ御免だ。


「そぉおい!」


 勢いのある掛け声と共に、僕はジグザグに飛びつつ、兎モドキの足元目掛けてスライディングする。

 首がないから此方が見えているかはわからないが、急に反撃に転じてきたのは、向こうにとっても予想外だったらしい。

 ワンテンポ遅れて鉈を振り下ろされるより速く、僕の足払いは何とか成功した。

 結果、兎モドキはたたらを踏み、そのまま正面に倒れ込んでしまう。

「――っ、よし!」

 しめたと言わんばかりにスライディングから素早く起き上がる。狙うは鉈を持ってる側の手首。躊躇なくそこを二回、三回と踏みつけた。

 着ぐるみごしながら、腕にしては妙にデコボコした感触を足裏に覚えたが、気にするのは止める。今はコイツを無力化する方が先決だ。

「没、収……!」

 無理矢理指を引き剥がし、鉈を奪い取る。更に着ぐるみに馬乗りになり、僕は少し躊躇しつつも、鉈をしっかりと握りしめた。


 何かを殺せ。扉に貼られた紙にはそう書いてあった。下の暗号らしきものが何かは分からないが、明らかに殺害対象がこの辺りにいるのは疑いようもないだろう。だが……。

 静かに、組み敷いた相手を見る。人間……とは思えない。霊感があるからこそ分かる。この着ぐるみの中身は幽霊か怪異の類いだ。

 しかし、これを殺せが正解か。と自問すれば、些か疑問が残る。普通ならば、そういったものを消せる手段は限られているのだから。

 〝幽霊が視える意外の僕らの体質について〟ドリームランド側が知っているならば話は別だが……。多分考えにくい。となると、やはりあの張り紙の謎を解く必要があるのだろう。


「メリー、何かわかっ……」

「辰! こっちに! 早く!」


 下の兎モドキが何かしようとしたらすぐ抑えれるようにしながら、メリーの方に顔を向けると、彼女は恐怖を顔に貼り付けながら、こちらに小走りでかけよってくる。

 何をそんなに慌ててるの? と、首を傾げかけた……その時だ。

 僕は背後から、複数の足音を耳にした。


「――っ!」


 反射的に鉈を後ろに投げつける。

 カァン! と、いう反応がこだましたが、もう確認するより先に身体が動く。しっかりと、メリーの手を掴み、再び入り口へ。その最中、メリーの手がまるで蛇のように僕のポケットへ入り込み、その中身を引っ張り出した。


「何を……?」

「いいから、進んで! 多分これで……!」


 紙が無造作に破かれる乾いた音が響き渡り、途端。錠前が外れたような金属の軋みが、少し離れた所――。入り口ゲートから聞こえてくる。

 鍵が、開いたのだ。


 庇うようにメリーの頭を胸に引き寄せ、僕はそのまま扉にタックルする。

 すると、扉はまるで暖簾みたいな気の抜けた手応えと共にあっさりと口を開いた。


「閂かとか……」

「ない! 押さえ込もう!」


 僕らはその隙間に転がるように入り込むと、そのまま後ろ手に扉を閉め、ドアに全体重を押し付けた。

 不思議な事に緑色のドアはその瞬間、魔法にでもかかったかのように震動し。やがて、頼もしい施錠音を届けてくれた。


『ブリィ! ブリィング!』

『――に晒せ!』

『開けろ! 抉じ開けろ!』

『――と! ――と!』


 男女入り乱れた、叫びが、扉の向こうから聞こえる。

 よく分からない奇声や、物騒な高い声が飛び交い、何か固いもので扉を殴打する鈍い音が轟いた。

 それは、逃げ込んだ場所に容赦なく反響し、僕らの身体を震え上がらせていく。

 そこから五分か。いや、十分は経っただろうか。

 ようやく諦めてくれたのか、その場は海が凪いだかのように無音になる。

 待ち望んでいた静寂に僕らは大きくため息をつく。何とか生き延びた安堵もあり、僕らはそのままズルズルと崩れ落ちるように座り込んでしまった。


「…………流石に焦った」

「私もよ。貴方、いきなり大胆になるんだもの」

「必死だったんだよ」


 冷や汗がどっと吹き出していた。僕らは顔を見合わせて、お互いに無理矢理笑顔を作り、何とか平静を取り戻そうとする。が、結局それは無駄に終わった。

 今欲しいのは、めぐまるしく変わった状況の整理だった。


「……後ろから、何が迫ってたか聞きたい?」

「兎モドキの大群とか?」

「いいえ。やってきたのは……子どもの集団よ」

「……こど、も?」


 予想の斜め上な存在の登場に、僕は思わず面食らう。するとメリーはシニカルな笑みを浮かべながら「ドリームランドに纏わる噂を思い出してみて」と、呟いた。


「ドリームランドが閉園されたのは、子どもがよく消えていたから。なら……消えた子ども達は、一体何処へ行ったのかしら? その後にちゃんと見つかったのか。それとも……ね」


 語るメリーの額には玉の汗が浮かんでいて、何だかいつもにまして肌が白い。思わず彼女の肩を支えようとすると、妙に熱を帯びている事に気がついた。


「メリー? だ、大丈夫?」

「…………ごめんなさい。ちょっと、不味いかも」


 とうとうぐったりと僕に身を預けたメリーは、息を荒らげながら、必死に僕にしがみつく。

 吐き気を堪えるようにえづくメリー。一瞬、彼女の体質的な……所謂〝発作〟が起きたのかと思ったが、どうにも違うらしい。

 とにかく僕は、その細い背中をゆっくりと撫でながら、せめて彼女が少しでも楽な体勢になれるよう気を配ろうとして……。

 そこで、自分の身体にも違和感を覚えた。


「あ、れ……?」


 熱いのは、メリーだけじゃなかった。僕もだ。僕もまた、尋常じゃない程に汗をかき。加えて今は、激しい頭痛と動悸に襲われていた。

 何、が……どうなってる? 

 そこで初めて、僕は入り込んだその場を見渡した。

 薄暗い入り口のロビー。そこは今、まるでスポットライトみたいないくつもの紫色の光が……真っ直ぐ僕とメリーに向けられていた。


「なんだ……これ……?」


 手を光にかざす。すると、焼けるような熱さが僕らに襲いかかり……。


『チケット、拝見しました。裏野ドリームランドへようこそ。…………タノシンデイッテネ』


 世界が光に包まれる。

 塗りつぶされていく視界の中で、僕の耳はまるで何かに怯えるかのようなメリーのか細い声を捉えていた。


「多分ここ、尋常じゃない数の人が死んでるわ」


 その不吉な言葉を引き金に。僕らの意識はブラックアウトしていった。

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