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メリーさんとその後の顛末

 裏野ドリームランド。

 そこは僕らの大学から乗り換え込みで十駅以上離れた裏野駅からバスで一時間程進んだ所にある。

 もう少し先へ行けば裏野温泉街という施設があり、恐らくは昼は遊園地。夜は温泉なんて流れを想定したのだろうが、そうそう上手くは回らなかったのか。あるいは僕が調べた噂も関係しているのか。

 今は完全に閉園され、温泉の途中に佇む廃墟と化しているという。


『次は~鮫島神社前~。鮫島神社前』


 道の鋪装が微妙らしく、時折ガタンとバスが揺れる。

 温泉街へと向かう道の関係か、高い建物も疎らになってきて、だんだん雑木林が目立つようになってきた。

 夏というだけあり、まだ日は沈みきっていない。それでも外灯が少ないことも手伝って、辺りは薄暗く、物寂しい雰囲気を醸し出していた。

 成る程。交通の便が悪い。場所も街の中心からかなり離れている。温泉のような寛ぐことを前提とした施設ならまだしも、遊び倒す事を目的にした遊園地にとっては最悪な立地条件なのかもしれない。


「私の授業が終わったのが十六時。そこから待ち合わせ。移動でほぼ二時間ちょっと。……イベントが始まるまで一時間もないじゃない」


 車窓越しに人の営みというべき気配が薄れていくのを眺めていると、隣の席からため息と共に不満げな声が聞こえる。

 道を歩けば十人のうち十人が振り返るのではないか。そんな印象を受ける美人さんがそこにいた。

 肩ほどまでの緩めにウェーブがかかった亜麻色の髪と綺麗な青紫の瞳。何処と無く浮世離れした容姿を「お人形さんみたい」と、評する声を聞いたことがあるが、実に適切な喩えだと僕は思う。ビスクドールのような白い肌も、そんなイメージに一役買っているのだろう。もっとも、中身はお人形なんて無機質なものではないとだけ付け加えさせて頂く。

 接していればわかるが、彼女は色々な意味でユーモアがある、お茶目な奴なのだ。

 その証拠に。ご覧の通り、ぷくー。と、膨れっ面をしていても美人だからとっても絵になって…………。

 まぁともかく。この女性こそ、サークルの相棒にして、去年の冬辺りからは恋人の、メリーである。


「本当に突然だったからね。その場に雄一がいたら文句言ってた」

「……かき氷」

「こ、今度埋め合わせする」

「期待してるわ。まぁ、わざとらしく拗ねるのはこれくらいにして。……今は秋山君のことよね」


 怒った顔を一瞬で引っ込めて、真剣な顔になるメリー。わざとだったんかい。という言葉を飲み込んで、僕はあの後大急ぎで調べてきた成果を鞄から引っ張り出した。

 といっても、インターネット上の情報やらを乱雑に纏めた即席な資料だけれども。


「……わざわざ作ってくれたの?」

「ちょっと量が多いからさ。しっかり情報共有できるように」


 僕がそう言えば、メリーは「時間を頂戴」と呟いて、じっと資料に目を通す。

 時間にして数分。やがて彼女は「ふぅ……」と、静かに息を吐くと、おどけるように肩を竦めた。


「私、メリーさん。今、戦慄してるの。……ちょっと。ドリームランド黒い噂多すぎない? 一歩間違えれば都市伝説じゃない」

「都市伝説なのは〝君だってそう〟だろうに」

「〝一歩間違えれば〟を入れないのはわざとかしら?」

「……バレた?」


 彼女お決まりの口上に茶々を入れれば、ペチンと軽めな張り手が飛んでくる。

 言い回しから察しのいい人間ならば、お分かりいただけるだろう。

 幽霊が視れたり。他にもちょっとプラスアルファがついた霊感体質の僕。

 そんな僕の特性を知り、一緒にオカルト研究サークルなんて立ち上げた彼女もまた、当然のように普通の存在ではないのである。

 何を隠そう彼女の正体は、かの有名な都市伝説の人形少女。存在事態がオカルトの産物なのだ。…………ただし、偽物。


 ただし、偽物。


 大事な事なので念のため。脱力したなら上々だ。

 何せ、色々複雑な理由はあれど彼女もまた、僕とは違った特殊な霊感体質を有したオカルト好き。

 そんな女性が幼少の頃より、とある事情で自ら『都市伝説のメリーさん』を語っているだけ。そんなバッタもんなのだ。

 本名だってメリーとは欠片も関係ない上に無駄に長く、日本姓まで入る凄まじく壮大なものだったりするのだが、これは今語る必要はないだろう。

 彼女は例外を除き決して誰にも本名は名乗らない。だから例外の一人たる僕もこれ以上は閉口する。

 彼女がメリーさんを何故語るかも、今はいいだろう。この事件には関係のないことだ。


「私の始めたこのバッタもんな呪いはどうでもいいわ。で、まずは噂についてだけど……」

「待った。その前に、一応報告しておく事がある」


 雑談を打ちきり、本題に入る。

 雄一が消えた後の話を。裏野ドリームランドそのものについてはそれからだ。


 リアル脱出ゲーム。

 その趣旨を簡単に説明するならば、体感型のイベントである。

 参加者は指定されたエリア内に集められ、そこで呈示された。あるいは隠されている様々な謎や暗号を解き明かすことで、その空間から脱出することを目指すというもの。

 比較的近年に商標として展開されて以来、日本全国どころか、海外にまで進出している程、人気が高い催し物である。

 ビルの中や廃病院。お寺やドームに、遊園地などがその舞台に選ばれるのだが、大抵今回の僕らのように日付が指定されたチケットを購入し、そこへ参加する事になるのだが……。


「これ、今回の脱出ゲームのサイトなんだけど」

「裏野ドリームランドからの脱出ゲームは……七月六日から。あら、昨日から正式にスタートしたのね。八月中盤まで。チケットは、もう完売してると」

「そう。で、問題はここ。一日の定員は四百人。これは、そこまで大きい遊園地じゃないし、脱出ゲームで有名な企業ではなく市内でやってるイベントだから、知名度を考えると妥当な所だけど……」

「このバスが到着するのが、イベント開始の三十分前。後ろの便は二十分後。……人が、いなすぎるわね」


 バスの中を見渡すメリー。

 乗客は僕らを覗けば大荷物からして温泉に行くのであろう家族連れと老夫婦のみ。彼女が言う通り、チケットが完売しているにも関わらず、あまりにも人がいないのである。

 駅からかなり離れているので、徒歩で現地を目指す人間が僕ら以外に三百人以上いる……というのは考えにくい。

 ならば車か。と思うものだが、今のところバスはスムーズに道を突き進んでいる。


「で、次に気になるのが、雄一のこと。連絡はあれから一切とれないし、そればかりか時間が許す限り知り合いに聞いて回ったけど、今日は大学で見かけた人はいないらしい」

「そのほうき星同好会って正式に大学に書類を通した団体でしょう? サークル棟には?」

「ほうき星の会ね。――ああ。勿論本拠地である部室にも言ってみたさ。けど……」


 その時見た光景を思い出し、思わず身震いする。

 サークル棟と言えば聞こえはいいが、その実態は大学のはしっこにL字を描く形で並んだ横長の建物だ。

 平屋の集合住宅めいたそこは、城壁か塹壕の拠点を思わせる。『ほうき星の会』の部室もそこにあり、僕は雄一の行方を聞くべく。ついでに脱出ゲームについても訪ねようと、そこの扉を叩いた。しかし……。


「留守だった。今日は活動日じゃなかったなら、まだよかったんだ。けど、信じられるかい?〝鍵が開いた〟状態で、そこはもぬけの殻だったんだ」


 ゲーム愛好会というだけあり、部室の中には古今東西のボードゲームやカード。レトロゲームにTRPGの教本などが並べられている。中には高価なものだってあるかもしれない。なのに、不用心に扉が開け放たれていたのだ。


「しかもね。家具が……おかしかった。電気ケトルに暖かいお湯がまだ入っていて、椅子は引かれてる。おまけにテーブルの上には七人分のティーセットと、飲みかけの紅茶が残されていたんだ」

「まるで、秋山君が消える直前までは、部室に誰かがいたかのように?」

「そういうこと」


 何もかもがキナ臭かった。だが、明らかな非日常が起きていると確信した要素は、もう一つ。


「極めつけはカレンダーだよ。部内の計画で、脱出ゲームの参加日は……昨日になっていた。つまり、今日僕が会って話した雄一は……」

「本当なら脱出ゲームを既に経験していた筈……と。なら、貴方と話した秋山君は、一体誰だったのかしらね?」


 それがわからないから、今こうして僕らは奇妙な事になっているのだ。

 何の目的で僕らを巻き込んだ?

 一体何が起きている?


「……ノータッチも手よ? 警察が動いてくれるかはわからないけど、消えたのが秋山君だけじゃないなら、集団失踪事件ともとれる」

「最初は僕もそう考えたさ。けど……ほら」


 メリーのもっともな意見に、苦笑いで返しつつ。ポケットから、ゲーム参加用のチケットを取り出した。

 二枚組のそれは……今は紫色の霞を思わせる何かが、ゆらゆらと纏わりついていて。どういう原理か分刻みで時刻が表示されていた。ついでに、プリントされたマスコットキャラの不気味さが酷いことになっている。

 00:34。因みにこれ、スマートフォンのカメラで撮影しても、ごく普通のチケットとして写るだけだった。現状これが視えるのは僕と……。


「凄いわね。意地でも引き込む気満々じゃない」

「ああ。ついでに予感がするんだ。多分これを無視したら……」

「もっと酷いことになる?」

「うん。少なくとも僕はそう感じた。君は?」


 メリーが青紫色の瞳をスッと細める。

 彼女にも、この不気味な霞は視えているのだ。しかも、霊感体質の中でも探知や感知においては、彼女は僕の数段上を行く。

 もしあの場に彼女がいたら、話はまた変わっていたかもしれないが、それを言った所で後の祭りだろう。

 

「確かに嫌な感じはする。悪意と害意。けど……何かしら。上手く言えないけど、変な違和感があるわ」

「違和感? それって……」


 何のこと? と、僕が問いかけようとした時、軽快な音楽と一緒に、バスのアナウンスが鳴り響いた。


『次は~裏野ドリームランド前。裏野ドリームランド前~』


 タイミングが悪いと思いつつ、降車のボタンを押す。続きは降りてからだろうか。

 手早く広げていた資料を仕舞い込む。すると、バスが停まると同時に、ふわりと、片手が柔らかな感触で包み込まれた


「まぁ、そんな深刻な顔は止めて。行ってみましょう?〝じっくり考えろ。しかし、行動する時が来たなら、考えるのをやめて、進め〟ってね」


 今までもそうしてきたでしょう? と、メリーは悪戯っぽく舌を出しながら、僕の指に自分の指を絡ませる。

 暖かい温もりが伝わると共に、不思議と凝り固まっていた緊張が和らいだ。


「〝美人は目を楽しませ、良妻は心を楽しませる〟らしいけど、君はそれに加えて勇気もくれるらしい」


 僕がそう言えば彼女はにへー。と笑顔の花を咲かせながら、グリグリと僕の肩に額を押し付ける。「巻き込んでゴメンとか言い出したら、ビンタしてやるとこだったわ」と囁く彼女。照れ隠しも含めながら、改めてその手を引き、僕らは件の遊園地に降り立った。

 テールランプを光らせ、バスがが走り去る。

 周囲は静寂に満たされていた。

 バス停の反対側には大きめの駐車場。道路を挟んだ僕らの正面には、ボロボロの煉瓦造りな遊歩道が見える。

 外灯は殆んどない。だが、まだ辛うじて夜の帷は降りきっていないので、その更に奥にあるモノ。宮殿の入り口を思わせる、遊園地の入門ゲートもしっかり確認することが出来た。


「あそこね」

「ああ。……違和感については、今はいい?」

「ええ。私も漠然と判断しかねるもの。貴方こそ、変な体験はこれで全部?」

「淀みなく伝えたよ。じゃあ後は……」


 進もうか。

 そうアイコンタクトを交わし、僕らは互いを捕まえたまま、遊園地の入り口へ向かう。

 やはりというのも変な話だが、参加者らしき人影はおろか、イベントのスタッフすら見当たらない。

 まさかとは思うが、演出ではあるまいな。そんなことを考えながら、僕らは煉瓦造りの遊歩道に足を踏み入れて……。


『待ってタヨ』


 不意に背後から、そんな言葉をかけられる。

 肌が泡立つ感覚と共に、咄嗟に僕らは飛ぶようにしてその場を離れ、後ろを振り返る。

 一陣の風が吹きすさび、濃密な森の匂いが鼻つく。眼前に広がるのは、相も変わらず薄暗い世界。そこには誰もいない。――否。進むときは気づかなかったが、僕らが通りすぎた遊歩道の街路樹。そこに……何かが座り込んでいた。

 ……首のない、ドリームランドのマスコットキャラクターだった。


「何で、こんなとこにいるのかしら?」

「閉園してるから、着ぐるみだって無造作に捨てられてもおかしくはないけど……」


 ゆっくりと、慎重に近づいていく。暗いから少し見えにくいと思っていたら、メリーがいつの間にかポシェットからペンライトを取り出していた。

 小さいが、結構光が強めのそれは、しっかりと〝立ち上がった〟首なしの着ぐるみの全貌を照らして……。


「…………え」


 声をあげたのはメリーだった。暫くの間、僕らと着ぐるみの間に沈黙が訪れる。

 誰もが声を上げない中で、その着ぐるみはスローモーションのように動きだし、街路樹の影から――、大降りの(ナタ)を引っ張りだし、途端、さっきまでの緩慢な動作が嘘だったかのように、機敏な動きで鉈を振り回すと、フワリと巨体に似合わぬ動きで後ろへ飛ぶ。


「…………っ」


 何を? と、一瞬考えて、すぐに納得した。両脇は視界の悪い林。後ろには遊園地ゲート。奴は……僕らの道を塞いだのだ。確実に、僕らが逃げられないように。あるいは、絶対に遊園地へ追い立てるように。

 無言でマスコットキャラは鉈を振り上げる。今から襲うぞ。そう合図するかのように身体を不気味に痙攣させ……。

 次の瞬間、猛烈な勢いで僕ら目掛けて走り出した。


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